第06話 | |||||||||||||||||||||||||||||||
作者:
ゆーえむ
URL: http://sakura-yuu-m.hp.infoseek.co.jp/
2006年01月16日(月) 23時42分01秒公開
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「ダイ?」 夜道。衛宮邸へと視線を向けているダイへ、僅かばかり先行する形になった士郎が呼びかけた。 その声にダイは慌てて、 「あ、ああ。ゴメンゴメン」 見慣れ始めた快活な、だがどこか浮かない笑顔を浮かべながら、士郎に追いつく。 「ロン・ベルクのことか?」 この明るい少年の笑顔を曇らせる原因と言ったら、今はそれくらいしか思いつかなかった。言われたダイは一瞬きょとんとするも、 「うん。……バーンパレスに突入する前は助けてくれたから、今度も助けてくれると思ったんだけど」 苦笑いしつつ、頷いた。 同盟が成立したにも関わらず、こうして夜の見回りに出かけるのが士郎とダイだけなのは、ロン・ベルクが同行を拒絶したからだった。ダイと並んで歩きながら、士郎は衛宮邸でのやり取りを思い出す。 「ええっ!? どういうことだよ、ロン・ベルクさん!」 ひとまず衛宮邸へと帰ってきた士郎達一同。夜の巡回に出る前に食事をすませておこう、と考えるのは士郎にとっては当然であり、イリヤも特に異論を挟まなかった為、いつも通り士郎が台所に立つことになった。何百年も生きていると言うロン・ベルク相手に何を出せばいいのかしばらく迷いもしたが、意を決して当の本人に聞いてみれば、 「別に食事にこだわりはない。好きに作ってくれ……それよりも、酒はないのか?」 とのことで、今はイリヤに呆れられつつも居間で藤村組からの貰い物である日本酒を冷でちびちびやっている。元々ダイ達がいたのはこちらで言うところのヨーロッパ、穿った言い方をするなら所謂中世ファンタジー風の世界であったらしく、見慣れたワインやブランデーよりは見たことの無い日本酒を、という選択だったらしい。 ダイは少年の見かけ通りに料理の支度などは得意でないらしいので、イリヤ達と居間で休んでいてくれと言って士郎一人がこうして台所に立っているのだが、そこに今の大声である。 「な、なんだなんだ? どうしたんだよ、ダイ」 エプロンで手を拭きつつ、急いで居間を覗いてみれば、ダイが立ち上がっていた。士郎に背を向けているため表情は窺えないが、どうも戸惑っているような感情がラインを通じて僅かに伝わってくる。 居間を見渡せば、変わらぬ様子で酒をあおるロン・ベルクと、 「……私も聞きたいわね。どういうこと、ロン・ベルク?」 そんな己がサーヴァントに冷たい眼差しを向けるイリヤの姿があった。 イリヤとロン・ベルクの間に漂い始めた険悪な空気に気後れしてるのか、側に来た士郎にダイは小声でこの状況の原因を説明する。 なんでも、夜間の見回りをしていると語ったダイにイリヤが賛成したにも関わらず、ロン・ベルクは行かないと言い放ったらしい。一体何故と士郎が思うより早く、イリヤに問われたロン・ベルクが口を開く。 「どうもこうも無い。オレにはそんなことをする義理はないしな。そもそも、この聖杯戦争とやらがたった一組の勝者を決めるものならば、他の参加者が適当に潰しあうのを待つのが定石だろう?」 「他の参加者が潰しあうのを待つ、なんて者の前に聖杯が現れるとでも思っているの?」 ロン・ベルクの正論に、イリヤは自分でも馬鹿らしいと思いながらも一応の反論を口にする。 なにしろ、この冬木における聖杯とはイリヤその人であるのだ。正規の聖杯――そんなものがあるとすればだが――ならともかく、冬木の聖杯戦争で現れる聖杯は、勝者の質など問わない。必要なのは、儀式を可能とするだけのサーヴァントが脱落すると言う事実だけなのだから。 「さあな? 聖杯のことなんぞ、オレは知らん」 言って、再び酒杯を傾ける。 