■DESTINY 〜皇帝二人〜■


 〜第一章 即位〜






 即位した時、文帝はまだ12歳であった。学問が好きで、おとなしくて、たよりないところがあったが、「心が優しくて善良な少女だ」という評判だった。

 世の中が平和で安定していたら、文帝は「心の優しい皇帝」として尊敬され、無難に一生を終えることができたかもしれない。しかし、後の歴史が証明するように・・・そうはならなかった。

 この先、悲劇的な最後を迎えることになる少女、文帝は、当然のことながら、まだこのときにはその未来をしることはない。

 少女は、幼いながらも、責任を持って政治を行おうとしていた。

「もっと暖かく、優しい政治をやりたい。みんながおだやかに暮らせるように」

 それが文帝の希望だった。紅翔元がこの孫の考えを聞いたら、

「何を甘っちょろいことをいっておるのか」

 と腹を立てたに違いないが、もちろん紅翔元はもうこの世にいないから、文帝の政治に口出しをすることはなかった。

「わたしが皇帝になったのだから、わたしの理想とする政治をしよう。人々を苦しめるのはやめよう。帝国にはたくさんのすぐれた学者や芸術家がいるのだから、そういった人をどんどん朝廷に集めよう」

 そう考えた文帝は、即位するとすぐ、自分の思いを実行にうつした。帝国の税金を軽くし、帝都中に住むすぐれた学者や芸術家たちを帝都へと呼び集めた。

 こうして、文帝の師となる学者、方儒孝(ほう・じゅこう)が現れたのだ。

 方儒孝は天下一の学者といわれる人で、学問の深さといい、人柄が立派で弟子たちに尊敬されていることといい、帝国に並ぶものがないとさえ言われている人物であった。

 文帝は方儒孝を「方先生」とよんで深く尊敬し、学問だけでなく政治についても熱心に教わるようになった。古くからの廷臣たちにとってはあまり面白くないことではあるが、それを気にする文帝ではなかったのだ。

 やらなければならないことは山のようにあった。なくなった紅翔元のために、盛大な葬式をして、立派な陵墓を作らなければならない。陵墓というのは皇帝の墓のことである。一つの丘全体を、まるまる巨大な墓にしてしまうのだ。そのために何十万人もの労働者を集めて工事をさせなくてはならなかった。

 そして、新しい皇帝の即位の儀式をおこない、これからの政治方針を決めなくてはならない。文帝の理想とする「暖かい、優しい政治」を行うために、新しい法律をつくったり、制度を整える必要がある。

 もちろん、これら全てを文帝一人ですることはできないし・・・もとよりその必要はない。皇帝のすべき仕事とは、自らが指針を決め、それを実行するための人材を決めるというものである。

 文帝はある廷臣を信頼していた。

 名を、黄調子(こう・ちょうし)という。

 黄調子は、今は亡き紅翔元から、

「孫のことを頼むぞ」

 と直々に言われていたから、文帝を助けて帝国の礎を固めようと心から誓っていた。

(その為なら)

 黄調子は唇をかみ締めた。

(どんなことでもしよう。私の命など惜しくない)

 黄調子は忠臣であった。心の底から、文帝に仕えていた。そこに一点の曇りもない・・・が、黄調子は頭の中で考えたことをそのまま実行しようとして、現実の厳しさを軽くみる悪い癖があったのもまた事実であった。

 それも仕方のないことなのかもしれない。

 小さい頃から勉学に明け暮れ、他人とかかわるということをしてこなかったのだ。今まではそれで十分だった。彼の相手をするのは、人間ではなく勉学であり、文章であり、法律であったからだ。

 しかし、これから先は違う。方程式だけでは解けない問題を解いていかなければならないのだ。

 ここに、後の文帝の悲劇が始まった、ともいえる。

 

 黄調子がまずやろうとしたのは、文帝の地位を固めて、逆らうものがいないようにすることだった。

「そのためには、陛下の地位を脅かす可能性のある王たちを全て片付けてしまうことだ」

 紅翔元の直接の子供は北王しか残っていないが、その他に直系ではないが紅翔元の血を引いている王たちがあちこちの地方にて領地を与えられていた。王たちは自分の領地に豪華な宮殿を建て、軍隊を持ち、大きな勢力をふるうようになっていたのだ。

 そのことを心配する廷臣たちは何人もいた。彼らはみな、「王たちの勢力を抑えないと、朝廷にとって危険である」ということで意見は一致していた。しかし、「ではどうやって王たちの勢力を抑えるか?」という問題にかんしては答えが決まってはいなかったのだ。

 下手に手をだすと、藪から蛇ということもある。今までは慎重論が大勢をしめていたのだが・・・

「生ぬるい」

 それに異を唱えたのが、黄調子であったのだ。

「そなたたちは生ぬるい。そんなことで、陛下を守ることができるものか」

 朝議の中、黄調子は鋭い口調でそういった。

「朝廷のするべきことはただ一つ。軍隊の力を使って、力づくで王たちを滅ぼしてしまうことだけだ」

 黄調子のあまりに性急すぎる意見に対し、当然のことながら廷臣の中で反対するものが現れた。

「それでは戦争になってしまう。もっと穏やかな方法で王たちの勢力をそぐべきだ」

「ほほう。ではどんな方法があるというのかね?」

 見下すような視線で言う黄調子に気分を害されながらも、それでも廷臣たちは自らの思う意見をのべた。

「例えば、ひとりの王に5人の子がいたとする。王が死んだら、その領地を5つに分割して子供たちに受け継がせればよい。そうすれば、王たちの勢力は次第に弱くなっていって、最後には朝廷に逆らうことなどできなくなる」

