第09話(後半) | |||||||||||||||||||||||||||||||
作者:
ユウヒツ
2007年10月27日(土) 01時12分38秒公開
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ポップは目をパチクリとした。目の前のものが信じられない。元々山の中の片田舎で生まれた。もちろん、それからは色んなところを回った。人々の慣習や文化に違いがあるのは承知している。 ……けど、生魚を食べるなんてなあ 驚いてしまう。ポップたちの世界は士郎たちの世界に比べて文明レベルは低い。しかし、魔法──魔術ははるかに一般的で、それこそ小さな村にも魔術師は存在している。また、移動魔法──ルーラの発達で人々の交流は進み、地方色というのは士郎たちの世界に比べてかなり狭くなっている。 食生活に関しても同じで、そんなに大きな差は無い。つまり、ある程度は同じという事である。だから、驚いてしまう。しかも刺身の色が黒いのだ。新鮮な感じがせず、なにやら不気味である。 当然のことだが、ホップたちには生の魚を食べる習慣はあまり無い。 「──なあ、本当にこれを食うのか?」 ポップが不安そうになるのも無理はないだろう。 あの闘いが終わった後、士郎たちはとりあえず屋敷に戻った。突貫で戻った凛達のために士郎は夜食を用意した。何せ、士郎の連絡から一気に準備を済ませて飛んできたのだ。かなり、疲労がたまっている。また、かねてから、ルヴィアに日本にきたら日本料理をご馳走すると話していた。ただ、いまはそんなに時間や手間暇はかけられない。 というわけでお茶漬けである。お茶漬けの歴史はかなり古い。平安時代にはご飯にお湯や水をかけて食べるという習慣がすでにあった。 織田信長が戦の前にご飯にお湯をかけた湯漬けを必ず食べたという話もある。面白いエピソードでは後北条といわれる北条早雲の子孫、四代目当主北条氏政のエピソードだろう。食事中。一度ご飯に汁をかけ、少し食べたらもう一度かけて、父の氏康を嘆かせたという「毎日食べる食事にも一度で推し量る事が出来ず、どうして国や領民を推し量る事が出来ようか」これは後に付け加えられたエピソードだが、領地を回って、収穫されたばかりの麦を見て「よし、昼はあの取れたての麦を食すとしよう」という無知な発言をしたという(刈ったばかりの麦はそのまますぐには食べられず、干して脱穀して精白しなければならない) 。 かなり話は飛んだが、士郎はみんなのためにお茶漬けの準備を始めた。手軽で簡単だし、しかもさらりと食べられる。具も一工夫すれば驚くほどのバリエーションを整えられる。いまのお茶漬けは江戸時代には確立していて、商店に勤める奉公人達がよく食していた。もちろん、店にも売られて人気を博したという。 白いご飯が大きめな椀に盛られ、きざみ海苔、佃煮、焼いたたらこや塩サケ、梅干、納豆、ササミの干物、そして、ポップを驚かせたマグロのヅケなどが小皿に置かれている。名々がご飯に好きなものを乗せてお茶をかけて食べるという方式である。 「なんか、こういうのは本当に久しぶりね」 凛は嬉々としながらご飯に梅干とたらこを乗せてパクパクと食べる。ロンドンでもこの頃は日本の食材は手に入りやすくなった。が、やはり空気が違う。ロンドンの空で食べるのと日本の空の下で食べるのには微妙な差があるのだ。なんだか、ほっとしてしまう。 「あら、意外といけますわね」 ルヴィアは納豆をよく練ったものを乗せていた。ロンドンで納豆はくさいと聞いていたが全然気にならない。器用に箸を使って他の食材もつまんでいる。マグロのヅケを口に入れても「美味しいですわね」の一言だった。 「やっぱり、箸は使いづらいよなー」 聖杯から知識として備えていても習慣として箸は使いづらい。士郎からスプーンを貰うと適当に食材を乗せて食べていた。特に味とかは気にはしていない。向こうの世界は色々と厳しく豊かで贅沢な国といえども、食べ物は粗末に扱う事は無い。とは言うものの、梅干を口に含んだときにはあまりのすっぱさに驚いていた。 「──?!」 慌てて、水を渡す。 「こっちの食べ物は不思議なのが多いや」 と、言いつつ、ダイは笑った。 「たぶん、シャケの切り身とかなら食べやすいんじゃあないかな。あと、ササミの干物もお勧めだぞ」 戸惑うポップに士郎はアドバイスをする。 「……はあ」 そうは言いながらも何故か、ポップはマグロの赤身のヅケから目が離せない。不器用に箸を使ってヅケをつまむと、思い切って口に放り込む。 「──うまい」 生魚は苦手だった。特に魚の腐ったあの匂いはなかなか慣れるものではない。しかし、思い切って食べてみた。舌の中でとろりと溶けて不思議な味が広がる。生臭さは気にならない。かなりいける。 「うん、うまい、うまい。こいつは最高だぜ」 一応、士郎は言っておいた。一部の食材は癖が強いから食べないほうがいいと。