そんなロン・ベルクに対し、ダイは勢い込んで、 「聖杯ってのはおれもよくわからないけど、魔影軍団や氷炎魔団みたいなモンスターがうろついてるかもしれないんだ。なんで、そんなこと言うんだよ」 「――――」 「うっ」 ギロリ、と睨まれ、思わず縮こまってしまう。 「ダイ。オレはお前達のような正義の使徒ってわけじゃない。バーンとの戦いで、お前達に手助けしたのは、たまたま気が向いただけだ」 「そんな……」 元より気まぐれかつ頑固な性質な男であることはわかっているつもりだったが、それでもこうしてきっぱりと否定されてはダイもショックも受ける。 絶句するダイに代わり口を開いたのは、ロン・ベルクのマスターであるイリヤだった。 「ロン・ベルク、貴方は私のサーヴァントなのよ。そして私は貴方のマスター。召喚に応じた貴方に報いる責任が私にはあり、それは貴方にも同様なの」 ダイに向けられたのと同じ冷たい眼差しを前にしても、イリヤは怯まない。少女の面影に似合わぬ、かつて士郎と対峙したマスターの表情で、ロン・ベルクを真っ直ぐ見つめる。 「私は、シロウの方針に賛成だわ。言っている意味、わかるでしょう?」 「――わかるが、お断りだ。そんな面倒、背負い込む気は毛頭無い」 「ロン・ベルクっ!」 イリヤの怒声を受けても、ロン・ベルクは何処吹く風と言った風情だ。さも興味ない、といった様子で酒を杯へと注ぐ。 「……信じられない。貴方は私のサーヴァントなのに」 「そういうことになってはいるな……だがな、勘違いするなよ、イリヤスフィール」 その声に、室内の空気が凍った。 怒気は無く、脅そうなどという気配など勿論微塵も無い。 だが、ロン・ベルクが声に力を込めた。ただそれだけで、空気は一瞬で肌を刺すモノへと変質したのだ。 「だからといって、オレはお前に縛られるつもりは無い。オレを従えられるのはオレ自身だけだ」 イリヤが小娘だから従えない、などと言っているのではなかった。例え神だろうと、魔王だろうと、己の自由は奪わせない。この男はサーヴァントの身でありながら、そう言っているのだ。 士郎やイリヤは知りえぬ、同郷出身のダイすら知らないことだが、事実ロン・ベルクは地上を壊滅させ魔界の神となることを目指した大魔王バーンの招きすら刹那の躊躇いも無く蹴ったことがある。 「――そう」 強烈な意志を前にしながら、だがイリヤはやはり怯まない。ただ僅かな苛立ちを含んだ息を吐き、 「判っていた事だけれど――貴方は、バーサーカーとは違うのね」 その苛立ちは、己が言葉に従わぬロン・ベルクと、バーサーカーとロン・ベルクを比較してしまう自身へと向けられていた。 なんて弱さだろうと、イリヤは内心で自嘲する。バーサーカー・ヘラクレスを呼べなかったことに、自分は確かに安堵したではないか。そして同時に一抹の寂寥を覚えたが、召喚されたロン・ベルクを前になんと思ったのか。 ――シロウが作り上げたセイバーの剣を触媒に、わたしが呼び出した英霊が最強でない筈がない―― あの時抱いたのは、疑いようの無い確信だったというのに。 「……なあ、シロウ。今あの子が言ったバーサーカーって?」 「え?」 イリヤとロン・ベルクのやり取りにやや気後れしていた士郎は、その声が持つほんの僅かな震えに気付かず、そのまま言葉として捉えてしまう。 「前回の聖杯戦争でイリヤが呼んだサーヴァントだよ。今でも勝てたのが奇蹟だと思うくらいの、とんでもない怪物だった」 「……!」 怪物。 その言葉に、ダイはしばし硬直する。 士郎は己がサーヴァントのささやかな変化に気付かない。だが、それも無理は無いだろう。士郎にとって、あの光景は生涯消えない輝きの一つなのだから。 脳裏に浮かぶのは、朝靄に煙る深い森。重ねられた手と手。視界を埋め尽くす黄金の光。 「とんでもない、怪物……」 ダイの小さな身体が震えるが、それを止めたのも続く士郎の言葉だった。 「でも、イリヤにとっては掛け替えの無い、たった一人のサーヴァントだったんだ」 「え?」 「イリヤとバーサーカーがどんな関係だったのか。