第10話
作者: ディー   2005年07月01日(金) 20時39分28秒公開
「私が行きます。」
そう言って私は席を立った。
「しかしシエルさんだけで良いのですか? 人の手が必要でしたら家のシークレットサーヴィスをお貸ししますが。」
琥珀さんの申し出を私は笑顔で断った。
「申し出はありがたいですが一人で充分です。あそこに居る相手は多分私の本来の仕事に関係していると思いますから。」
「本来の仕事・・ですか?」
「ええ。」
埋葬機関の『弓』としての仕事。
「でも貴女、大丈夫なの? 以前と違うのよ。」
「珍しい事もありますね。貴女が私の心配をしてくれるなんて。」
そう私は以前とは違う。
昔、私は只の娘だった。
ヨーロッパのある田舎町の何処にでもあるようなパン屋の娘。
お父さんを手伝って、友達と遊んで、お母さんとお菓子を焼いて、次の日を明日をどうするか何をしようかと考えていた毎日を過ごす、いたって普通の娘。

そんな日々を砕いたのはロアだった。

私の体を使い、父を殺し、母を殺し、友達を殺し、町の人達を殺し尽くしたのはロアだった。
そして私は倒されて、地獄から開放されて終わるはずだった。
残ったのは呪いとも言えるものだった。
決して死なない身体を手に入れたのだ、死徒や真祖とは違う死なない身体。
胸を突けば傷は瞬時に塞がり、血を流せばビデオの逆回しを見るかのような回復。
教会の話によるとそれはロアが完全に滅んでいないのにロアである私が死ぬという矛盾を世界が修正するためだという。
それからの私は元の身体に戻るため、ロアを倒すために埋葬機関に入った。
長い戦いの末。
そして前回、ロアを完全に滅び私は普通の身体に戻った。
殺されたら死ぬ存在に。
「勘違いしないで貴女の為ではないわ、志貴の為よ。貴女が居なくなったら悲しむだろうし。」
やはり、貴女は吸血鬼なのですね。まあいいです。
「・・・・・貴女が居ないと私も少し退屈になるしね。」
少し、ほんの少しアルクエイドの本音が垣間見えたのかもしれない。
照れくさそうなアルクエイドの顔。
そんな気がした。
「大丈夫です。貴女は遠野君があの騒ぎに気付かないように琥珀さんと一緒に居てください。他ならぬ遠野君の為ですから。」
私は背負った鞄から聖書を取り出し、今だ白い煙を出すビルへと走った。


貴女からそんな言葉を聞くとは思いませんでしたよ。



12月25日(晴天)
午後12時
『マンイーター』部隊のシュピーゲル兄弟の兄と交戦。
ドイツからのヒルダの報告どおり、兄の方は白翼公の手先と成り果てていると確認。
特殊な皮膚で出来た偽装ボディスーツと遮光用コンタクトレンズを複合して使用して日中でも歩ける様にしてあると推察される。
サイファ総務兼情報部部長『細目 義彦』に通達、製造元の割り出しの要請を。



銃口より弾を避け、水の詰まったペットボトルを兄貴の方へと放物線を書くように投げつける。
「爆ぜろ!!」

ドンン!!!

切欠となる言葉、瞬間ペットボトルは爆発、水蒸気を八方に撒き散らす。
モウモウと立ち込める水煙。
兄の方が居た場所に数発拳銃を撃ち、前へと走る。
仮面には熱感知システムもあるが高温の水蒸気の前では今は邪魔なだけだ。それを切、水煙の中うずくまる弟をヨハン・シュピーゲルの腕を掴み立ち上がらせる。
「何処だ!! 何処へ行った!!」
「まずった・・・・飲みかけの方か、全然効いてない。」
もう一本、ペットボトルを無造作に掴み声のするほうへと投げつけ、再び呟いた。
「爆ぜろ!!」

ドッズンンン!!

先程より大きな重低音の爆発音を聞きながらヨハンを担ぎ、その場を離れる。
「うっ・・・何だ。今の・・・・・・魔術じゃ、ないのに只の水が爆発した?」
耳元から聞える呻き声。
「大丈夫か?」
爆発で鼓膜が馬鹿になっているかもしれないが。離れた場所に横たえながら聞く。
「ふむ、火傷も少ない運がよかったな。」
「何が・・・運が良かっただ。あなたは何者だ、何の為に邪魔をするんだ。」
「仕事だ。」
呻くような尋ね声に答える。
「仕事? ・・・仕事でこんな危険な、仕事を?」
「君だってそうだろう? ヨハン・シュピーゲル君。君の今まで手がけてきた仕事は危険ではないというのかな? それ以前に見当違いな質問だ、時計塔は尋問の仕方も教えてくれなかったのかな?」
もう動けるのかゆっくり立ち上がるとこちらを見据える。
「本当に何者だ。魔術とは秘匿される物、それに伴うように使う人間も隠れもしくは秘匿されるのが魔術。そんな人間を知っている、異常だ。」
「そんな事は無い。調べようと思えば調べれるさ。」
ゆっくりと水煙が薄れる中、人影が揺れる。

ドン!!ドン!!

