火の山の竜
第1章 第13話
〜離別 消えた少年〜
「竜のギルド?」
リラは、声を上げる。
「ああ、オレの知り合いがやってるのよ。小さいギルドね。竜を守るための活動をしていて火の山の竜について色々知ってる。……お前は来られるか?」
後半の言葉はロウに向かって。
暗に、封印は解けそうにないか、と言っているのだ。
「大丈夫です」
「……んじゃ、来い」
スカッシュは言うと白い石畳の道を下り始める。
青年の一つに束ねられた金色の髪がさらさらと揺れた。
「ちょっと待ちなさいよ、スカッシュ。ほら、ロウも」
リラは自分の背後に立つ少年の手を引いた。
ロウは、少し戸惑ったようにリラの顔を見ると、遠慮がちにうなずいた。
三人は、白い石塀の続く道を歩く。
案内されたところは、帝都の中心部に近い場所にある建物だった。扉には木製の看板が下がっており、手描きで竜の絵が描かれていた。
「ここだよ」
スカッシュは扉をノックする。
しばしの間をおいて、扉が開き中から男が一人出てきた。齢は二十半ばほどだろうか、日に焼けた肌の長身な男だった。赤茶の髪を短く刈り上げ、精悍な顔立ちをしていた。
「久しぶりだな、こっちに帰ってきてたのか」
その男はスカッシュの姿を見ると親しげに声をかけてきた。そして彼の頭をガシガシと撫でている。顔見知りらしい。
そして後ろに立っていたリラとロウを見つけ、おや、と声を上げた。
「はじめまして。俺はジャストーク。ようこそ、竜のギルドへ」
男は身体をかがめると温和な笑みを見せた。
「あたしたち、西の大陸から火の山の竜に会いにきたの。あたしはリラ。こっちは弟のロウ」
人見知りをしないリラは、笑顔で挨拶を返す。ロウは少女の後ろから会釈をした。
「めずらしいな、スカッシュが友だちを連れてくるなんて」
「そんなんじゃねーよ。小さいのがフラフラしてるから、放っておけなかっただけだよ」
スカッシュはそれだけ言うと、むっとした顔で建物の中にさっさと入ってしまった。
機嫌が悪いのだろうかとリラはその後ろ姿を心配げに見つめた。
「あれはね、照れてるんだよ。君らはスカッシュの妹さんと同い年くらいだから、余計に気になるところがあったんだろうね」
笑ってジャストークは目配せし、二人に中に入るよう勧めてきた。
建物の中には、壁一面にタペストリーが飾られていた。羽を広げた真っ赤な竜と、やはり赤銅色の山が描き出されていた。
床には書物がうずたかく積み上げられている。リラが訊ねると竜に関する文献だと答えが返ってきた。
リラたちは、ジャストークと向かい合うかたちで席についた。やはり卓の上にも竜を模した木彫りの像がごちゃごちゃと置かれている。
その隙間を縫うようにお茶が出された。
「火の山にいる竜アリアカンテは、この竜帝国の守護竜なんだよ。俺たちのギルドは竜を守る目的で作られたんだ」
ジャストークは、話を始めた。
「アリアカンテってなあに?」
リラは出されたお茶で唇を濡らす。
竜帝国お茶は独自の渋みがある。慣れないリラは少しずつ口をつけた。
「あの竜の名前さ。アリアカンテが空を舞う姿は、赤い炎が走るようだというよ」
青年の目は、遠い時代の竜を見るように答えた。
「数百年前、火の山が爆発したときに溶岩が流れ出してね、帝都が壊滅するかというときに身をていして溶岩の流れを塞き止めてくれたんだ。おかげで帝都は救われたが竜は溶岩と一緒に固まってしまった。まるで石像みたいにね」
西の大陸の民でさえ知っている有名な話だ。
リラは、うなずいた。
ジャストークは身振り手振りを交えて、リラたちにのために説明を熱心にしてくれた。
「竜はそれからもとの姿に戻ることはなかったんだよ。竜の住処には財宝が眠っているらしいし、竜自体にも色々な力があるらしいが誰も本当のことは分からないんだ。今のところ竜のいる場所は女帝以外の立ち入り禁止で、たくさんの衛兵が竜を守っている」
その話にリラは椅子を鳴らして立ち上がった。はずみで椅子はそのまま倒れた。
「ええ!? それじゃ竜に会えないの?」
リラは声を荒らげた。
ここまで来たというのに、それではお話にならない。
「竜の巫女である女帝の許可が下りれば会うことができるよ。少し面倒な手続きがいるけどね」
ジャストークはあとで城に許可を取りに行くとよいと言った。
「どうしてジョテイという人は竜の巫女って呼ばれているの?」
「ああ、女帝の一族は竜の言葉が分かるんだよ。竜語を解するんだ。竜からの託宣を伝えるから竜の巫女と呼ばれるのさ」