俺は知らないし、多分聞いていいことじゃないと思う。けど、そんな俺にもわかるんだ。イリヤはバーサーカーを、そして多分、いやきっと、バーサーカーもイリヤのことを大切に想ってた」 それは、狂戦士という言葉からは想像出来なかったイメージ。 誰かを大切に想い、誰かから大切に想われる。 そんなことは、狂戦士の領分ではない。狂戦士とは、文字通り戦いに狂った者だと、敵を殲滅するまでひたすらに戦い続け、味方すらも滅ぼしかねない、まさしく怪物そのものだと、思っていた。 だが、 「……俺にとっての、セイバーと一緒だったんじゃないかな」 「え、セイバーって……」 「あ、ごめんごめん、ダイのことじゃなくてさ。……前の聖杯戦争で、俺のサーヴァントになってくれたのもセイバーだったんだ」 眩しいものでも見つめるかのように、僅かに細めた瞳。どこかで見覚えがあると思いをめぐらせてみれば、 「……あ」 (母さんのことを話してくれたときの、父さんの目だ) とても遠くを見るような、優しい眼差し。それゆえに、ダイの心に小さな不安が芽吹く。イリヤ同様、かつての相棒を呼べなくて士郎も内心残念に思っているのではないか、と。 そのことを問うてみると、士郎は困ったように笑って、 「そんなことないぞ。もちろん逢いたくないって言ったら嘘になるけど。とにかく、ダイに不満なんて」 「ロン・ベルクっ!」 無い、と続けようとした士郎の言葉を、イリヤの鋭い声が遮った。 何事かとダイへ向けていた視線を動かせば、ロン・ベルクが酒瓶を手に立ち上がっている。すると、今のイリヤの声はそれを制止しようとしたものか。 「何処へ行くの? 話は終わってないわ」 「何をどう言われようが、オレの気は変わらん。どうしても従わせたいのなら、令呪とやらを使うんだな」 もっとも、例え使われようと従わんが、と不敵に笑い、ロン・ベルクは縁側へと足を向ける。 「お、おい、何処行くんだよ」 思わず士郎もイリヤと同じことを問いかけると、振り向きもせずに、 「別に何処にも行かん。きゃんきゃん喚かれては酒も不味くなるんでな。星でも見ながら外で飲むさ」 言って、そのまま歩いていってしまった。 その後、イリヤも拗ねて客室に引きこもってしまい、士郎とダイは昨晩に続き二人だけで軽い食事をとってこうして夜回りに出かけることとなったのだった。一人残してきたイリヤのことが心配ではあるが、出掛けにロン・ベルクに一声かけると、 「わざわざ探しに行こうとは思わんが、見える範囲のことくらいならなんとかする。気にせずに行ってこい」 と無愛想にだが言っていたので、ひとまず安心だろう。 「ま、俺たちは俺たちに出来ることをしよう」 「ああ、見回りだね!」 力強く頷きあい、士郎とダイは夜の街へ歩き出す。 まず足を向けたのは士郎が通っていた穂群原学園だった。 「深山じゃ一番人が集まる場所だしな。前のライダーみたいに結界を張られたら大変だ」 「結界? それって、バーンパレスにあったみたいなヤツなのか?」 「バーンパレスってのは……ええと、大魔王の城だっけ」 勿論ダイが嘘を吐いている、などとは思わないが、それでもやはり大魔王という響きはあまりにも非現実的――魔術師などやってる士郎が言えることではないかもしれないが――で、口に出すのはどうにも気後れしてしまう。 「ああ。ルーラを封じられたりして、すごく危なかった」 「それはまさしく結界だな……」 ルーラというのはダイの世界に存在する魔術で、世界中のどんな場所であろうと記憶にある場所であるならば飛んでいける、というかなりとんでもないものらしい。結界はここ数百年、魔術師を守る防御陣的なものである、というのがスタンダードだ。はっきり言ってしまえば防犯装置の類が凶悪になったようなもので、ダイの言うバーンパレスの結界は正しく正統派の結界と言える。 「大魔王の結界と比べるのもなんだけど、でも前のライダーが張った結界も凶悪だった。……あんなもの、二度と使わせるわけにはいかないんだ」 言いながら、士郎は厳しい表情を浮かべる。 