「机上の空論だな」

 黄調子は吐き捨てるようにいった。

「それでは時間がかかりすぎる」

「時間がかかっても、平和なほうがいいではないか」

「平和・・・だと・・・そんなぐずぐずした手段をとっている間に、王たちが謀反を起こしたらどうするのだ?それこそ平和などと言っている場合ではなくなるであろう!」

「まだ謀反が起きてもいないのに、どうしてそう決め付けるのだ?」

「分からんのか?謀反が起こってからでは遅いのだよ」

「あなたこそ!平和な世の中にわざわざ混乱を起こそうとしているのではないか!?」

 朝議はいつも、こうして荒れに荒れていた。

 心優しい文帝は、心を痛めていた。本来ならば廷臣たちの議論をとりまとめるのが皇帝の役割なのだが、あえて何もしようとはしなかったのだ・・・かかわるのが嫌だったから。

 

「王たちのことは、みなにまかせる」

 文帝はそれだけを言い、廷臣たちを残して奥へと戻っていった。そこには自分の顧問である方儒孝がいた。

「方先生のおっしゃられる通りです」

 身分でいえば果てしなく差がある文帝と方儒孝であったが、文帝はそんなことを気にすることはなく、礼節を保って語りかけていた。

「やはり、あらゆる人々を教育して、理想の世界を作らなくてはならない・・・みなが争わず、欲を持たず、お互いに優しく思いやりを抱いて幸福に生きていける世界を。そのような世界ができたなら、もう軍隊も牢獄もいらなくなりますもの」

 文帝は、心からそう思っていた。

 そして、方儒孝と一緒に、理想の世界について熱心に語り合っていた。

 

・     ・・現実の世界から目を背けて。

 

その間、黄調子は朝廷を自分の思うとおりに動かすことに成功していた。

 

 黄調子がまずとったのは、紅翔元の葬式に、王たちが出席することを禁じることであった。

「王たちは朝廷から命令があるまで、自分の領地を一歩たりとも動いてはならぬ。これは先帝陛下のご遺言である」

 この一方的な布告を、もちろん頭から信じる王たちはいなかった。

「そんなことを信じることが出来るか・・・おおかた黄調子が勝手に考えていることだろう・・・さて、この事について他の王たちと相談をしてみたいのだが・・・」

 しかし、思考はここで止まってしまうのである。

 いくら王たちが不安をいだいていても、他の王たちと相談することはできなかったのである。なぜなら。

「王たちが互いに手紙を書いたり使者を出したりすることを禁じる。もしもそのようなことをしたなら、それはすなわち、謀反の相談をしているとみなす」

 このような朝廷からのお達しがあったからである。王たちは悔しがったが、どうすることもできなかった。

「我々の力ではどうしようもない。だが、北王がいる。北王がきっと黄調子をなんとかしてくれるに違いない」

 黄調子も北王に注目していた。じつのところ、黄調子が本当の意味で警戒していたのは北王だけだったのである。他の王たちは、多少のわがままをいうことがあるにしても、実際に謀反をおこすだけの力も気概もないであろう。しかし。

「北王だけは、違うからな」

 黄調子はつぶやいた。

「他の王などどうでもいい。問題なのは北王だけだ」

「実力で朝廷を倒すことができるのは北王だけだからな」

「・・・ならば、北王を滅ぼしてしまわないと、朝廷が危うくなる」

「つまり、朝廷のために北王を滅ぼすのが、私の役目・・・」

 うっすらと目を閉じる。黄調子の中には、一点の私心もはいってはいなかった。純粋に、朝廷のためによかれと思って行動しているのだ・・・その結果が、朝廷の為になるとは限らないのが、未来を見通すことのできない人間の悲しさではあるのだが。

「・・・やはり、かねてからの計画通り、削藩をおこなうことにしよう」

 削藩というのは、王の身分も領地も軍隊も、その全てを取り上げてしまうことである。

 

 そう決意した黄調子の行動は迅速であった。

 やり方はこうである。

 まず王の部下に、「王は謀反をたくらんでいます」と密告させる。密告が本物かどうかは関係がない。大事なのは、「密告があった」という事実なのだから。こうして密告と同時に朝廷の軍隊が出動して、王を捕らえ、牢に放り込んでしまう。身に覚えのない王は、呆然としているうちに、全ての権利を奪われてしまうというわけだ。

 最初に削藩されたのは、周王であった。周王は日ごろから文帝に対して態度が悪かったので、標的にしやすかったのである。

 周王は、

「俺は叔父だぞ。なんだって姪に対してぺこぺこと頭をさげなければならんのだ」

 と言ってはばからなかった。また周王は北王と仲が良く、もしも北王が謀反を起こしたなら必ずやその味方をするであろう、と思われていたのも狙われた理由の一つである。

 文帝が即位してからわずか二ヵ月後、周王は削藩された。

 この事実にみなが驚いている間に、今度は斉王が削藩された。次に、代王。その次に、湘王。そして、敏王。立て続けに5人の王が削藩されてしまったのだ。

 黄調子の行動は容赦がなく、また迷いもなかった。自らが正義だと信じていることを、実直に実行していたのだ。

 王たちが全て、ただ黙って捕らえられたわけではなかった。中でも湘王は、宮殿を軍隊に包囲されると怒りに震えながら叫んだのだ。

「予は謀反など起こさぬ。無実の罪で削藩され、牢に放り込まれてたまるものか。皇帝に伝えるがよい。このような非道を繰り広げているなら、いずれ汝も、予と同じような目にあうぞ、と!」

