火の山の竜
第1章 第3話
〜続く道 晴れる空〜
「あたしはね、ロウと一緒に行くの」
にっこりとリラは笑った。
「行くって、僕……と?」
ロウは、リラと自分を交互に指差した。
「うん、そう」
リラはうなずく。
ロウの顔が引きつった。
「リラさん、僕は誰とも一緒に旅をしない」
今度は真面目な顔でリラを見つめた。
リラもその瞳を見返す。
「あたしは、ロウと行きたいの」
キッと、ロウを見るその瞳はまるで睨むかのようだ。
強い意思を持っていた。
「ほら、こいつもこう行ってるし、俺たちと、もともと約束していた通り行こうぜ」
リラの友人である少年の一人がリラを咎め腕を引いた。
「あたしはっ! あたしはロウと行きたい」
友人に引かれる腕を振りほどき、リラは声を荒らげ、ロウだけをまっすぐに見た。
その場が一瞬、しんと静まり返る。
初めに静寂を破ったのはロウだった。
「……ごめん、僕は一人で行きたいんだ」
ロウは表情固く、首を横に振った。
「ロウ、さっきは聞きそびれちゃったけど、あなたの旅の目的は?」
いきなり話題を変えられ、ロウは面食らった表情をした。
だが、顔を少しそらすと、言い難そうにもごもごと口を開いた。
「竜……、火の山の竜に……会いに行くんだ」
その顔に、最初に会ったとき同様、影が差したことにリラは気づかない。
ぱんと両手を合わせ、笑顔をロウに向ける。
「あら、それじゃあたしと同じだわ! あたしの目的も火の山の竜に会いに行くことだものっ」
リラは言って目を輝かせた。
再び、ロウの顔が引きつる。
「火の山の竜の伝説は有名だものね! 生きてるうちに一度は行ってみたいと思ってたのよ、あたし」
何百年もの昔に、遥か彼方の火山のふもと、住人たちを救うために身をていして溶岩を防ぎ、そのまま冷えて石になってしまった竜がいるという。どうやったら竜をもとに戻せるか、その竜の莫大な量の宝はどこにあるのかというのが冒険者たちのあいだで何百年も語り継がれていた。だが未だ誰も解決できずにいる。冒険者なら誰でも一度は挑戦したいものの一つとされている。
「僕のは、遊びじゃないんだ。リラさん」
ロウの表情が険しくなる。
その顔にはかたくなな何かを感じさせた。
「火の山は、僕たちのいる『西の大陸』の隣、『東の大陸』にあるんだよ? 東の大陸へ行く船の出る港に行くには、あの危険なレザリア大草原を越していくんだよ? ……君はそれでも僕と一緒に行く気なの?」
ロウの言葉にリラは一瞬の間を置いて微笑んだ。
そしてロウの両手を取り、ぎゅっと握った。
「ええ! だって、あたしたち二人なら絶対に何とかなるわ。さっきスライムと戦ったときみたいに。そうでしょ?」
くったくなく笑うリラは言葉を続ける。
「あたしたち、息がぴったりだと思うの。それに二人なら大変だって辛くったって力を合わせて頑張れると思う」
黙って聞いていたロウはうつむき、目の端を少しだけ手の甲で擦った。
顔を上げたロウの目は赤かったが、表情は和らいでいた。
「……そうかな」
ロウがぽつりと呟く。
「そうよ、絶対!」
リラは力強く言葉を返すと、再びにっこりと笑った。
そのとき、窓から日の光が入ってきた。雨が一時的に止み、雲の合間から太陽が顔を出したのだ。
「うん……」
薄く、ロウは微笑んだ。その陰りのある顔に、窓から一筋の光が差した。
「よかったの、本当に僕と一緒に来ちゃって」
ロウは遠慮がちにリラに訊ねた。
「いいのよ。だって初めにあたしのこと置いていっちゃったのはあいつらなのよ? あたしたちがスライムと戦ってるときだって、観戦してただけだったし。そんなの、本当の仲間なんて言えないわよ。あたしは、ロウがいい」
まっすぐにロウを見て、リラは言った。
その言葉にロウは安心した表情を見せる。
「それにしても、さっきはどうして泣いたりしたの? 男の子が泣くなんて恥ずかしいわよ」
「な、泣いてないよ。も、もう、嫌だな、リラさんは」
ロウは図星だったのか、顔を赤くして慌てて反論した。
「僕、同じ年くらいの子と遊んだことってほとんどなかったんだ。だから、こうしてリラさんと知り合えて正直嬉しいんだ」
