第03話(後半) | |||||||||||||||||||||||||||||||
作者:
lock
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2008年06月07日(土) 10時17分57秒公開
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ナイフが崩れて消えた。 「あ――――」 「守れぇ、お前らぁ!」 ダイの喘ぎとフレイザードの絶叫はほぼ同時。士郎に群がっていた氷炎魔団は、けたたましく猛りながら目標をダイへと変更した。フレイザードはその群れに飛び込む。 ナイフはダイの剣圧に耐え切れなかった。サーヴァントの持つ武具は、砕けたとて魔力さえあれば再生する。彼のナイフはいわゆる宝具ではない。再生に掛かる時間は、それと比べればはるかに短時間だが、それでも『すぐさま』という訳にはいかない。これで無手。 「ひゃ、ハァ! 馬ッ鹿じゃねえかダイ!?」 未だ恐怖の拭えぬ声でそれでも哄笑をあげるフレイザード。自分自身への怒りで、ダイの目の前が赤く染まる。あれこそが最大のチャンスだった。 オーラを纏わせた拳で、襲い掛かってきた一体の腹を貫く。二体目に蹴りを飛ばし頭を砕く。三体目は眼力で退かせた。 「怖ぇなあダイよォ。流石は『勇者』サマだぜ」 その間にフレイザードは調子を取り戻したらしい。斬り飛ばされて短くなった左腕を突き出し、≪メラ≫。ダイは一直線に飛来した炎を、拳を振るってかき消した。一瞬、視界が炎に包まれる。晴れた目の前に現れたのは、そのまま腕を突き出して突進してきた魔人。鳩尾に、折れた鎧の腕が触れる。凶笑。 「――――氷・炎・爆・花・散!!」 「が――――!」 連続する無数の衝撃。その鎧の奥に隠されていた『己が身』を、弾丸として射出する氷炎魔団長フレイザードの最大最後の自爆技。たまらずダイは地面を削るように弾き飛ばされる。宙を舞う千の弾丸。ダイは眼を閉じた。焦燥に波立つ心を押し殺して気配を探る。核さえ砕けばフレイザードは消滅するはずである。 だが―― 「探し物はコイツかぁ?」 残された鎧の中から、馬鹿にするように一際大きく、真ん中で色の分かれた岩石が飛び出した。 「貴様……っ!」 おっと、ともう一度鎧の中に核が消える。ダイならばたとえ素手でもあの鎧を貫くことは可能かもしれない、だが、それを無数の欠片と取り巻きが許すとは思えない。 紋章閃――不可。山すら貫く閃光をここで放つわけにはいかない。呻く。手詰まりか。 「くそっ、剣があれば!」 剣があれば。 いっそ憐れむようにフレイザードの欠片が揺らめいた。 「悪ぃなァダイ。いつか言ったっけなあ、俺は闘うのが好きなんじゃない――――勝つのが好きなんだ、ってなァァァァァっ!!」 「くうっ!」 飛んでくる弾丸を拳で弾き、かわす。だが数が多すぎる。後頭部に衝撃。倒れこむ。巨大な散弾銃のように降り注ぐ魔弾。身を縮めて衝撃を最小限に抑える。 「気持ちイイなあ、気持ちイイなあ。俺は今から『俺』を殺した奴を殺すんだぜぇ。最ッ高の敵討ちじゃねえかよ!」 再びフレイザードは終結し、止めを刺さんと鎧に集う。がしゃり、と倒れたダイに足を進める。 その兜の中に、神業的な矢が突き立った。 「ダイから、離れろ……!」 衛宮士郎の放った矢だった。事も無げにそれを引き抜くと、魔人は士郎を一瞥する。心底、詰まらないものを見る眼で。 「……水差すなよ『マスター』さんよぉ」 フレイザードが矢を投げ返す。