かつて目にした赤く染まった世界と、倒れ伏した級友達を思い出したからだが、表情の理由はそれだけではない。結界を張った黒と紫を纏うサーヴァント、その側に立つかつての友人、 「……慎二」 アインツベルン城からの帰り道、見かけたあの姿が幻だとは今も思えない。 だが、慎二が生きているはずがないのだ。あのイリヤが、その幼い声で殺したと告げたのだから、そんな希望は存在しない。ああ見えてもイリヤは一流のマスターなのだから、殺しそびれたなんてことはあるわけがない。 「……それでも」 「シロウ?」 「え?」 形にならない想いを口にしかけた士郎を、ダイが制止する。 「そっち行くと、大きな通りみたいだぞ」 言われて顔を上げれば、確かに大通りらしく本数多く設置された街灯が煌々と夜を照らしている。 ダイは霊体化しているのでいいが、竹刀袋を担いだ士郎はこの時間帯は少々怪しげだろう。 「あ……っと、悪いダイ。ちょっと考えごとしてた」 慌てて引き返しながら照れ隠しに、 「そ、そう言えばさ、ダイ。あの鎧とか変な影って、ダイが居た所で出たんだろ? どこで出るとか、そういうのってわからないかな」 「え? うーん、そうだなぁ……」 悩むような気配が伝わってくる。待つことしばし、 「おれは魔王軍と戦ってたから、向こうの方から襲い掛かってきたけど、普通はやっぱりダンジョンに出るんじゃないかな」 「……ダンジョンか」 それはまた随分とレアなロケーションだった。 「うん。あとは森とか、山の中。と言っても、そういうところで出てくるのは魔王の影響でおかしくなっちゃったヤツが多いけどね。シャドーやさまようよろいは魔王に生み出された暗黒生命だから、普通は出ないんだ」 「そうか……やっぱり、地道に足で探すしかないな」 だからこそ、より注意深く歩かねば、と士郎が気合を入れなおしたその瞬間だった。 突然、大気が唸り、地が震える。 「あ――ああッ!」 炸裂する轟音、天へと届く爆風。 「な、なんだ!?」 まるで爆弾でも落ちたかのような衝撃に、士郎が慌てて周囲を見回す傍らでダイが実体を結び、叫んだ。 「イオだ!」 「い、いお? ダイ、なんだよそれ」 「魔法だよっ。魔法使いが使う、爆発の呪文! おれの……」 叫ぶダイの脳裏に浮かぶは、いくばくか年上の少年の姿。初めて会った頃の逃げる後ろ姿は既におぼろげ。思い浮かぶのは、くじけそうな時に側で支えてくれた、強い決意を秘めた瞳。 聖緑の法衣を纏い、大魔道士を自任する、兄弟子にして親友。 「おれの親友も、使ってた呪文だ!」 言いながら、ダイは走り出していた。 疾い。だが士郎もぼうっとしているわけではなかった。即座にダイの後を追って駆け出す。 幸いにも、いまだ上がり続けている黒煙が目的地を示してくれている。さほど遠くない――いや、士郎の土地勘から導き出されたそこは、 「……学校!?」 見回りの第一目標であった穂群原学園だった。士郎の視界の端で、ダイが校門を飛び越えていく。 「あ、あいつ……!」 ダイの言葉を信じるならば、校庭でダイの親友が戦っているのだろう。そこにダイが加勢するのだ。相手があの影や鎧達程度ならばひどく容易く、仮にまだ見ぬサーヴァントであっても勝ちは見えている。むしろ、士郎が割り込んでいく方がマスターである士郎が狙われる可能性があり、ダイ達にとっても危険だ。だが、だからと言ってこそこそ隠れているような真似が出来るはずもない。 「同調(トレース)――開始(オン)!」 竹刀袋から木刀を抜き出すと同時に、"強化"を施す。無論足は止めない、むしろ一歩一歩踏み出す速度は上げていく。そして士郎が敷地内に飛び込んだ途端、一際大きな爆発が巻き起こった。金属が砕ける耳障りな音が響き、破片が周囲に散乱する――となると、この状況はやはりうろついていたあの鎧達を何者かが殲滅したということなのか。 「ポップ!」 親愛を込めたダイの呼びかけ。 懐かしさと、喜びがない交ぜになった声を紡ぐ表情もまた、召喚してこちら見せたことの無い笑顔だった。 