第03話(前半) | |||||||||||||||||||||||||||||||
作者:
lock
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2005年10月02日(日) 23時55分11秒公開
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「シロウ! これは?!」 運命はいつだって唐突で、皮肉に満ちている。最悪の出来事は最高の気分の時にやってくると言った誰かの法則のように。 ――――それは、敵意を持つものが屋敷に侵入したことを知らせる結界の反応。 「感知用の結界だ。――悪意に反応する」 その言葉に、ダイの表情が強張った。外へ、と士郎に呼びかける。士郎は目を合わせて頷いた。隠れるものもない狭苦しい室内ではどうしようもない。 すぐさま立ち上がるとダイと二人で庭先へ飛び出す。 そして、 「なっ――――」 既に囲まれていたことを理解した。 炎と氷。それが衛宮士郎のまず浮かんだ言葉であった。燃えさかる炎をその身とした怪物。凍てつく氷をその身とした怪物。呼吸のたびに熱された陽炎が立ち昇り、呼吸の度に輝く冷気が立ち昇る。轟々と猛る手足を振り回し様はまるで舞うかのよう。 「氷炎魔団か……!」 「ひょうえん、まだん……?」 聞き知れぬ単語をオウム返しに呟く士郎。 それにダイが答えを返す間隙すら作らせず、手近にいたモンスターが炎の息を吐き出した。短く呼吸を切り、ダイは腰から抜きはなったナイフでその炎を切り裂く。 ――アバン流刀殺法が弐の太刀、海破斬。 ダイと士郎の眼前で裂けた炎は傍らで膨れ上がり、庭にある木々を一瞬で燃やした。士郎が呻く。先ほどから魔術回路は開き通し。にも関わらず、彼の眼球はその業火を発生させた魔力の流れを関知できなかった。 限定礼装か? あらかじめ術式を刻みつけた品ならば、最小限の魔力と起動術式で効果が発生する。だが、すぐさま士郎はその考えを打ち消した。あれほどの大規模の火炎。もしも魔力で起動させたものならば、確実にマナが漂う大気に影響を及ぼす。しかしながら炎そのものの形状をしたモンスターから吐き出された炎は、そよともマナを揺らがせていない。 「キキキ、キキキキキキキ!」 つまりこの怪物たちは、人が手足を動かすように、鳥が空を飛ぶように、ただの機能として炎と吹雪を操るのだ。 士郎はごくりと唾を飲み込んだ。木刀の入っている竹刀袋を投げ捨てる。相手の正体が何であれ、今は生き延びなければならない。切り替えろ。敵は動揺する己自身。敵は恐怖に屈する己自身。 起動させる。衛宮士郎の魔術。そして契約。ただ状況に巻き込まれ流されていた己はこの時点で死に絶える。 騒動に手を出し脚を踏み入れ首を突っ込みその身を投げ出し、いくら傷つこうとも守るのは見知らぬ誰かの平穏。理解などされない。報酬は零。滑稽な自己満足。 それでも、 「投影――」 開始、と腕を一振りして、衛宮士郎は長剣を具現させた。八節を一息で飛び越したおそらくこれまでで最速の投影。彼は精神論者ではない。だが、これは覚悟の差だ、と彼は思った。 ロンドンで見つけた剣。それは名も無き騎士がいつか振るった剣ではあるが、その素直な創造理念と基本骨子を彼は気に入っていた。もっとも、彼は決まったスタイルを持たない。長剣、双剣、弓、果ては槍や斧まで。それが衛宮士郎。異端の魔術師。極端の魔術使い。半端な本質。曖昧なスタンス。未熟な、正義の味方。 だけどその在り方は鋼だ。 ――――そうであれば、いいと思う。 首を振って士郎は無駄な思考を切り捨てた。今はまだいい。何が自分に最も適したやり方か、今はただ探り続ける段階。 「いけ、ダイ。