第05話 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
作者:
ディー
2005年07月01日(金) 20時34分12秒公開
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「午後の紅茶の時間ですよ〜。」 午後の遠野家の居間へと入ると、柔らかい日差しに出迎えられる。 「ありがとう、琥珀。」 これが私の主人『遠野秋葉』 陽だまりのなかで映える艶やかな長い黒髪。凛とした姿勢で紅茶を一口飲むと、此方を向いて何時もどおりの労いの言葉をかけて来る。 「今日も美味しいわ、いつも有難う。」 人はナイムネとか赤い髪の鬼とか可愛くない妹とか言う人間も居るかも知れないが、私にとっては妹の次に大切な可愛い人なんですよ、うふふ。 「いえいえ〜今日も満足していただければ幸いです。」 一時期、この人を殺そうと思った。 この明るい世界に陽だまりの世界に引き戻そうとする、人間に戻そうとする彼女を人形で居る為に、痛みを感じない為に消そうと思った。 妹に何も知らせない為、こんな私を知らせない、いや知られない為に私は隠し通す為に。 きっと、知られてしまえば妹は今以上に笑わなくなる、あの子の事だから自分を責めるだろう、そんな事はさせない為にこの遠野を潰そうと思った。 でも、それは叶わず。 結局は関係はかわらない。 それもこれもみんな、あの朴念仁が・・・・いけない、いけない。 そして今、私の過去を知ろうとする者が現れた。 「秋葉様〜。」 「どうしたの琥珀?」 誰だって知られたくない事はある、それを探る者は誰だろうと許しません。 ■月◎日曇り 一ヶ月目で監視体制が完全に整う。 ここまで遅くなったのは、この土地が遠野家のお膝元だからだ。 下手に大規模な工作をすると気付かれる恐れがある、その為長期間を要し準備をした。 その結果もあり市内数十箇所にカメラ、市内の六箇所の監視場所と十五箇所の拠点を配置。 指揮車も届き準備は万端だ。 しかし、これで気を許してはいけない。 どんなに大きなダムでも小さな穴から決壊する事もあるのだから。 「なんだって? もう一度言え。」 「今、逆探知を受けています。サーバーを幾つも経由していますから時間はまだ掛かりますが、このままでは場所を特定される事は時間の問題です。」 「原因は何だ?」 電話の向こうは慌しい。 「二週間ほど前に頼まれた調査の件です。」 「遠野家のメイドの事か。」 「はい、二週間かけて何も見つからなかったので、直接遠野グループのメインサーバーにハッキングかけた所。」 「逆にハッキングを受けたと。」 「はい、ある事柄に関係したをファイルを動かそうとすると逆にハッキングしてきました。」 「そのファイルは、遠野家のメイドに関係した物か?」 「いえ、遠野グループの中でも遠野本家、久我峰、刀崎、軋間に関係するファイルです。しかも、そのファイルはかなり深いところにあり・・・・。」 「今は説明はいい、現在の状況を。」 「今ヨーロッパのサーバーをクリアされています。残り2分ぐらいです。」 「切れないのか?」 「ファイルをダウンロード中ですが・・・突き止められるのが先か落とし終わるのが先かはわかりません。」 「切れ、残りの調査は俺がやる。そして最後のサーバーは?」 「三咲町内です。」 「電磁兵器でサーバーごと破壊、痕跡を残すな。」 「了解しました。」 深夜11時 ビルの屋上で鉄柵にもたれ掛かる様に外を見ていた。 街のネオンライトで星は見えない。右手の携帯電話をたたむと左手に持ったイギリスから輸入したミネラルウオーターを一気に飲み干して、後ろのごみ箱に目掛けて投げ捨てる。 「うまく行かないなあ。」 ポケットから出したタバコを咥えて相変わらず見つからないライターを探す。 パパー 遠くから聞こえる車のクラクション。町の夜景に目をやると、ある一帯が暗く明かりが消えていた。後顧の憂いは断ったな。 事態が一区切り付いた所で火をつけたタバコを吸う、紫煙が寒空に吹く風に散らされる。 「さて、暫くは近づかない方が良いだろう。残務整理も終わった事だし帰るか。」 タバコの吸殻を踏み消すと非常階段を降り一つのドアを開ける。横には『吉井派遣会社』と銘打っている。 繁華街の端にあるビル三階を丸ごと借りて中継点とし、偽装の為と言う事で事務所を立ち上げた。 ここまでやるかと言う奴も居るかもしれないが、ここまでやらなければいけない相手でもある。 デスクに置いてある書類とノートPCを鞄に詰めて外に出る。 「いくらなんでも、監視体制中に本社の仕事をさせるのはどうなんだ?」 社長の方針で会社を立ち上げたら仕事をしろとか、いい迷惑だ。 ぼやきながら繁華街を通り、大通りを渡り、公園を横切る。 深夜遅くもなれば身を切るような冷たい風が吹く、黒のコートの前を閉め夜を歩く。 フッと舞う匂い。食欲をそそるような匂い、仕事片付けるのに手間取ったからな体がエネルギーを欲しがっている。 「まあ、いい頃合だな。」 匂いの元を探し回ると元はすぐに見つかった。 「最近毎日来てるなあ、自炊した方が良いとはわかってはいるんだが。」 機動屋台マークUと書いた屋台が見えた。最近、この屋台に通いっぱなしである。 開いてるかどうか一寸覗いてみるか。 