その笑顔が、 「――ほう、彼の大魔道士もこちらに現れているのか」 凍った。 「お、お前はッ!」 「有り得るはずのない雪辱戦の機会が得られるとは、私は運がいい」 爆風が凪ぐ。 黒煙の彼方から風を巻き起こし、長大なランスが突き出された。次いでそれを手にする白銀の篭手が、固い足音を響かせる銀の具足が、さらに見えた腕と脚をも煌く金属鎧が覆っている。 そして、 「うっ――!?」 ぬうと、煙を割って鎧を身につけた馬の顔が現れた。 なんて奇怪な兜だと士郎が思ったのも一瞬、 「それが聞けただけでも、このような雑魚退治に出てきた甲斐があったというものだ」 「し、喋った!?」 馬の顔は、兜などではない。さらに言えば、銀に輝く篭手や具足、腕と脚を包むのも鎧などではなかった。 それら全ては身体を覆っているのではなく、この怪人の身体そのもの――! 「お前――シグマ!」 「左様。久しいな、勇者よ」 その名を聞いて、士郎も思い出す。ダイが語った冒険譚、その中に登場した魔王を守護するチェスの駒をモチーフにした、鋼の親衛隊のことを。 「ダイ、こいつ……」 「……ああ。ハドラー親衛騎団のシグマだ!!」 「……ランサーとして、呼ばれたってわけか」 手にした得物は、ランス。通常馬上試合で使われるものだが、サーヴァントの、まして人外の存在である怪人――シグマの手で振るわれるのだ。人間の騎士が馬上で扱うのとは次元違いの速度と器用さで操ってくるだろう。ならば、そのクラスはランサーに間違いあるまい。 だがシグマは馬面で器用に笑って見せると、 「槍兵(ランサー)だと? 否」 鋼の身体を高らかに響かせ、ランスを掲げながら誇らしげに謳う。 「私はハドラー様を守護する為に生み出された駒。故に、我が役割は騎士(ナイト)以外に有り得ぬ」 「……イレギュラーのクラスか?」 前回の聖杯戦争に巻き込まれた時、何も知らない士郎に凛が解説してくれた中に『聖杯戦争のたびに一つや二つはクラスの変更はある』というくだりがあった。思い返せばロン・ベルクもクラス不明だ、おそらく何か聖杯に異常が起こっており、それが呼び出すクラスにも影響しているのだろう。 「シグマ、お前ここでなにをしていたんだ」 「なに。少しばかり様子を見回っていればくだらないことをしている鎧共を見つけたのでな。主はそのような真似を好まぬ故、蹴散らしたまでのこと」 「なんだって?」 それはつまり、人々を襲うモンスターを倒したということなのか。 シグマの言葉を信じるなら、シグマを呼び出したマスターは一般人を傷つけることを是としない、真っ当なマスターということになる。 「……シグマ、だっけ。なら、お前のマスターに伝えてくれ。俺達はあの鎧を操ってるマスターを倒したい。だから、俺達と戦うのはそれまで待ってもらえないか? 町の人を襲う連中がいなくなったら、いつでも相手になる」 無論シグマのマスターとも戦わないのが一番だが、聖杯戦争に参加する以上何かしら望みがあってのこと――前回の士郎や凛、イリヤと言った例外はあるが――だろう。なら、黙っているだけで少なくとも一騎のサーヴァントが脱落する士郎の提案は、それほど悪いものではあるまい。 「――ふむ」 銀の指先が顎を撫で、固い音を響かせる。 しばしの沈黙の後、シグマが動く。 「生憎だが、答えは否だ。我らの願いはただ一つ」 ランスの切っ先がダイを狙った。 「勇者の……御首(みしるし)のみッ!!」 「ッ!! シロウ、離れて!」 宣言と同時に高く跳び上がったシグマから、ダイは一瞬ではあるがマスターである士郎へ呼びかける為に注意を逸らしてしまった。 そう、たった一瞬だったのだ。 しかし、 「くうっ!」 逆手に持ったランスが、ダイの頬を薄く裂く。ダイの反射神経だからこそ、薄皮一枚で避けることが出来たが、仮に並みの戦士であったならば今の一撃で胸に大穴が開いていたはずだ。 「流石だな、ダイよ。だがッ!」 ランスを持つのとは逆の手に、剣呑な輝きが宿る。 