飛びながらそれは凍りつき、一回りほども大きな氷の矢へと変貌した。衛宮士郎はかわせない。避けるだけの力が無い。足の甲に突き立ち、下半身を氷付けにする。士郎は悲鳴を挙げなかった。ただ、喉の奥で笛のような呼気が漏れたのみ。 「フレイザード……!」 「おう、その眼。いい眼だぜダイ」 こちらを睨み付け立ち上がるダイを愉快そうに眺めると、フレイザードはまた哂う。残った腕を一振り。モンスターの群れに呼びかける。 「お前らは手ェ出すなよ? ダイは俺が始末する。そのあとで残ったあの赤毛は……ま、お前らの好きにしな」 モンスターたちは歓声を挙げた。 「ダ、イ……っ!」 歯噛みする士郎。氷付けの半身は動かない。 何も出来ないのか。また己は、こうして闘いを眺めていることしか出来ないのか。 肺に溜まった血を無理矢理咳き込んで吐き出す。額から流れた血が目蓋に落ち、赤く染まった視界の中で、彼のサーヴァントは立っている。 それが、どうしても彼女を想起させた。重なる幻視。 ――脳裏には、腹から血を流しながら、剣を支えに立つ少女。 違う。違う。違う! あの時とは違う。まだ何か、やれることがある。 ああ、あの時も、絶望に向けて真っ直ぐに立っていた男がいた。 “現実では敵わない相手ならば、想像の中で勝て。自身が勝てないのならば――――” ――脳裏には、あの赤い弓兵の背中。 自身が勝てないのならば、勝てるモノを幻想しろ。剣を。剣を。あいつに、ダイに相応しい剣を。 「お前らは手ェ出すなよ? ダイは俺が始末する。そのあとで残ったあの赤毛は……ま、お前らの好きにしな」 その通りだフレイザード。お前は正しい。そう、完全に間違っていることに目を瞑れば。お前の相手は俺じゃない。故に、俺の相手がお前である筈がない。 衛宮士郎の敵はただ独り。後にも先にもただ独り。 ■の丘の頂へと、俺は、俺自身を打倒する――――! 幾多の刃の高速投影の代償。傷つき今にも崩れ落ちそうな体。ぶつりぶつりと途切れかける精神。焼け焦げ煙を上げる魔術回路。 それでも、 「やるしか、ないよな……!」 士郎は瞑目する。衛宮士郎にはもう周りを囲むモンスターなど眼中にない。 イレギュラー的な召喚だったがマスターとサーヴァントという関係上、パスは必ずある。そこから引き寄せる≪剣≫の記録。 お前が俺の想いに応えて召喚されたというのならば、この不出来なマスターも全霊を掛けてお前に応えよう。 士郎はかつて見た。夢を通して「彼女」の剣を。 士郎はいま見る。この現実からあの少年の剣を。 「――同調、開始」 我がサーヴァントより手繰り寄せる記録記憶記述軌跡。 パプニカ(術者の記録に該当名称なし。記憶者のイメージより異界の国家の名称と考えられる)のナイフ――却下。先ほどまで記憶者が振るったナイフと同一。よって現況での効果は極めて薄い。 伝説の名剣――却下。記憶者のイメージからは圧倒的な不均衡。強度切断性能その他全て前述のナイフに劣る。 鋼の剣――却下。使い手の技量及び肉体的能力を鑑みて強度不十分。 ドラゴンキラー――却下。振るった期間があまりにも短時間である。よって成長経験共感極小。 鎧の魔剣――却下。根拠はドラゴンキラーに準ずる。また記憶者自身もこの剣の使い手と自らを認めていない。付け加えて、鎧と一対という特異な創造理念による解析の遅延は看過出来ない。 覇者の剣(偽)――術者衛宮士郎自身により断固却下。贋作の贋作など論外。 真魔剛竜剣…………、……、……――遺憾ながら却下。