聖なる夜の赤き花

 

「このごろ外が騒がしいですのね。それに木が光ってます」
 桔梗は、出窓から乗りだして通りを見ている。
 家の窓から見える街路樹は綺麗に刈られ、たくさんの電灯を灯して飾りつけされていた。
「ああ、クリスマスが近いからね。イルミネーションが綺麗だろう?」
「ええ」
 桔梗はまだ窓から離れなかった。
 よほどめずらしいらしい。
「知らなかったかい?」
 私の問いに桔梗はもう一度うなずいた。
「わたくし、以前におうちでああいうのをやっているのを見たことなかったです」
 桔梗は、おうち、と言った。
 私はその言葉が引っかかった。この家のことではないと私はすぐに悟った。
「……千早?」
「あ、……ん、なんでもない」
 考え込んでいてしまったらしい。桔梗が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「具合が悪いですの?」
 黒曜石のようなつぶらな瞳が私を見上げた。
 切り揃えられた艶やかな濡れ羽色の髪がさらりと揺れる。
「本当になんでもないよ」
 桔梗の頭を優しくなでてやる。
 なんでもない、そんなことはなかった。気にしないわけはない。桔梗が家に来る前のことを。

 桔梗は、人間ではない。
 昭和初期に職人の手によって作られた市松人形だ。
 金糸銀糸で桔梗の柄が刺繍された帯を結んでいたのが印象的で、桔梗と呼ぶようになった。
 夏にひょんなことで出会い、この家にやってくることになった。
 どうして人の姿になることができるのか、私はそう疑問に思ったものだが、桔梗は、
「長く生きると、どんなものだって魂を持つのです」
 と、こともなげに答えた。
 私は日本では八百万の神々、ツクモガミなどの伝承があるのを思い出す。そう考えると確かに不思議なことではない。

「あら、ちーちゃん。お客さまがきてたの?」
 いきなり自室のドアが開かれ、私は心臓が止まるかと思うほど驚いた。いつの間に階段を登ってきたのだろうか。
「か、母さん……、ノックくらいしてよ」
「お邪魔しております、お母さま。桔梗と申します」
 私の隣であや取りをしていた桔梗は手を休め、正座をすると深々と頭を下げた。
「あら、ご丁寧に」
 母も慌ててスリッパを脱ぎ、部屋の入り口に座りこむと同じように頭を下げた。
 それからすぐさま頭を上げると、母は目を輝かせて桔梗を見た。
「あらあらあら、ずいぶん素敵なお召し物を着ているのね、桔梗ちゃんは! 絹ちりめんの大振袖なんて、いいわねぇ」
 まくしたてられ、桔梗はきょとんとして母を見上げている。
「母さん、桔梗が驚いてるよ」
 制止を試みるも、母のお喋りは止まらない。
「桔梗ちゃん、ちょっといいかしら……あらまあ、まだ単のお着物を着てるの? 寒いんじゃない? おばさんが袷のお着物をお仕立てしてあげましょうか?」
 桔梗の着物のすそを少しめくると、大げさに驚いてみせた。確かに裏をつけてない単の着物は、この季節には寒々しく見えるかもしれない。
 母は着物の仕立てを仕事としている。そのせいか着物となると少しうるさいのだ。
「ほんとにやめてったら、母さん」
 私は立ち上がると、母の背中を押し部屋から追い出しにかかる。
「寒いから足袋もキャラコのほうがいいわよ。襦袢も裏つきにしておきなさいね、暖かいわよ」
 捨て台詞のように言って、母は何度も振り返りながら階段を降りて行った。
「わたくし、人形の姿のままのほうが良かったですか?」
 桔梗は困ったように訊ねてきた。
「いや、今のままでいいよ。お喋りができなくちゃ、つまらないだろう」
 私が頭を撫でてやると、桔梗は目を細めて微笑んだ。

