火の山の竜
第1章 第6話
〜焦燥、進まない道のり〜
「ねえ、ロウ。あの鳥って海鳥よね?」
リラは頭上を見上げた。
大草原を歩き続け太陽が傾き始めたころ、リラはやっと空を舞う海鳥に気がついた。
「んー、そうみたいだね」
ロウも足を止め、空を見上げた。
食事の時間も惜しんで歩き続け、二人はやっと次の町の近くまできていた。
リラは体力には自信があるほうだったが、丸一日歩き通しでさすがに疲れたらしい。座り込んでしまった。
「あーあ、もう疲れた。一歩も歩けそうにないわ」
しまいにはカバンを下ろして、大きくため息をつく始末である。
「でも、ほら、リラさん見てよ」
ロウは苦笑してリラの腕を取り立ち上がらせると、東の方向を指差した。目をこらして見れば、彼らのいるなだらかな丘の先に大きな町が見えるではないか。そして町の向こうには青い海がかすかに見えた。
「港町レイ=オーツ。東の大陸に渡る船が唯一出る町だよ」
ロウは嬉しそうに顔をほころばせ、東の方向を見た。
「あら、もうこんな近くまで来ていたのね。そうと分かれば早く行きましょう、ロウ」
リラは、先ほどの疲れたようすもどこへやら、カバンを肩にかけると、ロウの手を引っ張り急かした。
「あー、もう。リラさんって結構、現金だよね」
「ロウ、何か言った?」
小声で呟いたロウの言葉を地獄耳で聞きとったリラは、すかさず言葉を切り返す。
「いや、な、何でもないよ、リラさん」
ロウは、手を引かれたままの状態で、首を横に振ってみせた。
港町は目と鼻の先に迫っていた。
「よぉし、一番いい宿屋に泊まるわよ!」
リラは街道の真ん中で仁王立ちになり、握りこぶしを作るとニッと笑った。
「さあ、行くわよ。今日は野宿しないで豪華な宿屋に!」
リラはロウの話など寝耳に水のようだ。ずんずんと先を歩いていく。
「ま、待ってよ、リラさん」
ロウは慌てて少女のあとを追いかけた。
ここは港町レイ=オーツ。唯一、東の大陸への航路を持つ場所だ。西の大陸では一二を争う大きな町である。
時はすでに夕刻。太陽は建物のあいだへと隠れ、空は色を失っていく。
だがこの町は夕闇に包まれても、活気を失うことはない。露店は灯りをともし、店をたたむようすもなく、酒場からは喧騒が聞こえてきていた。
「あのさ、リラさん。ちょっと確認しておかなくちゃならないことが一つあるんだけど」
夕食を済ませ部屋に戻ってくると、ロウは神妙な面持ちで口を開いた。
「何?」
リラは寝台に横になり、すでに寝る態勢に入っている。うつ伏せの状態のままで顔を上げずに訊ね返した。
「この宿屋の代金、かなり高かったよね、やたら豪華だし。そのお金ってどこから出たわけ? 夕飯にしたって、高そうなのをたくさん頼んでいたし」
リラはその言葉を聞いてむくりと起き上がると、目をしばたかせた。
「……この前の、イノシシ退治のお礼のお金よ。お金の管理はお姉さんがするものでしょ?」
きょとんとして、言葉を返す。何か問題でもあったのかと不思議そうな顔だ。
「でさ、船賃は残ってるの?」
「…………」
二人のあいだに妙な沈黙が流れる。
「リラさん?」
ロウはリラのところまで歩み寄ると、身体をかがませ視線を合わせてきた。厳しい顔つきだ。
「リラさん、明日は朝起きたら一番に、冒険者ギルドに行って仕事を紹介してもらおう。分かった? それから、お金の管理はこれからは僕がやるから、ね?」
少年は一息に言うと、少女の言葉を待った。
リラはというと眠たげな目をこすり、ロウの剣幕に多少驚いたようすを見せ小さくうなずいた。
ロウは息を吐くと、表情を弛めリラの隣に潜りこんだ。
「あとさ、リラさん。同じ部屋でもかまわないんだけどさ、やっぱり寝台は二つある部屋を頼んだほうがいいと思うよ」
冒険者ギルド、レイ=オーツ支部。それは各村や町に点在するどの支部よりも巨大なものである。それだけ冒険者がこの町を利用する頻度が高いということか。
冒険者ギルドは冒険者同士の情報交換の場であり、仕事の斡旋を行っている施設でもある。
「冒険者らしい仕事が貰えるといいね、リラさん」
「港町だから、漁の手伝いの仕事しかないかもしれないわよ?」
リラの軽口に、ロウはたじろぐ。
「猟師まがいの仕事の次は、漁師? ぜんぜん冒険者じゃないね、それ」
人込みの中、ロウは複雑な顔で言葉を返した。ギルドの中は、歩くのさえやっとの込みようだった。
その人込みの中、大声を張り上げている者がいた。ギルド内は確かに活気溢れ騒がしいところではあるが、怒鳴り散らすような者はそうはいない。二人は驚いて声の主の方を見た。
大声を張り上げている主は金色の髪を一つに束ね、革製の黒い服を着た、すらりと背の高い青年だった。カウンターごしに身を乗り出し、ギルドの長に何やらくってかかっているようだった。
二人がなんともなしにそのようすを見ていたときだった。
「おい、チビッコたち」
青年がふいに振り向いた。
二人は青年と目が合い、びくっと身体を震わす。
青年の目は、その髪の色と同じ金色をしていた。瞳孔は獣のように細い。天井から下がるランプの明かりに反射してきらきらと光り、その目は人間のものに見えなかった。
「おい、なんで子どもがこんなところにいるんだ? 迷子か?」