見慣れたその輝きは、 「《イオラ》ッ!!」 「ッ! たあーっ!」 雄叫び、一閃。放たれた爆裂呪文を切り裂いたのは、アバン流刀殺法海波斬。達人が振るえば、如何なる猛吹雪や灼熱の炎であろうと寸断する、高速の剣技! 余波の剣風ですら校庭の砂利を抉るほどの冴えを持つ一撃は、だが、 「動きが鈍いぞ、ダイ。君の剣はどうしたのかね」 「な――ッ!?」 まるで曲芸――いや、悪夢めいた光景だった。 ダイが振りぬいたナイフの刀身に、シグマが立っている。 「それとも、私ではあの剣を出すほどの価値もないか!?」 カッと開いた口が、再び爆裂の言葉を紡ぐ。 この至近距離では避けようが無い――しかし、防ぐことならば、可能だ。 「うおおおおおッ!!」 ダイの右手甲が眩い輝きを放つ。 その輝きこそ竜闘気。竜の騎士のみが持つ、全身を鋼の如き強度へ変え、あらゆる呪文を跳ね返す防御幕となる、この世で最も堅固な装甲。 それを撃ち貫くことが出来る呪文など、同じ竜闘気によるものか、あるいは大魔王ほどの桁違いの魔力でしか有り得ない。 「大地――斬ッ!」 紋章を発動させた右手は、そのまま掴んだナイフを走らせる。 大地を割るアバン流刀殺法がシグマの脚を縦割りにせんとするが、それを黙って許すシグマではなかった。大地斬を振るう力に乗り、ひらりと跳び退いて大きく距離を取る。その動き、あまりにも軽快。かつて速度と跳躍ならば天馬にすら勝ると自負したのは自惚れでは無い。 「ダイっ!」 一瞬の攻防。それでもシグマの強さは十分見て取れた。 場所が場所だけに、かつて見かけたアーチャーとランサーの戦いを思い出させられ、士郎は戦慄する。自分程度がこの戦いに飛び込んで、何が出来るのかと。しかし衛宮士郎がただ黙って見ているだけなんて、出来るはずが無かった。 せめて撹乱にでもなれば。そう思い飛び出しかけるも、 「ダメだシロウ! こいつ、ほんとに強いんだ。フレイザードみたく卑怯な手も使わない。真っ向から正々堂々と戦って、それでものすごく――強い!」 「お褒めの言葉、痛み入る」 ダイの言葉に、足を止められる。鎧達を蹴散らし、フレイザードを打ち倒したダイの力は疑うべくも無い。そのダイが、ここまで言うのだ。 士郎は奥歯を噛み締め、ただ木刀を握りなおすことで耐える。飛び込んでも撹乱になるどころか、邪魔になるだけなのが理解出来た。 再び、ダイとシグマがぶつかり合う。 鋼同士の打ち合いと、風の唸りが奏でる戦いの音色を聞きながら、士郎は自問する。己に何が出来るか。 (……あの、剣。あれを投影出来れば) ダイを召喚した夜を思い出す。あの、ダイの為にだけ作られた剣。アレを手にしたダイは紛うことなき最強だ。鞘を得た彼女と同様に。 だが、知らずに投影した一度目ならばともかく、今の士郎はアレを投影しても絶対的に何かが足りない紛い物にすぎないシロモノが投影されることを知ってしまっている。 贋物でも使用に耐え得るならば。 そうも考えられそうなものだが、生憎と士郎の投影はそんな柔軟な考えで使用出来るものではなかった。 真作そのものではないが、そのものではないということ以外は瓜二つの贋作。端から何かが欠けることがわかっていては、投影そのものが成り立たない。 「……けど、俺に出来ることはそれくらいだ」 脳裏に再生されるのは、以前の戦いと、赤い弓兵の声。 『ならば、せめてイメージしろ。現実では敵わない相手ならば、想像の中で勝て。自身が勝てないのなら、勝てるモノを幻想しろ』 その言葉に従う。 「――同調、開始」 精神を集中させ、ダイとのリンクへ意識を向けた。 昨日の夜よりも深く、長く、明確に、ダイの記憶を追跡する。 戦いの記憶の中に、幾本もの刀剣が浮かび上がるが、全て無視。それらではダイの力には不釣合いだと既に鑑定済みだ。 「――見つけた」 そして、士郎は再び見つけ出す。 飾り気の無い、だが彼女の黄金剣に比肩する美しさを備えた、■■の剣を――! 静かに息を吐く。 もう、あんな無様で不完全な投影などするまい。 