Fate/HG 1/144 傾:ほのぼの?
作者: 片桐   2007年10月01日(月) 22時33分05秒公開
「まずは組み立て手順書にかかれているパーツナンバーを探して、ニッパーを使って切り離すんだ」
「なるほど。部品の色毎に大判が、細かいパーツに数字が振られているのは、手順書の整合性を上げるだけでなく検索を容易にする意味もあるのですね」
 士郎の説明にコクコクとうなずくセイバー。妙に嬉しそうなのは、説明してもらっているものが興味有る物だから? それとも士郎の説明だからかしら?
「箱絵からでもパーツのあたりがつけられるからな。最近は成型色の数も増えて絵との差も無いし」
「ふむ。この図説も作製の手順がわかりやすく描かれていて良いですね。これなら心得が無い者でも迷いなく行えるでしょう」
「じゃあ、セイバーが造ってみるか?」
「え? よろしいのですか?」
「キットの数もあるし、試しに一つ作ってみるといいよ。この手の物は実際に作ってみるのが一番楽しさを伝えやすいからな」
「…………ちょっと」
 あからさまな誘導をするセイバーもセイバーだけど、士郎も疑いもなく嵌まるんじゃないわよ。
 っていうか、なによ。その嬉しくて仕方が無いっていうセイバーの表情は。しかもプラモデルの箱なんか抱きしめているんじゃないわよ。すごくかわいいじゃない……。
 あ〜、ちがうちがうちがう! わたしまでセイバーの術中に嵌まってどうする!!
「なんだ? 遠坂も作りたいのか? HGのハ■ザッ■」
「作らないわよ!」

 ある休日。朝食も終り士郎の家の居間でのんびりしていた私たちだったが、士郎があるものを持ってきたことで妙な方向へ進みだしていた。
 装丁は長方体の紙箱で、上蓋である横面全てと上面にイラストと写真が印刷されていた。それはまさに男の子向け組み立て模型、いわゆるプラモデルである。
 箱正面には暗緑系のカラーデザインで纏められた人型ロボットが、宇宙と思わしき背景をバックに妙なポーズを決めた構図で描かれている。
 わたしにはとんと縁がないものなのでさっぱり解らなかったが、どうやらその筋では有名なアニメーション関連の商品らしい。
 居間に士郎が運んできた箱の数は、全部で6つ。それも全部同じ物だった。
 いったいどこから拾ってきたのか聞いたところ、
「藤ねぇが『量産機は数をそろえないとウソよね』とかいって1ダースも置いていったんだ。自分じゃ組み立てられなくていつも俺に押し付けていきやがる」
 口では姉への文句をいいつつも、士郎も男の子。緩む顔が隠し切れない嬉しさを物語っていた。
 そして、居間のテーブルには小山に積まれた模型の箱。
 本日のノルマ半工程とか言いながら、道具を取り揃えて6つ同時進行という器用なことを始めようとする解析の魔術使いに対し興味を示したのが、なんとセイバーであった。
 最初はそれほどでもなかったのだが、士郎が一つ目の蓋を開けた瞬間怪訝な顔で小首を傾げた。彼女の頭の中で、箱の中に入っている部品群と上蓋の側面にある完成例が結びつかなかったのだろう。几帳面なセイバーのこと、筋道の通らないことが気になったのか、士郎に物の説明を求めたのである。
 士郎が組み立て手順書を開いて説明を始めると、はじめはコクコク、中でぱぁ〜と喜色に頬を染め、最後はちょっとした誘導で自分が組み立てる分を確保したというわけだ。
 どこが気に入ったのか解からないけど、セイバーはその経歴からかどこか男の子っぽいところもあるから、その部分が引っ掛かったのかもしれない。