 次の日、私が仕事から帰ってくると桔梗がぱたぱたと走ってきて出迎えてくれた。いつもとは違う着物を着て。
「ちーちゃん、見てよ。あたしの娘時代のモスリンお着物、桔梗ちゃんにぴったりねぇ」
 暖かそうなモスリンの着物を着た桔梗は、くるりと回ると満面の笑みを作った。モスリンというのは羊毛の平織物だ。暖かくて軽いのが特徴だ。
「千早のお母さまが、着せてくださったのよ。おはしょりしたらちょうど良かったの」
 きゃらきゃらと笑い、母と目配せした。
「桔梗ちゃんは本当に大和撫子ね、お着物の着せがいがあるわぁ」
 それはそうだろう、なにせ市松人形なのだから。
 私は心の中でそう返事をした。
「それ、桔梗ちゃんにクリスマスプレゼントね」
 母はそういって、台所に消えていった。
 我が母ながら良いところがあるな、などと思いつつふと桔梗を見下ろした。
 桔梗は、顔を桜色に染めて自分の袖をじっと見ていた。私を見上げると、興奮したようすで問うてきた。
「千早、ぷれぜんとというのは贈り物のことですか? 千早のお母さま、わたくしに……桔梗にくださるって。とても嬉しいです!」
「よかったね、桔梗」
 私の言葉に大きくうなずく桔梗は、にっこりと笑った。私もつられて笑った。
「くりすますというのは、とても素敵なのですね。桔梗、以前のおうちで贈り物もらったことがなかったですのに」
「……以前のおうち、」
 身体が固くなる。
 以前のおうち、再び聞くその言葉に私は言いようもない不安に襲われる。胸のなかにもやもやとしたものが巣食うのを感じた。
「桔梗、……あの、聞きたいことがあるんだ」
 以前の、私の家に来る前のこと。
「なあに?」
「……ううん、なんでもない」
 でも聞けなかった。桔梗があまりにもまっすぐに私を見るので。
 今はこの家にいて、自分の隣にいる。それでいいではないか。思いを押し込めようと己に言い聞かせ、私は首を横に振った。
 桔梗は不思議そうに私を見上げてくる。
「本当になんでもないよ」
 それでも、心の中のわだかまりは大きくなっていく。
 胸が苦しかった。

 母は桔梗のことを、近くの子供が遊びに来ているのだと思っているらしい。
 昼間、私が仕事に出ている間も桔梗は母とお喋りに興じているようだ。
 その日、母の仕事部屋に私と桔梗はいた。
「桔梗ちゃんはどこのあたりに住んでいるの?」
 母は反物を裁つ腕を休めぬままに、桔梗に訊ねた。
「……桔梗のおうちはお花の家元でした。長い廊下と襖で区切られた畳のお部屋がたくさんあるおうちで、お婆さまとお母さまはいつもお着物を着て、お花を活けて……。桔梗はそれを見るのが大好きだったんです」
 どこか懐かしむように応える桔梗に、母は感心したようすであいづちを打った。
「まあ、桔梗ちゃんのおうちは花道をなさっているのね。いいわねぇ」
 母は桔梗の言葉が過去形になっていたことに気づいていない。
 それは、桔梗が以前にいた家を指しているのだろうと、私がすぐに察しがついた。
 桔梗の横顔はここではないどこかを見ているようで、遠く感じた。

 その日も桔梗と一緒に、二階の自分の部屋から窓の外を眺めていた。
 空気まで凍りそうな寒空だったが、どこからともなく流れるクリスマスソングに通りの人々は皆浮き足だって見えた。
「そういえばサンタクロースが本当にいるって、小さいころは信じてたっけ。見たかったな……」
 私はぼそりと呟く。
 中学生くらいまで、私は本当にサンタクロースがいるものだと信じていた。
 私の両親はよほど隠しごとが上手かったのだろう。
 クリスマスの朝にはいつも枕もとにプレゼントが置いてあった。
 プレゼントが、近所のおもちゃ屋の屋号の入った包装紙に包まれていようとも、それはサンタクロースが近所に住んでいるのだと勝手に解釈し確信を深めるばかりだった。
「さんた……くろ……す?」
 桔梗が小首をかしげ、訊ねてきた。
「サンタクロースっていうのはね、クリスマスになるとプレゼントを運んできてくれる赤い服を着たおじいさんのことだよ。私は本当にいるものだと信じていたんだ。……会ってみたかったな」
 私の顔をじっと見ていた桔梗が口を開いた。
「千早、信じる心が奇跡を起こすのですよ。だから、信じていなくてはいけません。信じていれば、私と千早が再び出会えたように、さんたくろーすさんにも必ずお会いできるはずです」
 真顔で、疑うことも知らぬ目で、桔梗はまっすぐに私を見る。
 信じていれば奇跡は起こると桔梗は言う。
 その通りかもしれない。
「そうだね、桔梗……ありがとう」
 