異界の神及び精霊が打ち鍛え竜の騎士(記憶者のイメージには術者にない異界常識が存在する模様。抑止の守護者と仮定)に与えし神造兵器。強度重量配分神秘切断性能オールパーフェクト。全開の竜闘気(……? 生命エネルギーと認識)にも耐えうる竜の騎士専用の剣。しかし ながら膨大な蓄積年月にも関わらず記憶者の振るった回数は数回。完全解析には若干のラグが予想される。 ■■の―― 自身に埋没していた士郎の眼がぎらりと輝く。 それは鍛鉄の煌き。 答えなら目の前にある。落ち着け、手を伸ばせ。そして慌てろ、すぐそこだ。 我がサーヴァントの名を冠した剣。 ■■の剣――――奨励奨励奨励奨励承認承認承認承認! 真魔剛竜剣と同じくオリハルコン(術者の記録に該当記述在り。伝説の金属と認識)製であり、故に真魔剛竜剣に匹敵する基本性能確認。魔族の手で造られながら大魔王(理解不能無視)に挑みし勇者の剣。蓄積年月こそ少ないものの記憶者の爆発的な才能開花に追随した成長経験は申し分なし。我がサーヴァントの為だけに打たれた無双の剣。最も我がサーヴァントが振るい、最も我がサーヴァントが心通わせ、最も我がサーヴァントに応えた剣。 ■■の剣! ダ■の剣! ■イの剣! ――――命を賭けろ。あるいは、あの剣に届くやもしれぬ――――!! 我知らず士郎は叫んだ。流れ込むイメージ。不確かだった虚像が明確に陰影を刻み付けてゆく。爆発的な魔力の胎動に氷の枷が弾け飛ぶ。 さほど長くないのは、使い手の体格を考えてのことであろう。基本的には両手持ちだが、ダイならば片手でも振るうことは可能。幅広の刀身に反りはなくスタンダードな直剣。 柄ごしらえは翼を広げた鷲のごとく。中央には埋め込まれた宝玉。そして――、 届いた。 掴んだ。 理解した把握した納得した了解した。 この身こそ異端にして極端の魔術回路。 深層意識より急速に浮上した士郎の眼は、すぐさま焦点を結んだ。左腕を掲げ、そして彼は起動術式を唱える。 「投影、開始」 続けて、 「体は――――」 真っ直ぐに腕を振り上げ、告げた。 「I am the bone of my sword.」 ――――体は剣で出来ている。 墜ちる撃鉄。叩きつけるハンマ。一打ちごとに嬌声を挙げる虚像。一打ちごとに歓声を挙げる幻想。一打ちごとに進む工程。 ――創造理念完全鑑定! ――――基本骨子完全想定! ――――――構成材質完全複製! ――――――――製作技術完全模倣! ――――――――――成長経験完全共感! ――――――――――――蓄積年月完全再現! ――――――――――――――全工程完全凌駕完了! 幻想を解きほぐし、縒り合わし、結び直す。 剣を制せよ。剣を成せよ。 是即 ≪剣製≫ 也。 「――――ダイぃぃぃぃぃぃっ!」 己の名を呼ぶマスターの声に、ダイは振り返った。 そして驚愕する。 「シロウ!? その剣は!」 驚きに動きを止めた獲物を逃すほど、フレイザードは甘くない。そもそも彼にはダイのマスターなど眼中になく、何をしようが痛痒はないと考えていた。自信と侮り。 「ケケケっ、どこ見てんだよォぉぉぉぉーっ」 「く――――!」 振るわれる豪腕を交差させた両腕で防御するが、対格差は歴然。数瞬、堪えるものの弾き飛ばされた。そのまま土蔵の壁に激突する。衝撃に呼吸が詰まった。巨体に似あわぬ俊敏さで迫る氷炎の魔人が視界の端にちらついた。だが、それよりも眼に飛び込んでくるのは、傷ついた己がマスター。そしてその手に在る――、剣。 士郎の声が届く。