火の山の竜
第2章 第10話
〜想い、奥底に眠る感情〜
「ちょっと、どうして外に出させてくれないのよ」
「丞相閣下のご命令です。どうか大人しくなさっていてください」
リラは二人の衛兵に、部屋に引き戻された。
あれからリラは部屋を一人で出ることがかなわなくなった。ほとんど軟禁である。出られたとしても必ず衛兵が後をつき、どこへ行くにもついてまわるのだ。スカッシュたちにもおいそれと会うことができない。
「何だっていうのよ、もう……」
部屋の前には常に衛兵が二人つき、リラの監視を怠ることはなかった。
城が全壊してしまっているため丞相ハクマールやその他の高官ともども兵舎に身を寄せてはいるが、リラの扱われ方は自由がきかないことを除けば破格のものであった。
手触りのよい美しい衣や帯、目も眩むみごとな装飾品が数日のあいだに山のように届けられた。それだけではない、床には足が沈むほど柔らかな敷き物が引かれ、寝台にはあたたかな敷布と毛布が運びこまれた。
この対応にはただただ驚くばかりで、見慣れぬ高価な物に居心地の悪さを深めるばかりだった。
「皇女様っていうのはこんなふうに生きるものなのかしら。スカッシュが見たら、驚くでしょうね」
あきれつつ独りごちて部屋を見渡した。
決して趣味の悪いものではない。だが自分には不相応だと思える品ばかりなのだ。
ふとリラは、ジャストークの言っていたことを思い出した。
『彼らには気をつけろ』
あれはどういうことだったのだろう。彼らとはハクマールや四王と呼ばれる者たちのことだろうか。リラには分からなかった。あの老人は顔を会わせるたびににこやかに接してくれた。四王と呼ばれる者たちは会って間もないので詳しくは知らなかったが。
寝たきりだった女帝トゥーランドットはなんとか身体を起こせるようにはなったものの、弱っているのは目に見えて確実だ。どんな病気や怪我でも治すという竜のうろこをもってしても、元来の生命力までは上げようがなかったのかもしれない。ハクマールの言ったとおり、弱った母を再び執務につかせるのは酷と思われた。リラは爪を噛んだ。
「でも、いつまでもこうしているつもりはないわ」
だが時は飛ぶようにすぎ、じりじりとあせりばかりが募っていく。
その夜、ふかふかとした床の敷き物に足を取られながらやっとのことで寝台にたどりついたときのことだった。ふと気配を感じて振り返ると、部屋の壁にとつじょとして淡白い光を放つ魔法陣が出現していた。
「な……、魔法陣!?」
どこかで見た記憶のある円はソウが移動に使うものだった。だが、なぜ床ではなく壁に、と考えているうちに壁の魔法陣から一人の青年が転がり落ちてきた。金色の髪を一つに束ねた、すらりとした長身のその青年は、スカッシュだ。
音を立てて、スカッシュは派手にすっ転ぶ。
「移動軸をきちんと合わせなかったな、あのオヤジ。何年魔族やってんだよ!」
彼は壁に向かって小さく悪態をついている。
驚き、ぼうぜんとそのようすを眺めていたリラは、我に返ると慌てて青年のところに駆け寄った。
「どうしたのよ、スカッシュ。なんで壁から出てくるのよ」
見張りの兵士には聞こえないように、声をひそめて訊ねる。
スカッシュは振り返ると、不満ありげな顔で口を開いた。
「そう簡単にお前に会わせてもらえなくなったんだよ。かといってオレたちは帰らせられるわけでもない。今までお前と一緒にいたからな。いろいろと聞くこともあるんだろ。とにかく、だ。おいそれとお前と会わせてもらえなくなったからな、こうして来るしかなかったわけよ」
スカッシュは眉をしかめてしきりに頭をさすっている。先ほど転んだときに打ったらしい。
そして、部屋を埋め尽くす豪華な装飾品を見てぎょっとしたようすで目を見開いた。
「ねえ、スカッシュ。ジャストークさんに会ったわ。あの人、気になることを言ってたわ」
リラはジャストークのことを思い出し、スカッシュに訊ねてみることにした。
「彼らには気をつけろって。彼らって誰のことなのかしら」
その言葉を聞くと、スカッシュは黙り込んでしまった。寝台の横にある木の丸椅子に座り足を組み、あごに手を当てて何か考えごとをしているようだった。
声をかけようか迷っていると、青年は真剣な面持ちでリラを見上げてきた。
「竜帝国の皇帝っていうのはお飾りなんだよ」
言いにくいことのなのか、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「実際には丞相と四王が実権を握っているんだ。とにかく竜を神としてあがめる国だから、民は皇帝である竜の巫女をなにより敬愛している。だから、竜の巫女がどうしても必須なんだよ、彼らにとってはな」
スカッシュは続ける。
「この国の神である竜の復活に一役買い、竜の巫女の首飾りを輝かせることができるのなら、それが誰だって構わないんだろうよ、彼らは」