 何はともあれ、今わたしの目の前では、士郎から道具一式を借りたセイバーが嬉しそうにプラスチックの塊から手順書に従って必要な部品を切り出している。
「だけど大丈夫なの? 本当に理解できてる?」
 向かいに座って頬杖を付いている私が、怪訝な表情でセイバーに問い掛ける。
 サーヴァントに対する聖杯のサポートは基本的に一般向けの全般的な知識に過ぎない。組み立て模型の作り方なんてセイバーが知るはずもなく、士郎の説明だけで理解できたのか疑問だった。
「安心してください。凛」
 一旦手に持った工作用の鋏とプラ製の部品を置いてセイバーが言う。
「ゲートとパーツを見間違った上に、誤って軸を切り落としてしまい背後から刃を雨あられと降り注がれ哀れもない悲鳴を上げるような真似はいたしません」
 自信たっぷりにえっへんと胸を小さく張るセイバー。
 どこからか『ズドド』『ぎゃあああーー』という断末魔が聞こえた気がしたけど幻聴だ。アーチャーにやられたキャスターの最後っぽかったけど、もう過ぎたことだ。
 コミカルな幻視を振り払っている間に、セイバーは切り出した部品とカッターを手に取り、ゴミ箱の上で部品についている不用な出っ張りを切り取り始めた。切り口が綺麗に均されていることを確認し、今一度手順書を見て確認してから、部品をくっつけている。
 食事の時のように一工程ごとにコクコクと頷くのがとてもセイバーらしい。見た目は可憐な女の子だが、今の彼女は初めての工作に夢中になる小さなやんちゃ坊主と大差ない。
 セイバーの顔と手元を何度か見やって、わたしも微笑みを浮べる。
 たまにはこんな休日も良いものだ。

 さて一方士郎はというと……。
 こいつもセイバーと違う物だがプラモデルを作ってはいる。
 しかし初心者のセイバーと違い、士郎の手つきはどことなく『匠(わざ)』を感じさせるモノだった。
 まず士郎は箱を開けてから一切手順書を読んでいない。そんなので作れるのか質問してみると、
「慣れているから」
 一言である。
 ここでの言葉の意味は『今手元にある商品を作り慣れている』のではなく『この手の模型工作全般に慣れている』というレベルなのだ。それも個々の組み立て図を不用とするほどである。
 正直ちょっと引いてしまった。
 箱から出して一つ手に取れば、ドコとドコの部品がどのように組み合わさるか解かるという。
「特に最近は間接の受け軸にしているポリパーツが共通の規格になっているから、部位ごとの配置も解かりやすい」
 わかってたまるものか。そんなことができるのはアンタぐらいよ。
 一瞬咽を通り掛けた言葉を飲み下す。彼に魔術を教えている身としては、この程度の特性ぐらいで驚いてはいけない。
 おそらく士郎は、頭の中で立体図を引けるほどに、部品の情報と予想配置を読み取っているのだろう。
 ここで驚くべき事は、魔力を一切使っていない点だ。
 士郎の解析は強化・投影の準備段階だ。まず強化・投影する対象を視認して構造、材質などを読み取る。この段階では対象に触れていなくとも出来る、つまりパスを通していない。
 プラモデルの場合でも慣れているという言葉から、今まで蓄えてきた解析図を元に手元にある品を照らし合わせて、新しい図面を作っているっぽい。コイツの心象風景(固有結界)の特性からして、構成要素の情報があれば同系統の解析が容易になるという推測もできる。
 流石に見るもの全てを解析しているわけではなく対象を意識する必要があるが、腕や脚を動かす水準で解析をこなしているのである。
 つくづく衛宮士郎という魔術使いは規格外なヤツでなのであった。
「む。そんなことはないぞ。ここまで簡単に解析できるようになったのは、アレ以来からだよ」
 組み立てた部位にヤスリを掻けている士郎がわたしに言い返してくる。
 わたしがエミヤシロウと共に渡った大儀式聖杯戦争。その最中に目にした彼の投影魔術とその根源である固有結界・無限の剣製。
 覚醒を経たからこその能力であると士郎は言うのである。
 さすがにこれだけの異能を、なんの才覚やリスクも無しに得ているとしたらわたしも黙っている気は無い。
 それはともかく。
「何よ。それは」
「見たとおりだよ。削りカスを零さないようにしているだけさ」
 士郎はパーツをヤスリで磨く時も、裏が白い広告紙に軽く十字の折り目を付けて下に敷き、細かな削りカスがテーブルを汚すのも事前に防いでいる。年頃の男の癖に几帳面なヤツめ。どこのカリスマ主夫だお前は。