フレイザードの凶笑も、取り巻くモンスターたちの歓声も、燃え盛る木々の音も、今は遠い。 もう一度、ダイは衛宮士郎の名を叫んだ。 「シロウーーーーっ!」 「コイツを使えダイ、」 士郎の手から離れた剣は真っ直ぐに真っ直ぐに。フレイザードの脇をすり抜け、軌道上のフレイムマンを消し飛ばし、月光と炎の煌きを供として、 「≪お前の≫剣だ――――!」 ダイの真横に、突き立った。 「 あ、あ」 士郎は倒れ込み、地を掴む。剣を投げ飛ばした瞬間に理解した。 失敗だ。アレには絶対的な何かが足りていない。 確かに剣としては破格だ。だが、あれでは『誰にでも』振るえてしまう。 ダイの為に作られた剣。ならば、ダイ以外に扱えるわけがない。 例えるならば、魂のない抜け殻……! あそこまでの完璧な投影は数えるほど。しかし、八節では足りない概念があの剣には宿っていたのか。 悔恨に歪む視界の向こうでダイがこちらを見た。そして意志が伝わる。何故なら、笑ったから。闘衣は焦げて汚れ、全身は受けた岩塊で傷つき、それでもその竜の眼差しは揺るがない彼のサーヴァント。硬質の表情がふと、大丈夫だと言いたげに無理やり笑顔を作った。手渡されたものは失敗作の剣だというのに、その身に宿る闘気は尽きることがない。呪文を受け付けない鎧、いくら砕こうが痛痒のない怪物。おぞましいほどの憎悪と狂喜。その全てを前にして、ダイは、確かに笑った。絡まった視線は一瞬。それでも、 勇者だ、と士郎は思った。 ――――その在り方は自身の目指すものではないのか、と 。 いっそう強く土くれを掴む。全てを託したマスターに出来ることは、あとはただ己のサーヴァントを信ずることのみ。 「…………そいつをぶちのめせ、ダイ」 全てを見届けようと、瞬きすら許さぬように、戦いの終幕を凝視した。 何故、と思うよりなお迅く、ダイはその剣を手にした。 「これは……」 士郎に視線を走らせる。倒れ込んだまま、彼のマスターはこちらを見つめている。剣を手にした瞬間理解した。何かが足りない。 だが、かわりにこの剣にはあの青年の真摯な想いが息づいている。すまない、と言わんばかりの表情に笑みを返す。大丈夫。 確かに不完全な幻であろうが、この幻想は侮れない―――――――! 「ンだよその剣はよぉぉぉっ!」 振り下ろされる魔人の豪腕。殺意が固形化したように、氷錐が一回りも拳を巨大にしている。 ダイはフレイザードへ振り返った。背後から、かすかな声が耳に届く。『ぶちのめせ』、と。 「ああ、もちろんさ、シロウ。足りないものはあるかもしれないけれど――」 「ヒ、ギゃ――――!」 拳を受け止める。その剣は氷の装甲を受け止めたばかりか、あまつさえ勢いのままに鎧の腕を縦に切り裂いた。 「――――こいつを斬るには、十分に過ぎる」 唸るほど脈打つ活力のままに。 再び剣を手にしたダイにフレイザードは恐怖した。大きく、十メートルほども跳び退る。再度の氷炎爆花散。鎧の中から幾多もの魔弾が飛び出す。一斉に、全方位から襲い掛かる。だが、ダイは不動。剣を構えたまま、最初の一撃が着弾する瞬間、 「……おおっ!」 ダイの剣が奔り、岩塊を弾き飛ばした。弾く、弾く弾く、弾く弾く弾く弾く弾く弾く――――――!! 「な、ァ――――、」 幾多のフレイザードの欠片は狼狽えたように揺らめいた。 「ンだとおォォォォォっ!!」 獰猛に、そして誇らしげに、高速剣舞の中心でダイが唇を吊り上げる。 フレイザード、お前の間違いは唯一つ。あのような眼をした男を、あのような鋼の鉱石のような戦士を、お前は。 