自分の身はなんとか自分で守る」 「シロウ……」 静かに剣を構えたマスターに、今までと違う何かを感じたのか。彼のサーヴァントは眼を見開いて主を見上げた後、小さく、確かに頷いた。 「解った、シロウ。気をつけて」 「ああ」 士郎はダイに目線を合わせず、油断無く周囲に眼を走らせながら首肯する。そしてそのまま唇の端を僅かに吊り上げた。もういちど、行け、と繰り返す。同時にダイは弾けるように駆けだした。 「――ありがとな。信頼してくれて」 ダイの後姿に、士郎はそう囁いた。 ダイは炎と氷で構成されたモンスターの群れに飛び込んだ。一閃。駆け抜けるまま勢いは殺さず、残されたものは胴を切断され、首を刈られ、肩口から切り裂かれたモンスターのみ。ちらりと眼を流して己がマスターを確認する。二体ほどのモンスターが彼に挑みかかっていた。 救援に行くべきか――否。受けて立つ衛宮士郎の眼に恐怖は無い。構えは不動。呼吸は平静。まるで魔術師ではなく戦士だ、とダイは思った。そして思い出す。 “――だから、ダイ。力を貸してくれないか?” あの言葉が心地良く甦る。サーヴァントとして召喚されたこの身には、すでに聖杯戦争の情報が刷り込まれている。故に彼の言葉の埒外さに驚いた。使い魔へ命令する言葉ではない。衛宮士郎はサーヴァントとしてではなく、仲間として自分と対等の立場にダイを置いたのだ。 ――――だから怖くなった。 その眼差しが。 その眼差しが、いつか。 その眼差しが、いつか――――。 「――――っ!」 ぞくりと背筋を這い上がった怖気にダイは震えた。握り締めた拳が揺れる。そのとき、 「――くけ、ケケケケケケっ! ボーッとすんなよダイィィィィィィィっ!!」 どろりとした濃厚な敵意とともに、哄笑が破裂した。炎が、否、閃光が奔る。轟、とダイを目指す火球は五つ。サイズも込められた輝きも、これまでのどの雑魚の比ではない。螺旋を描くように収束する魔弾。避けることは出来ない。火球、ダイ、士郎はほぼ一直線。ここでダイが身をかわせば、五つの炎熱は確実に衛宮士郎を焼き尽くす。 ダイはほぼ無意識に左手を掲げた。甲に令呪によく似た輝きが浮かぶ。一辺の欠けた細長い六角形に、中央を目指す三本の線。 ――――竜の紋章。 これこそが『勇者』として生前を駆けたダイの切り札。闘いの遺伝子が刻まれた規格外の魔術刻印。竜の騎士と呼ばれるモノの証。ひとたび発動すれば、発動者の身体能力と魔力を爆発的に高める竜の咆哮。 だが―― 「あ、――あああぁっ!」 その光を振りほどくようにダイはナイフを持った右腕を前にやると、そのまま火球を迎え撃つようにナイフを構えた。一閃、海破斬。今までにない大振りで切り裂いた火球はまとめて二つ。半消一。無傷二。 その三つは、小柄なダイの体を飲み込んだ。 「ダイっ!?」 二体目のモンスターに深々と剣を突き立てた士郎は、その光景に声を荒げた。相変わらず背中の傷は引きつるような痛みを間断なく伝えてくる。一体目のモンスターに掠められた二の腕は凍傷を起こしかけ、目の前で融けるように消えてゆく二体目のモンスターに裂かれた頬が炎に焙られてひりつく。その一切合切を忘れた。理解したのだ。彼のサーヴァントは、彼の盾となって火球を受けたということを。後悔が身を削る。襲い掛かってきたモンスターのみに気をはらい、周りの状況など意識の外であった。その後悔は、思い上がりと呼ばれかねない感情だったかもしれない。ただの人間が、化け物を二体相手にして勝利を収めたばかりか、『もっと周りを見ていれば』と言うのだから。 それでも、彼の内に根付く理想(セイギノミカタ)が嘲る。 ――――――――――――――――未熟者め。 「ダイ!」 ぎりぎりと歯噛みしながら、士郎はダイに駆け寄る。