火の山の竜
第1章 第1話
〜雨の森 交差する町〜
「急がなくちゃ」
少女は息を切らして走っていた。
太陽はそろそろ真上に来ようとしていた。
まさかこんな大切な日に寝過ごすなんて思いもしなかった。
待ち合わせの場所に行ったがすでに遅く、友人等はいない。次の町で買い物をしなくてはならないから先に行くという書き置きがあっただけだ。当たり前だ。夜明け前の約束だったのだから。
「おいていかなくったっていいのに」
祖母にどうして起こしてくれなかったのだと問い詰めた。だが、自分で起きると言ったじゃないかと逆に笑われた。そして、祖母の声を背に受けながら、少女は家を飛び出したのだ。
必要最低限の物だけ詰めたカバン、手には木の杖、持ち物はそれだけだ。家を出るにはそれだけでよい。足りないものは旅先で手に入れれば良かったからだ。
汗の流れる額を拭う。風が心地よい。
だが、その風は湿り気を帯びている。もうすぐ『雨の森』が近いのだ。
プロクスの町は、雨の森の中にあった。
町は、街道が交差する丁度その場所にある為、交易が盛んだった。冒険者ギルドがある、少し大きめの町である。
「うわ、雨が降ってきた……」
正確には降ってきたのではなく、少女が雨の降っている区域に入りこんだのだ。
ここは、雨の森。
魔力を帯びた、一年中、雨の降る森だ。
ぬかるむ道を転ばぬよう慎重に歩いていく。
森の中から空を見ようにも、幾重にも伸びた木々の枝が、天井を作り塞いでいた。
少女は、暗い森の中を一人歩く。雨が葉を打ち付ける音と、姿の見えない鳥の鳴き声だけが響いている。心細くないわけがない。歩く早さが次第に早まった。雨具――革製のフード付きマントに、水を弾かせるため油脂を塗ったもの――を着ていても、肩を打つ雨は冷たく身体を冷やす。
「嫌な所だなぁ。モンスターとか出てきそう」
町の人間は、皆が揃って雨具を被っている。
少女は――今は自分もそうなのだが――それが面白く思えた。雨の一年中降るこの町では、雨具を着る事は当たり前のように日常的なのだ。
交易の町プロクスは、雨が絶えず降っているというのに賑やかだった。客を呼ぶ威勢の声があちこちから上がっている。どこを見ても、人ばかりだ。
少女は、自分の住んでいた小さな村にはない活気にただただ驚くばかり。余所見をしていればすぐに人にぶつかった。大きな町にほとんど来たことがなかった少女は物珍しさにきょろきょろとしながら、人だかりを掻き分け歩いていく。露店で冒険者ギルドのある場所を聞くと、礼の代わりに品物を一つ買い、先を急いだ。
雨の降りが激しくなってきていた。
ドアを開けると、カラカラと鐘が鳴った。そこは冒険者ギルド、プロクス支部。
冒険者ギルドとは、冒険者の為の施設で比較的大きな町に点在しており、仕事の仲介、情報交換などが行われるところだ。
「あの……」
ギルドの中は、所々にランプが置いてはあるが、ほの暗い。
入って右にある掲示板で、自分宛ての伝言がないか探す。ざっと目を通すが、どれも仕事の依頼などばかりだ。
込み入った建物内を隙間を縫うようにして入っていく。ギルドの中も人だらけだ。
「あたしくらいの、男の子たち見かけませんでしたか?」
「いや、知らないねぇ」
ギルドの中にいる者たちに聞いて回るが、まるで手がかりが掴めない。
壁に寄り掛かり、少女はため息を吐いた。
早く友人たちに合流せねばならない。焦りが募る。
ギルドにいる者たちは皆、少女よりも一回りも二回りも年の違う大人ばかりだ。自分が場違いな場所にいるように思えてくる。
少し心細くなり辺りを見回すと、自分と年の近そうな少年を見つけた。人ごみの向こう、奥の方で地図を見ている。
人の波を掻き分け、小走りに近付いていく。
よく見れば少女とあまり年も変わらないだろう。濡れ羽根色の髪を短く切り揃えた、華奢な体つきの少年だった。
隣に立つ少女に気づき、少年がこちらを向いた。
「ねえ、あたしと同じくらいの男の子たち、見かけなかった?」
少年は、いきなり話しかけられた為か、驚いたように少女を見る。
目が合うとその瞳は髪の色と同じ、優しげな黒曜石の色をしていた。
「ごめん、ちょっと分からない」
その言葉に少女は、肩を落とす。
「あたし、仲間とはぐれちゃって。はぐれたっていうか、置いていかれちゃって。はあ、どうしょう……」
少女があまりに落ちこんだようすを見せるので、少年は不憫に思ったのだろう。
優しく微笑って、少女に声を掛けた。
「僕、まだ少し時間があるから、一緒に探してあげるよ」
少女の表情がにわかにぱっと明るくなる。
「本当? いいの? ありがとう! あたし、仲間にまた置いていかれちゃったらどうしようかと思ってたの」
少女はにっこり笑って、少年の両手をぎゅっと握った。
「あたしは、リラ。リラ・バーバリアン。あなたは?」
ギルドを出て、大通りを歩きながらリラは名乗った。
「僕? 僕は……」
少年は考えるように間を置いた後、
「……ロウ。呼び捨てで構わないよ」
言って、少し小首を傾げて微笑んだ。
一瞬、少年の顔に影が差した。ほんの一瞬のことだったが。
だが少女はそれには気がつくことはない。
「ふぅん。ロウ、ね。よろしくね! ところで、あなたも冒険者なんでしょ? 何を目指しているの?」
リラが興味深々に尋ねたそのとき、町の一角からざわめきが起こった。悲鳴が聞こえる。
二人は驚いて、そちらの方へ視線をやる。
「町にモンスターが押し寄せてるぞ!」
この町の人間らしき男が、町と森をへだてる塀の上で叫んだ。
ざわめきは大きくなる。
人々は、塀とは反対方向に逃げていく。
「おじさん、これ一体どうしたっていうの?」
リラは、店じまいを始めた商人の一人を捕まえ、聞き出した。
「雨の森のモンスターが、町に来やがった。降りが激しくなると奴らは来るんだ」
辺りに緊迫した空気が張り詰める。
「モンスターだって! ロウ、行きましょうよ!」
リラはロウの手を引っ張った。
「ま、待ってよ、リラさん!」
半ば引きずられるようにして、ロウはその後に続いた。
雨はさらに激しさを増していく。
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