「お前は、シロウを侮った…………!」 あらゆる角度から迫る千の弾丸と、失速を知らぬ神速の剣技。縦横にして無尽。彩る火花。止まぬ閃音。月光と炎の煌めき。 取り囲む欠片の群れは、ダイにより引かれた一線より進むこと能わず――――! 「っざけんなあァァァァァっ!」 握りつぶすように、岩石群が襲いかかる。怒号に応えるように、溶岩には炎が宿り、氷石は冷気を纏う。核を離れた状態で二つがぶつかり合えば、たとえフレイザードといえども その欠片は消滅する。相反する属性をバランスを崩さずに扱うには、極度の集中力を必要とするのだ。強化された今のフレイザードならば、あるいはそれは可能であったかもしれないが、焦りと怒りにとらわれた特攻にそれは望むべくもなかった。 迎えるダイは緩慢にすら見える動作で構えを解く。紋章の輝く腕を胸に当てると、鼓動を押さえるように息を吐いた。迫る岩塊と悪鬼の顎のごとく、ダイを圧殺せんと迫り来る。ダイに息づく闘いの遺伝子が教えてくる。これこそが最大の好機。ここを抜けることこそが、勝利への唯一つの道筋。 裂帛の咆哮とともに、頭上へと拳を振り上げた。 「紋章閃っ!」 極限にまで圧縮された闘気が迸る。月まで射抜かんと一直線に突き進む閃光。消し飛ぶ岩軍。そして、わずかに開いた隙間へを目指してダイは呪文を詠唱した。 「……≪ルーラ≫っ」 瞬間移動呪文、ルーラ。飛び出して着地したのはすぐ傍ら。着地と同時に突き出した腕の先には、狙うべき標的を見失い、ぶつかり合っては消滅するフレイザードの欠片たち。ばちり、とダイの掌が帯電する。高まる魔力。唱えるは爆裂系上級呪文――――! 「――――≪イ・オ・ラ≫!!」 爆発。 「ギィ、ぁ――――!」 砕け、消滅するフレイザードの欠片たち。確かに熱はフレイザードの半身に力を与えるが、イオ系呪文の真骨頂はその衝撃である。轟く爆炎は炎も氷も区別なく消し飛ばしてゆく。その破壊を越えてダイが目指すは唯一つ。 核の残る、フレイザードの魔鎧――――! 「ダイぃぃぃぃぃぃぃぃッ――――!!」 吼える魔人。真っ直ぐに跳躍する勇者。 ダイは空中で腰を落とし、逆手に剣を持った腕を捻じりあげる。 士郎はざわつく腕の鳥肌を払うように拳を握り締めた。 ――――勝った。 視認できるほどの力の高まり。ヒトの持つ、魔力とは全く別系統のエネルギー。 これが、闘気というものか。 「アバン――――」 刮目せよ。これぞアバン流刀殺法奥義。 大地を斬り、海を破り、空を裂き、 ――――そして、全てを断つ。 「ストラアァァァァァァァァァァァッシュ!!」 「シロウ! シロウ!!」 己の名を呼ぶ声に、堕ちかけた意識がギリギリのところで持ち直す。 「ダイ……」 サーヴァントの名を呼び返して、士郎は苦笑した。 「勝った、か?」 「うん!」 勝ってくれたか。あの失敗作の剣で。 「剣は……?」 「消えた」 そうか、と呟いて士郎は立ち上がろうと試みた。腕に力を入れて、手を差し出すダイの手を掴む。小柄な体に見合わぬ力で引き起こされた。支えようとして、合わない体格差に四苦八苦するダイにもう一度士郎は苦笑する。 「笑わないでくれよ……」 「ああ、悪い」 そしてもう一度、悪い、と言った。 「悪かったな。あの剣、失敗しちまった。あの剣、お前の大事にしてた剣だろう? それを複製したうえに不完全な出来だなんて、無様だったな」 腕の下から体を支えていたダイの頭が、ごす、と脇腹へ突かれた。しかも傷口の上。しばらく立ち止まって悶絶したあと、息も絶え絶えになった士郎はようやく口を開く。 