 湘王は王としての正式な服装に着替え、自分の手で宮殿に火を放った。朝廷の軍隊が見守る中で、宮殿は猛火と煙に包まれ、ついには焼け落ちた。

 

 この報告を聞かされ、文帝が悲しんだことは言うまでもない。

「あぁ・・・ついに人を死なせてしまった・・・何も死なせることはなかったのではないか?悪いのは朕だ。朕がしっかりしていないから、このようなことになってしまったのだ」

 黄調子は、顔色を変えて反論した。

「陛下、何をお気の弱いことをおっしゃられているのですか!陛下が湘王を死刑になさったわけではありません。湘王は自分で勝手に死んだのでございます。自業自得というものでございましょう。陛下がお心をお痛めになる必要が、いったいどこにありましょうぞ?」

「しかし・・・」

 文帝は、その大きな瞳に涙を浮かべて、じっと黄調子を見つめていった。

「そなたはそう言うが、湘王が自殺をするまで追い詰めてしまったのは確かではないか。これ以上、人を死なせるようなことを朕はしたくない・・・もう、削藩はやめたほうがいいのではないか?」

「何をおっしゃいますか!」

 黄調子は大声をあげた。

 皇帝の前で廷臣が大声をあげるのは、朝廷での礼儀作法にそむくことだ。しかし黄調子はそんなことにはかまってはいられなかった。自分は朝廷のために・・・ひいては皇帝陛下のためにつくしているのだ。自分は正しいのだ。自分は、幼い皇帝を正しい道に導いていく義務があるのだ・・・黄調子は、そう信じていたのだった。

「陛下」

 黄調子は、さとすような口ぶりではなしはじめた。

「今になって削藩をやめるというのは、朝廷のやり方が間違っていた、と認めることになってしまうということです。それでは天下にしめしがつきません。朝廷のやることは、いつも必ず正しいのでございます。それに、もしも削藩をやめたら、他の王たちはどのように思うでしょうか?それ見たことか、やはり朝廷は間違っていたといい、今まで以上にわがままをつのらせるに決まっております」

 興奮してきた黄調子は、身振りをまじえて力説をする。

「だいいち、湘王一人が自殺したからといって、それがどうしたというのですか?王たちが謀反を起こして戦争になったとしたら、何万人もの死者が出ます。私は、そうならないようにするために、今苦心しているのでございます!」

 文帝はたじたじとなった。

 なんといっても、まだ12歳の少女なのである。議論の迫力でも、しつこさでも、文帝はとうてい黄調子にかなうわけがなかった。

「・・・わかった。わかった」

「全ては陛下のおんためでございます」

 黄調子はニヤリと笑ったが、そこには一片の私心もなかった。心の底から、純粋に、こうして削藩をつづけることが、皇帝のためであると信じていたのだ。

 

 黄調子とわかれて、文帝は宮殿の庭に出た。

 憂鬱な気分で散歩を始める。黄調子が自分のことを思って行動してくれているのはよく分かる。分かるのだが・・・

「あんなに、しつこい、おしつけがましい者であったか」

 どうしてもため息が出てくるのであった。

 ふいに、文帝は足をとめた。

 やわらかすぎる土に、足がめりこんでしまったように感じたのだ。

 その光景を見ていた、庭の掃除をしていた若い宦官が、あわてて地面にひざまずいた。

 文帝は自分の足元を見下ろした。そこに花でも植えることになっていたのだろう。小さな穴が開いていて、文帝はそこを踏みつけ、やわらかい土で沓をよごしてしまったのである。

「そなた、名をなんという」

 文帝は、ひざまずいた宦官にたいして声をかけた。

「は、はい。伍亮(ご・りょう)と申しまする」

「そうか。では伍亮よ、足を洗いたいゆえ、水を持ってきてはくれないか」

「はい。かしこまりました」

 宦官に対してだというのに、皇帝の声は優しかった。伍亮は感激して、すぐに駆け出し、水の入った桶と布を持ってもどってきた。

 大きな石の上に、文帝は腰をおろした。伍亮はその前にひざまずき、うやうやしく文帝の足から沓をぬがせた。そして布を水にひたし、文帝の足を拭き始めた。

 やわらかい。

 ふと気づくと、文帝の左足の甲に、一つのほくろがあるのに気がついた。

(これなら、陛下のお顔を見なくても、足を見るだけで陛下のことが分かるな)

 宦官の伍亮はそんなことを考えながら、丁寧に文帝の足を拭いていた。

 宦官というのは、皇帝や王のそば近くにつかえる役人のことで、国の政治は廷臣たちがおこなうが、皇帝や王の私生活は宦官たちの担当なのであった。とくに妃や女官が何千人もいると、その世話をするのが大事な仕事であった。

 宦官は、男でも女でもないといわれる。通常の宦官ならば、手術で男性器を切り取った男のことをいうのだが、この大陸では違って、「男でも女でもない」という事実は同じなのでが、この場合は「男でもあり、女でもある」という意味である。

 つまり、両性具有者のことであるのだ。

 やがて、文帝は立ち上がって、伍亮に礼をのべた。

「そなたがいてくれて助かった」

「おそれおおいことでございます」

 庭に平伏して、伍亮は、歩み去る文帝の後姿を見送った。

 この出逢いが、後の文帝の運命をかえることになるとは、当の文帝も、もちろん伍亮も、今の時点では知る由もなかった。

 風だけが、宮殿にふいてきていた。

 

