「変な夢、見ちゃった、オレ」
「変な夢?」
大きな黒い目をさらに大きくまん丸にして、筒井さんが聞き返した。瞳の中に、太陽が入ってる。
「『昨日の夜のことが全部夢だった』っていう、夢」
きのうの、よる……答えたオレの言葉を繰り返して、筒井さんの顔がぱあっと赤らむ。
「思い出すと恥ずかしい?」
「……もうっ、三谷っ!朝から人をからかって!」
ますます真っ赤になりながらなじる声が、少し掠れている。
寝起きのせいだけじゃないんだろうな。
そう思ったけど、口にしたら今度は本気で怒られそうだから言うのはやめる。だって、筒井さんをからかう気なんてなかったんだ。夢の話だって、本当のことだし。
『きのうのよる』は、嬉しくて、幸せで、胸の痛くなるような時間だった。オレの下で体をよじらせながら何度も「みたに、みたに、」となく声。握る指の力。強さ。熱さも冷たさも途中から訳がわからなくなったのは、きっと二人が同じ温度になれたから。それが全部夢だなんて、嘘だなんて、冗談でなんか言えるはずがない。
そんなことを考えていたオレは、いったいどんな顔をしていたんだろう。筒井さんが心配そうに「大丈夫?」と気遣ってくれたのを見ると、情けないけど、相当へこんだ表情だったに違いない。
大丈夫、と言おうとしたけど、言葉は出てこなかった。だってどうしてだか、ちっとも大丈夫じゃない。このままだと、泣いてしまいそうなくらいで。何年も、人前で泣いたことなんかなかったのに。
「大丈夫だよ」
返事ができないオレの代わりに、筒井さんが言った。オレの右手を自分の両手で挟むようにして、ぎゅうっと包んでくれる。筒井さんの手が、あったかい。
「きのうのよるも、今も、夢じゃないよ」
何なら確かめてみる?と言って、筒井さんはまた赤に染まりながら、オレの手を連れて行こうとする。ゆっくりと、想いと行為をなぞらせるために。昨日、オレがしたのと同じ順番で。
「……もう一度繰り返したら、夢じゃないって思えるかな」
「それでも心配なら、また、初めから……してみていいよ。何度で……も……」
筒井さんは、あ、と一瞬息を詰まらせて、聞いたことのあるなき声をあげた。みたに、みたに、と。
「何度でも?」
それじゃあオレが今日、安心することはないかもね。
小さくごめんと言いながら、ああ、そういえば声が高くなる場所はここだったと、いつの間にか自由になった手で確かめてみた。
- TITLE
- 妄想みたつつ文
- DATE
- 2009/04/01(水) 14:50
- CATEGORY
- ヒカ碁::絵日記ログ