燻る煙を払いながら先を見た。鼻を突く焦げ臭さの中に、ダイは立っている。 「……大丈夫。シロウ、退がって」 落ち着き払ったダイの声。常人では骨すら残らなかったであろう熱量を受け止めたにもかかわらず、ダイは確かに立っていた。流石にダメージは受けている。だが、目には闘志が揺らぎ、構えたナイフには一分の隙もない。士郎は言葉に詰まる。 そう、これが、サーヴァントというもの。英霊というもの。令呪という強制力に頼るしかない関係。ひとの手にあまる、生粋の戦闘用使い魔――そんなことは、わかっているけれど。 自分は、「彼女」を知っているから、共に歩んだ「彼女」を覚えているから、 「ばか。そっちこそ無理するな」 こんな言葉を掛けるのだと、士郎は思いたいのだ。 士郎の言葉に「うん」、と僅かに笑みを返したあと、ダイはいぶかしんだ。追撃の絶好の機会であろうに、周囲のモンスター達の動きが止まっている。息を潜め、油断なくこちらを眺めながら何かを待っている。 そう、あの火球が飛んできた時のあの哄笑は、何だったのか。 あの、『燃える氷のような』凶笑は。 刹那に生前の記憶が脳髄を駆け抜ける。 あの声。氷炎魔団。二つの塔。氷付けの姫。胸のメダル。氷と炎。凶笑。凶笑凶笑凶笑――! その名が脳裏に弾けると同時、ダイは宵闇の向こうに吼えた。「まさか」と「それしかない」が交錯する。 「……お前か、フレイザード――――!」 「ヒャハハハ、覚えててくれたかよダイィィィ……」 がしゃり、と金属の擦れるような音がした。がしゃり、がしゃり。 巨大な影。前回の聖杯戦争に喚び出されたバーサーカーもかくやというほどの巨体。ぼんやりと、ふたつの揺らめきが闇に筋を残す。全身を覆う鎧。立ち昇る狂悪なまでの殺意と威圧感。魔王――否、魔軍指令自らが禁呪によって生み出した魔導生物。左半身は燃え盛る熔岩、右半身は凍て付く氷錐で構成された魔人。自在に火炎系と氷系の呪文を操り、その身すら回避不能の武器とした意思持つ特別製のゴーレム。熱い激情と非情な冷徹さを持ち合わせた怪物。如何なる魔力も寄せ付けない究極の鎧を纏い、生前のダイや仲間たちを苦しめ抜いたモンスター。 ――――氷炎魔団団長、フレイザード。 「お前も、召喚されたのか……?」 「さあて、なァ」 ぎらぎらと鎧の隙間から覗く両眼は、どこまでも深い憎悪を湛えている。だが、応える声は愉悦にまみれている。背反する感情を何の矛盾もなく、一歩ごとにまるで足跡のようにその場に残してゆく魔人。 士郎は、動けない。 「なん、だ」 何だアレは。 『解らぬモノ』を前にした魔術師としての彼が、ほぼ無意識に解析を始める。鎧を貫通しての解析は不可能。おそらく対魔力の負荷された鎧なのだろう。だが鎧の隙間々々から零れ落ちるものは魔力。右の隙間からは冷気混じり。左の隙間からは熱気混じり。士郎は知らない。見たことも、聞いたこともない。間違いなくアレは魔術で造られた生物。だが、あそこまでの自由意志。あそこまでの規模の込められた魔力。 ――それは、まさに魔法の領域。 「シロウ、そこから動かないで。何かあれば、直ぐに逃げてほしい。……マスター」 言葉少なにダイが呼びかけた。その声に込められた硬質の響きに、士郎は思わず一歩引き退がる。すると、ぎょろりとフレイザードの両眼が士郎を捕らえた。 「ヒャハ、そこの弱っちそうなのをお前さんは主(マスター)って呼んでるのかい。あの姫さんはどうしたよ?」 「う――――」 もう一歩、士郎の足が退がる。気圧されたという屈辱よりも、あの眼に捕まってなお動けた事に士郎は驚愕した。兜に覆われて表情は読めない。だが、ニタリとフレイザードが哂ったことを確かに士郎は感じた。魔人は大きく両腕を振り上げると、大笑して振り下ろす。 