ジャストークは肩をすくめた。
「もっとも、竜が石化する前のことだがね」
話はさらに続いた。真剣に耳を傾けていたリラは、ふと隣に座るロウを見た。少年は怖い顔をして膝の上に置いた自分の手を見ていた。その手はかすかに震えている。
どうしたというのだろうか、リラは心配になった。そっと手を伸ばしロウの手に自分の手を重ねた。
弾かれたように少年の顔がリラに向けられる。だがロウは何も言わずに心配ないと笑みを送ってきた。
だがその笑みを見てもリラの心のわだかまりは解けなかった。それが作り笑いであることくらいリラにも分かったのだ。
リラは家に戻ってくると、まっさきにロウの部屋を訪ねた。夕飯までに時間はまだあった。
ノックもせずにロウの部屋の扉を開ける。
「ロウ、話があるの。いいかしら?」
リラがノックをしないことくらいはいつものことなので、ロウは驚くようすもなく振り返る。
「何?」
何をするわけでもなく寝台に座り込んでいたロウは、返事をした。
「あなた、やっぱり何か隠してるわね。何でも話してって言ったのに」
リラは先に口火を切った。自然と責めるような口ぶりになる。
「君は、……リラさんはどうしてそんなに僕にかまうのさ。出会って間もない僕なんかに」
少年も強い口調で切り返してきた。
リラはその言葉に多少ひるみながらもロウを真っ直ぐに見た。
「ロウが大切だと思うからよ。あたしが引き止めないと、あなた、どこかに行ってしまいそうなんですもの」
「大切? 会って間もない僕のことを? ばかげてるよ。僕は、やっぱり君と一緒に来るべきじゃなかった」
ロウは視線を外し、ため息を吐いた。
かたくなな何者をも拒む、どこか諦めたような冷めた瞳だ。
リラは胸がぎゅっと痛んむのを感じた。なぜそうなるのか分からなかった。ただ分かることは拒絶されているということと、それが辛いということくらいだ。ロウのその目を見ると、リラは辛いような悲しいような気持ちになり、苦しくなるのだ。
知らずと涙の浮かんでくる目を袖でぐいと拭いた。それでも、胸の奥から涙が込み上げてきてリラはとうとう泣き出してしまった。一度涙がこぼれると止まらなくなってあとからあとから溢れ出てくる。
ロウは驚いた顔をして少しのあいだリラを見ていたが、ふと優しい笑みを作った。
立ち上がったロウに手を引かれ、リラはそのまま抱きしめられる。思ったより筋肉のついたたくましい腕に抱かれ、リラは胸が締めつけられるように苦しくなった。どうして弟だと思うロウに、そんな反応が起きたのかリラは自分でも分からなかった。
「ごめん」
それからぎこちなくだが頭を撫でられる。その手は暖かく優しかった。
「少し言葉がきつすぎた。君は僕のことを心配してくれたのに、泣かせちゃった」
あごに手がかけられ、リラは上を向かされた。目の前にロウの顔があった。自分を心配そうに見つめる闇色の瞳。その瞳に自分の顔が映っているのが見えた。
頬に流れる涙を指でそっと拭われる。
「もし僕がまたおかしくなるようなことがあったら、そのときはリラさんが僕を助けてね」
言ってロウは笑った。
「ええ、必ず助け出すわ」
リラは目をしばたかせると、うなずいた。顔を上げた瞬間に、唇が重ねられる。何が起こっているのか分からなかったのはほんの数秒で、リラは驚いて身体を離した。
「ロ、ロウ……っ」
リラは驚き少年を睨めつけた。
「姉弟で普通はこんなことしないでしょ?」
「前にも言ったかもしれなけど、僕は一度だってリラさんを姉だなんて思ったことはないよ」
さらりと言葉を返し、ロウはニッと笑った。
からかわれたと、とっさに机に置かれた荷物を少年に投げる。ロウは、それを慌てたようすで受け止めた。
「いいの、投げても? これ、この前リラさんが買ってきたお土産でしょ」
昨日、別々に部屋をあてがわれたが、いくつかの荷物はもといたロウの部屋に置きっぱなしだったのだ。土産もその中の一つだった。
「それは、あなたのために買ってきたものよ。買い物、一緒に出られないって言うから買ってきてあげたんじゃないの」
リラは赤い顔のまま、仁王立ちでそっぽを向く。
「……そうなんだ。てっきり故郷のおばあさんや友だちへのお土産かと思った」
ロウは土産の包みをまじまじと見つめた後、ふいをついてもう一度リラを抱きしめた。
少年を突き飛ばして部屋を出てきたリラだが、結局のところ質問をはぐらかされたということに気がついたのは数時間後のことだった。