 クリスマスイブも差し迫ってきた。桔梗は母の仕事部屋へ通い詰めることが多くなっていたが、イブをひかえた今日などは母の仕事部屋から出てこようともしない。
「桔梗、このごろ母さんと仲が良いんだね。なにを話してるの?」
「千早には秘密ですの」
 なにをしているのかと訊ねても、はぐらかさせるばかりだ。
 私は少しつまらないと思ったが、母も桔梗のことを気に入っているようなので放っておいた。
 家の中だというのに息が白い。
 居間のテレビでは、天気予報士が明日は雪になると告げた。
「どうりで寒いわけだ」
 私は独りごちて、コタツにもぐった。
 母の仕事部屋からは、桔梗の鈴のような笑い声がときおり聞こえた。
 なにを盛り上がっているのやら。私はかやの外のような気分だ。

 クリスマスイブの朝、桔梗はいやに上機嫌で早く夜が来れば良いと言った。
「ご機嫌が良いんだね。そんなにクリスマスが楽しみかい?」
「ええ。初めてですもの」
 桔梗は元気よくうなずくと、母のところへとぱたぱたと走っていった。
 母は台所に立ち、晩のご馳走の用意に奔走している。
「千早のお母さま、わたくしも手伝います」
 たすきを締めた桔梗は腕まくりをした。
「あら、助かるわぁ」
 母はにこやかに言って手を休めると、桔梗に割烹着を渡した。
「桔梗ちゃん、ちょっと聞いてよ。うちのちーちゃんたらねぇ、この歳でいまだに彼氏の一人もいないのよ」
「かれし?」
「……母さん、そんなことはどうでもいいでしょう? 桔梗によけいなことを吹き込まないで」
 私はすかさず牽制に入る。
「そうだ、ちーちゃん。あなたイブに予定ないんでしょう? 桔梗ちゃんを町に連れて行ってあげなさいな」
「うん……、そうだな。ヒマだし」
 クリスマスは恋人同士で過ごすものだと決めたのは誰なのだろうか。私はうらめしく思った。
 今年はローストターキーを作るのだと意気込んでいる母は、丸鶏を解凍する準備をしている。
「ええと、百六十度だったわね……。三時間はかかるから、今から焼いておかなくちゃ」
 このときばかりは普段使われることのないオーブンが活躍する。
「桔梗ちゃん、ターキーのソースを作る準備をしておいて。ターキーはグレビーソースよ」
「え、ええと……」
「焼き汁を使うから、焼きあがらなくてはソースは作れないからね。材料はこっちだよ、桔梗」
 あたふたとする桔梗に固形ブイヨンとコーンスターチ、塩と胡椒の場所を教えた。
 クリスマスイブの時間はゆるやかに流れていく。