発砲。
「チッ避けられるか。吸血鬼相手じゃ普通の拳銃じゃ分が悪い。」
この状況を何とかできる事は出来るが時間の無い今の状態では能力第二種解除は出来ない。ならば、弾を換えるか。もしくは・・・時間を稼ぐか。
「そんな事無い、どう考えても普通じゃない。・・・あんた聞いているのか?」
「聞いてるよ。それは後でゆっくり教えてやる、今は大人しく黙っているか手を貸せ。」
残りの弾を周囲にばら撒き、三番と書いたマガジンを銃倉に装填。
「敵に頼むなんて何考えてるんだ。」
まだまだ子供だな。
「状況を考えろ、君とは敵同士だが君も私も君の兄に命を狙われている。」
俯くイワン、全く・・・落ち込むのは後にして貰いたいな。
銃口を後ろに向ける。

「雷を纏いし蛇の眷族よ 在れ 」

発砲と同時に銃口より放たれる弾丸よりスピードの早い雷を纏った射線。
「あああああ!!!」
後ろに立っていた兄が雷に阻まれる。
「魔術!? 馬鹿な、魔力は感じるが回路の起動時の魔力が感じられない!?」
横に居たヨハンは驚きで目を丸くしている。
雷に跳ね飛ばされた兄その姿は所々傷だらけ痛々しい、いや・・・血が出ていない。
「兄さん、皮膚を被っていたんだ。」
「日光対策とお前らの、いや特に魔術師のお前に気付かれない為にな。」
獰猛な笑みでこちらを見る兄は、所々破れた皮膚の下から傷一つ無い青白い肌が見せていた。
「決定打ならないな。この距離じゃ無理か、やっぱり。」

「だったら押し切るだけだ。 焔を纏いし鳥の眷族よ 在れ 」
再び銃口より放たれるのは焔を纏った弾丸が二つ。

ゴウ!!

焔に包まれる吸血鬼、炎に包まれながらも此方へと前進してくる。
隙を見せるな、間隔をあけるな。
トリガーを引く。
「雷を纏いし蛇の眷族よ 在れ、ヨハン!! ヨハン・シュピーゲル!! 手を貸せ、このままじゃ二人とも死ぬぞ。」
雷が死徒を吹き飛ばし瞬間的に動きを封じる。
「だれが!!」
「焔を纏いし鳥の眷族よ 在れ、少し大人になれヨハン・シュピーゲル。君の兄はもう居ない、もう人間ではない。」
二発の弾丸が死徒を焔に包む。
「でも、兄さんは私の・・・・。」
「状況を考えろ、現実を直視しろ。シュピーゲル家のお前は何すするか考えろ!!」

ガチン!!

チッ弾切れ!!
気を取られすぎた。
弾幕が途切れた瞬間、飛ぶ吸血鬼、その先は。
「避けろヨハン・シュピーゲル!!」
拳銃を突き出すヨハン、が撃てない。マガジンを放り投げ新しいマガジンを装填、間に合わん。
「迷うな撃て!!」
兄に殺されるつもりか!?痛みに耐えるようにトリガーを絞るが遅い。
吸血鬼の変形した鋭い指先が弟の首にかかるその瞬間、飛んできた黒鍵に吸血鬼が縫うように吹っ飛ばされた。
「状況はわかりません、が吸血鬼に仇なすのが我々埋葬機関の勤め。覚悟なさい。」
・・・・。
「ナイス、タイミング。」
さて、エレイシアが時間を稼いでいるうちに。
「話は聞いている、シュピーゲル家は・・・・・いやお前の兄があの状態では君が最後の一人と言う事になるのかな?」
「・・・・・・・。」
「五年前、君の兄が消えた一週間後、当主が死んだ。死因は脳溢血だったな。そして、その後城や屋敷の維持費、財産の分配により君は一人になった。」
押し黙るヨハン、兄の本気を見てショックを受け呆然としている方が強い。
「・・・兄さんは勘違いをしていたんだ。父さんが選んだのは後継者じゃない。代々シュピーゲル家の持つ魔術回路は強力で重い。一人の人間に移植するのは特に魔術回路が多い一族の人間には写す事が出来なかった。」
ヨハンの話を聞きながら、脳内ナノマシンによって封印されていた能力を一段階開放する。
「シュピーゲル家はそれを解決する為にある方法を代々取っていた。」
ナノマシン『ブラックマトリクス』起動。
「魔術回路の分割。当主が起動回路を持ち、それに付き従う一番近い人間に本回路を持たせる。だが魔術回路とは本来血族にしか継承出来ない。」
・・・・パスコード確認、使用者『三剣風文』の解除要請を承認、第二段階封印解除。
「私に持たされたのは本回路のみだったんだ・・・・、それを兄は勘違いして。」
ヨハンの両腕に淡い光が灯る、継承した魔術回路か・・・・何て大きな。
「飛び出したわけって事か。」
マガジンを交換普通の弾に交換する。
「兄にその事を話しても、何度も説得しても聞いてはくれなかった、信じて貰う為に話を聞いて貰う為に此処まで付いて来たと言うのに・・・・もう、終わっていたなんて。」
「ならば、シュピーゲル家の最後として終わらせるんだな。」
「シュピーゲル家の最後として?」
こちらを見るヨハンを見返す。その目は真っ直ぐだった。