「あれ、リラさんどこに出かけるの?」
あくる日の朝、リラは外へ出ようとしているところをロウに呼び止められた。
「ジャストークさんのところ。竜のギルドに入れてもらうのよ。あなたもいらっしゃいよ」
リラは慌しく返事をした。気が急いていた。
「竜を守るなんて素敵じゃない。これから楽しくなるわよ」
そうまくし立てて、リラは目を輝かせる。
竜について色々知りたいと思っていたし、竜について活動できるならこれほど素敵なことはない。火の山の竜をともに目指すロウならきっと賛同してくれるだろう、リラはそう思った。
「ごめん。僕は待ってる」
だが予想に反してロウの返事は申し出を断わるものだった。
「どうして、きっと面白いわよ」
少年は少し微笑むと首を振った。
「僕は行かない」
「そうなの? それじゃ、あたしだけで行ってくるわ」
リラはあまり深く考えずきょとんとして言葉を返すと、忙しなく扉を閉めて駆け出した。
そのときまだ気づいていなかったのだ。それがどんな結果を招くかを。
それから五日ほどたったある日、ロウは一人で帝都を歩いていた。
海で失ってしまったショートソードの代わりを買いに来ていたのだ。
だいぶ周辺の地理にも慣れたので、一人でも帝都を見てまわるのは容易だった。それに、じっとしていても落ちつかなかった。
城へ火の山の竜に会うための申し出を城に出しているのだが、なかなか通知が来る気配がなかった。早く火の山の竜に会いたくとも、異郷の地で勝手な真似はできない。焦っても何にもならないと分かっていても、はやる心を押さえるのは大変だった。
「僕は……を……しなければならないのに。このままじゃ。こんなぬるま湯に浸かっているような……生活を続けるわけにはいかないのに」
ロウは一人ごちる。
表情は暗い。
先日、竜のギルドへ行ってからというもの、ロウは心が晴れなかった。
使命を帯びてここまで来たというのに、それを果たすには力不足なのだ。
「たった一人の大切な人も守れないなんて」
呟いて空を仰ぐと、太陽に影が映る。影の主は鳥だ。一羽の鳥が翼をはためかせゆっくりと舞い降りた。ククルゥだった。
「ククルゥ、おいで!」
ロウは、鳥の名を呼ぶ。
ククルゥはロウの肩に止まると一声鳴いて頬ずりをした。
「お帰り。早かったね、ご苦労さま」
足には手紙が結ばれている。
ロウはククルゥの頬を優しく撫でてやると、その足に結ばれていた手紙をほどいた。
綴られた文を目で追うロウは、口もとを押さえた。
「そ……んな。まさか」
震える手で、続きを読む。
ロウの顔から血の気が失せる。
何度も何度も読み返した。だが、書かれている内容は変わらなかった。
「そんな……様が、が死……。殺された……なんて。裏切られた……、裏切られた!!」
身体を折り、吐き捨てるように低い声で言って手紙を握り潰した。
「……殺された。……様が、殺された。フェルサヴィッツも僕の代わりに」
その日を境にロウの姿が消えた。
「スカッシュ、ロウがまだ帰ってこないんだけど、何か聞いてなかった?」
武器屋を見に行くと言って家を出た少年は、夕方になっても戻ってこなかった。
「いや、特に聞いてないけど。ま、そのうち戻ってくるだろ」
スカッシュは、気にも止めないようすで答えた。幼い子どもでないのだから心配することはないとリラをたしなめた。
「そうかしら……」
だがリラは、漠然とした不安を抱いた。少年が時間を守らないなどということは、今までに一度だってなかったからだ。
ロウの部屋を覗く。明かりの灯されていない部屋は暗く荷物もそのままになっている。
夕飯の時間になったがやはり戻ってこない。ソウが腕を奮って作った料理も次第に冷めていく。
「遅いですね、ロウくん」
ソウは席を立つと、心配げに窓の外を眺めた。
リラはお腹が鳴るのを我慢して食べずに待っていたが、寝る時間になってもとうとう彼は戻ってこなかった。
「ロウくん、迷子になっているのでしょうか。大通りの辺りは入り組んでいるでしょう。一本道を間違えると袋小路に入ってしまいますし」
ソウは、前掛けを外すと、父親の顔で呟いた。
竜帝国の町中は道が網の目のように入り組んでいて、夜になれば大人でも迷うことがあるという。
ましてや余所者ならなおさらだ。
「……あたし、探してくる」
リラはたまらなくなって家の外へ飛び出した。
家の周辺はしんとしている。空には月さえもない。真っ暗闇だ。
