【二人のマイベストフレンズ】 サンプル1

 女の子って、いつの時代も結婚に憧れるものよね。
 人生で一度だけ、純白のドレスに身を包んで、世界中が自分を祝福してくれるような気持ちになれる、幸せの瞬間。
 ところが律子さんは、「今どき『人生で一度だけ』なんて珍しくなってきてるかもしれませんよ、小鳥さん」って言うのよ。もう、律子さんってば現実味に溢れ過ぎちゃってる気がするなあ。
 ……でも、知ってるんですよ? 私が買って、机の上に置いておいた結婚情報誌を熱心に読みふけっていたのを。律子さんは、真ちゃんや春香ちゃんみたいに、乙女全開! って感じじゃないけれど、心の奥の方では、真ちゃんや春香ちゃんに負けないくらい乙女だってこと、私はちゃーんと知ってますからね。
「はぁー……それにしても、昨日のあずささん、すっごくきれいだったなあ……」
「ほんとほんと。ボクも、自分の結婚式はあんな真っ白なドレスを着て、バージンロードを歩きたいなあ……」 
と、その乙女全開の二人組が、早速昨日のことで盛り上がってるみたい。
 昨日は、あずささんの結婚式でした。なので、今日の事務所はその話題で持ちきり。事務所の中はどこか落ち着かない、浮ついた雰囲気で満たされていました。
 あずささんは、765プロのアイドルとして一年半前まで活動していたのだけど、故あって765プロから別のプロダクションに移籍。その後、押しも押されもせぬトップアイドルとして芸能界を席巻、人気も絶頂かと思われた時期に突如引退、そして結婚。
 アイドルに未練はないのかと思っていたけれど、昨日のあずささんを見たら、そんな心配は全くなかったみたい。アイドルとしてマイクを置いてしまうことに、躊躇いはまるでなかったよう。
 もっと大事なこと、見つけたみたいだったから。
 ……それにしても、私には、あずささんの結婚相手がちょっと意外な人に思えた。とはいっても、別にあずささんの結婚相手を知ってるとかそういうわけじゃなくって、むしろ知らない人だったことの方が意外だったの。
 だって……

「真は、どっちかっていうとタキシードじゃないのか」
「あー! プロデューサーったら、また男扱いして! ……なあんて言うと思ったら大間違いですよ。もう、その手の言葉は聞き飽きましたし、なにより! ボクのことを女扱いしてくれる今一番身近な人ですからね、えへへ……♪」
「……どこの世界に正拳突きで痴漢をのしちゃう女の子がいるって?」
「へぇ、プロデューサーも正拳突き、欲しいんですか?」
「だあ、もう、わかったわかった。僕の負けだよ。……まったく、最近はすっかり可愛げがなくなっちゃって……」
「可愛げがなくなって……なんです?」
「……美人になったなあ、って」

 だって、あそこで真ちゃんに言い負かされている人こそが、あずささんと結婚するのだろう、って思っていたから。
 って、なんで言い負かされてるのかしら。……プロデューサーさん、ちょっとかっこ悪いです。
 とにかく、今は真ちゃんと春香ちゃんのデュオ「プライマリー」をプロデュースしているけれど、以前、まだデビュー前だったあずささんを選んで、アイドルとして輝かせていたのが、あのプロデューサーさんでした。
 あずささんが結婚してしまった今となっては分からないけれど、当時の二人は傍から見てるとお付き合いをしている恋人同士に見えたんだもの。もしかして、そう見えてたのって私だけだったのかしら? 少なくとも、あずささんはプロデューサーさんのことを好きだったように見えたんだけど……。
 そんな詮無いことを考えていると、真ちゃんに言い負かされてばつが悪くなったのか、プロデューサーさんがこっちへ近寄ってきました。
「やれやれ……最近の真には参るなあ。ま、あれだけ自分に自信を持ててるってのはいいことだけどね」
 と、窓を背に呟くプロデューサーさん。
 ちょっと趣味が悪いかもしれないけど……私は今気になっていることをどうしてもプロデューサーさんに訊いてみたくなりました。だって、このままじゃ夜も眠れないじゃない? 妄想しっぱなしで。
「あの、プロデューサーさん。昨日のあずささん、綺麗でしたね」
「あ、ええ、そうですね。とても、綺麗でした」
 そう言うプロデューサーさんの顔はとても清々しく、昨日のあずささんのように、やはり曇りが一点もない、心の底からの祝福のように見えました。……やっぱり、私の勘違いだったのかしら?
「それで……プロデューサーさんは、自分がかつて手がけていたアイドルが結婚しちゃって……嫉妬したりとかしてないんですか?」
「嫉妬、ですか?」
 うーん、と腕組みをして、一呼吸の間、目を閉じた後、プロデューサーさんは話し始めました。
「まあ、していないといえば、嘘になりますね。あれだけ手塩にかけて育ててきたアイドルですし、自分も初めてのプロデュースでしたから、特に。思い入れも強いです」
 それはまるで、アイドルとしてしか見ていなかった、そんな風に聞こえました。本当に、自分の担当アイドルとしてしか見ていなかったのか? そう訊かれたら、答えは多分「ノー」。今もそうだけど、当時だってプライベートでよく会っていたみたいだったから。
 だから、今度ははぐらかされないように直球で投げかけてみる。
「じゃあ、一人の男性としてはどうなんですか?」
「……なんで、そんなことを訊くんですか?」
 一瞬、プロデューサーさんの目が笑っていないように見えて、私は蛇に睨まれた蛙のように凍り付いてしまった。もしかして、触れちゃいけないことだったのかしら。……まあ、普通に考えればそんな気もするけど、あずささんの結婚で私も浮かれていたのかもしれないわね。
 そんな私の心配を余所に、プロデューサーさんはにこやかな表情で私に答えてくれました。
「やっぱり、していないといえば嘘になります。でも、そんなことは、僕にとって取るに足らないことなんです。」
 プロデューサーさんが言うには、やっぱりあずささんのことを好きだった、というのは間違ってはいなかったみたい。でも、それが取るに足らないって? 人を好きになることが「取るに足らないこと」になってしまうなんて、一体何があったのかしら……。
 プロデューサーさんの話は続きます。
「あずささんが結婚して、僕は本当に嬉しいんですよ。だって、この瞬間のために、僕は今まであずささんと共に歩んできたんですからね」
「プロデューサーさん……」
「これで、やっと僕のプロデュースも本当の意味で終わりです」
「それは……どういう意味ですか?」
 「今まで共に歩んできた」「やっとプロデュースも終わり」、まるで今まであずささんのプロデュースが続いていたかのような言い方が、私はとても気になりました。
「……それは、秘密です」
 結局、プロデューサーさんにははぐらかされてしまったものの、あずささんが結婚したことに関しては、本当に心の底から祝福していることが分かって、私は凄くほっとして……ちょっとだけ残念でした。
 お似合いの二人だと思っていた、というのもあるけれど、あずささんを巡って二人の男が争った果てに望まぬ結婚を迎えたあずささん、その結婚式に乱入してあずささんをさらっていくプロデューサーさん!
「あずささんはもらっていく!」
 相手の男はもちろん面目丸つぶれ。お互いの想いが通じ、そして二人は誰にもじゃまされない場所へと消えていくのであった。やはり愛が勝つ! 私もさらわれたいー!
 なんて、展開になったら楽しいなあ、って思ってたのに。世の中、そう上手くはいかないものなのよねぇ。
 一体、二人の間に何があったのかしら……。

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