 この頃、都では奇妙な歌がはやっていた。

 

 燕を追うな

 燕を追うな

 燕を追えば空高く飛び

 皇宮の屋根にのぼってしまうぞ

 

 都ではこの歌に対して、ひそかな噂話がささやかれ始めていた。

「おい、あの歌を聞いたか」

「聞いた聞いた。よく子供たちが歌っている」

「なんだか、意味ありげな歌だな」

「うん。燕というのは鳥のことではなく、きっと北王さまのことだろう」

「やっぱりそう思うか?」

「思うとも・・・北王様のお名前は、紅燕(こう・えん)さまだもんな」

「朝廷はいろいろと、北王さまを追い詰めていなさるそうな」

「北王さまは今は我慢なさっているようだが、そのうち怒り出すに決まっている・・・そうなったら戦争だぞ」

「戦争か」

「戦争だ」

 帝都の人々は、声をひそめてそう語り合うのであった。


















「あ・・・あ・・・」

「殿下、ここが気持ちいいのですか?」

「あ・・・玉蘭・・・もう少し・・・上・・・」

 王族用の柔らかなベッドの上で、二人の女性がからみあっていた。腰まで届く銀色の髪を振り乱し、快楽だけを追求した表情で、口元から一筋の涎を垂れ流している。



 北王、紅燕であった。

「もう少し上・・・どこですか?」

「意地悪いわないで」

 紅燕は、自らを責めてきている女性の手をとった。指先が濡れているのが分かる。濡れているのは、自分の秘所を先ほどまでさわってもらっていたからだ。

「ここ・・・この小さな突起を、触って欲しいの」

「分かりました。殿下」

 といったものの、指は動かさない。紅燕は腰をくねらせながら、「早く・・・早く・・・」と吐息を漏らしている。

 玉蘭は、紅燕の両足を、ゆっくりと左右に開いた。透き通るような白皙の肌に、不釣合いな濃い陰毛があおあおと茂っている。その茂みの中にある紅燕の女性器は、ぬらぬらと濡れて糸をたらしていた。

「まだ触ってくれないの?」

 せつなそうな声をあげ、紅燕はうるんだ瞳で玉蘭を見つめた。頬が朱色に染まっている。玉蘭はそんな主君の姿を美しいと思った。

 紅燕のツンと上を向いた形のいい乳房に息を吹きかけ、舌先で乳首にそっと触れる。

「あ」

 紅燕は背中をびくっと動かした。触ってほしいのはあそこなのに、今舐められているのは違う場所なのに、それでも沸きあがってくる快感を抑えることはできない。

「・・・気持ちいい」

 大事な場所にはなかなか触ってはくれない。ならば、別の場所から得られる快楽を最大限に味わおう。

 紅燕はそう思い、意識を乳首へと集中させた。

 と、その時。

「ひゃうっ」

 何の前触れもなく、玉蘭の指先が秘壷の中へと滑り込んできたのだ。よく濡れていたその穴は、なんの抵抗もなく、するりと玉蘭の指を受け入れる。

 ふいに襲ってきた感触に、紅燕はなすすべもなくその身をゆだねていた。

「玉蘭・・・」

 普段、軍隊を率いている凛々しい姿からは想像もできないようなとろけきった表情で、唾液にまみれた舌を突き出すとキスをねだる。

「キスして・・・キスして欲しいのぉ・・・」

 体の中を内側からまさぐられながら、紅燕は桃色の舌を突き出した。

 玉蘭は少し微笑むと、まずはその舌のからただよってくる紅燕の唾液の香りをくんくんとかいだ。

「殿下、雌の匂いがしますよ」

「そうなの。雌なの。私、あなたの雌なの」

 くちゅ。くちゅ。くちゅ。

 玉蘭の指づかいは止まらない。中に入れる指の数を二本に増やし、わざと卑猥な音をたてながら主君の秘壷をこねくりまわしている。

「玉蘭の唇をちょうだい・・・」

 返事はなかった。

 玉蘭は舌を伸ばし、その先が紅燕の舌先へと触れた。

 感じやすい粘膜と粘膜がふれあう。ぬらりとしたその感触を味わいながら、舌先だけをちろちろと動かす。

 玉蘭の右手の人差し指と中指は紅燕の濡れほそぼった秘壷の中に入っていたのだが、そのまま、今度は親指を動かし、ぴんと張り詰めていた紅燕のクリトリスに触れた。

「あっ」

 声をあらげようとした紅燕の口を、自らの口で強引にふさぐ。

「ん・・ん・・・・ん」

 舌を入れる。主君の口内を舌で犯しているような気分だ。中に差し入れた指の締め付けが厳しくなる。

 唾液が口の端々から零れ落ちる。紅燕の口内は唾液でいっぱいであり、また秘壷も愛液でいっぱいに濡れている。

(まるで、液体のつまった袋のようだ)

 との考えが玉蘭の脳裏に浮かぶ。どこまでジューシィな主君なのだろう。今、自分の目の前で快楽に打ち震えている女は、主君というよりも、ただの卑猥な液体のつまった快楽を求めるだけの塊であった。

 玉蘭は美しい女性であった。

 北王、紅燕につかえてもう何年になるのだろう?もう忘れてしまった。この方に仕えている意外の人生を想像することが出来ない。

 頭の後ろの部分で漆黒の黒髪をまとめている。

 玉蘭は武人であった。常日頃は、北王とともに兵を引き連れて異民族と戦っている。赫々たる武勲の持ち主ではあったのだが、こうしてプライベートでは主君の恋人役もつとめている。

 戦場では、主君に勝利を。

 ベッドでは、主君に快楽を。

 そのどちらにおいても、玉蘭は熟練の技量を発揮していた。

 今、主君は快楽に溺れている。しかし、もっともっと、快楽には先があるのだ。

 玉蘭は笑った。

 主君の為の行動なのだろうか?それとも、自分の中にある女の本能なのだろうか?

