火の山の竜
第1章 第10話
〜東の大陸 竜帝国〜 

 

 軽い身のこなしでスカッシュは列の一番に立ち船を降りる。そして、リラとロウが降りてくるのを待っていた。
 接岸された船からは人が列を作りぞろぞろと降りてくる。
「ようこそ、東の大陸『竜帝国』へ」
 二人が降りてくると、スカッシュは待ちかねたように優雅にお辞儀をしてみせた。
「なあに、そのリュウテイコクって?」
 リラは初めて耳にする言葉に首をかしげた。
 リュウというのが竜を差すのだろうことはおおよそ分かるのだが、テイコクというのはリラの知らない単語だった。
「リラさん、東の大陸は、大陸全土をひっくるめて『竜帝国』って言うんだよ」
 その後ろを歩くロウが答えた。
「そう、小僧の言うとおり。この東の大陸は、竜を崇める国なんだ。そして竜の巫女と呼ばれる女帝が代々治める帝国ってわけさ」
 スカッシュは言って、リラの額を小突いた。
「嬢ちゃん、そのくらい、勉強しとけ。一般常識だぞ」
 青年が冷やかすと、リラは負けじと言い返した。
「あたしだって、その為に世界を旅して勉強中の身なの」
 頬を膨らますリラを、青年はもう一度小突くと少し笑って北東の方角を指差した。
 スカッシュの示す方角には赤く鉄錆びた色の山がそびえていた。山頂からは白い煙がたなびいている。
「あれが、火の山。竜のいる場所」
 スカッシュが言った。
 リラは目を輝かせ、ロウは決意を込めた目でそれを見つめた。
 とうとう辿りついたのだ。火の山のある大陸に。
「早く行きましょうよ!」
 リラはいてもたってもいられないと二人を急き立てた。
 スカッシュは目を細めて笑うと、リラの頭を撫でた。
「そう急ぐな。船旅だけでなくクラーケンとの戦いで疲れてるだろ。オレんちで少し休んでいけよ。茶くらい出してやるから。そうしたら火の山だろうが何だろうが案内してやる」

 東の大陸、竜帝国はリラたちにとっては異文化だった。朱塗りの瓦屋根、高い白塗りの壁の続く家々、石畳の坂道、どれも西の大陸では見ないものだ。
 そして、一番の特徴は竜を模した石像が屋根の上、門の前などいたるところに建てられているところか。
 歩く人々にも違いがあった。顔立ちや髪の色こそ西の大陸の民と似ているが、女性は皆、目尻に紅を引き、髪を高く結い上げている。服装も見たことがない作りだ。前開きの衣を一本の厚い紐でまとめ、腰の後ろで花のように見事に結わえている。衣はゆったりとしたもので、どれも鮮やかな刺繍が施してある。
「見たことがない服を着ているのね、こっちの人たちって」
 リラがきょろきょろと辺りを見回しながら言った。
「こっちじゃ、皆、普段あの服を着ているぜ。……オレは着ないけどね、好みじゃないから」
 スカッシュは言って、革製の黒い上着を脱ぐ。
 東の大陸は西の大陸より北にあるが、暖流が流れこむため秋の半ばでも暖かいのだ。
「言葉は通じるの?」
 リラがスカッシュの横に並びながら訊ねる。興味津々といった感じだ。
「もちろん竜帝国独自の古語はあるけど、公用語が主だな。あっちと交易があるし。……いまどき古語を使うのは城の連中くらいさ」
 スカッシュは、町の中へと足を向ける。
 少女はその後ろをついて歩き、色々な物を指差しては声を上げた。
 ロウは、船から降りてからというもの思い詰めたように黙ったきりだった。だがリラは東の大陸の見たこともない珍しい景色に目を奪われ、それに気づくことはなかった。

