秋桜 13
楓が選んだ部屋は随分と古びたアパートで、夕方になれば西日が差し込み部屋の気温は一気に上がる。
特に今年の夏は夕方になっても日差しが強い。
窓を開けても風の通りが悪く部屋の中には熱気だけが残り、外に出た方が涼を感じる事が出来る程だ。
冷房を設置する金も無く、暑さに負けて痩せていく大和を見かねてバイト先の店長が中古の扇風機を譲ってくれた。


「なあ、少しはお前も手伝えよ」
この部屋で使っているベッドは楓が使っていたシングルサイズのベッドだから二人で寝るには少し狭い。
密着すれば眠れない事も無いが、この暑さの中ではそれも無理だと楓は近くの材木屋から廃材を手に入れてベッドの拡張に挑んでいる。
素人が簡単に作れるならば誰も苦労はしない。
大和は適当に雑誌でも積み上げて広さを確保すればいいと主張したが、何事にも妥協しない楓は大和の忠告を無視して金槌を片手に木材と格闘を始めた。

「んー……俺には無理だ」
頼りなく首を振っている中古の扇風機を自分の方に向けて固定すると、大和はこの日二杯目のかき氷を口に入れた。
初めは馴れた手つきで進んだ作業も、二時間も経過すると暑さと疲れでさすがの楓もバテている。
バイトで鍛えられた筋肉質な腕で黙々と釘を打つ楓の後姿は大和を刺激して煽った。
「楓、まだ?」
手伝う気は毛頭無いが、退屈になった大和は汗で張り付いたシャツの中に素足を滑り込ませて悪戯する。
汗で濡れた楓の肌は熱く足の裏に吸いつき、大和は足を動かしながらその奇妙な感触を味わった。
「うわっ、何だよ危ねぇな……」
作業を邪魔された楓は不機嫌そうに舌打ちをすると、曲がって刺さった釘を指差してお前の所為だぞと大和を睨みつけた。

「俺の足冷たいだろ? ほら集中しろよ」
楓の不機嫌を煽るように大和はふざけるのは、幼い頃からずっと続いてきた光景だ。
以前は楓に対してに萎縮していた部分もあったが、今ではすっかり自分の全てを晒している。
時々喧嘩になる事もあったが、いつのまにか少しづつ互いの我侭を受入れられるようもなっていた。


「もういい、お前には頼らない」
一人涼しげに邪魔ばかりしてくる大和を無視して楓はまた黙々と作業を続ける。
木製のベッドは二人が小学校に入学した年に楓の母親が買った物だ。
当時の楓は大人と同じサイズのベッドが嬉しかったようで、一生大切にするからと周囲の人間に誓っていた。

大好きだった母親から買って貰ったベッドを楓は今でも大切にしている。
彼の母親が自殺をした原因は今でも解らない。
誰もが幸せそうに暮らしていると思っていた彼女が何を抱えていたのか今となっては知る由も無い。
ただ、彼女の残した傷跡は長い間、楓や周囲の人間を苦しめていた。

楓は今でも苦しんでいるのだろうか。
子供の頃のように母親の亡霊に怯えて泣いているのかもしれない。
想い出から抜け出せずに心の奥では悲鳴を上げているのかもしれない。

「嘘だよ、ちゃんと手伝うから……」
込み上げた不安を誤魔化すように楓の背中を抱いた。
もう楓にあんな思いはして欲しく無い。
「何だよ……わかったって。ほら、そっち持てよ」
暑苦しいなと苦笑いを浮かべながら楓は大和の頭を叩いて木材を持ち上げる。
そのまま二人で日が暮れるまで作業を続け、終わる頃にはシャツを絞ると零れるくらいの汗をかいた。



よっぽと体力を消耗したのか楓はその日の夕食、三人前の素麺と残り物の野菜炒めを平らげた。
大和がシャワーを浴びて浴室から出てくると先に汗を流した楓がビール片手にナイターを観戦している。
「んー、やっぱ広いといいな……」
楓の手から缶ビールを奪い取ると一気に飲み干し、部屋の半分を占領しているベッドに下着も履かずに寝転がった。
素人にしては中々の出来だと大和が大の字になって広さを噛み締めていると楓が覆い被さってくる。
昼間の作業で体力を使いきったと思っていたが、楓は疲れた様子も見せずに大和を押さえつけて唇で肌を探った。
「大丈夫か? 何か壊れそうで怖いんだけど……」
楓の愛撫に反応しながらも、大和は不安そうに土台を叩いて強度を確かめる。
見上げると楓が不機嫌そうに顔を歪めて首筋に噛みついた。

「俺のこと信用してないのかよ」
落着かない大和の態度が気に入らないようで、楓は乱暴な愛撫で大和を煽りながら適当に入口を馴らすと、熱で持ちあがったペニスを埋める。
「……んっ……楓……やめろよ……まだ………あっ……」
まだ完全にほぐされていない入口を塞がれて抵抗するが、楓は大和の腕を振り払って腰を押し付けた。
小刻みに腰を動かしながら入口の力が抜けていくのを確信すると、大和の腰を持ち上げて叩きつけるように激しく腰を振る。
「……っ……かえでっ……いてぇっ……馬鹿っ……」
力任せに叩きつけるだけの単調な動きを拒絶しながらも、大和は乱暴なセックスに熱くなるのを感じていた。
突き上げる度に楓が漏らす声に奥が疼き、肌がぶつかる衝撃が大和を敏感に反応させる。

「あ……っ……大和、暴れるなよ」
限界が近付く程に激しくなる動きで、身体全体で反応している大和の太腿を楓が押さえつける。
そのまま持ち上げるように大きく広げると楓は目を閉じて絶頂に向かって動きをさらに加速させた。
「……んっ……イク………っ………」
大和を突き上げていた腰が止まり、楓が身体が小さく痙攣すると大和の中に暖かい情熱が注がれる。
溜め込んでいた情熱を全て吐き出すように腰を数回押し付けると楓は溜息を一つ漏らして崩れ落ちた。

「んんっ……楓、早く抜けよ……」
先に果てた楓の重みに喘ぎながら大和が肩を叩くと、楓は不機嫌そうに頭を掻きながら大和の唇を塞いで、まだ硬く上を向いたままの大和を扱いた。
身体中に広がっていた快感が楓の手の中に握られたそれに向かって集中する。
「……もう出そうか?」
欲望を剥き出しにして大和に触れる楓の荒々しさが羞恥心を煽り、湿った音と楓の荒い息遣いに刺激され、快感は出口を求めて突き上げて加速する。
「あ……出る……出るっ……」
飛び散った液体が肌に零れる間、大和は息も出来ずに震えて楓にしがみついた。


大和が果てた後、楓はすぐに眠ってしまった。
最近では頼もしいくらいに精悍な面立ちに成長しているようにも思えるが、こうして無防備に見せる横顔には、まだ無邪気で繊細だった少年の頃の面影を残している。
目を閉じて快感に溺れる昂ぶった様子や大和を抱く時の荒々さを思い出して満たされていく。
「……楓……」
大和は汗ばんだ楓の肌に密着して寝息をたてて上下する胸に顔を埋めた。
楓は暑苦しそうに唸りながら目を覚まして大和の髪を撫でる。
「どうした?」
広くなったベッドで小さくなって抱き合っていると二人の肌には汗が滲んだが、大和は離れられず楓の胸に顔を埋めて唇で汗を拭う。
くすぐったそうに声を漏らす楓の腕に包まれて大和は眠った。



Top Index Next