2005.07.09
虹の麓には宝物が埋まっている。
子供の頃、絵本に書いてあった言葉を信じて何処までも歩き続けた事があった。
その先にあるものに無限の可能性を感じて俺は疑いもせずに前へと進む。
だが、歩き続けるうちに徐々に日は傾いていて、気が付いたら虹も見失っていた。
急に不安になって辺りを見渡すと、いつの間にか辿り着いていた知らない町は何処か遠い外国のようで、俺はその場で一人大声で泣いた。

「ごめん、一哉のこと嫌いになった訳じゃ無いんだけど……」
五年も付き合っている彼は他に好きな男が出来たと俺に別れを告げた。
最近は週末に会う事も少なくなっていたが、お互いに知り尽くして落着いた関係に移行しているものだと思っていた。

「どうしてだよ? 俺達、上手く行ってたじゃないか……」
去年の今頃は二人で暮らす為にマンションを買おうと約束をした。
だからこそ資金を稼ごうと俺は必死になって働いて、未来に向かって前進しているんだと信じていた。
その間に彼の心が離れているなんて気付かずに。

「一哉が二人の為に一生懸命になって働いてるのは嬉しいよ。
でもさ、先の事ばっかりで二人でいる時間が無くなるなんて俺は嫌なんだ」
その言葉が胸に突き刺さった。
そう言えば最近キスをしたのはいつだろう。
会話らしい会話をしたのはいつだろう。
二人で過ごしていても俺は疲れたとしか言わなくなって、彼は笑顔を見せなくなっていた。


今までありがとうと形だけの言葉を残して彼は部屋を出て行った。
俺が必死になって働いている間にアイツは他の男と深い関係になっていただなんて、馬鹿馬鹿しくて涙も出ない。
取り残された俺は今更になって彼が離れていった理由を噛み締めていた。

子供の頃、虹を追いかけて辿り着いた知らない場所で一人大声で泣いた事を思い出す。
あの頃から俺は少しも変っていない。



それから三ヶ月、目的が無くなってからは週末の暇を持て余している。
部屋に一人で居ても失った物への後悔が押し寄せるだけだと、昔よく行っていた飲み屋に出掛けた。
客層はだいぶ変っていたが馴染みの店員はそのままで、彼と別れた経緯を愚痴混じりに吐き出した。

「おーっ、セナすげぇじゃん。十回連続だよ」
ボックス席から歓声が上がり、どうしたんだ振り返ると奥を陣取っていたガキ共が騒いでいる。
彼等が喜んでいるのは、ただナッツを放り投げて口で受けとめるという下らない遊びだ。

「暫く顔を出さない内にここも随分と変ったなぁ……」
以前は落着いて飲める店だった筈だったが、今では場違いなのは自分の方だと気付いて会計を済ませた。
うるさくて悪いねと頭を下げる店員にまた来るよと愛想笑いを浮かべる。
店を出る瞬間、歓声の中心にいた男と目が合った。
髪を染めてシルバーのアクセサリーで身を固めている彼等は今の自分とは無縁の世界の人間だ。

なのに俺は今セナと呼ばれていた男とベッドの上にいる。
店の外で呼びとめられて誘われるがままにホテルへ向かった。
何も考えて無さそうな若い男は好きじゃなかったし、その場限りのセックスも好きじゃなかった。
けれど、今は傍にいてくれるなら誰でも良かったのかもしれない。

「…………ジロジロ見てんじゃねぇよ……」
シャワーを浴びてタオル一枚の男は俺の視線に気付くと、照れ臭そうに薄っぺらい身体を隠した。
「名前は?」
「セナ。世界の世に那はなんだっけな那須ハイランドパークの那か……」
世那はそう言いながら空に向かって指で文字を書く。
その姿は間抜けにも無邪気な子供のようにも見える。
変った名前だなと肩に手を回しながら呟くと、親父がF1好きでさと世那は笑った。

どうやら偽名でも名字でも無いらしいが、どうせ今夜限りの関係なのだから名前なんてどうでもいい。
俺はくすぐったそうに逃げようとする世那の唇を塞いで身体を開かせた。

「……んっ………あぁっ………」
行きずりの若い身体に俺は簡単に溺れていった。
日焼けした肌に唇を押しつけて全身に舌を這わせる。
「……っ……止めろよ……俺………あっ……んんっ………」
羞恥心を煽るように足を広げさせて世那の反応を楽しんだ。
入口を刺激すると世那は涙を流して声を上げる。

「世那、もう少し力抜けよ」
中を掻き回している指を広げると世那は辛そうに顔を歪める。
いつの間にか俺は世那の表情や苦しそうに漏らす声に感じていた。
「……入れるぞ」
いきり立って押さえきれない衝動で中を埋めていくと世那の身体は熱く反応していく。
その熱を味わうように俺はゆっくりと腰を動かしていった。
「あ………俺………イク………」
まだ始まったばかりなのに、少し刺激をしただけで世那は身体を硬直させてあっけなく果ててしまった。
遊んでそうな顔をしていてもまだ子供だ。
俺もそんな世那に刺激されて、欲望に流されるままに情熱の全てを吐き出した。

朝が来るまでの間、眠るのが勿体無いと騒ぐ世那に俺は自分が捨てられた事を半分自嘲気味に話した。
同情されるつもりは無かったのに、世那は俺の話を真剣に聞いて俺が言葉を詰まらせると一緒になって悲しそうな表情をする。
そのおかげで痛みが少し和らいだ。
話が終わる頃には夜が明け始め、世那は俺を抱き締めながら大きく深呼吸をして頑張ったんだなと呟いた。

「大切な事を忘れるくらい何かに一生懸命になれるのって羨ましいよ。
俺さ、何かしなきゃって思ってるけど何がしたいかなんてわかんねぇし……。
それにさ、大切なモン無くしたって前に進んでりゃ何か見つかるかもしれないじゃん」

目的も無く毎日遊んでいるフリーターも、ただ騒いではしゃぐだけの男も好きじゃなかった。
それなのに、俺は世那に抱き締められて涙を流している。
彼と別れて以来、初めて涙を流す事で俺はやっと前に進めたようだ。
「何か見つかるかな……」
振られても、蹴られても俺は前にしか進めない。
世那の体温に包まれながら、俺はまた虹を追いかけてみようと目の前の男に唇を重ねた。


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