 帝都の中心まで来ると、露店もびっしりと軒を並べ、買い物をする者と商いをする者とでごった返していた。三人は人いきれの中を縫うようにして歩く。
 店に売られている物も、極彩色の果物や野菜、見たこともない動物のあぶり肉など興味をひく物はいくらでもあった。
「スカッシュ、あなたの故郷ってすごいのね。活気に溢れて、食べ物だって美味しそうなのがたくさんあって!」
 リラは興奮して青年の腕を引く。
「買い物は後にしな、また連れてきてやるから。クラーケン倒した礼金も、分けあわなくちゃならないし。しっかりついてこいよ」
 中心街からふと北の方角を見上げると、そこには高い石作りの塀をめぐらせている一際大きい建物があった。4階建てはあろうか、鮮やかな赤い建物だ。屋根の両端には羽を広げた竜の石像が乗っている。そして塀の上の通路には、いかめしい鎧を着込んだ男たちが立っていた。見張りだろうか。
「あれは、あの建物はどうしてあんなに大きいの?」
 リラは再びスカッシュの腕を引き訊ねた。
 青年は、少女の指差す建物を見て、ああ、と返事をした。
「女帝の居城だよ。もっとも、ずいぶん前から床に伏せってるって話だけどな。女帝の旦那はとうに亡くなったし、世継ぎの姫さんは行方知れずっていうウワサだし」
 リラは頷いた。女帝という単語の意味は知らなかったが、スカッシュの説明で偉い人物だということは分かったようだ。
「だから今は丞相閣下が全て政治を取り仕切っているみたいだぜ」
 スカッシュは、興味なさげに言って、狭い路地に入っていく。リラとロウもそれに続いた。

「ここが、スカッシュのおうち?」
 リラは、スカッシュに問うた。
 その二階建ての建物は、石畳の坂道を少し上ったところにあった。隣には小さな川が流れている。昔は白一色であったろう外壁は日に焼けまだらに変色し、元は赤であっただろう瓦屋根も茶色くすすけた色になっている。それは同様に長い年月を経たことを物語っており、落ちついた色合いをかもし出していた。
「長いことずっと住んでるからボロ屋だけどな。まぁ、入れよ」
 スカッシュが扉に手をかけようとしたときだ。先に扉が開いた。
「ただいま」
 眠たげに目をこすりながら出てきたのは、年は二十を少し過ぎたばかりか、金糸の髪を腰のあたりまで伸ばした細面の美しい青年だった。深緑のローブを着たその青年は睫毛を伏せ、無表情な顔のまま扉の前でぼうっとしていた。
「おい、なに寝ぼけてるんだよ」
 スカッシュはその青年の頭を軽くポンと叩く。
 やっと気がついたように、青年の伏せられていた瞳が正面をとらえた。その瞳はやはりスカッシュと同じく金色で、獣のような細い瞳孔をしている。
「あ、スカッシュくん。おかえり」
 そして、後ろに立っているリラとロウを見るなり言った。
「後ろの子どもたちは、君の隠し子ですか?」
 スカッシュは、今度は思いきり青年の頭を殴った。

 二人は居間に通された。壁には美しい装飾の剣が何本もかけられ、棚の上にも年代物と見取れる調度品が所狭しと並べられていた。全てスカッシュが旅先で発掘してきた物だという。
 座るよう勧められ、二人は席についた。
「ごめんな。うちの親父、バカで」
 スカッシュは片手で顔を覆い、ため息を吐いた。
「スカッシュくん、お父さんに向かってバカとはなんです? 申し遅れました。スカッシュの父、ソウです。ソウ・ダ・ライム。よろしくお願いしますね」
 ソウはゆったりと微笑んだ。金色の長い髪が、肩からこぼれ落ちる。見惚れるほどに美しい顔をしていた。
「あ、あの、スカッシュと同じくらいの年に見えるんだけど、本当に?」
 リラは、信じられないと疑いの目を向ける。どうみてもスカッシュの父親と名乗る人物は、兄弟にしか見えない。そのくらいに若いのだ。
「そうですけど、親子に見えませんか? 似ていないですかね」
 ソウは少し困ったような顔をして、リラを見た。
「ち、違うの。似てるけど、ソウさんがすごく若く見えるから」
 リラが慌てて弁解すると、スカッシュが口をはさんだ。
「うちのオヤジってさ、アレなのよ、魔族だから。年取らないんだよね」
 言って、指で床を指差した。
「…………」
 ロウはもとより、リラも今度ばかりは黙ってしまった。
 指が示すもの、それは地の底。冥府と呼ばれる魔族の住む五層の世界。
 魔族。それは人とは違う種族であり、強力な魔力と腕力を誇る者たち。
 だが、めったなことでは地上には出てこないと言われている。彼らは日の光を嫌うのだ。
「んでも、オレはオヤジの魔力とか力とか全然受け継がなかったんだけどね。オレは死んだ母親が盗賊やってたから、そっちの血のほうが濃かったみたいなんだよ」
「スカッシュさんの、その目。やっぱり魔族の血が流れていたんですね。本で見た通りだったから、もしかしてとは思ってたんですけど」
 ずっと黙っていたロウが、思い出したようにぽつりと言った。
 スカッシュの獣のように細い瞳孔は、魔族と同じ。ロウはそのことに気がついていたようだ。
「魔族って、いるっていうのは知ってたけど実際に会うのは初めてだわ。でも、スカッシュのこともおじさんのことも怖いとは思わないわ」
 リラは思ったままに言った。目の前の二人からは怖さは感じられない。それに短いあいだだが一緒に旅をともにして、青年が悪い人間ではないということは、リラには分かっていた。
「ありがとうございます」
 ソウはペコリと頭を下げて、それから心底嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「あ、お客様にお茶もお出ししないですみません。今、いれてきますから」
 うきうきとしたようすで、ソウは足取り軽く部屋を後にした。途中、廊下から大きな物音が響く。どうやらつまずいて転んだらしい。
 リラはスカッシュにそっと耳打ちした。
「スカッシュのお父さんって、どっちかっていうと天使様ね」
 青年は大げさにため息をつくと、リラを小突いて言葉を返した。
「バカ言え。オヤジはお前と同じで、でっかい魔法をむやみやたらと使う危なっかしいヤツなのだよ。オレがついていてやらなくちゃ危なっかしくて見てられない。以前に人間のふりしてお城勤めやっていたころ、城から持ち出し禁止の禁忌魔法を海でぶっ放したんだぜ? それで辞めさせられたしな」