「兄さん、やってるかい?」 驚いた表情の店主。終わり間際だろうか? 「もう終わりかい?」 いや、と首を振ると菜箸で席を勧めてきた。それでは遠慮なく。 「ラーメン大、ご飯も付けて。酒?今日はいいや、腹減ってんだ。今日も会社が無茶な仕事押し付けてきてね。・・・・ん?そう残業、もうヘトヘト。」 ふと、横を見ると細い黒ぶち眼鏡の青年が一人。 「あ、煮卵ある?あるなら付けて。」 整ってはいるが頼りない印象の所為か幼さがみえる。こういうタイプが女に良くもてる、母性本能をくすぐると言うヤツだ。 そうこうしている内に注文した品が出てきた。一口食べながら、おそらく常連だろうと思う顔見知りの青年に声をかける。 「よお、志貴君。」 「あ、風文さん。こんばんわ。」 「どうしたい、そんなに落ち込んで。何なら相談に乗るぞ。」 おっさん臭く志貴君の方を掴む。何でもいい、色んな噂話一つでも俺達には情報となる。 「いやーなんでもないですよチョッとした事でして。」 苦笑しながら志貴君は深くため息を吐く。 「なんだい? この間の琥珀さんの事かい? それとも妹さんの事かい?」 志貴君は『ははは』と乾いた笑いをあげる。 個人的な情報源とは彼の事、2週間ほど前ここに来た時に出会った赤毛の青年が始まりだった。 赤毛の青年と意気投合し飲み明かしたのが始まり、次の日に紹介されたのが志貴君だった。 「まあ、そんな所です。でも、風文さんが琥珀さんと知り合いとは知りませんでしたよ。」 「いやいや、此処に来た初めの頃にスーパーでお世話になってね。」 三日前に一緒に来ていた琥珀さんを前に自己紹介した時、志貴君には派遣会社の雇われ店長で最近この町に来た事となっている。 卵を頬張りつつ話に耳を傾ける。 「しかし、はぐはぐ、琥珀さんや妹さんでもなかったら・・・・メイドの翡翠さんの事かな? お兄さん、志貴君に一杯出してやって、お金は俺につけといて。」 「えっ?」 「遠慮しなさんなって、君と有彦君には町の事を結構色々な事を教えて貰ってるし。感謝の気持ちだと思って飲んでくれ。」 ホント色々な事を教えてもらっている、それもこれも彼が朴念仁で愚鈍なお陰ではある(琥珀さん談)。 「そんなにした覚えはないですけど、今は有難いので遠慮なく頂きます。」 「おー呑め呑め。」 一口飲んで溜息を吐く彼は、何と言うか哀愁漂う年老いた中年だ。 「奢りが助かると言う事は悩みは、金か?」 肯定と取れる今まで以上の溜息が吐かれた。 「困窮してまして。」 「ちなみに、どれ位入用なんだい。」 そう聞くと彼はそっと耳打ちしてくれた。 「かなりの金額が必要だね。で、いつまで?」 「来月の24日まで・・・・。」 来月と言ったら・・・・・。 「クリスマスか・・・・・それは大変だ。君にとってはね。」 「ええ、まあ。自分で稼いだお金でプレゼントは送りたいです。でも、」 「一ヶ月限定の短期アルバイトは簡単には見つからないだろうなあ。それでか、さっきからの溜息は。」 「はあ。」 返事とも溜息ともつかない声を上げる志貴君はがっくりと項垂れた・・・がクルーリと頭だけが此方を向く。 ・・・・・・嫌な予感・・・・・。 「そういえば風文さん、相談に乗ってくれるって言いましたよね。」 「え?」 「どこかの派遣会社の社長さんって言ってましたよね。」 「あ・・・ああ。」 「借りを作ると思って駄目ですか・・・?」 「ちょっ一寸待て!!」 そんなん、俺一人だけの裁量だけで簡単に決まるわけないだろうが。 ほかの部署とか人数とか仕事の多さとかに関係する。俺の勝手に決めてしまったら唯のワンマン社長だ。 監視対象に気付かれる恐れがあるし。 ちゃっちゃらちゃー いきなり鳴り出す某大泥棒の三世のテーマ曲のメールの着信音。水を飲みながら携帯を取り出す。 『 緊急連絡 隊長のマーカーの近くに第七司祭監視部隊のマーカーあり。 』 まずい。 「ゴメン志貴君、その答えは明日でいいかな?兄さん!!勘定たのむ。」 「何かあったんですか?」 「一寸、トラブルがあったらしくて社に戻らなくちゃいけないんだ。」 急がなくては、第七司祭には俺の顔は知られている。サイファ執行部・第三隊部隊長としての顔を。 「1000円?・・・5000円で・・・釣りが無い?」 再び鳴る携帯。俺を知っている監視対象に俺が知られるわけにはいかない。 「釣りはいい。金欠の志貴君に何か奢ってやってくれ、それじゃ。」 無理やり五千円を渡し店を出て走る。携帯を操作し耳に当てる。 「方向は?」 『公園を抜けて南出入り口から出てください。部隊が第七司祭だけではなく真祖の方も近づいています。』 「二つの部隊に通達、部隊同士で連携を取って100m以上に散開、人数が増えると気取られる場合がある。」 『了解。』 早足で南出口へと向かう、決して慌てない事。 ゾワ 空気が変った・・・かち合ったな。 ならば尚更この場を離れるべきだ、かち合ったら予想が出来ない。 公園の出口が見えてきた 公園を入り真っ直ぐ南へと抜ける、と先ほど通った道が見える。 さっさと家に帰ろう、明日は考える事が一杯だ。 「頭痛い・・・・。」 この時に、まさかダムが決壊しつつあるのを気付きもしなかった。 |
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