桜パート第02話
作者: Bogen   URL: http://fukurou.my.land.to/   2008年06月07日(土) 10時19分24秒公開
 ――――夢を見ている。

 静かで、なのに騒々しいざわめき。
 それをぼんやりと聞いていると、突然、大きな音が聞こえてきた。人影が投げ込まれ、それに群がるように■■が地面を這いずり回る。
 墓場を思わせる陰鬱とした空気、足元でざわめく微生物。それらが、渾然一体となって織り成す腐臭。
 日の光も差さない陰惨な世界に投げ込まれた人影は、常人なら発狂していたであろう環境に押し込められていた。
 それを見て、自分の生まれ出でた世界を思い出した。
 其処は、怒り、嫉妬、殺意、裏切り……それらの形を持たぬドス黒い思念で、溢れかえっていた。
 眩く光り、時には暖かく降り注ぐ陽光――太陽の光は、其処には届かず、故に此処に棲む全ての生物は限られた光源や作物を奪い合っていた。うめき声、悲鳴、怒声、轟音は果てる事なく鳴り響き、長い戦いの歴史が積み重なっていった。
 その世界を疎ましく思った事は、一度として無い。その世界で貫かれる、強者が弱者を奪うという原則も嫌いではなかった。
 だが、唯一つ――自らを鍛えて強くなる事のできない、忌わしい体にだけは嫌悪感を感じていた。


 まるで、自分の影を見ているようだ。そう思いながら、眼前の光景を注視する。
 ――所詮は、他人に寄生する事でしか生きられない寄生虫。幾度となく浴びせられた罵声を聞きながら、自分よりも強きものに乗り移っていく。
 其の世界での掟は弱肉強食であれど、それは強者たる者が自らを鍛え抜き強者となっていく事を前提としていた。故に、他人に寄生し、自らを鍛えて強くなる事のできないものは、其の世界の生物の間から嫌悪されていた。
 その事実に、省みる事無く奪い去るだけの己の魔術への酷似を認め、今更ながらにして魂の相似という事実を確認する。
 ■■■の属性である虚数。そのシンボルは影であり、存在するモノの証であると同時に、存在し得ないモノの啓示。召還の触媒は、魂の相似。だからこそ、その在り方は自分自身とも相似形だと。
 ――――■■からも拒否されて寄りつかれない、己の在り方とも相似形なのだと……。 

 


 夜が長くなった事で、季節は既に冬に入っている事を悟る。自分の棲んでいた世界にはない四季、そして太陽。知識としてもってはいたが、それは実感に欠けていた。この世界では当たり前のような事が、自分の棲んでいた世界では羨望の的だった。
 どすん、どすん、という音が響き渡る。辺りが夕暮れに染まる中、少女は少年を見つめていた。
 少年は、ひたすらに。ただ、ひたすらに。傍目からみると、無駄な行為を延々と繰り返していた。
 それを見る少女の目は、疑問と不信で満ちていた。
 何故、こんな無駄な行為をするのだろうか? いくらやっても、無駄な事は分りきっているのに。いくら願おうとも、その願いが叶う事はないのに。
 ――――それでも敢えて、無駄な行為に挑み続ける少年。
 目標との距離は、数十センチ。回数を重ねる毎に、少しづつ彼我の距離は縮まっていったが、それはわずか数センチ、数ミリ程度でしかない。それを以って、遥かなる道程への一歩一歩と捉えるか、結果というのを顧みない無駄な努力と捉えるかは、どの視点で捉えるかによって分かれるのだろう。
 少女は、自らが置かれていた■■が変えようのない現実で、それを変革させる為に努力をするのは無駄な行為だと思っていた。それ故に、少年の行為は結果というのを顧みない無駄な努力だと思っていた。少年の行為を疎ましく思い、失敗してしまえ、その行為の愚かさを悟ってしまえとさえ思っていた。
 ――――それでも敢えて、無駄な行為に挑み続ける少年。
 少女の気持ちは徐々に、徐々にではあるが、苛立ちから■■へと変わっていった。成否を考えずに、物事に純粋に打ち込めたのだとしたら、どんなにかいいのだろう。どんな目標だったとしても、諦める事なく努力し続ける事ができるのだとしたら、どんなにかいいのだろう。そう、少女は思うようになっていった。
 だから、少年に自らが果たせない夢を託した。少年が、自分を陽の当たる世界へと連れて行ってくれると思うようになっていった。その日から、少年は少女にとって唯一つの■■へとなっていった。
 ――――だがそれでも、少女は思うだけ、望むだけで何一つ行動に移そうとはしなかった……。