 夕方ごろからか、どんよりと曇った鉛色の空からはとうとう雪が振り出した。
 ちらちらと降る雪を見て、桔梗は目を丸くして驚いた。それから顔を紅潮させ、私の服の袖を引いた。
「千早、雪です。今年の初雪です」
 うっとりと天を仰いで、桔梗は手を叩いた。
「粉雪っぽいね。積もるよ、これは」
 天気予報は当たった。
 居間の窓を開け、縁側に二人で出る。
 小さな庭は、すでに雪帽子をかぶり、姿を白く変えている。
「もう少ししたら、外に出てみようか。きっと綺麗だよ」
 桔梗の顔がぱっと明るくなる。
「千早、先日、千早のお母さまとお出かけして、とても素敵なくりすますつりーを見つけましたの」
「ああ、駅前の広場のもみの木だろう。そろそろ飾りつけされるころだと思ってた。夜になったらもっと綺麗だから、一緒に行こう」
「ええ、一緒に見に行きましょうね。約束ですわ」
 桔梗は嬉しそうにうなずいて、もう一度空を見上げた。
 桔梗の肌は雪のように白い。紅を引いたような唇がその肌に映えた。
 雪よりも綺麗だと思った。
「綺麗だね」
 頭を撫でてやりながら言う。
「本当ですわね。桔梗は雪が好きです」
 私は桔梗のことを言ったのだが、桔梗自身は雪のことだと思ったらしい。
 私は小さく苦笑いをする。
「桔梗、」
 名を呼んでみたものの、私は口をつぐんでしまう。
「千早はこのごろ悩みごとがお有りなのではないですか?」
 ゆっくりと桔梗は振り返った。
「うん……、あのさ」
 口ごもる。だが、私と会う以前のことを聞きたいと思った。
「このおうちに来る前の、以前にいたおうちのことをお聞きになりたいのでしょう?」
 まっすぐに私を見る、黒い宝石のような瞳。
 桔梗は視線を外し、庭を眺めた。
「千早が気になっていらっしゃるのは、うすうす感ずいておりました」
「聞いてもいいかな。……君は、以前のおうちの主人が帰ってこいと言ったら……帰るかい?」
 桔梗は、長い睫毛を伏せる。
「どうしてそんなことを言うのです? わたくしは、……あなたと、千早と一緒にいるのに」
 少し怒ったような声で、私を見上げる。
「わたくしの初めの『持ち主』はとうに死にました。今は、貴女です。……帰るなどと、どうして聞くのです? わたくしは……わたくしのことはいらないのですか?」
 桔梗は厳しい顔でそれだけ言うと、きびすを返した。
 私はすぐに動けずにいた。
 怒らせた。
 それは以前の主人のことを聞いたからではない。私の桔梗に対する気持ちを問われたのだ。
「桔梗!」
 私は彼女のあとを追う。
「母さん、桔梗は!?」
 台所に駆け込む。
 だが、桔梗の姿はない。
「あら、一緒じゃなかったの?」
 その言葉を最後まで聞かずに廊下に戻り、私は階段を駆け上がる。
 自室のドアを開ける。
「……いない」
 桔梗の姿はどこにもない。
 人形の姿に戻っているわけでもない。
「どこに行ったんだ、桔梗」
 独りごちて、窓の外を見やる。雪はいよいよ本降りになってきていた。
 空はしだいに灰から黒に色を変えはじめている。夜が近いのだ。
 私は急いで階段を降りると、もう一度台所へ走った。
「母さん、桔梗の姿が見えないんだ!」
「イブに喧嘩なんてするもんじゃないわよ、ちーちゃん」
 母はあきれたようすで私を見ながら、左手で小鼻をさすっている。
「説教はあとで聞くよ。どこにいったか、知ってるだろ!?」
 隠しごとをするときに小鼻をさするのは母の癖だった。
「……あら」
 決まり悪そうに母は一言そういうと、ある方向を見た。
「桔梗ちゃん、あんたのことを喜ばそうと一生懸命なのよ、けなげじゃない」
 母の向いている方向、それは。
「なに……」
 玄関だ。
 ガラガラと玄関の戸を引く音。
「桔梗!?」
 閉まる戸の曇り硝子に、人影が映った。小柄なその影は、確かに桔梗だ。
 慌てて廊下を駆け、彼女の名を呼ぶ。
 コートを引っ掴むと、スニーカーを履くのももどかしく戸に手をかける。
「ちーちゃん」
 母の声が後ろから私を引き止めた。
「なに? 話ならあとにして」
 苛立ちを隠せぬまま、私は応える。
