ケモノ
2005.04.09


「健太郎……」

バイトの帰り、駅から少し離れた本屋で雑誌を立ち読みしていると聞き覚えのある声に呼びかけられて呼吸が止まった。
まさかと思って振り向くと半年前に別れたはずの直樹が立っている。


直樹とは大学に入った頃に始めた皿洗いのバイトで知り合った。
人懐っこい性格の直樹は黙々と働く健太郎を何かと構い、バイト上がりには夜明けのラーメンを啜りながら二人で語り合う。
そんな関係が暫く続き、バイト先がそっち方面の店だった事もあって二人は自然に恋に落ちた。

しかし、付き合って二年を過ぎた頃、自分の予定が空いていても先約があればバイト先や学校の友人を優先させる直樹に我慢が出来ず健太郎から別れを言い出した。
直樹が自分以外の男と話をするだけで許せなかったし、関係を疑うような言葉を掛けて何度も同じような喧嘩を繰り返した。
必死に否定して涙を流す直樹を見るのが徐々に辛くなり、それでも嫉妬にかられて直樹を責める自分にも嫌気がさしていたから、別れた時には寂しさよりも、これ以上自分の醜態を晒さなくて済む事に安心をしていた。


「そんな驚くなよ……俺この近くに引っ越したんだ。健太郎は? 」

「俺はバイト先がこの近くで……」
半年振りに会った直樹は少し痩せていたものの、あの頃と全く変らぬ笑顔で健太郎のすぐ傍に立っている。
直樹を失ってから何度声が聞きたくなってアパートを飛び出しただろう……。
しかし、その度に自己嫌悪に陥って電車に乗る前に一人誰も居ない部屋に帰った。

「せっかくだからメシでも食おうか? 」
まるで二人の間に何も無かったかのように、直樹は懐かしさと痛みで何も言えないままでいる健太郎の肘を掴んで外へ連れ出した。
健太郎の腕を引いて歩きながら、直樹は相変わらずの悪戯っ子のような表情で楽しそうに話す。
そんな直樹を見て、自分の付けた傷はもう癒えているのだろうかと健太郎の胸には安心と落胆が入り混じった。



「俺、臭くないかな……」
しばらく駅前をフラついたが、外では落着いて話も出来ないからと直樹のアパートで宅配ピザでも頼もうかという話になり、駅から歩いて15分程度の直樹のアパートへ足を運んだ。
キレイに掃除が行き届いた部屋の空気に肉体労働を終えた男の匂いが混じる。
「ん、健太郎の匂いだよ? 気になるならシャワー浴びたら?」
トレーナーの襟を伸ばして汗の臭いを気にすると、健太郎の胸元に顔を近付けた直樹の柔らかい髪が触れた。
急激に激しくなった鼓動を聞かれないよう身を引いた事に気付いていないのか、直樹は洗ったばかりのバスタオルを健太郎に向かって投げると「ピザが来る前に出て来いよ」と浴室のドアを指差した。



もう終わっているはずなのに……。
熱い湯に打たれながら、妙な期待をしている自分を落着かせようと目を閉じた。
あの日、泣きながら健太郎にしがみついた直樹の顔が浮かんでは消える。
もう二度とあんな思いはしたく無い。
直樹と別れてからずっと後悔をしていたのは事実だ。 けれど今の自分なら……。
突然の再会に直樹を欲しがって熱くなっている自分がいる。

「……ちきしょう……っ……」

健太郎は浴室のタイルに頭をぶつけて自分勝手な妄想を掻き消した。





「おい、勝手に食ってんじゃねぇよっ」
入れ替わりに直樹がシャワーを浴びている間にデリバリーのピザが届いて支払いを済ませた。
濡れた髪のまま一人ピザを摘んでいる健太郎に、浴室から出てきた直樹は裸のまま絡みついて健太郎の手にしていたピザを一口かじる。