 どちらでもいい。今は快楽を求めよう。

「殿下」

 口内から舌を抜き、つぅっと唾液の糸を引きながら、玉蘭はいった。

「ん・・・」

 とろんとした目で見つめ返す紅燕。もはや何度絶頂に達したのかも分からない。とろけきっているのは心も体も両方であった・・・しかし、まだ足りない。もっともっと、身が焦がれるような快楽が欲しい。

 その気持ちを受け止めたのか、玉蘭は妖艶な笑みを浮かべて言葉を続けた。

「殿下。気持ちよくなるのは勝手なのですが、一人だけで快楽を得られるのはいかがなものでしょうか?」

「・・・うん」

 玉蘭の言葉の意味をさとった紅燕は、震える手を伸ばし、まずは玉蘭の乳房にそっと触れた。

 手のひらでは収まらない大きさのその乳房を、ゆっくりとこねくりまわす。ぴくっと、玉蘭の乳首が大きくなるのが分かった。他人に快楽を与えるのは、自分が快楽を得ることと同じように気持ちいい。

 それに、紅燕が動くたびに、玉蘭も動いてくれている。

 紅燕が玉蘭に快感を与えるたびに、玉蘭も紅燕に快感を与え返してくれている。

(まるで、玉蘭の体を通じて、オナニーをしているみたい)

 快楽により、白くかすんだ脳内で、紅燕はふとそう思った。

「陛殿下」

 そのまま、女性器に手を触れようとした紅燕を、玉蘭はおしとめた。

 快楽を得たい場所は、ここではない。

「私が触ってほしい場所は、違います」

 そういうと、玉蘭は紅燕の秘壷から指を抜いた。

「あ」

 たったそれだけの、引き抜かれる感触で、紅燕はまた小さな絶頂を迎えていた。ぴくぴくと体を震わせながら、力の抜けきった目で玉蘭を見つめる。

「私が触って欲しいのは・・・」

 そういって、玉蘭は、先ほどまで入っていた指を、少し、下へとずらした。

「・・・」

 紅燕は分かっていた。その場所へと集中させる。

 女の子の、一番恥ずかしい所。

 快楽を得てはいけない所。

 禁忌。

「あ」

 愛液でよく濡れた指先は、なんの抵抗もなく、紅燕の菊の穴・・・肛門へと滑り込んでいった。

「ま、待って・・・待って玉蘭」

「いいえ。待ちません」

 腸圧によって押し出されそうになる指に力を入れ、逆に一気に押し込む。紅燕の肛門は、入り口だけはしまっていたが、奥にまでいくと何の抵抗もなくなっていた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 臣下に、肛門を犯されながら、紅燕は今日何度目かの絶頂を迎えていた。

「一人だけでいかないでください」

 玉蘭は肛門の中で指を動かしながら、いたずらそうに言った。

「私の菊穴にも、殿下のご寵愛を賜りたいのですが・・・」

「・・・うん」

 紅燕は、素直にそううなずくと、ゆっくりと指先を伸ばした。玉蘭の菊の入り口に触る。そこはすでに、だらだらと流れ落ちてきている愛液にまみれてぐちょぐちょに濡れていた。

「玉蘭、力を抜いて」

 恥ずかしそうに言う紅燕。

 玉蘭は笑った。

「どうして、力を抜かなければいけないのですか?」

「だって・・・」

 上目づかいでみあげる。玉蘭は優しそうな瞳で見返してきていた。

 恥ずかしい。言いたくない。けれど。

(恥ずかしい目にあいたい)

 紅燕は心の底ではそう思っており、玉蘭はそれを十分に理解していた。

「もう一度聞きます。どうして、私は力を抜かなければいけないのですか?」

「それは・・・」

 今度は、もう迷わなかった。紅燕は形のよい唇を動かすと、いった。

「力を抜いてもらわないと、入らない」

「何が?」

「私の、指が」

「どこに」

「それは・・・玉蘭の・・・」

 頬を染め、目をそらし、いう。

「お尻の、穴」

「はい。分かりました」

 玉蘭は、紅燕の額に、そっとキスをした。そして、力を抜く。

 菊穴に抵抗がなくなったのを感じて、紅燕は、ゆっくりと、しかし確実に、人差し指を玉蘭の肛門へと押し込んでいった。

 じゅぶ・・・じゅぶ・・・

 中へと入る。

 二人の美しい女性は、それぞれの肛門の中に、それぞれの指を入れ込んでいた。

 目と目が合う。

 今、目の前の相手の肛門の中に、自分の指が入っている。

 ぎゅっと、力を入れる。お尻の穴がしまり、指を締め付ける。自分が指を締め付けると、相手も締め付けてくる。肛門でつながっている。

「殿下、こうしてください」

 背筋をかけのぼっていく快楽を楽しみながら、玉蘭はいった。紅燕は、素直に「うん」とうなずく。

 玉蘭は人差し指を紅燕の肛門に差し込んだまま、今度は親指を先ほど以上に濡れほそぼっている紅燕の女性器の中へと入れ込んでいった。

 ちょうど、人差し指と親指とで、穴と穴をつまみとる形になる。

「ま・・・待って・・・待つのだ、玉蘭、それは、あ、ああ」

 女性器の奥まで親指をつきこまれ、また、同時に人差し指で肛門の奥まで差し込まれている。玉蘭は、親指と人差し指を、できるだけ接近させた・・・接近させたといっても、もちろん、女性器と肛門の間には、腸壁がある。それをぎゅっとつままれている形だ。