秋の夜風はひんやりと冷たく、リラの身体から熱を奪った。薄着のまま石畳の坂道を下り、夜の帝都を走った。
武器屋の場所は知っている。
息を切らせながら帝都の大通りを走る。きっとまだ武器屋も開いていて少年はそこにいるのだと、淡い期待にすがる。
「はぁ……、あ、あった……!」
剣と盾の絵の描かれた看板が見えた。
だが、扉は締まっている。中に明かりが灯っているようすもない。
少年の姿はなかった。
「ロウ……、どこに……いる、の?」
リラは肩で息をしながら、その場に立ち尽くした。
それから何日もなんにちもたったが、やはり一向に少年の足取りは掴めなかった。リラは毎日、町中を探し回った。
「どうしよう……」
スカッシュは知らない土地で置いていかれた子どものようにうろたえるリラを見て気の毒に思ったのだろう。一緒に探すことを申し出てくれて、そのための努力を惜しまなかった。ジャストークのギルドの人間にも手伝わせたし、盗賊仲間にも情報を売ってくれるよう頼んでくれた。
だが努力も徒労に終わった。何日たっても、ロウは見つからなかった。
「あたし、ロウのことをどのくらい分かってた? あの子のこと真剣に分かろうとしていなかった……?」
リラは胸に手をあてる。
リラは、少年が何か悩んでいたことに気づいてやれなかった。竜帝国に来てからというもの、異国の見慣れぬ風景に心を奪われて、少年のことを本気で気づかってやれていなかった。そして少年がいなくなってから、やっとそのことに気がついた。だが遅かった。少年は姿を消してしまった。大切なものを失って、それがどれだけ大事だったかあとから気づいても遅いのだ。
「ロウは、ずっと一人で悩んでて。でも……あたし、きちんと気がついてあげられなかった。ロウはいつも笑っていたから大丈夫なのかと思ってた」
少年はいつも微笑んでいたから。
側にいるのが当たり前になっていたから。
その日もリラは町に出てロウを捜し歩いていた。
「あの、すみません。あたし、西の大陸から来たんですけど、あたしくらいの子、見かけませんでしたか? いなくなっちゃったんです。黒髪で……」
通りかかる人全てに聞いて歩いたが、首を横に振られるばかりだった。
「どこに行っちゃったんだろう……。あの日、確かにようすがおかしかった」
リラは、竜のギルドに行った日を思い出していた。
竜が石化していること、竜に会うには許可が降りるまでは勝手に会えないこと。
それを聞いて、ロウのようすが再びおかしくなったのだ。あの日以来、言葉数が減っていた。
露店の商人たちは、仕入れたばかりなのだろう噂の競い合いをしている。
「なんでも西のギステネア王国が裏切り者の王子を処刑したらしいよ。王妃殺しの罪らしい。嫌な話だね。王が南の大陸へ遠征している留守中に起こった惨事だってね」
「ああ。あの王国は内紛が絶えなかったらしいな。王が戻るまでは王国の最高顧問のラスネル卿が国の指揮を取るとか」
「でも、王だって何年も戻っていないらしいじゃないか。はたして生きて存在しているのかね……」
だがその噂話は、必死になって歩きまわるリラの耳には届くことはなかった。
「ロウ、早く戻ってきて。一緒に、火の山の竜に会おうって言ったじゃない。どうしていきなりいなったりするの……?」
リラは眉を曇らせると、祈るように両手を合わせる。
そのときだ、空が急に暗くなり火の山の方角に暗雲が立ち込め始めた。昼だというのに空は暗闇に包まれる。
雷鳴がとどろき、稲妻がバリバリと音を立てて空を引き裂いた。
「な……」
リラは見た。
火の山に間を置かずに二度、暗い柱が落ちてくのを。瞬間、頂上付近が弾けるように光輝き、地を揺るがす大声音が響き渡る。
縦揺れと横揺れが同時にきた。立っていられなくなり、皆は頭を抱えてしゃがみ込む。
帝都の民はおののき叫んだ。帝都がにわかに騒がしくなる。
「もう、終わりだ。火の山が、アリアカンテ様の山が……!」
「竜様の山が燃えている……おお……」
露店の商人たちも、店をそのままにしてちりぢりに逃げ出し始めた。
立ち並ぶ家々からも転がるように人々が飛び出してきて、火の山の方角にひざまずき祈りだした。
そのときだった。
火の山から獣の低い悲鳴ともとれる鳴き声が帝都に響いた。
「一体、何が……。竜? 今の……何が鳴いたの?」
リラは、その場に立ちすくむことしかできなかった。
第1章終わり
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