決意を込めて、 「投影――開始」 起動の言葉を紡いだ。 ――創造理念鑑定 ――基本骨子想定 ――構成材質複製 ――制作技術模倣 ――成長経験共感 ――蓄積年月再現 「っ!」 カタチを結びかけた幻想が霧散する。 脱力感に屈し、堪らず士郎は膝をついた。 「……足りない」 投影を完了させるまでもなく、工程の過程で気付いてしまった。このままでは、結局出来上がるのは無様な贋作に過ぎないと。 一体何が。それを思考する為には、目の前の状況に余裕が無さ過ぎる。 サーヴァントとは言えダイは生身、マスターは魔力量もさして多くない士郎。対してシグマは疲れを知らぬ鋼のゴーレムだ。長引けばどちらが不利になるかは目に見えている。 「けど、アイツの剣に匹敵する武器なんて……」 そんなもの、彼女が持つ聖剣くらいのものだ。そして、あの剣を彼女以外が手にするイメージを結べない以上、投影は不可能。 「クソっ、俺に出来ることは……っ!?」 焦りに駆られ空を仰いだ士郎は思わず息を呑む。 何か視界の端で光った。 瞬間、言い知れぬ悪寒が士郎の背筋を走り抜ける。まるで、背骨が氷柱と化したかのような――戦慄。 何かを確認する一瞬すら惜しい。 「ダイ、避けろぉーっ!!」 「!」 その叫びが僅かでも遅れていれば、どうなっていたか。 天から放たれた渦。そうとしか形容出来ない何かが、ダイとシグマが切り結んでいたその場所を直撃した。 爆音が鳴り響き、地面が揺れる。 「な、んだ……?」 とてつもない威力を持った攻撃なのは、かろうじて理解出来る。闘気と剣圧の合奏とも言えるそれは、ダイが放ったアバンストラッシュに並びうるだろう。アバンストラッシュが斬撃に起因する一撃ならば、今のは恐らく刺突によって放たれたもの! 「これは……!」 「ブラッディースクライド!?」 ダイとシグマの驚愕の叫びが重なった。士郎の叫びを受けて、どうやらシグマも咄嗟に跳び退いたらしい。突然脇から放たれた攻撃に、しかしシグマは即座に我を取り戻し、 「ふ……アバンの使徒揃い踏み、といったところか。二対一では不利、しかもヤツは私の相手ではない――ここは退かせてもらう。ダイよ、大魔道士に伝えてくれたまえ。再戦を楽しみにしているとな!」 煙幕のつもりか、小規模な爆発を撒き散らしながら、シグマがさらにバックステップするのがかろうじて見て取れる。 だが、ダイは既にシグマの姿を追ってはいなかった。 「どうして……なんでおれまで狙ったんだよ、ヒュンケルッ!!」 「ヒュンケル……? それって」 ダイの冒険譚で何度も語られた、ダイ達の兄貴分である凄腕の剣士の名だ。 慌てて士郎はダイが視線を向けている方を見上げ、 「嘘、だろ」 ダイ同様、表情を強張らせた。 「はあ? なに言ってんのお前。サーヴァントは敵なんだから、倒すに決まってるじゃん。あったま悪いね」 明らかに人を小馬鹿にし、見下した声。 それは――二度と聞くことが出来ないはずの声。 「なんて顔してるのさ、衛宮。間抜け面晒しちゃって……ははっ、お前の間抜け面は元々か!」 いつの間にかどんよりと曇っていた空。屋上に立つ者達の姿こそ確認出来れど、顔までは見ることが出来ない。だが今の声を聞けば十分すぎる。 「ああ――死ぬ前に紹介しといてやるよ。コイツ、僕のサーヴァントだ。まったく、不意打ちしといてそんなチビスケ一人仕留められないなんて、使えないヤツだよね。前と言い今回と言い、屑ばっかり引き当てちまうんだから、腹が立つよ」 雲の切れ間から、月光が射した。夜の光に照らされ、青白く死人じみた顔色に見えるが、その顔を見間違えるはずがない。士郎が友人と認める、数少ない一人だったのだから。 「生きていたのか――慎二」 「ああ――また会えて嬉しいよ、衛宮」 傍らにサーヴァント――魔剣戦士ヒュンケル――を従え、嗤う少年。 そいつは、バーサーカーに叩き潰されたはずの間桐慎二に他ならなかった。 |
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