火の山の竜
第1章 第0話
〜序 紡がれる前の物語〜
少女は、遥か彼方の水平線を見ていた。
海と空とが交わる場所、そのさらに遠くを。
聞こえるのは寄せて返すさざなみの音と、木々の間を抜けていく風の音のみ。
髪に身体に風を受け、ただ、そうして身を委ねていた。
年の頃は六、七歳ほどだろうか。あどけない顔立ちの、蜂蜜色の髪を二つに結えた、はしばみ色の目をした少女だった。
彼方を見やるその瞳には、しっかりとした意思があった。
「ねーえ、リラ。また海を見てるのー?」
下を見ると、少女の友人が息を切らしながら木の幹を登ってくるところだった。
「あら、ここまで登ってこられるの?」
一番高い幹の上から、リラは友人に声をかける。
足をぶらぶらとさせ、友人が登ってくるのをのんびりと待つ。そのあいだ、枝葉の間から見える海を眺めていた。
「本当にリラは海を見るのが好きだよね」
やっとリラのいる高みまで登ってくると、友人は呆れたように言った。
二人のいる場所は、海にせり出した岸壁に生える巨木の枝の上だ。
目も眩む高さの木登りでも、少女たちにとってはかっこうの遊びだった。
友人の言葉に、リラは笑う。
「だって、こんな小さな島にいたって退屈じゃないの。あの水平線の向こうには、きっと素敵な冒険が待っているのよ」
手をいっぱいに広げると、目を輝かせた。
リラのいる島は、大陸から少し離れたところにある。人口は三十人ほどの、半日かからず歩いて周ることができる小さな島だった。
狂暴な魔物が出るわけでもなく、漁業を中心に、畑を耕しのんびりと暮らす日々だ。
「だってあたし、島に来た旅の占い師に、魔力があるって言われたのよ? 島一番ですって! うちのおばあちゃんも、あたしなら立派な魔法使いになれるって言ってくれたわ」
リラは興奮してまくし立てると、握りこぶしを作り胸を張った。
「島一番って言ったって、この島、数十人しかいないよ……。リラのおばあちゃんも、リラのこと甘やかして誉めすぎ!」
友人は、すかさず言い返す。
だが、リラは聞こえないふりをして話を続ける。
「だから、あたしは大きくなったら島を出て、世界一の魔法使いになるの! 冒険に出るのよ!」
そのとき、リラの胸もとから何やら光るものが落ち、そのまま木の根もとまで転げ落ちていった。
リラは小さく声を上げると、するすると木から降り、それを大事そうに拾い上げる。
そのようすを木の上から見ていた友人は少し微笑む。
「それのせいでしょ、リラが島を出て旅したい理由って」
それは、きらきらと光る鎖のついた首飾りだった。竜が羽を広げた姿をかたどった飾りがついていた。竜は前足で深い紅色の珠を抱えていた。
「これ、お父さんと、お母さんの形見なの。おばあちゃんは何も教えてくれないけど、きっと二人とも生きてるんじゃないかなって思うの、あたし」
首飾りを太陽の光にかざしながら、リラは独り言のように呟いた。
「探しに、行きたいの。お父さんとお母さんを。きっとこの首飾りが導いてくれると思うの……」
リラは言って、小さな手で首飾りをぎゅっと握りしめる。
それから数年後、島は魔物の異常発生による被害を受け、人の住めるものではなくなった。
リラたち島民は、大陸への移住を余儀なくされることとなる。
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