 どこまで進んでも終わりがない、どこへ進んだらいいのかも分からない、見渡す限りに広がる不毛の大地。大地は生命の息吹を感じさせず、滾るマグマは生命活動そのものを拒んでいるかのようだった。
 この世界に棲む生物は、生命の源である太陽の恩恵を受ける事が出来ず、それ故に太陽や希望というものを望みながらも永遠に得る事のできないもの、遥か彼方に在るものとして憧れ続けてきた。
 そんな殺伐とした世界で、阿鼻叫喚や雑多なざわめきに混じって話し声が聞こえてきた。
「……何のためにその力を、永遠とも思える程の時間を望むのだ?」
「――太陽を我が手にするために」
 僅かに間を置くと、それだけで全てを語り尽くせるとばかりに、男は言葉を区切る。
「――――――――」
 あたかも天啓に打たれたかのように、■■■は身動き一つできなかった。
「■■■、おまえは、余に仕える天命をもって生まれてきたのだ」
 誘いかける言葉は甘く、心の奥底まで覗き込むようだった。運命的な出会い、というのなら此れこそがまさにそうなのだろう。
 暗く澱んだ空に浮かぶのは、夜空を照らすだけの星々の淡い光。この光を、眩く光り、時には暖かく降り注ぐ太陽の光に変えるための数千年の道程。この男は、■■からも拒否されて寄りつかれない■■■に対して、それを共に歩んで往こうといっている。
 ■■に希望がないのだとしたら――自らがその希望になると云っている。
 望みが誰からも与えられないのだとしたら――自らがそれを創り出すと云っている。
 ■■の中、夢を見ることさえ忘れていた■■にとって、手を差し伸べてくれる人の存在は、唯其れだけで羨ましかった。
 男は指先に魔力を集中させて、炎の輝きを秘めた優雅な不死鳥を形造った。虚空に生まれ出でた赤光は、指先から開放されると、まるで生命が宿っているかのように雄々しく飛び立ってゆく。
 真っ赤な輝きの群れが視界を染め、空に陽光が満ち、一瞬後には全ての音を掻き消すような爆音が響き渡る。
 男が放った魔力の塊は、他の誰のものとも違う、唯一つの特別な輝きを放っていた。
 自らの生命を、偉大な■、偉大な■■のために使う事ができるのなら……与えられた救いの形は違えど、目指すべきものは遥か彼方。魂が引き合うよう定められた者同士、その軌道は交わり一つになる。
 此処において、自分はようやく彼我の決定的な差というのが理解できるようになった。
 他人に寄生して生きていくという在り方は、誰からも拒否されて寄りつかれない自分の在り方とも相似形。
 運命的な出会いというのなら、その在り方をかえるためのきっかけになる人と出会えた事も同じ。
 自らの裡から出た望みではないとしても、未来を目指して叶わない目標へと向かっていく事に憧れ、欲していた事も同じ。
 ――――ただ一つ違うのは、何も行動しなかった間桐桜と、数千年に渡って行動をしてきたミストとの違い。



 ――――夢を見ている。



「桜に言わなきゃならないことがあるんだ。とても大事なことだから、落ち着いて聞いて欲しい」
「……はい、なんでしょうか?」
 これからいわれる事がなんなのか察しがついていて、それを受け入れればどうなるかを分っていながら、聞き分けの良い妹という立場を守ろうとするマスター。
 自らが傷つく事を恐れ、幸運を祈るだけで何らかの行動を起こしてこなかった帰結を迎えるのだから……そう思い、無関心に続く光景を眺めていた。
「俺は、卒業したら遠坂と一緒に倫敦へ行こうと思っている。俺が目指す……」
 その先は、曖昧で腹の探り合いのようなものだった。自分が魔術師である、という事実を相手にだけは隠しておきたいと考えている2人が核心の部分だけは隠して会話を続けるのだから、それも当然だろう。
 マスターに出来た事は、拗ねて、姉代わりの女性と小悪魔じみた妹のような少女に期待する事だけだった。
 それから数日、少年の姉がわりの女性は吼え、小悪魔じみた少女は「士郎を連れて行くな」と凛と呼ばれた少女と舌戦を繰り広げていた。本当の事を隠して、外面だけを取り繕って表向きの動機だけで固めているのだから、士郎と呼ばれていた少年と凛と呼ばれていた少女の旗色は悪いはずだった……後少しの加勢があるか、本音でぶつかればどうにかなったのかもしれない。
 だが、その加勢も、本音でぶつかる少女もその場にはいなかった。
「……ごめん、桜。それでも俺は、倫敦へ行く事はもう決めた事なんだ」
 数日後、最後となる説得に対しての衛宮士郎の返答。
 楽しい事なんて何もなくて、ただ辛いだけの毎日で、それでも死ぬ勇気なんかなくて人形のように生きてきた。その生き方、在り方を変える事のできる唯一の存在が、これから去っていこうとしている。これから、■■を失っていこうかとしている間桐桜。
 その事実を認識し、その言葉を聞きながらも、マスターは未だ聞き分けの良い妹という自ら定めた立場に甘んじ、現状を変革しようとはしなかった。
「……先輩の決心が変わらないというのは、わかりました。……だから、一つだけ約束して下さい。倫敦に行っても、わたしの事忘れないでいてくれるって」
「もちろんだ! 俺達は、これからもずっと家族なんだから」
 力強く答える少年と、笑顔で、寒々しくそれを聞くマスター。それでも尚、暖かさや希望にすがらずにはいられないのだろう、精一杯の勇気を振り絞って、マスターは最後に問い返す。
「……それなら、先輩はわたしの卒業式には帰って来てくれますか?」
 それが、マスターと衛宮士郎と呼ばれた少年の帰結。再び再開したとしても、変わる事のないであろう帰結。