その瞬間、理性も過去も吹き飛んだ。

健太郎は目の前にいる直己を抱き締めて噛み付いた。
明かりを消してオイルを用意しようとする直樹を力任せにねじ伏せて肌を重ねる。

「……っ……健太郎……」
よく見えるように足を持ち上げ、清潔に洗われた入口に吸いつきながら舌を入れる。
指を入れると苦しそうにもがいた直樹の指が腕に食込む。
「…痛っ……オイルくらい塗れよ……」
強引に入口を開けられる痛みに悲鳴を上げた直樹に叩かれて、枕元にあるオイルを乱暴に塗ると中に入った指で深く掻き混ぜて湿った音を聞かせる。
直樹の中の音を聞きながら健太郎は唇を押し付けて直樹の太腿の柔らかい部分に痕を残した。

「…ぁぁっ……健太郎……まだ…っ……」
まだ完全に温まっていない状態で中に入ろうとすると直樹は弱い力で抵抗するが、健太郎の重みに勝てずに歯を食い縛っている。
「…っ……俺、我慢出来ない……んっ……」
自分を抑えきれず健太郎は無理矢理 直樹の中に自身を埋めて、馴れるのを待たずに腰を動かした。
目を閉じて苦痛に耐えている直樹も、健太郎の動きが激しくなるにつれて快感の波に乗り、徐々に甘い声を漏らし始める。

「……ぁっ…ん……ぁぁっ……健太郎っ……っ…」

抱いている時、擦り切れるような直樹の声で我を忘れる。

腰を持ち上げて深く突き刺しながら直樹を見下ろす。

直樹の全てを征服している錯覚に限界まで昂ぶった欲望を吐き出す。

「……っ……くっ……ぁぁ………っ……」
敏感に反応する直樹の柔らかい熱に包まれながら健太郎はさらに動きを加速し、直樹に与える事無く一人果てて崩れ落ちた。


「相変わらず……動物みたいなセックスするんだな……」
健太郎が噛み付いた痕を指でなぞりながら直樹が懐かしそうに笑う。
乱れた呼吸を整える間も無く、肌に絡みつく健太郎の指がその傷跡に触れると、直樹から熱い溜息が漏れた。
その声に触発されて健太郎は、まだ終わっていない直樹の中を指で掻き回す。

「……ぁ……っ……健太郎……その前に……んっ……」
直線的な愛撫を嗜めるように直樹に唇を求められ、欲望と共に感情が昂ぶっていく。
胸が焦げるように熱くなり涙がこぼれた。

「…好きだ……ずっと……会いたかった……」
搾り出すように想いを吐き出すと、直樹は健太郎の頬を両手で包み「俺もだよ」と優しく唇を重ねた。

どれくらいの間、直樹を抱いていたのか……。
何度も果てたが健太郎の欲望は尽きる事は無かった。
汗と精液と肌に這った唾液が絡み合って部屋の空気とシーツが重く湿っている。
途中、腹が減っては冷えたピザをかじり、少し眠って目が覚めると隣で寝ている直樹を強引に抱いた。



「じゃあ……」
帰り際、あの頃と同じように三十秒だけ直樹を抱き締めながら、また明日の意味を含んだ別れの言葉を耳元で囁く。
ドアを開ける瞬間、背中に直樹の重みを感じて立ち止まる。
「…うん……」
あの頃と同じように「帰らないで」とは言えず、ただ背中に頭を押しつけるだけの直樹の声が寂しそうで、健太郎はもう一度振り返って直樹を強く抱き締める。

あと三十秒だけ……。



また明日。
約束が無くても会えるのに―。
健太郎は一時の別れに耐えきれず、また明日とドアを開いては何度も振り返って直樹を抱き締めた。


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動物のような一重の男の子を描きたくて、前回イラストを更新から二ヶ月経過してしまいました。
描く度に自分では最高だと思ってるんですが客観的に見ると……。
二ヶ月間、描いては破くを繰り返し。今の私にはこれが限界です。