「はあ!!」
鉄甲作用を持たせた黒鍵を放つ。
深々と突き刺さる黒鍵、だが倒れない。
クッ昼間と言うのに黒鍵で倒せない!?

ビシ!!

反撃の銃弾が肩を掠める。
「やりますね。」
黒鍵を魔力で編む、投げる。
「はあっ!!」
編む、投げる、編む、投げる。
「神罰です受けなさい。」
編む、投げる、編む、投げる、編む、投げる、編む、投げる、編む、投げる。
手持ちの黒鍵の半分を投げつくす。
普通の死徒ならば、これで終わりです。だが、そこには驚くべき光景があった。

「まさか、あれを全部避けるとは。」

そこには傷一つ付いていない跪く死徒の姿。
よく見ると、黒鍵は死徒の周りに散らばるように刺さっていた。
参りましたね、今までは黒鍵を耐えるもしくは弾く防ぐ死徒は多くいましたが・・・この数の黒鍵を避けるとは。
「違うな。」
!!!!
振り返るとそこには、さも怪しげな仮面の男が・・・・・まさか。
「あなた三剣ですか!? 一体何なんです?その格好は!?」
「変装だが、何か問題でも?」
間違っている・・・・どこから突っ込めば良いのやら。
「・・・・・いいです、そんな事より何が違うと言うのですか。」
「避けたと言う事だ、見ていろ。」
三剣が拳銃を向けると発砲。強化された私の眼に死徒に向かう銃弾が映る。
「・・・そういう事ですか。魔術回路ですね。」
「その通り。」
死徒の胸に薄く淡く輝く文様が浮き上がる。
「ドイツの魔術師の旧家シュピーゲル家の長男だ。多分死徒化した時に目覚めたんだろう。」
「成る程、鏡の魔術ですか。それなら納得いきますね。
時計塔の魔術協会では一目置かれているシュピーゲル家。
教会でも有名な家。
有名な理由は三つある。
一つは家の古さ、その血脈には古くギリシャの神ヘパイトスやテュキオスが連なるとされる。
二つ目は代々伝わるとされる魔術に関連するアーティファクト、遥か昔の英雄が使ったとされるモノがあるとされる。
最後の一つは魔術の特異性、守りに重点を置いた魔術。そう目の前の死徒が行った魔術、鏡の盾の魔術だ。
「全て弾き飛ばされていたと言うわけですか。しかし、鏡の魔術ならば反射するはずです。」
「いや、銃弾の軌跡を見るとあれは身の回りの空間を歪めて、自分のいる空間を弾が当たらない死角にして当たらない様にしている。寧ろこれは鏡が歪んでいる為に正常に作用していない。」
「なるほど、だから死徒の周りに黒鍵が突き刺さっていると、正常に作動して無くてもこの効果は侮れませんね、不恰好でも盾は盾と言うわけですね。」
「腐っても鯛ともいうな、うん。」
「ならば・・・・。」
「接近戦も止めておけ。」
三度黒鍵を編む最中、三剣から制止の声がかかる。
「何故!!」
「ん。」
顎で差す先で、モーターの回転音。視線を向けると大きな、それは大きなガトリングが。
「粉々になりますね。」
「ああ、あんな物まで・・・何考えてるんだ時計塔は。」
連続的な発射音を聞くより前に私達はその場を大きく飛びのいた。

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■後書き
後書きはありません。

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