breaker =調教師= 最終話(2/2)
2005.02.12
あの日、調教師としての資格を失ったシンは、着ていた衣服一つでファームを追い出された。
もともと戸籍も帰る場所すらも持っていなかったシンは、坂を転がるようにネオン街の片隅に堕ちていった。
片手で足りる程度のはした金で公衆便所の真似事をさせられていた時に今の相棒に拾われた。
相棒が構えている事務所は企業調査と看板を掲げた名のある会社から、表向きに出来ない仕事を請け負っている。
実際には法に触れる事も多く、この仕事に満足している訳では無かったが、キレイ事ばかりでは飯も食えないのも現実だった。

仕事の合間に光輝を探し続ける日々がもう六年も続いている。
ある程度覚悟をしていたがファームの情報はそう簡単に外部に漏れる事は無く、光輝が生きているのかさえも未だに分からずじまいだった。



「お疲れ」
銀行をひとつ潰すのは思ったより簡単な仕事だったが、ここ数日の忙しさから随分と疲れが溜まっていた。
ひと仕事を終えた開放感に酔いしれながら、相棒が淹れた熱いコーヒーを流し込んで目を閉じる。
相棒はつかの間の休息をぶち壊すように「ほら、次の仕事だ。」と言って分厚封筒を机の上に投げた。
「ウチは借金まみれなんだから、そう休んでばかりもいられないぞ」
シンを拾い、相棒として仕事を回しているフェイロンは稼いだ金を湯水のように使ってしまい、いつまでたっても余裕が出ない。

「全く……稼いだ金を全部女につぎ込む馬鹿と組んでると苦労が耐えないな」
諦めたように仰け反ると、そろそろ買い換え時の安い椅子がギシギシと音を立てて軋んだ。
「ま、そう言わずに引きうけてみろよ、そんな悪い仕事じゃないぜ」

「内容は?」

「依頼者は経済界では名の知れた爺さんらしいが随分前に引退してる、今回は養子のお守だとよ」

「わざわざここに持ってくる仕事でも無いな」
威嚇のつもりで、わざとらしく眉をひそめながらタバコに火をつけた。

「爺さんのご指名だ、ツケが返せるくらいの金にはなる」

「ご指名だか何だか知らないが……お前が無駄使いしなきゃ受けなくてもいい仕事だろ、仕事は断れ、マスでもかいて寝てろ。」
舌打ちをして机に置いてある資料を投げつけるが、フェイロンはシンの愚痴など全く聞こえないように夜の街へ繰り出そうとドアの外へ向かった。
「じゃあな、パーティーは明日だから、ちゃんと資料読んどけよ」

口では文句を言いながらも、彼に対する恩義もあって結局いつも仕事は引き受けてしまう。
溜息と共に煙を吐き出して散らばった資料を拾い集めている最中、ターゲットの写真に目が止まる。

震える手でそれを拾い上げ胸に抱くと、何年も閉じ込めていた涙がようやく出口を見つけて流れ出した。




シンが到着した時、岸壁に建てられた古いホテルは既に経済界の著名人で埋め尽くされていた。
ターゲットが現れるまではテラスから海を眺め高鳴る鼓動を抑える。
頬を撫でる生温い風に目を閉じると、内ポケットの携帯電話が場違いな音を立てた。

『どうだ、悪く無い仕事だっただろ?』
シンの緊張を察したようなタイミングで電話を鳴らした相棒は楽しそうに笑った。
「そうだな……」
『あ、それと今日限りでお前クビだからな』
「くっ……またクビか」
相棒の言葉の意味を察して、シンは唇を歪ませて自嘲気味に笑った。

『二度目だな、お前をクビにするの……俺はもう面倒見きれねーぞ、今度はちゃんと坊やに雇って貰えよ』

「ゴウ……お前には感謝してるよ……」
『よせよ、その名前はとっくに捨てたんだって』
「ありがとう……」
『長い付き合いだったけど、お前にありがとうなんて言われたの初めてだな……ま、その内に顔見せに来いよ……』
早口でそう注げた相棒の声は僅かに湿っていた。
長い間、多くの出来事を共有した友の声を噛み締め、シンはずっと探し続けていた光に向かって歩き始めた。