 その後、士郎は昼時になってきたのでプラモデル作りの手を止めて食事を作り始めたが、セイバーは最後までプラモデルを作りつづけた。
 料理が出来上がる頃には、セイバーの初めての工作も完成した。
「出来ました。見てください。士郎」
 作業の終了がよほど嬉しかったのか組み立てたばかりの模型を手にセイバーが台所に突進する。
 でも、一番に見せにいく相手が士郎ってどうよ。セイバーのマスターはわたしなのに。
「お。良く出来たな」
「はい。とても有意義な時間を過ごせました」
「よし、こっちも終わるからセイバーはテーブルを片付けておいてくれ」
「わかりました」
 更なる朗報を得たはらぺこ英霊が意気揚々と居間に戻ってくる。
 セイバーはテーブルの上に広がっているブラスチックの骨組みや組み立て手順書を箱に入れ部屋の隅に寄せた。
「凛。どうしたのですか。そろそろ昼食だそうですよ」
 台拭きでさっと卓上を拭くセイバーが、テーブルの一角につっぷしているわたしに移動を促がす。
 先程からのセイバーの無邪気な言動に毒気を抜かれて立ち上がる気になれず、上体だけを起こし腰を左右に振ってお尻だけで下がった。
「はしたないですよ」
 セイバーに眉を顰めて窘められるが、そのままごろん。仰向けになるとちょうど手がプラモデルを纏めた箱に届いた。
 セイバーが組み立てたロボットが箱の上にしっかりと二本の脚で立つ絵が上下逆に見える。
「しっかし、よく作れたわね」
 人型の模型を手に取って関節を動かしてみる。おお、結構滑らかに動くじゃない。
 古代の人間がこんな物を作るなんて、セイバーの好奇心を微笑むべきか、現代技術の高さを誇るべきか。サーヴァントを従える魔術師(マスター)としては、どこか複雑だ。
「それほど難しくはありませんでしたから。図説の手順を守れば容易いということです」
 楽しい一時でした、とセイバーが笑う。
 キッチンから料理を運んできた士郎も、無邪気に笑っていた。
「俺はセイバーに作る楽しさを知ってもらえただけで満足だよ」
「まるで士郎が師匠のようね」
 起き上がって模型をセイバーに手渡し、士郎から料理が盛られた皿を受け取る。
 各々の食器を所定の位置に置き、エプロンを外した士郎ならんで座ったところで、セイバーが着席していないことに気づいた。
 食が何よりの楽しみと言える彼女が、大好物の士郎手製の食事を前に膝を揃えないとは何事!?
 慌てて振り返ると、セイバーは立ったままプラモデルを見つめて嘆息を漏らしていた。
 聖緑の瞳は潤み、星が煌めく。
「すばらしい……。これが、この気持ちが創造の原動力なのですね」
 感極まったのか美麗の相貌を、哀しい微笑みで崩す。
「目的のためとはいえ、見捨て切り捨てることでしか進めなかったわたしにも、物を作ることができる。
 国を生かすため、護るため。地を耕して麦を植え、川原に網を張り魚を採る民たちに強いていた行為に、本来これほど慶びがあったとは」
 自分で組み立てた模型を両手で捧げ持つセイバー。
「これを知ってこそ、あの選択をするべきでした」
 瞼を伏し頬に涙を伝わせて、手にしたソレをいとおしげに胸に掻き抱く騎士の王。

 深緑色をしたプラスチック素材の模型は正に、かの王が求めた聖杯(解答)―――。

 あ〜、あ〜。
 い、いや。あのさ。
 感動的な場面で悪いんだけど、伝説上の人物が現代のプラモデル一つからそんな高尚なことを悟らないで欲しいな。できれば……。

 以後しばらく、衛宮家の床の間にはセイバー作のプラモデルが飾られた事は言うまでも無い。


 余談ではあるが。
 後日、自分が作り上げた模型の元が、利己的な理想のために手段を厭わない集団に所属していることを知ったセイバーは酷く落ち込み、稽古名義で士郎をボコボコにしたことを添えておく。

「模型に、この子に罪は無いんです!」
「ど〜すんのよ。アレ、士郎のせいだからね」
「な、なんでさ……」


■後書き


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