「だめ、それはダメ。ダメ。してはいけない。あ、あ、やめて」

 そういわれて、やめる玉欄ではないし、また、自分の主君はやめてと言いながら、心の底ではやめて欲しくないと思っているのが分かった。

 なぜなら。

 口では「やめて」といいながら、しっかりと、紅燕は今玉蘭がしているのと同じように、親指を玉蘭の女性器の中に滑り込ませ、つまみあげようとしているのだから。

「やめません」

 そういうと、秘壷と肛門を挟み込んだまま、今度はぎゅっと腕全体を紅燕の奥へ奥へと押しやっていく。

「あ、あ、あ、いや」

 口からよだれを撒き散らしながら、銀色の髪を振り乱しながら、紅燕はいった。

「女の子なんだから・・・そんなことまでしちゃ・・・いやぁ・・・」

「まだまだこれからですよ」

 指先に、あるものの感触を感じると、玉蘭はいった。

「・・・これから?」

「そう。これからです」

 主君の尻穴の、奥の奥にまで差し込んだ人差し指の先が、あるものに触れていた。

 紅燕自身は、それに触れられていることに気づいていない。肛門での快楽は、その入り口だけで感じ取ることができ、腸の奥底には快楽を感じる器官がないからだ。

(だからこそ)

 気づかれずに、触ることができた。

(いや。本当は気づかれているのかもしれないがな)

 この際、それはどちらでもいい。大事なのは、今、自分の指先に、主君の一番恥ずかしい塊が触れているということだけだ。

「殿下」

「・・・なに?」

「今、私の指に触れているものがあります」

「・・・」

 答えはなかった。だが、今までにないくらい頬を真っ赤に染めているのは、その「触れられているもの」の存在に気がついたからであろう。

 お互いの肛門に指を入れあって快楽をむさぼっているにもかかわらず、恥ずかしいことはやはり恥ずかしいのであろう。その姿を見て、玉蘭はまた、いじわるな気持ちになる。

「暖かいです」

「言わないで」

「柔らかいです」

「言わないで」

「あ、今、動きましたよ」

「・・・」

「ちょっと押し込んでみましょうか」

「・・・」

「指先がぬるぬるしています」

「いや」

 顔をあげる。視線が合わさった。自分の体の中の・・・うんちを触られながら・・・お互いの瞳を見つめ続けるのは変な感じがした。

「私もおろしますね」

 玉蘭はそういうと、お腹に力を入れた。

 紅燕は差し込んだ指がぎゅっと締め付けられるのを感じた。

 その間にも、玉蘭は指先をころころと動かしている。

「あ」

 ふいに。

「戻される」

 紅燕の指先に、塊が触れた。その塊は硬く、玉蘭の腸の奥から外に向かって出ようとしている。

 しかし・・・紅燕の指が蓋となり、外にでることは出来なかった。

「・・・玉蘭」

「はい。なんでしょう、殿下」

「あたってる」

「何にですか?」

「・・・」

 紅燕は答えなかった。恥ずかしそうにうつむく。その姿がいとおしく、玉蘭はいじわるそうな声をあげた。

「何に、当たっているのですか?言ってくれないと分かりません」

「・・・ち」

 肛門に指を入れられたまま、紅燕はいった。

「聞こえません。もっとはっきり言ってください」

 わざと、そういう。

 恥ずかしがっているが、それでも本心は言いたがっているはずだ。

(ならば、その後押しをしてあげなければ)

 玉蘭は、体を動かす。乳首と乳首が触れた。ぴくんと紅燕の体が動き、そして、今度ははっきりとした声でいった。

「うんち」

「はい」

「うんちにあたってるの」

「はい」

「玉蘭のうんちが、私の指先にあたっているの!」

「殿下のうんちもですよ」

 そういうと、玉蘭はよく濡れほそぼった中指を、紅燕の肛門の中へともぐりこませた。指はにゅるっと中に入り込み、なんの抵抗もなく二本の指を受け入れた。

「私の・・・うんち?」

「はい。殿下のうんちです」

 ぐっと指を押し込む。紅燕の直腸の中で、人差し指と中指がふれあい、そして。

 摘み取った。

「今、なにをしているか分かりますか?」

「分からない」

「想像してください」

 くいっ、くいっと、指を動かす。自らのお尻の中で、他人の指がうごめいている。

 二人の女性が、お互いの肛門の中に指を入れ、お互いのうんちを触りあっている。

 この光景を、今の姿を、その口から言わせたい。

「今、私がなにをしているでしょう?」

「いやぁ・・・」

「殿下のは柔らかいから、いろいろ出来ますよ」

「やめて・・・」

「やめません」

 にこっと、笑った。

「言ってくれないと、やめません」

「してるのぉ・・・」

 肛門の力を強めながら、涙を流しながら、紅燕はいった。

「私のお尻・・・うんち穴の中で、玉蘭が、私のうんちを触っているの!」

「正解です」

 そういうと、玉蘭は人差し指と中指とで紅燕の直腸内のうんちをつまむと、ゆっくりと、しかし確実に、外に向かって引き出し始めた。

「・・・何をしているの?」

「分かりませんか?」

 嬉しそうに、玉蘭はいった。

「殿下のうんち、外に出たがっているので、協力してあげているんです」

「・・・ダメ!」

「ダメと言われましても」

 紅燕の肛門が開かれ、中からゆっくりと、玉蘭の指が出てくる。

 その指先につままれているのは・・・紅燕の・・・排泄物。

「もう出てしまいました」

「いやぁ・・・」

 恥ずかしさのあまり、紅燕は肛門に力を入れた。にゅるっと玉蘭の指が抜き出される。うんちは途中で切られ、強制的に排泄させられたのは、玉蘭がつまんでいたほんの一部のうんちだけであった。