室内はシャンパンの甘い香りと、バイオリンが奏でる優雅な音色に昂揚した群集のざわめきで溢れ返っている。
その中に退屈そうに椅子に腰掛けたターゲットの青年を見つける。
日焼けした肌に似合わない正装を持て余すように、彼は子供のような表情でぼんやりとシャンパンを舐めている。
大きく息を吐き出し、シンはターゲットに近付いていった。


ターゲットまであと10メートル。
彼はまだ気付いていない。
鼓動が昂ぶり遮る人々を掻き分けて彼に近づく。


あと5メートル
視線がぶつかって一瞬、鼓動が止まる。 驚いた彼の手からシャンパングラスが滑り、零れた金色の液体が照明に反射してキラキラと粒を落とした。

0メートル
彼の指先がシンの頬に触れた。
彼は幽霊でも見るかのように信じられないといった顔をしている。

「待たせたな……」

忘れられても仕方が無いほどの年月が経っていた。
光輝があの日のままでいる保証はどこにも無い。
しかし、光輝はあの日のまま変わらない生意気な顔でシンを睨みつけると目を潤ませながら頬をつねった。

「迎えにくるのが遅せーんだよ」


その瞬間、二人の止まっていた時間が再び動き出した。





― エピローグ ―

何度も夢に見ていたシンを確かめながら身体を重ねた。
冷たい手の平や肌の感触はそのままだったが、以前より優しい抱き方をするようになっていた。
包み込むようなシンの愛撫に身を任せ、交わす度に二人の情熱は激しさを増していく。
空白の時間を埋めるように何度も何度もお互いを求め合った。


「なあ、これからどうするんだ?」
唇で体温を確かめながら汗ばんだ胸に顔を埋め、くすぐったい恥かしさを隠ながらシンに訊ねた。
「お前のお陰でまた仕事もクビになったし、暫く遊んで暮らすかな。」
目を閉じているとシンの低い声は、光輝の細胞の一つ一つに響き渡る。
「俺んち来ないか? 今度は俺が調教してやるよ。」
悪戯な笑みを浮かべてシンの首筋に痕が残るくらい吸いついた。
「お前が? いい度胸だな」
ふざけている光輝の上に跨って仕返しをするようにシンが首筋に吸いついてくる。
「んっ……ばか、ちげぇよ……」
空になるくらい抱き合った後なのに、シンの愛撫に身体が反応していく。

「俺んち畑あるんだ、毎日さ野菜とか育てて……ちょっと退屈だけど……」

「ぁっ……話聞けって……お前も一緒に……」

言葉にならなくなる前に気持を伝えようとしたが、胸の先端や後ろの入口を刺激する本気の愛撫に光輝はあっさりと堕ちていく。
どこにそんな余裕があったのか、シンの中心は一度目と変わらずに硬く上を向いている。
「んっ……一緒に……あっ……暮らそ……」
その中心が入口に触れるとシンはゆっくりと腰を沈めて光輝の中に埋もれていった。
「そうだな、悪くない。」
涙が滲んだ瞳でシンを見つめると、これまで見せた事の無いような柔らかな笑みを浮かべ、苦しそうに喘ぐ光輝の唇を塞いだ。

そして朝が来るまで零れた愛の言葉は、波の音に溶けて二人を包んでいった。



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これまでお付き合い頂きまして、本当にありがとうございます。
当初読みきりのつもりで書いたテキストでしたが、意外にご好評頂き、調子に乗って連載しました。
全くのノープランな状態で連載にをしたにも関わらず、どうにか完結となりホッとしております。
ご覧頂いた皆様、暖かい励ましを送って頂いた方々には感謝の気持でいっぱいです。
当サイトで完結する続きものは初でしたが、おかげさまで苦しみながらも楽しみながら最後まで書く事が出来ました。
設定はそのままで別の主人公の読みきりでも書けたらと思っていますので、その時はまたご覧頂ければ幸いです。