「……これから余は、真に魔界の神となるための戦いを始める」
 数千年に渡る太陽への希求を終え、擬似的な太陽を創り出し、魔界の神と謳われるようになった男は、数千年を共に過ごしてきた唯一人の■■に向かって、そう告げた。
 その言葉を聞いて、遂に来るべき時が来た、とミストは感慨を深めた。
 神々が寄り集まり、それでもなお、創り出す事が不可能だった唯一のもの――生命の源たる太陽。
 大魔王バーンが如何に強大であり、永遠に近い生命を持つとはいえども、それを独力で創り出すというのは不可能な事だというのは、始めから判りきっていた。
 ――――だがそれでも、バーンは数千年に渡って不可能に挑戦し続けた。
 不可能への挑戦は、挑む事それ自体にも意味を持たせていた。擬似的な太陽を創り出し、魔界の神と謳われるまでになったバーンの力は既に、魔族の神・人間の神・竜の神といった神々の力をも凌駕していた。
 太陽が与えられた世界――人間の住む地上世界。地上世界の平和は、神々の力によって守られ、魔界の者が野心を抱き地上を手に入れようとしたのならば、竜の騎士と呼ばれる抑止力や神々の力によって阻止されてきたが、その歴史を覆すだけの力をバーンは手に入れた。
 ■■に希望がないのだとしたら――自らがその希望になると云った。
 望みが誰からも与えられないのだとしたら――自らがそれを創り出すと云った。
 そう云った男は、自らがそれを実現させるだけの力を持ち、今まさにそれを実現しようとしている。
「明日の太陽は、魔界を照らすためにある。かつての神々が犯した愚考を余が償うのだ」
 その言葉を聞き、黙って、満たされた表情を浮かべて頷き返すミスト。
 ――――見る必要のない夢であろうと、未来を目指して歩んできた道程はそれがそのまま救いだった。
 笑顔で、寒々しく先輩の言葉を聞いた間桐桜と、黙って、満たされた表情で主の言葉を聞いたミスト。
 飛べないハードルに挑み続けた少年に憧れた間桐桜と、不可能に挑戦し続けた主と共に未来を目指したミスト。
 太陽を失いつつある間桐桜と、太陽を手に入れようとしたミスト。
 出発点、その在り方は一緒でも、その違い、分岐点はどこだったのか……。
 



 天井を見つめ、ここが自らの部屋だと言うことを再確認する。傍らにあった時計を眺め、時刻が既に昼に差し掛かっているという事に気付く。
 そこまで夢を見た所で、目が覚めた……否、目を覚ました。
 明晰夢――睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながらみている夢。自分はあの夢の出来事を体験などしていないし、そもそもあの「夢の世界」へは行った事すらない。
 自分が体験しておらず、聞いてもいない者の生涯を夢で見る事ができるのは、サーヴァント・ライダーを呼び出し、彼の人生を追体験しているからだというのは理解している。
 サーヴァント・ライダーを呼び出しから数日。ライダーの生涯は数千年に渡るものであり、その生涯には、数千年に渡る太陽への探求、魔界での幾多もの強者達との戦い、その最期を彩る"勇者"達との戦い……記憶に残る場面なら数え切れぬ程存在した。
 それなのに、ここ数日見ていた夢はいつも同じ。
 夢はその人間の心象心理を表す鏡というならば――
 
『問おう。お前は望みのために抗う覚悟はあるか――』

 ――耳朶に反響するは、昨夜のライダーの問い。
 それを意識の裡に入れたまま、窓を開けて昼下がりの青空を見上げる。見上げた空には、太陽が燦々と輝いていた。雲の切れ間から光が差し込み、暖かい陽光が周囲を包み込む。
 空に向かって手を伸ばし、手のひらを握り締める。握った手のひらを開くと、そこには何もなかった。掌に残ったものは何も無く、それはまるで、手の届かないものへの憧憬を一身に表したかのようで、どこまでも遠くて、どこまでも儚くて……そして、強かった。



<本編第06話に続く>
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   □ Fate×ダイの大冒険/Fate of Dragons(桜パート) 傾:シリアス   最終更新:[2007年10月06日(土) 21時18分25秒]
    □ 桜パート第01話(前半)   最終更新:[2005年10月23日(日) 23時26分10秒]
    □ 桜パート第01話(後半)   最終更新:[2008年06月07日(土) 10時18分46秒]
    ■ 桜パート第02話   最終更新:[2008年06月07日(土) 10時19分24秒]

■後書き


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