ロウは少しはにかみながら言った。
「ロウは年はいくつなの?」
そういえば聞き忘れてたわ、とリラは付け加えた。
「僕? 僕は今年、十五歳だけど……?」
リラは軽く驚いたようすを見せた。
「あら、同い年なのね。あたしは春生まれ。ロウは?」
「秋生まれだよ」
その答えににっこりと微笑むリラはロウの両手を取った。
「それじゃあ、あたしのコト、お姉さんと思っていいのよ? 決めた、あたしたち姉弟になりましょうよ!」
リラの提案にロウはあっけにとられ、言葉を失う。
「お、お姉さんって。きょ、姉弟!?」
ロウは顔を引きつらせながら、目を丸くする。
「そうよ。あたしも一人っ子だったし、そうしたらロウも寂しくないし、いい提案でしょ?」
リラは握った両手に力を込めた。
ロウといえば、ただ驚いたようすでリラを見つめていたが、照れたようにうつむくと言った。
「……うん、ありがとう。リラさん」
二人はプロクスの町を出ると、東に向かって歩き出した。レザリア大草原まではあと二日は歩くことになるだろう。西の大陸は東西に長い。どう進路を取っても東の大陸に渡るには、かなりの時間を要するのだ。
しばらく歩くと、雨の森を抜けた。雨は止み太陽が顔を出す。
「やっと、雨が止んだわね。ジメジメして嫌だったのよ」
リラはぶつぶつと雨の森に文句を言いながら、雨避けのマントを脱ぎ小さく畳むとカバンへとしまった。
日が沈みかけた頃、小さな村へと差しかかった。数件の家と畑ばかりの村だった。
「こんなひなびた村に宿屋あるかしら?」
リラが失礼なことを言いながら眉をひそめる。
「この道は一応、主要の街道だからね、あるみたいだよ。ほら?」
ロウがひときわ大きい建物を指差す。二階建てのその建物には、宿屋を示す看板がかかっていた。窓からは暖かな光が漏れ、煙突からは煙が立ち昇り、風にたなびいていた。
「あら、ほんとだわ」
リラが関心したように言い、言葉を続ける。
「でも、路銀があんまりないのよね。ここで宿屋に泊まったが最後、旅を続ける食料さえ買えなくなりそうよ」
カバンの中の小さく軽い革袋を取り出し、ロウに見せた。ロウも自分の路銀の入った革袋をリュックから取り出す。
「僕もあんまり持ってないよ」
二人はめいめいの路銀を見せ合うと示し合わせたように大げさにため息をつき、重い足を引きずりながら宿屋の扉を叩いた。
「へえ、仕事を探してるのかい?」
宿帳をつけていた宿屋の主が顔を上げた。三十代半ばほどの中年の男性だ。
「はい。何でもします」
リラは切実なようすで身を乗り出した。
「そうだねえ……」
宿屋の主は、あごに手をあて、少し考えるように唸ってから言った。
「道を挟んだ向こう側に畑があるだろう? この頃、山から大きなイノシシが降りてきて畑を荒らすんだ。退治してくれたらお礼を出すよ」
しかし、宿屋の主はリラとロウを交互に見た後、また唸った。
「うーん、でも、お嬢ちゃんたちみたいにちっちゃい子には無理か」
「そんなことないです! なんていったって、あたしたち、冒険者ですもの。その仕事、引き受けます!」
リラは自信たっぷりに言葉を返し、胸を反らした。
「リ、リラさんっ」
その後ろでロウはオロオロするばかりだった。
イノシシは早朝にやってきて畑を荒すのだと宿屋の主は言う。
今日はもう夜も遅いため、明日の朝から仕事を引き受けることになった。
「部屋は別々がいいかね?」
宿屋の主は二人に訊ねた。
「一緒でいいです。あたしたち姉弟ですから」
にっこり笑ってリラは答えた。
ロウはがくっと肩を落とす。
「リラさん、普通はそういうの気にするものでしょ?」
「え、なあに?」
リラは何のことだか分からないといったようすで首をかしげている。
ロウがあたふたとしている間に勝手に交渉を進めたリラは、部屋を案内する宿屋の主の後をスキップをしながらついていってしまった。
「なんで、そうなるかな……」
ロウは顔を引きつらせ、小声で呟く。
だが、ふっと息を吐くと少女の後を追いかけた。
「まぁ、それはそれで変に意識しないで楽だけどさ」
「なんで、寝台が一つだけなのさ!」