しかし、調子に乗ったポップはあちこちの食材をつまんで最後に納豆を口にして悶絶していた。 「うっぎゃー?!」 やはり、異世界の人間にはきつかったようだ。 食後、まったりとする事無く作戦会議を始めようとしたが、体力と魔力を使い果たしたダイは、食べ終わると同時に熟睡モードへと移行していた。 「おいおい、起きろよダイ……といっても、こいつがこうなると起こそうとするだけ時間の無駄か。すまないがマスター、こいつ抜きで話を進めてくれないか?」 「ふう、しょうがないわね。今日のところは現状の把握程度で良しとしておきましょうか。それじゃ士郎、話してもらえるかしら?」 凛にそう言われて、士郎はかいつまんで今までの経緯を話した。その士郎の話を受けて凛が出した答えは、 「どうやら、今回の闘いはマスターが鍵を握るようね」 こんな、予想外の代物であった。 どういう意味だろう。ルヴィア以外は顔を見合わせる。凛はため息を吐くと、 「ポップ、あなたはヒュンケル以外にも、ダイ君が戦ったというサーヴァントに心当たりがあるのよね?」 「フレイザードは除いたとしても、シグマにキルバーンか。そいつらなら、俺達の世界で戦った事があるぜ」 「これがどういうことか分かるかしら、士郎?」 急に話を振られ、 「……えっと、あー、敵のサーヴァントの対応がしやすいということかな」 しどろもどろに答えた。 「減点。落第ね。ルヴィア」 さっくりと切り捨てるとるヴィアに話を振る。今まで、まったりと玄米茶を楽しんでいたが、 「敵も味方も互いに知り尽くしているという事になりますね。今までの聖杯戦争は互いのサーヴァントの正体を隠し探るのがメインでもあったようですね。しかし、今回はそういうわけには行きません。敵にしろ味方にしろ互いの弱点、得意な戦い方など手の内は知り尽くしているといっても過言では無いでしょう。そうなると、ポイントは──」 言葉を切るとポップのほうを向く。 「さあ、続きをお願いしますわ」 すっと、ルヴィアに見つめられ、ポップはしどろもどろに、 「えーと、そのー、つまり、マスターの力で俺達の足りないところとか補ったりするというのかな」 と答えた。 「そういうこと。あと、あなた達の敵と味方。誰が召喚されるかもよるわね。あなたたちの仲間が召喚されると有利になるのは間違いないし。協会の調べては全サーヴァントはすでに召喚済みということだしね。召喚されるとしたら、誰か心当たりある?」 「そうだな──俺がキャスターでなくアーチャーとして召喚された。となると、すでにキャスターの特性の奴が召喚されたと言う事だよな。仲間としてはレオナかマトリフ師匠あたりかな。敵としてはザボエラやミストバーン辺りだな。ザボエラはともかく、ミストバーンが召喚されたら厄介だな」 「でも、シェロの話ではシグマとヒュンケルというランサーが召喚されたのでしょう。もしかして、イレギュラークラスもありえるのでは?」 ルヴィアも意見を述べる。 「しかし、そうなると多すぎてまとまるものもまとまらないぜ。それでもあえて推測するなら、ライダ──俺の知ってる奴で一番ライダーの特性が高いのはラーハルトだ。あいつはダイに忠誠を誓ってるし、出会えばきっと、仲間になると思うぜ」 しかし、凛はポップの意見を一蹴する。 「楽観は禁物よ。あなたの兄弟子のヒュンケルも操られて、敵になったじゃない。今回の聖杯戦争はサーヴァントの特性を知り尽くしているのが鍵だけど、それ以上にマスターの特性、意向も重視しなければならないのよ。一応、協会の魔術師はわたし達以外は参加してないというけど、在野のほうは分からないしね」 「どっちにしろ、今のままじゃあ、対策は取りようにないな。とりあえず、敵となるキルバーンと操られているヒュンケルに絞ったほうがいいんじゃないか?」 士郎がもう、完全に熟睡してピクリとも動かないダイの頬をぺちぺち叩きながら言った。 「まあ、今日はこれくらいにしないか? 夜も遅いし、風呂にでも入って寝ようぜ」 「──そうね。少し足りないけど、今日はこれで解散にしましょう」 そういって、凛は立ち上がった。今日はこれまでだ。 ばたばたとした一日は終わろうとしている。ダイとポップは布団を並べていた。 「不思議だよな」 ポップは呟く。疲れてはいるが寝付けない。見上げる天井は今まで見たことがない。それでも――捜し求め続けたものが今、目の前にある。 ダイはすでに寝ている。それでも、ポップは構わずにダイに向かって語り続けていた。みんなが待っていたという事。あれから旅を続けた。世界を巡りまわり続けていた。希望を忘れそうになった事がある。挫けそうになった事がある。 そんなとりとめの無い事を、ただ語り続け、 「ダイ、おやすみ」 最後にそう挨拶して、ポップは目をつぶった。 |
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