火の山の竜
第1章 第8話
〜出港 またたく星の夜〜
「あ、占い師だ!」
出港の朝、大通りの角で占い師を見つけ、リラは声を上げた。
「あたし、占いって大好きなの。ね、行こう?」
はしゃぎながら、ロウの手を引く。
ロウは手を引かれるままに、少女に連れられていった。
「……ったく、女の子っていうのは本当に占い好きだな」
腕組みをしたスカッシュが、呆れたように言う。その青年の肩には、ロウの飼い鳥であるククルゥが羽を休めている。どうやら彼はククルゥに気に入られているらしい。
「占い師さん、あたしの将来を占ってよ。あたし、立派な魔法使いになりたいの」
うきうきとしたようすでリラは占い師の老婆に話しかける。
机の上には手の平ほどの大きさの透き通った水晶球が乗せられている。それに手をかざしながら老婆はリラを見た。
「ほうほう。お嬢ちゃんは立派な魔法使いになりたいとな。どうれ、占ってみようかの」
水晶球を見つめていた老婆は少しの間の後、渋い顔をする。
「どうもお嬢ちゃんの潜在的な魔力はまだまだ低いようじゃね。鍛錬が必要じゃよ」
それを聞いて、リラは肩を落とす。
「そんなぁ。昔、故郷で占ってもらったときは、ずば抜けて高いって誉められたのに」
リラは不満の声をもらす。
一歩後ろで見ていたロウは苦笑する。
「リラさん、そういうのって、何とかは大海を知らずって言うんだよ」
茶化すロウに、リラは顔を真っ赤にする。
ビシっと少年に向かって指を指すと、宣言するように言った。
「じゃあ、あなたも占ってもらいなさいよ。そういうのはあたしの魔力に勝ってから言ってよね! あたし、絶対勝ってみせるわ」
別に勝負をしているわけでもないのだが、リラは勝利宣言をした。
ロウは、少女に背中を押され、無理やりに占い師の前に出された。
おどおどとするロウを、ちらりと見ると老婆は先ほどと同じように水晶球に手をかざす。
だが、老婆は厳しい顔つきになり押し黙ってしまった。
「あの」
ロウが声をかけようとした矢先、老婆はロウを指差した。
「お前さんは、高い魔力を持っておるようじゃが、何らかの形で押さえられておるね。それも黒い影が見える」
その言葉にロウは凍りつく。
「……リラさん、僕、先に船のところに行ってるから」
低い声でそれだけ言うと、きびすを返して小走りに行ってしまった。
「ロ、ロウ! ごめんなさい、占い師さん。彼、ちょっと機嫌が悪くて」
リラはお金を机に置くと、後を追った。
出港の時間になり、リラたちは波止場にきていた。リラは初めて見る大型の帆船に、ただただ圧倒されるばかりだった。この帆船で東の大陸まで一昼夜かかるとのことだ。
合図とともに航路に乗り出し、船は帆の翼を広げた。
海は穏やかで、西風に恵まれて順風だ。航路は東の大陸へと向けられる。
「海の神よ、嵐を支配する神よ、風に恵まれてつつがなく航路を取ることができるよう、順風を吹き給え」
船乗りの歌声が船尾から響く。祈りの歌だ。
空は高く、雲一つない。秋の晴れ渡った空だった。
「こんなに大きな船に乗れることなんて、そうはないわ、ね、ロウ?」
甲板から離れていく陸地を見つつ、リラは少年に声をかける。
「また戻って来られるのかな、西の大陸に」
抑揚のない声でロウはぽつりと呟き、そのまま船室へと戻っていってしまった。
少年の後ろ姿を見送りながら、一人残されたリラは悲しげに言った。
「戻ってこられるに決まってるじゃないの。どうしてそんなふうに言うの」
風にあおられなびく蜂蜜色の髪を押さえた。
風を受け船は進み、陸地は遠く消えていった。
「いやー、最後にやった漁師の手伝いの仕事は、さすがに足腰にきたね」
スカッシュは寝台に座ると、そんなことを言う。
「あなたじじくさいわよ。それで十七歳なの?」
リラは、すかさず突っ込みを入れる。
なぜかスカッシュも同じ船室である。意気投合した彼女らは、行き先が同じということもあり行動をともにすることにしたのだ。
「それにしても、お前たちみたいなチビッコが旅に出るのをよく親が許したな」
スカッシュは伸びをしつつ、二人に問うてきた。
ロウは、聞かれてほしくないのか、困ったように笑うばかりだ。
「許してくれるわけないじゃないの。もちろん家出同然よ。友だちとちょっとそこまで遊びに行ってくるって、ウソついて出てきたのよ」
リラは自慢げに言って、えっへんと胸をそらした。
それを聞いたスカッシュとロウはただただ唖然とした。
「リラさん、それってよくないよ……」
「バ、バカか、お前。そんなことでいいと思ってるのか?」
二人は慌てふためく。まさか少女が家を飛び出してきたなどと思わなかったのだ。