「よおし、お前らはダイのマスターを狙え。俺は……」 ――――ダイを、ぶち殺す。 「キ、キキキキキキ!」 「シロウ!? 逃げて!!」 一斉に士郎に群がる氷炎魔団。ダイは直ぐさま士郎のもとへ駆けようとするが―― 「言ったろ? お前ェは、俺がぶち殺すって」 フレイザードの鎧の右手首が折れた。中は闇。白い冷気と真白の氷がそこから転がり落ちる。 「凍てつけ――――≪ヒャダルコ≫ォォっ!」 そして、人の背丈ほどもありそうな氷の刃が射出された。 ――――直線上のモンスターすら、纏めて貫いて。 「キヒァ――――――」 消し飛ばされる悲鳴を引き連れて氷刃が迫る。その光景に唇を噛み締めながら、ダイはナイフに手を添えた。 「……≪メラミ≫! 火炎――――大地斬ッ!」 轟、と炎はナイフに宿り、刀身を倍以上に伸ばした炎剣が氷刃を迎え撃つ。 これぞ魔法剣。竜の騎士にのみ許された呪文と剣技の高等複合技術。武器に宿った魔力はその剣気を何倍にも膨れ上がらせる。 ――着弾。赤熱と白冷がぶつかり合う。溶け落ち、砕け散り、それでも氷刃の勢いは止まらない。 急激な温度差に、水蒸気爆発という表現すら許す烈風が吹き荒れる――――! 「お――――、ああああああぁっ!」 ダイは絶叫と共に火炎剣を振りぬいた。両断される氷刃。そして降ろされた剣は神速で斬り上げられる。同時に、恐ろしいまでの高速の踏み込みで繰り出された左掌底を受け止めた。鋼と鋼のぶつかり合う音が高く響く。力比べ。げたげたと耳障りな凶笑。 「ヒャヒャヒャ、ありがとよダイ」 炎にまみれるフレイザードの左掌底。――――左掌底!! 「しまっ、……」 吸い上げられるように、フレイザードの指の隙間へ火炎呪文が消えてゆく。炎で出来た魔人の左半身は、全ての熱を糧とする。 「旨えなァ、お前の魔力はよおぉっ!」 暴風のような横殴りの右拳を、ダイはしゃがみ込んで避ける。折り曲げた足のバネを弾かせて、大きく距離をとった。 ――――強い。あの時とは比べ物にならない。サーヴァントとして呼び出されたためか、生前――魔導生物にもそう言うのかは判らないが――よりも圧倒的な能力である。矛盾した言葉だが、今のフレイザードは狂気に彩られているが恐ろしく「切れる」。氷の冷徹は揺るがない。 一刻も早く主人の元へ向かうべきだと理性が命じる。敵の正体を明確にせよと本能が命じる。ダイは士郎へ視線を走らせた。理性に従え。マスターを守護せよ。 だが―― 彼の主もまた、こちらを見た。そして意思が伝わる。何故なら、笑ったから。頭から血を流し、浅く裂かれた腕は凍りつき、焦げ落ちた左肩の服の下からは爛れた肉が覗いているマスター。痛みに歪んだその貌が、大丈夫だと言いたげに無理やり笑顔を作った。折れた剣が周りに散乱しているというのに、彼の武器は尽きることがない。長剣、双剣、弓、果ては槍や斧まで。それぞれを一流の使い手のように操り、幾多のモンスターと渡り合いながら、衛宮士郎は、確かに笑った。絡まった視線は一瞬。それでも、 戦士だ、とダイはもう一度思った。今度はより深く。彼のマスターは魔術師かもしれない。 ――――だけどその在り方は戦士(はがね)だ、と。 ならば応える方法は唯ひとつ。ダイはナイフを持った右腕を掲げる。甲に令呪によく似た輝きが浮かぶ。一辺の欠けた細長い六角形に、中央を目指す三本の線。竜の紋章。 それが、圧倒的な脈動を開始した。 「――ひとつ答えろ、フレイザード。……お前は、いったい何のクラスで喚び出された?」 「クラス……? ダイ、そりゃあいったい何の話だ?」 相変わらずの嘲りを含ませてフレイザードが哂う。 「何かに喚ばれた憶えはねえ。気が付けば『ここ』にいて、気が付けば『お前』がいた。そして周りには部下。