リラとロウを見て、不思議そうにしている。
「失礼ね、あたしたちこれでも来年は成人よ。子ども扱いしないでよね!」
一瞬ひるんでいたリラだが、きっと相手を睨みとっさに言い返す。
「へぇ、それじゃあやっぱりチビッコじゃないか。成人の儀はまだなんだろ?」
青年は、腕を組んでニヤニヤと意地悪そうに笑った。
「何よ、それじゃあんたなんか、オッサンじゃないの!」
売り言葉に買い言葉だ。声を荒らげるリラの隣で、ロウはただオロオロするばかりだった。
「そうか。チビッコたちも東の大陸にねぇ」
ギルドのはしのテーブルにつき、二人は青年のおごりでお茶を飲んでいた。
「そうなのよ、それで船賃が必要ってわけ」
リラの言葉に、青年は大げさにため息を吐いた。
「オレもさ、船賃がなくって東の大陸に帰れないんだよ。もともとあっちの大陸の人間なんだかね」
青年は、ため息を吐きつつ、木の椀にそそがれた酒をぐいと飲み干す。
「こっちの大陸にはどういう理由で?」
ロウが遠慮がちに聞くと、青年は待ってましたと言わんばかりにしゃべり始めた。
「こっちの大陸には遺跡がごろごろしてるっていうからさ、発掘にきたわけよ。なのに情報屋から買った情報がガセだったってわけ。その遺跡からはガラクタしか出てこなかったから船賃にもならないんだよ」
青年は心なしか潤んだ目で、明後日の方角を見上げている。
「発掘って……、普段、どんな仕事やってるんですか?」
恐る恐るロウが聞くと、青年はしごく当たり前のように答えた。
「ん、ああ。盗賊。ついでに歳はピチピチの十七歳ねー」
その言葉に二人は固まり、めいめいの荷物をとっさに隠す。
「あ、お前ら。オレのこと、コソ泥か何かと勘違いしてるだろ? オレはな、トレジャーハンターね。夢のある仕事やってるわけよ」
少しだけむっとした表情で青年は言い、言葉を続ける。
「にしてもなぁ、ギルドが斡旋してくれる仕事のしょぼいこと。盗賊のオレに漁師をやれって言うのかね」
青年は再びため息を吐いて、あごに手をついた。
「じゃあ、やっぱり漁の手伝いとかしか仕事がないんだ」
ロウの言葉に青年はうなずく。
「でっかい隊を組んでるところには、それなりの仕事を紹介してもらえるみたいだけどよ。あいにくオレは一人だからな。盗賊だから魔法が使えるわけでもなし、力があるわけでもなし、ギルドにすら相手にされないわけよ」
それまで黙って話を聞いていたリラが、パンと手を叩いた。
「それじゃ、あたしたちと一時的に組んで、仕事を紹介してもらいましょうよ。東の大陸はもう目の前なのに、こんなところでグズグズしてるなんてもったいないもの」
リラはよいことを思いついたと、嬉しそうに微笑んだ。
「お、嬢ちゃん。その案、乗った! そういえば、自己紹介がまだったな。オレはスカッシュ。スカッシュ・ライムね」
スカッシュが、にっと笑った。人懐っこい笑顔だった。
「あたしは、リラ。リラ・バーバリアン。それで、こっちは弟のロウ。よろしくね」
紹介をされて、ふとスカッシュは真面目な顔をして、ロウをじっと見た。
「どうしたの、スカッシュ?」
リラが不思議に思って問いかけると、スカッシュは首を振った。
「いや、どっかで見たような気がするんだけど、違うか」
言って、スカッシュは自分の気のせいだったと謝る。
対するロウはどこかぎこちなく視線をそらした。
「やったな、チビッコたち。町の外れの洞窟に住みついたオークを倒す仕事だとよ。報酬もそれなりの額だ」
スカッシュは猫のようなつり目を、嬉しそうに細める。
ギルドを出る、新米冒険者二人と盗賊青年の足取りは軽い。
「ちょっと、スカッシュ。あたしたち二つ違いなのに子ども扱いしないでよ」
リラは呼ばれ方が気に入らなかったのか、鼻歌を歌いながらひょうひょうと先を歩く青年に声をかける。
「悪い悪い、チビッコたち。気にするなって」
謝りつつもスカッシュは呼び方を訂正し忘れている。
「スカッシュさんも剣を持ってるけど、腕は立つほうなんですか?」
ロウが、スカッシュの腰に下がる剣を見て、おずおずと問うた。
「いや。オレのこれは飾りね。力とかないし。持っていたほうが格好つくってもんでしょ?」
スカッシュはそう言って、剣のさやに手をかける。
「盗賊がそんなんでいいわけ? 早く走れないじゃない」
リラが食ってかかると、青年はにやりと不敵に笑う。
「嬢ちゃん、初心者でもれっきとした魔法使いなんだろ? 盗賊のオレより戦闘できなかったら笑ってやるからな」
スカッシュはリラが手に持つ魔法使いの証しである杖を見て言い、少女の額を指で小突いた。
太陽は真上に昇ろうとしていた。
町の外れにくると、今までのひらけたにぎやかな町の雰囲気とは打って変わって、道がうっそうとした林に囲まれる。湿った、すえた匂いが漂ってくる。
「なんか、不気味ね……」
リラは木々に囲まれた、見えない空を仰ぐ。
目的の洞窟は間近に迫っていた。
ふと、一歩遅れて歩くロウが思い詰めたように小さく呟いた。
「僕は、こんなのんびり旅をしている場合じゃない」
その声は林を通る風にかき消されて、前を歩く二人には聞こえなかった。
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