リラは、何か問題でもあるのかと不思議そうな顔をしている。
「最近のチビッコって、こんなもんなのか……」
スカッシュは頭を抱える始末である。ククルゥもスカッシュの頭の上で翼を一度ばたつかせ、一声鳴いた。
ふと青年は思い出したよう顔を上げると、金色の目を少女に向けた。
「あ、そうだ、嬢ちゃん安心しな。オレは、年下は対象外なんだ」
「何を意味の分からないこと言ってるのよ! あたしだってスカッシュは対象外よ」
狭い船室の中でリラとスカッシュは騒ぎ立てる。だが、その輪の中でロウだけは口数も少なく黙りがちだった。考え事があるのか、心ここにあらずといった感じだ。
リラはちらりと少年を見る。彼のようすがおかしいことに気づかないわけではない。
だが、何と声をかければよいか分からないのだ。声をかけてやりたくとも、あまりに彼のことを知らなすぎたのだ。
夜、物音でリラは目が覚めた。
音の主はロウだった。
薄暗い闇の中で、ロウはふらりと船室を出ていった。
リラは起き上がると急いで寝台を抜け出した。
皆が寝静まった夜の静かな廊下を、リラはロウを追って駆ける。
「どうしたの、ロウ?」
振り返るロウは、少し笑った。
「寝つけなくて。上に行くけど、一緒にくる?」
少年は廊下のつきあたりにある階段を指差す。
リラはうなずき、二人は薄暗い海の底のような廊下を歩き甲板へと出た。
雲一つない夜空に星々がまたたいていた。夜の海はまどろむように静かだ。
「星のまたたく夜はね、上空は風が強くなり始めているんだって。嵐になるかもしれないよ」
ロウは空を見上げたまま言い、言葉を続ける。
「あの日、僕がやったことは何となく……いや、確信してるんだけど、オークをひどい殺し方をしたんだろうね、僕は。覚えていないんだけど……」
ふいにリラの方を見て、少年は言った。
「……リラさん、僕のこと怖いでしょ?」
ロウにまっすぐな目で見つめられる。リラもその目を見返した。
「正直、あなたのこと何も知らないわ。だから、怖い」
ロウは苦笑いする。
「でもね、ロウはロウだから。これからは何でも話して欲しいの。あたしは、あなたと何でも話し合える、そんな仲になりたいのよ。ね?」
言って、リラはにっこりと笑った。
ロウは無表情なままリラを見ていたが、顔を近づけると少女の額にそっとキスをした。
「な、何?」
リラは驚いて一歩あとずさると、額に手をあてる。
「いや、なんとなく……」
「なんとなくでしないでしょう、こんなことは。普通は親が子にするものでしょう。変なの」
リラの言葉に少年は静かに微笑んで、その手をとった。
「でも姉弟でしょ、僕たち。リラさん、僕は、リラさんと会えて嬉しかったな。とても楽しかった」
それから、最後にぽつりと呟いた。
「ごめんね」
謝られる意味がリラには分からない。それにロウの言葉はまるで別れの挨拶ようだ。
そのとき。
「おい、チビッコたち。イチャイチャするのはそのへんにして、夜の海は危ないから船室に戻りな」
声が聞こえて二人が弾かれたように振り向くと、スカッシュが立っていた。
ロウがぱっとリラの手を話す。
「何よ、姉弟が親睦を深めて悪いことでもあるっていうの?」
リラは腰に手をあてて、声を上げる。
「分かったから早く戻れ。海の魔物が出てきて食われても知らんぞ、オレわ」
スカッシュがリラをたしなめていたときだ。ふいに、船がぐらりと揺れる。
立つことすらできなくなり、三人はたたらを踏んで床に手をついた。
「ほーら、言ってる側からきやがった。ウワサをすればなんとやらだ。嬢ちゃん、魔法唱える準備はできてるか?」
「あ、杖も呪文書も船室だったわ。取ってくる」
リラは揺れる甲板の上を這うようにして船室へ戻っていく。
にわかに、船は騒がしくなる。船員たちが動き始めた。
「スカッシュさん、海にも魔物って出るんですか?」
ロウが訊ねると、スカッシュはうなずいた。
「西の大陸から東の大陸に渡る港が一つしかないわけは、これよ。ここいらの海流に住む魔物が危険ってわけ」
ひときわ大きく突き上げる揺れが来た。
二人は手すりにやっとのことで掴まる。
「……くっ」
やおらロウはがくりと膝をおり、苦しげに額を押さえる。額に黒い文字のようなあざが浮かび上がってきていた。その文字は欠け崩れかかっている。
「まだ……僕は……に負けるわけにはいかない。僕は、是が非でも火の山の竜に会わなければならないんだ」
そのころ、船の下では妖しげな影がうごめき、手ともつかぬ足を伸ばし始めていた。
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