なァ、じゃあやることなんざ一つッきりじゃねえかよ?」 ――即ち、復讐。栄光に満ちた彼の覇道を理不尽にも断ち切った、憎んでも憎み足りぬ『勇者』ダイ。 こんな場所に放り込まれた理由などどうでもいい。 こんな場所に仇が居る理由などどうでもいい。 重要なことは、奴が居て、己が在るという、ただそれだけ。 「殺すッ! 殺すッ! 殺して殺して殺して殺すぅッ! ヒぃ――――イャッ、ハぁ――――!!」 凶笑。凶笑凶笑凶笑――――!! 月を仰いで笑い狂う魔人。げらげらと、けたたましく響くその笑いが、ぴたりと止まる。ダイの雰囲気が、変わっていた。 「黙れ……!」 ダイの踏みしめた大地に僅かに亀裂が奔る。掲げた拳に輝きが集う。その眼差し、まさに竜。 「ヒャ、ハァ! だよなあだよなあだよなあ! 本気のお前じゃなきゃ意味無ぇよなァ!」 フレイザードの鎧の左手首が折れる。中は闇。立ち昇る熱気と赤熱した岩石が転がり落ちる。 「≪メェ、ラァ、ゾォ、オ、マ≫アアアアァァっとッ――――!!」 火弾、火弾、火弾、火弾、火弾! ≪フィンガー・フレア・ボムズ≫。卓越した火炎系呪文の使い手しか扱えぬ禁呪。最上級の火炎呪文の五段重ね。直撃すれば、骨すら残さない炎熱の魔弾。 その破滅を前に、ダイはナイフを振り上げる。一閃、海破斬。 これまでのどの一撃よりも鋭い剣閃。消滅―――― 五。 「な、ァ――――」 間髪いれず、 「アバン流刀殺法――」 参の太刀、 「――空裂斬」 フレイザードの巨体が『弾け飛んだ』。屋敷の塀に激突する。重く響く破壊音。腕を振り回して瓦礫を取り払い、フレイザードは立ち上がる。 しかし、遅きに失した。踏み込んでくる小柄な影は、ヒトの形をした竜の顎。小ぶりのナイフは今や牙にして断頭台。逆手に持ち直したこの構えは、かつて魔人を両断したアバン流刀殺法奥義。 「アバン――」 「チィ――――!」 フレイザードが防御に回した鎧の左腕は完全に切断された。 勢いは止まらずにその鎧の中の核を斬り飛ばさんと剣圧が迫る――――! 士郎は右腕の短剣を投擲した。嫌な音がして凍りついた皮が砕ける。絶叫を奥歯で噛み殺した。まだ動く。動くなら、動かさないと。呼吸など、もうしていない。無呼吸運動の全力疾走。剣に従い、斬り。槍に従い、突く。闘い方は武器が知っている。己に出来ることは、いかに忠実に戦技を再現するか。呼吸は邪魔だ。止まってしまえ。破れ弾けそうな心臓。酸素を求めて喘ぐ筋肉。過度の瞬時投影で千切れそうな魔術回路。それを意思の力で捻じ伏せて武器を振るう。遠坂に知られたら大目玉だなと思い、「彼女」が知ればもっと怒るだろう、と思うと何故だか不思議に力が増した。彼女たちが怒ってくれるのは、理想を目指す自分ばかりだったから。 だったら、もっと怒られないと。 「投影、開始」 砕けてまた頬を裂いた剣を投げ捨て、新たな武器を手に取る。そのタイムラグを突かれた。腿を氷の刃が掠める。あ、と思ったときは遅かった。無様に倒れる。悲鳴は出さない。ダイに気付かれる。目の前のモンスターの膝下に斬りつけ、倒れこんできた顔面に自然に剣先を合わせ即殺。ここまでか。冗談じゃない。この絶望的な状況を打開できる武具を検索。……、……エラー。条件緩和。『勝利』から『五秒先の生存』。再度検索。硬質の盾を投影しようと腕を伸ばす。伸ばした腕は弾かれた。頭上に燃える拳が揺れる。氷の刃が心臓に狙いを定める。 「 あ、」 何か、掴めた気がするのに。だいぶぼやけた視界の果てに、「彼女」が見えた。 瞬き。 ダイだった。重なる幻視。 鎧の怪物の胸にナイフが落ちる。落ちる。 落ち――ナイフが崩れて消えた。 |
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