「切れてしまったじゃないですか」

「玉蘭の、変態」

「そういう殿下こそ」

「変態。変態。変態」

「私のお腹の中で、今、私のうんちを触っているじゃないですか」

「・・・変態」

 そういいながら、紅燕は玉蘭の直腸内でうんちを触るのをやめようとはしていない。むしろ、もっと楽しそうに、うんちをもて遊んでいるような風さえ感じられる。

 香りがした。

 体内から外気に触れることのできた、それは玉蘭の指先につままれた、紅燕の排泄物の匂いであった。

「・・・」

 しばらく玉蘭は考えていた。

 しかし。

 やがて。

「殿下」

 快楽と背徳感とがせめぎあい、まるで小動物のように震えている主君の姿を見て、いとおしさで気が狂いそうになった玉蘭は、肛門から引き抜いた指先を・・・ゆっくりと・・・近づけてきていた。

「殿下」

 紅燕は、顔をあげた。目の前に、玉蘭の顔がある。そっとキスをする。香りが強くなる。気がつくと、引き抜かれた玉蘭の指先が目の前にあった。

 玉蘭の唇。紅燕の唇。その間に、紅燕の・・・

「うんち」

「はい」

 そういって、玉蘭は舌を伸ばした。ちろりと、舌先が、指先に、その先にある、紅燕の体内から出されたうんちへとあたる。

 ぺろり。

 舐めた。唾液がそっと糸を引き、うんちと唇の間にたれた。

「美味しいです」

「変態」

「殿下下も」

「変態」

「さぁ、舌を出して」

「・・・変態」

 紅燕は、形のいい唇をあけると、舌を突き出した。腰まで伸びた銀髪がゆらめく。

 くちゅ。

「どうですか?」

「・・・変な味」

「変じゃないですよ」

 そういうと、玉蘭はまた再び、舌を伸ばした。その舌が茶色いうんちに触れる。

「・・・殿下の味です」

「変態」

 そういいながら、今度は自ら自主的に、紅燕は舌を伸ばした。舌を伸ばしている最中、玉蘭と目が合う。すごく、優しい目をしていた。恥ずかしくなってうつむき、舌だけを伸ばし、自らの排泄物に触れる。

 くちゅ。

 玉蘭も、舌を伸ばす。玉蘭の舌と、紅燕の舌が、うんちの上で、そっと触れた。

 そこからは、すぐだった。

 ぐちゅ・・くちゅ・・・ちゅぷ・・・

 ちゅぱ・・・ちゅぷ・・・くちゅ・・・

「ん・・・ん」

「はぁ・・あ」

「殿下ぁ・・・」

「玉蘭・・・」

 お互いの舌と舌がふれあい、まさぐりあい、そしてうんちが溶け合っていく。

「うん・・・美味しい・・・」

「あ・・・あ・・・あん」

 くちゅ・・・ちゅぷ・・・

 唇と唇が吸いあう。

 お互いの口内の中でまるで生き物のように舌がふれあい、その間をすでに液体となりはじめているうんちが流れあい、染み込んでいく。

「あん・・・殿下・・・」

 玉蘭が口を離した。茶色い糸がつぅっとたれる。

「もう我慢できません」

「我慢なんてしなくてもいい」

 そういうと、また再び唇を押し寄せる。紅燕からキスをせまった。

 くちゅ・・・

 茶色い液体をこぼしながら、二人は貪欲なまでにキスをしあった。

「ん・・・ん・・・」

 言葉はいらなかった。

 玉蘭のいいたいことが、口の粘膜を通して伝わってきた。

 舌先で残りのうんちがつぶしあい、そして。

 ごくん。

 飲み込む。

「いいぞ・・・」

 紅燕は、いった。

 ゆっくりと、指を引き抜く。

「出しても、いいぞ」

 びくっ、びくっと、玉蘭の体がうごく。汗が流れ落ちている。もう、我慢の限界なのであろう。

「殿下・・・」

 言葉をまたず、紅燕は再びキスをした。

 お互いの匂いが混ざり合う。

 にゅるり。

 玉蘭の肛門が、大きく開かれた。ゆっくりと。しかし確実に。

 極限まで開かれたその肛門から、茶色い塊が顔を出す。ぬらりと腸液で濡れたそのかたまりは、外気に触れて白い湯気をはなっていた。

 肛門がひくついている。皺が伸びきり、切れてしまいそうだ。

 玉蘭は唇を離し、紅燕を抱きしめ、そして、絶叫した。

「うんち・・・出ます!」

 排泄音が、鳴り響いた。

 




