部屋に通されるなり、ロウは叫んだ。
リラは気にも留めないようすで肩からカバンを下ろすと、さっさと寝台に潜り込む。
「路銀の都合ってやつよね。二つも寝台のある部屋に泊まったらすぐに破産よ」
あくびをしながら言った。
「いいじゃない。あたしたち姉弟になったんだから気にすることないでしょ?」
「リラさんは気にしないの、そういうの!?」
「何が?」
焦って向きになるロウに、リラはさらりと言葉を返した。
「……っ。僕、床で寝る!」
顔を赤くして怒るロウに リラはきょとんとしている。
「いいからおいでよ。一緒に寝よう?」
リラはひらひらと手招きをした。
「リラさん、変なとこ無頓着だよね」
ロウはむっとしたようすだったが、マントと革の胸当てを外すと、寝台に遠慮がちに入っていった。
「リラさんさ、僕のこと、男だと思ってないでしょ?」
すでに寝る態勢に入っているリラに言う。
「ロウは男の子でしょ。そのくらい、見れば分かるわよ。何を当たり前のこと、言ってのよ」
リラは目を閉じたままで言葉を返す。半分寝ているのか、面倒くさそうだ。
「分かってないよ、リラさんはさ」
寝息を立て始めたリラにロウは呟く。
その間近で見るリラの顔は、幼く見えた。
ふわっと甘い香りがした。リラのものだ。
「……もう!」
ロウは寝台から飛び起きると、部屋のすみに備え付けられていた長椅子に横になり、マントを被った。
「リラさんって、絶対、配慮とかなさすぎるよ」
ロウはむっとした表情のまま目を閉じる。固い木の椅子は寝づらかったが、あっという間に深い眠りに吸い込まれていった。
彼も長く歩き疲れていたのだ。
次の日の早朝、彼らは日の出とともに起き、イノシシが現れるのを待っていた。
畑は宿屋の前の道を挟んだ向こう側にあり、道より一段低く作られていた。
畑の作物は確かに食い散らかされ、イノシシのものらしき足跡がついている。それは毎日のように早朝に現れては畑を荒すのだという。
「さーあ、ちゃっちゃとイノシシを倒してお金もらって先を急ぎましょうよ!」
先に畑に降りたリラは、腰に手をあて仁王立ちをしている。
「でも、僕たちって冒険者だよね。これじゃ何だか猟師さんみたいだ」
ロウは眉をひそめている。
「先立つものがないと、冒険もできないでしょ」
リラは振り向かずに言った。
「リラさんって、行動力っていうか生活力あるよね」
ロウは変に感心している。
そのときだ。畑の奥にある林が揺れた。
「来た」
ロウが小さく呟く。
林から現れたのはまぎれもないイノシシだった。それも巨大なものである。
体長は人間ほどもあろうか。口もとから生えた立派な牙が上向きに突き出ていた。
畑に人間がいるのを驚いたのか、イノシシは興奮しているようだ。鋭い目つきでリラを睨んでいる。
「ここであったが百年目よ。イノシシ、観念しなさい!」
ビシっとイノシシを指差し、リラは声を張り上げた。
「あ、危ないよ、リラさん!」
挑発するリラを、ロウは慌てて止めようとする。
イノシシは今にもリラに突進しようと、土を前足でかき、低い体勢を取っていた。
対するリラはというと、ごそごそとカバンを漁っている。
「ええと、呪文書……」
よそ見をしているありさまである。
「リラさん、魔法の呪文くらい暗記しておいてよ!」
ロウは剣を抜くと、焦りながら畑を駆け降りた。
だが遅い。
イノシシはすでにリラの目の前まで来ていた。
巨大な体躯をして鈍間そうに見えても野生の生き物である。イノシシの方が動くのが速かった。
「わわっ」
リラはとっさに後ろに生えていた木の枝に掴まると、足をひょいと曲げて、イノシシの突進を避けた。
イノシシは目標に当たらなかったことに気がつき止まると、木の枝にぶら下がっているリラを鼻息荒く見上げた。
「すごいや、リラさん!」
こぶしを握り締め、ロウは声援を飛ばす。
「田舎育ちで木登りは得意だったのよねぇ」
木の枝にしがみつくと、リラは器用に枝によじ登った。そして、腰に下げた木の杖を取り、声高に叫んだ。
「待ってなさい、イノシシ! 今夜はイノシシ鍋よ!」
どこまで彼女は本気なのかとロウがため息を吐いたときだった。