「……っ、……おぃ。無茶苦茶、痛いぞ」 「痛くしたから当然だろ」 お前ホントに俺のサーヴァントか、と、こういうときだけマスター風を吹かす士郎は、これは慰めなのか励ましなのか否定なのか嫌がらせなのか判別に苦しみながらダイと屋敷へと戻る。途中で、ダイが口を開いた。 「ゴメン。本当は、もっと楽に勝てた」 俯くダイの頭に、ごす、と自分の額を落とす士郎。 「……痛ぁ」 「こっちが痛いぞ石頭」 君、ホントに俺のマスター? と見上げながらダイは士郎を支えながら歩みを進める。自信ないな、と軽口を叩く士郎。 そうして、「なんでさ」と軽く、本当に軽く士郎が問いかけた。 「謝ることなんてない、と思う。お前が使わなかったその方法は、それだけ危険だったんだろう」 ダイは押し黙って、ただ歩いた。 ――そうではない。ダイを躊躇わせたものは恐怖。紋章をひとつ開放するだけで、あれほどの怒りと覚悟を必要とされた。もしも――あのまま士郎が死んでいたなら、おそらくダイは己を許すことなど出来なかっただろう。否、今でさえ許せない。己が恐怖から逃げなければ、衛宮士郎はこれほど傷つかなかった。フレイザード以上のサーヴァントが現れたなら、いったい自分はどうすべきなのだろうか。使えるのか、両腕に宿る恐怖を。 ――――フレイザード以上の『サーヴァント』? “クラス……? ダイ、そりゃあいったい何の話だ?” “何かに喚ばれた憶えはねえ” 奴は、自身がサーヴァントであることを否定した。これはどういう意味なのだろう? そのことをマスターに知らせようと、シロウ、と呼ぼうと口を開く。それに被せるように、 「――――そうそう。ダイ君はホントに危険なんだよねぇ」 「あぶない、あぶない!」 場違いなほどに陽気な声が二人の歩みを凍らせ。結界は、反応しない。敵意は――無い、ということか。 「何しろ大魔王サマに勝っちゃうんだからねえ」 士郎とダイは弾かれたように振り返る。猛毒を電流に溶かし込んで、全身に流されたような怖気と寒気。 月を背にして、奇怪なシルエットが土蔵の上に存在していた。 がらんどうになったフレイザードの兜を指先でくるくると弄びながら、一人の影が立っている。肩には一つ目の魔族。 「キル、バーン……?」 唖然とした表情でダイが呟いた。次の瞬間息を詰めて睨み付ける。 殺戮の道化師。策謀のクラウン。暗殺のピエロ。 キルバーン。 「その通り! やあやあ久しぶりじゃあないか、ダイ君」 くつくつと喉の奥で笑いながら、キルバーンは片手を挙げた。 「あのフレイザードは結構自身あったんだけどねえ」 「どういう意味だ!」 敵意をむき出しにしてダイが声を荒げた。士郎はダイに支えられたまま、死神を凝視している。フレイザードに共通する違和感。――こいつも、人形? 「どういう意味って、ダイ君が思っているとおりさ。あのフレイザードはええと、なんだったかな、そうそう、『サーヴァント』じゃあ、ない。君が召喚されたってんで急造で作られたゴーレムさ。そこの――――『エミヤシロウ』くんが最初に相手にしたシャドーみたいなものだよ」 「っ――――」 笑みの形に歪んだ仮面から、士郎に向けてきょろりと眼線が投げ掛けられた。それだけで、士郎の体が強張る。死神。ああ、まさに死神だ。 ダイはそれでも納得がいかない。 「あいつは俺のことを覚えていた。この世界で創られたのならば、そんなことがあるわけがないだろう」 その問いに、キルバーンはふふんと鼻を鳴らした。指先で、得意げに自分の頭をこつこつと叩く。 