苦々しげに吐き捨てるように言って視線をそらした。
リラは青年の話を聞いてようやく事情が飲み込めた。どうして、どこの馬の骨とも分からぬ自分を皇帝として祭り上げようとしていたかを。そして、ジャストークが言っていた彼らが誰を差していたのかを。
「竜の巫女っていうのは竜と話をして祈りを捧げるだけが仕事じゃないらしいぜ。よくは分からないが、何か秘密があるらしい……」
「秘密……」
リラは眉根を寄せた。自分と、自分の一族にどのような秘密があるというのか。考えを巡らせても明確な答えは浮かんでこなかった。
二人は黙り込んでしまい、部屋は沈黙に包まれる。
「……ああ、やっぱりここにはこないほうがよかったよな」
ふいにスカッシュが天井を見上げ呟いた。
「どういうこと?」
ため息をついた青年にリラは問うた。
「竜帝国の帝位継承権を持つ皇女が戻ってきたんだぜ。もうどこにも行かせようとしないだろう、普通はさ。いくら待遇がよくったって、城から一歩も出してもらえず、くる日もくる日も竜に祈りを捧げるだけの日々なんてどうかと思うけどね、オレは」
つまらない日々だろうよ、とスカッシュは肩をすくめてみせた。
言われてみればその通りだ。
だが、リラはここに来なければよかったなどと思わなかった。母に会えてよかった。ここに来たことは自分にとって正しいことだったと思っている。旅の当初の目的は叶ったのだ。
しかし、ずっとここにいるということは、ロウを探しに行くことはできないということだ。
「ロウ……」
リラは我知らず少年の名を呟いていた。
「……つーかさ、お前はどうしてそこまであの小僧にかかわろうと思うわけ?」
スカッシュはリラを横目でちらと見て、それから頭の後ろで手を組んだ。
「ロウが、大切だからよ」
リラは目を伏せてのろのろと答える。
「だって他人だろ? お前がヤツを弟だって言ったって、結局は血が繋がっているわけでもない」
「――それはっ!」
言われて言葉に詰まる。スカッシュの言っていることはもっともだ。
リラは以前に同じようなやりとりをしたことがあったのを思い出した。そのときはロウ本人とだった。どうして自分にかかわろうとするんだと訊ねてきたロウに、大切だから、あのときもそう答えた。
確かにともにすごした時間は短いかもしれなかったが、時間の問題ではないはずだ。
リラは自分の胸に両手を当てた。想いはそこから湧いて出てくる。
ただ大切だから、それだけではない。本当のわけは、それは。
(ああ……)
どうしてこんな簡単なことに今まで気がつかなかったのだろう。
リラは気がついてしまった。彼へ対して持っていた感情に。その感情の正体に。
いきなり視界が晴れたような気がした。
少年のことが、ロウが好きだったのだ。
(あたしは、ロウを一人の男の子として好きだったんだ。好きになっていたんだ、いつの間にか)
初めて、他人を想うことで胸が痛むということをリラは知った。
愛していたのだ。一人の人間として、男性として。
(ロウのことが好きだったんだ、あたし……。だからこんなに苦しかったんだ)
リラは静かにまつげを伏せる。
まぶたの裏に浮かぶのはロウだ。微笑む少年の顔が、まるで目の前にいるかのように鮮明に浮かぶ。
たとえ一日だって忘れたことはなかった。
(いなくなってから好きだって気づいても遅いかもしれないけれど……)
本当は彼にもっと訊ねればよかったのだ。もっと知ろうとしなければならなかったのだ。その努力を怠ったのだ、自分は。ずっとそばにいたというのに理解してやることもできずに一人で苦しませて悩ませて、結局は去らせてしまった。
(もう一度出会えたら……今度は二度とあなたの手を離さない。今度はきっと、ううん……必ずそばにいる。何があっても)
これから待ちうけるものがいかに厳しいものだろうと、それに突き進み打ち勝ってみせる。ロウを取り戻してみせる。リラは誓った。
「止めるわ、もう……」
リラは胸にそえた両手をぎゅっと握り、言った。
「城を出るのをやめるのか?」
問いかけられて首を横に振った。
「違うわ。行動もせずに悩むのはやめたの」
「お前、もしかして……」
スカッシュはたじろいだ。うろたえたように丸椅子から身体を浮かせる。
「ええ。あたしにはやらなければならないことがあるのよ。今、行動しなかったら、このまま自分に嘘をついて生きるのなら、黒い感情に囚われるだろうから。気が狂うほどの」
何の行動もせずに後悔などはしたくない、どうせなら行動を起こしたあとに悩めばいい。自分の心に気づいた今、うじうじと悩む必要などなかった。
「あたしはあたしだわ。あたしの生まれがどうであれね」
リラはひと呼吸おいて顔を上げた。
「彼を探し出すわ、助け出すの、絶対に」
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