 夕方。
 リラはスカッシュの案内で、町へ出かけた。
 ロウは疲れたことを理由に家に残っていた。
 案内された客室でペンと羊皮紙をカバンから取り出すと、ロウは机に向かう。
 窓辺ではククルゥが気持ちよさそうにうたたねをしている。
 帝都の中心部から離れたこの家は静かなもので、ときおり聞こえる風の音が聞こえるのみだ。
 ロウは熱心に筆を走らせていたが、小さく息を吐くとペンを置いた。
「ククルゥ」
 主人に名を呼ばれ、ククルゥは目を開くとロウの見て首を傾げた。
「いつも大変なお使いばかり頼んで悪いね。お師匠の所へこれを運んで。君の首にかけてあるアミュレットがお師匠のところへ導いてくれるから。君は真っ直ぐ飛ぶだけでいい」
 頬を撫でられてククルゥは目を細めた。
 ロウはククルゥの足に先ほど書いた手紙を折り結ぶと、もう一度ククルゥの頬を撫でた。
「君はシムルグだから、安心して任せられるけど。僕にはもう時間が残されていない。早めに帰ってきて」
 窓を開けると、ロウはククルゥを空へと放した。
 ククルゥは家の上空をゆっくり回旋すると、西に方角へ羽ばたいていった。ロウはククルゥの姿が見えなくなるまで窓の外を眺めていた。
 廊下をぱたぱたと走る足音が聞こえ、ロウは慌ててペンをしまった。
 勢いよく部屋に入ってきたのはリラだった。手には抱えきれないほどの荷物を抱えている。どうやら買い物をしてきたようだ。
「ロウ、見て。たくさんお土産を買ってきたの! ロウも来ればよかったのに」
 嬉しそうに戦利品を見せるリラに、ロウは微笑んでみせた。
「よかったね、リラさん」
 ロウはどこか遠くを見るような目でリラの話を聞き、あいづちを打った。

 夜の帳が降り、リラとロウが客室へと戻っていった後、居間にはスカッシュとソウの親子が残された。
 スカッシュは、棚から酒瓶を取り出すと卓の上に置く。
 壁にかけられたランプの炎が二人の顔に影を作った。
「あの少年を昔、ギステネアで見たことがあります」
 ふいにスカッシュの父親、ソウが口を開いた。
「オヤジもか……」
 スカッシュは、杯に酒を注ぐ。
「彼は、……なのでしょう? 封印を持つ者が、ギステネア王国を出てよいのでしょうか」
「いいワケないだろ。あの小僧、何か思い詰めているみだいだし、下手に聞けないんだよ。放ってもおけないしな」
 スカッシュは頬づえをついた。彼にも色々考えるところがあるらしい。
「あの女の子は彼の正体に気づいているんでしょう?」
「いや、知らないみたいだ。小僧も隠そうとしてるしな。オレもどうしたらいいのか分からねーよ」
 ソウは杯に注がれた酒に少し口をつける。それから一呼吸おいて言った。
「知ったら、驚くでしょうね」
 スカッシュは、父親の言葉に視線をそらした。

 

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