 北王は北平に本拠地をおいている。

 高い巨大な城壁に囲まれた、戦闘用の都である。

 北平は帝国の広大な領土の一番北にある。紅翔元は、自分の子供のなかでもっとも勇敢な紅燕を北平においた。

「そなたが北平にいてくれれば、朕は北の国境についてまったく心配せずにすむからな」

 紅翔元は北王にそういった。つまり北王は、帝国の北方防衛軍の総司令官であったのだ。

 北王はこの年、26歳。

 背が高く、しなやかな体つきで、瞳には力があふれ、見事な銀髪が腰まで伸びている。

 北平城内にある北王の屋敷を、「北王府」という。ひと時の情事が終わった後、北王府の書斎で、北王は、部下の武将たちを集めて報告を受けていた。

「都では廷臣どもが好き勝手なことをしているらしいわね。黄調子など、『北王は必ず謀反を起こすから、その前に滅ぼしてしまえ』と主張しているということだし」

「殿下のお力をおそれているのでしょう」

 そういって笑ったのは、張玉蘭である。北王の部下の武将たちの中でも、もっとも名高い人物で、また北王の愛人でもある。つい先ほどまで、うんちまみれで二人で情事にふけっていたというのに、そのような雰囲気などついに感じさせない。髪の毛を後ろでたばねたその姿は眼光鋭く、歴戦の武人のたたずまいであった。

「ほろぼしてしまえ、などと口では勇ましいことを申してますが、こと戦いにおいて殿下に勝てるものが都におりますでしょうか」

 そういったのは朱麗(しゅ・れい)で、こちらは真っ赤な鎧を着ている若い女性であった。北王の武将の中でも、張玉蘭と並び称されている武将でもあった。

「ふっ・・・口をつつしめ、朱麗。黄調子が聞いたら、『それみたことか。いよいよ謀反をおこす気だな』と騒ぎ立てるだろう・・・うるさくてかなわぬ」

 北王がいうと、張玉蘭と朱麗をはじめ、その場にいた武将たちはみな笑い声をあげた。

 張玉蘭も朱麗も、物心ついた頃から北王とともに戦場を駆け巡っている。二人ともまだ20代で、さらには女性ではあるのだが、異民族と戦って何度も武勲をたてている。都の中にいて実際の戦場に出てはいない黄調子など、少しもおそれてはいなかったのだ。

 その時、宦官が部屋にはいってきて、張玉蘭に新しい客がきたことを知らせた。

「・・・殿下。和尚がおいでになったそうでございます」

 丁寧に張玉蘭が北王に報告した。

 ほどなく、ひとりの僧が北王たちの前に現れた。

 この年、34歳になる導炎(どう・えん)である。背が高く、やせているのに、武将たちのだれよりも大きく力強くみえる。

 不思議な人物であった。

 ただの僧侶ではない。導炎は北王の軍師として、天下に広く名を知られている男なのだ。

「これは和尚、よく来てくださいました。お疲れでしょう。どうか少しここにいて、茶飲み話でもしておくがいい」

「ほっほっほ。これはありがたい。ではお言葉に甘えることにいたしましょう」

 導炎はすすめられた椅子に座った。

 導炎は仏教をおさめた人だが、また詩人としても易者としても超一流の人物であった。かつて。

「あなたは僧だというが、寺のなかで一生を終える人ではない。きっと、いつか英雄を助けて天下をとらせる軍師になるでしょう」

 と、ある預言者に言われた時、導炎は、

「ほっほっほ。面白い話ですな」

 といって笑ったという。

 導炎と北王との出逢いは、先の皇帝、紅翔元がそのきっかけをつくったのであった。

 まだ少女であった北王が北平に赴任するとき、紅翔元は導炎を呼び出して北王の顧問にしたのだ。当時からすでに名声の高かった僧侶である導炎に、北王のさまざまな悩みを聞いてくれることを期待していたのだ。導炎が北王のところにいって挨拶をした時、当時まだ少女であった北王はつまらなそうに答えた。

「わらわは坊主などに用はない。そなたはいった何のためにわらわに仕えようというのだ?」

「ほっほっほ。これは面白いお姫様ですな」

 導炎は微笑すると、こたえた。

「おそれながら、あなたさまの頭に、白い帽子をかぶせてさしあげましょう」

「・・・白い帽子?」

 一瞬、意味が分からなかった。

 この坊主は、いったい何を言っているのか?

 しかし、ふと考えてみて、あることに気がつき、はじめて少女は笑った。

「・・・なるほど、そういうことね」

 単純な、漢字遊びである。

『王』という文字の中に『白』という文字をのせると、『皇』という文字になる。

 つまり、導炎は、

「あなたさまを、皇帝にしてさしあげましょう」

 といったのだ。

 北王はまじまじと導炎を見つめ、ゆっくりとうなずいた。

 まだ少女であったとはいえ、その心の中には熱い思いがつまっていたのだ。

 そしてこれ以後、何かあると必ず導炎に相談し、意見を聞いてそれにしたがうようになった。

 あれから、もう10年以上の月日がたった。

 北王は居並ぶ武将たちの中、導炎に向かってきいた。

「和尚、このごろの天候をどう思われますか?」

「そうですな・・・」

 導炎は形のいい顎に手をやると、まるでひとごとのように答えた。

「南の方角に、少し雲が出てきたようでございますな」

 北王と導炎はそう短く語り合っただけで、それっきり黙って茶をすすっていた。武将たちも口をきかず、茶をすすりながら、それぞれ何を考え込んでいるようだ。

 

 やがて、帝国を真っ二つに分けての戦争が始まることになる。

 その風は、南方から吹いてきていた。





第二章 「対立」 へ続く





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