身体を反転させ、イノシシがロウの方に向き直った。手の届かぬ場所にいるリラから、地上にいるロウに目標を変えたのだ。
イノシシもまた、食料を奪おうとする外敵を排除しようと必死なのだ。
「ぼ、僕!?」
びくりと身体を固くするロウ。
多少、逃げ腰になりつつ、ロウが剣を構えたときたった。
「イル……クルス」
リラのたどたどしい呪文詠唱が始まった。
「……レトビ……ト」
畑の上空周辺にのみ、黒い雲が轟きながら集まってくる。魔法の力が大気に干渉してるのだ。
「我願う。汝、滅びんことを。来れ、黄金の神槍よ!!」
木の上から、リラの凛とした声が辺りに響き渡った。
イノシシが動き出したのと、リラが魔法の呪文を唱えたのはほぼ同時だった。
耳をつんざく大声音とともに、目の焼けるような大きな光の柱が、イノシシの頭上に落ちる。
目が眩み、ロウは顔を片手で覆った。
一瞬だった。
何か大きな物が倒れる音に、ロウは恐る恐る目を開けた。
そこには、わずか目と鼻の先に巨大なイノシシが泡を吹いて倒れていた。
「は、はは……は。すご……」
湯気なのか、それとも煙なのか、白目を向いたイノシシからは白いものが立ち昇っている。
「ロウ、大丈夫ー?」
木の上からリラが叫ぶ。手には呪文書が握られている。やはり暗記はしていなかったようだ。
「う、うん。はは……」
ロウは、ごくりと生唾を飲み、リラを見上げた。
あの雷が自分に落ちていたらと考ると足がすくんだ。
リラは、器用に木から飛び下りると突っ立ったままのロウに駆け寄った。
「ほう、すごいもんじゃないか」
戸口に立ち、それを傍観していた宿屋の主は口笛を吹いた。
一方、畑では腰が抜けたように座り込んでしまったロウを、リラが引き起こそうと躍起になっていた。
その日の夜、宿屋の一階ではイノシシ鍋が振る舞われ、村の住人たちも招かれた。
「へぇ、こんなちっちゃいのに冒険者かい。すごいもんだね」
「ほんとにねぇ。あのイノシシには、この辺りの者はみんな困り果ててたんだよ」
集まった村人はリラたちを見て、関心したようにうなずいている。
「えへへー」
リラは照れながら頭を掻いた。
「今回、僕、リラさんに助けられちゃったね。何だか情けないよ」
ロウは鍋を突つきながら、少しふてくされているようだ。
「気にすることないわよ、姉が弟を守るのは当たり前でしょ」
くったくなく笑い、リラは杯に注がれた茶をすすった。
「うん、でも次は僕も頑張るから」
ロウは決意新たにうなずいてみせた。
「本当にありがとうございました。宿代までタダにしてもらっちゃって」
次の日の朝、リラたちは朝食をご馳走になり宿屋の主に頭を下げた。
リラは礼金の入った革袋を手に、ほくほくと笑みを浮かべている。これから幾日か旅をするには充分な額だ。
「こちらこそ助かったよ。ありがとよ。姉弟で旅なんて大変だろうけど頑張れよ!」
宿屋の主の声を背に、二人は宿屋を後にした。
リラの隣に並んで歩きながら、ロウは肩やら首やらを擦っている。
「何、どうしたの、ロウ?」
「ううん、寝違えたみたい」
ロウは顔をしかめている。
空は晴れ渡り、風もなく、雲一つない。
木々もまばらになってきている。もうすぐレザリア大草原だ。
「それにしても、どうして長椅子に寝てたりしたのよ?」
リラが咎めるように言った。
「リラさんが配慮ってものを知らなさすぎるからだよ」
明後日の方向を見ながら、ロウはため息を吐いた。
「何よ、それ」
リラはわけが分からず、頬を膨らます。
「十五歳にもなって、本当の姉弟でもないのに一緒に寝るなんて変だって、絶対……」
ロウはリラに聞こえないよう、小さな声で呟いた。
聞こえれば、さらに怒り出すのが目に見えるからだ。
「リラさん、レザリア大草原は『帰らずの原』って呼ばれてるんだよ」
「ふぅん」
リラは気にも留めないようすであいづちを打った。
そのとき、強い風が吹いた。
大草原から吹き抜けてくる風だ。
レザリア大草原は目の前まで迫っていた。
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