「ボクの脳にはありとあらゆる情報が詰め込まれている。ま、僕は君も知っての通りスパイだったからね。『向こう』の一切合切はボクの頭の中さ。あとは、ちょいと再現を手伝ってもらえばあの通り! ステキでイカした氷炎魔団団長の出来上がりってね。憐れだよねえ、人形ってのは」 「あっはぁ、それは自分のことかなー? キル」 「こらこら、ちょっと黙っててくれよキミ」 ――そう、あまりにも憐れだ。あの存在は、作られたボディに、キルバーンの持つ氷炎魔団団長の記録情報をダウンロードしただけの人形。それは、フレイザードと呼べるのか? 「貴様……!」 眼光を強めてダイが詰め寄る。「おっとっと」と両手を広げて死神はそれを制した。 「まあまあ、そんなに起こらないでくれたまえよ。今夜はただの顔見せなんだ。それに――今なら、ボクにだって負けちゃうよ? ダイ君」 フレイザードは噛ませ犬。キルバーンの真意は、呼び出されたダイの戦力を測ること。そして――、 「何しろあんなに怖がってるんだもんねえ、他ならぬ自分の力を」 それは、思惑以上に効を成した。 唇を噛んでダイは沈黙する。見破られた。恐怖を、見破られた。 そんな様子のダイを楽しげに見やったあと、キルバーンは士郎に軽く宝石を投げつけた。 「シロウ!」 キルバーンの言葉に反応の遅れたダイの手を抜けて、宝石は、士郎の胸に当たってかすかに光った。 「あ、くぅ――――」 士郎の体が崩れ落ちる。慌ててダイは士郎を抱えなおした。 「キルバーン、シロウに何をした!?」 「お近づきのし・る・し、さ」 「ふざけるな――――!」 ダイ腕を向けて呪文を唱えようとする。だが、 「待て、ダイ……!」 ダイに寄りかかっていた士郎が制止した。どうして、とダイが問おうと士郎を見上げる。士郎は愕然とした面持ちで呟いた。 「傷が治っている……?」 「だーかーらー言っただろーっ? お近づきの印、ってさあー」 「もう、黙っててくれって言ったじゃないか」 「へへーん」 傷ついた士郎の体に異変が起きていた。出血が止まり、浅い傷にはもう肉が盛り上がっている。考えられるのは――――今の宝石か? 「どういうつもりだキルバーン!?」 罠の危険性を考慮しても、この死神の行動は異常と言えた。何を考えている。 「さて、ね」 軽くはぐらかすようにしてキルバーンは肩をすくめた。そしてわざとらしい仕草で大仰に月を仰ぐ。 「おやおやすっかり話し込んでしまったなあ。早く帰らないとマスターに怒られちゃうよ!」 「晩ご飯抜き? 晩ご飯抜き!?」 「そうとも! 今日のはボクの大好物だったのにさ!」 「えーっ! きゃははははっ」 けらけらと笑いを零しながら、死神の体がふわりと浮き上がる。 「待て、キルバーンっ!」 「待たないね」 そして、キルバーンは自分自身の影に潜り込むように沈んでいく。 「じゃあ、またね。ダイ君、そしてシロウ君。頑張ってくれたまえよ、――――君たちには、僕らの期待がかかってるんだ」 不可解な言葉を残して、頭まで沈み、最後は親指を立てた拳。どこまでも人を喰った仕草である。 あとには、何も残らない。 夜明けは遠く。 理想と、思惑と、そして何より圧倒的な現実を乗せて、 運命の夜は、再び軋みをあげて走り始めた――――。 【修正履歴】 10/03 ダイの剣に関する記述を修正 <桜パート第01話に続く> 桜パート第01話(別スレッド)に移動する |
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