「お人形は大切にね」
「……は!?」
 意味有りげに母は笑うと、私の背をぽんと押す。
「さあさあ、早く追いかけなくちゃダメよ。いってらっしゃい」
「な……」
 お人形、と確かに母は言った。
 母さんは桔梗が市松人形だってこと知っているのか。
 わけが分からない。
 だが、話はあとだ。今は桔梗を追うのが先決だ。
 戸を勢いおく開け、母の声援を背に私は門を出た。
「桔梗!」
 門を出てすぐは私道だ。自動車もたまにしか通らない私道の左、十メートルほどの曲がり角に長羽織と黒髪が見えた。長羽織は桔梗のものだ。
 だが、桔梗は止まらない。聞こえていないのか。 
 道の両わきにある石壁には雪が積もっている。粉雪は止むことなく降り続けている。
 道のはしにもうっすらと雪が積もりはじめていた。
「歩くの、速いんだ」
 角を曲がるとすでに桔梗は何十メートルも先へと進んでいる。
 昔の人は足が速いというが、人形である桔梗にもそれが当てはまるのだろうか。そんなことを頭のすみで考えながら、足を速めた。
 この道は駅前に通じる道だ。
「どうして、外に、駅の方なんかに……っ」
 駅前の通りに出た。
 桔梗の姿は人ごみにまぎれていく。
「桔梗!」
 目の前に駅前広場のもみの木が見えてきた。美しく飾り付けされた木は、小さな色とりどりの電飾をまとい、光を放っている。広げた葉は雪を受け、天辺には金色の星飾りがついていた。
 桔梗は、そのもみの木の下にいた。
 傘を持たない彼女の髪や肩に、雪が降りかかっているのが遠めにも分かった。
 駅前広場のもみの木の周りには待ち合わせの人々がひしめき合っている。通行人の合間から、彼女の後ろ姿が見えた。
 その後ろ姿を頼りに私は人ごみをかき分け、息を切らせて前に進む。思うようには進めない。
「……はぁ、はぁ、桔梗」
 息を整えながら、一メートル手前で声をかける。
「私は、君のことをどうでもいいなんて思っていないよ。君のことを、大切に思ってる。離したくないと」
 桔梗は振り向かない。
「こうしてまた会えて、一緒に過ごせるようになって嬉しいと思ってる。君のことが好きだよ」
 桔梗が振り向いた。うつむいているその顔からは表情は読み取れない。
「千早、さんたくろーすさんが見たいとおっしゃっていましたね」
 顔を上げた彼女は、小悪魔のように悪戯っぽく口のはしを引き上げた。
「え……」
 彼女はやおら羽織の紐をほどいた。
 中から現われたのは艶やかな赤の大振袖だ。袖と裾には冬の草木や花々である敷松葉や寒椿が描かれている。
 赤地の大振袖は雪の中で鮮やかに映えた。
「千早がさんたくろーすさんにお会いしたいとおっしゃっていたから、桔梗はさがしたのですが……みつからなかったのです」
 だから、と桔梗は息をつく。
「桔梗がさんたくろーすさんになろうと思ったのです。千早のお母さまのお手伝いをたくさんするっていう約束で、これを作っていただいたのです」
 桔梗は腕を広げる。
「これを、この木の下で見せてあげたかったのです」
 彼女は雪の中で咲く美しく赤い花だった。
『信じていれば、』
『わたくしと千早が再び出会えたように、さんたくろーすさんにも必ずお会いできるはずです』
 桔梗の言葉が耳に甦る。
「ああ……」
 私は胸がいっぱいになり、不覚にも泣きそうになった。
 桔梗の過去なんか、どうだっていい。今は私だけを見てくれている。
 彼女の気持ちは、今、じゅうぶんに分かったのだから。
 そして、私も自分の気持ちを再確認した。桔梗がなによりも大切だと。
「ありがとう、桔梗。最高のプレゼントだよ」
 私は桔梗の手を取る。彼女の指先は寒さで冷たくなっていた。そのまま手を引いて、抱きしめる。
 涙がにじむ目をこすり、笑った。
 桔梗も花のように、いや、花よりも美しく微笑んだ。
「一緒におうちに帰ろう?」
「はい」
 桔梗はうなずき、私の手を握り返した。
「桔梗も、千早のことが好きです。だから、ずっとそばにおいてくださいね」 

 

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