火の山の竜
第2章 第12話
〜切迫、決断を向えるとき〜
昼ごろ、丞相ハクマールの使いの官司が部屋にやってきてニ、三日中にはロンシャオの離宮に移動すると告げた。
「時間がないわね……」
離宮とやらに入ればロウを探しに行くことはできなくなるだろう。残された時間は少ない。行動を起こす最後の機会は迫ってきているのだ。
決断を迫られているのだ。
この地を離れ、母親に別れを言わねばならないことを。
ふと窓の外に目を向けたリラは、火の山の竜アリアカンテとともにいる緋色のマントの騎士を見つけた。背の高いその青年はジャストークだ。どうやらアリアカンテとスキンシップをはかろうとしているらしい。懸命に話しかけているのが遠目にも分かった。
リラは窓を開けると、声を張り上げ手を振った。
「ジャストークさん!」
声に気づいて、赤茶の髪をした青年は振り返った。アリアカンテもゴロゴロとうなってリラにあいさつをしている。
ジャストークはリラの姿をとらえると笑顔を見せ、駆け寄ってきた。
「やあ、リラディア皇女。かの竜殿は人語を解するというが、人の言葉は話さないんだね。話してみたいなぁ。いや、こうして生きているあいだに竜が復活しただけでもじゅうぶんに幸せなことだが、うん。だが……やっぱり残念だ」
離れがたいのか、何度もアリアカンテをちらちらと見ている。よほど竜が好きなのだろう。
「前みたいにリラでいいわ。ねえ、ギステネア王国について何か知っていることはないかしら? 何でもいいから教えてほしいの」
リラが窓わくから身を乗りだして訪ねると、ジャストークはあごに手をあてた。
「ギステネア……、ああ、あの西の果ての王国か。あの王国は王様が南の大陸に遠征に言ったきり、何年も戻ってこないっていうね」
「ジャストークさん、あの王国のことを知ってるの?」
リラは息を飲み、さらに身を乗りだした。
少しでも、ロウの故郷のことを知っておきたかった。
「ああ、少しはね。なんでも少し前に……竜が復活するより前だったかな、裏切り者の王子を処刑したらしいよ。王妃殺しの罪らしい。王様が南の大陸へ遠征している留守中に起こった惨事だってね。王が戻るまでは王国の最高顧問のラスネル卿が国の指揮を取るとか。……まあ、その王も生死が不明らしいけれど」
ジャストークは首に手をあて、首を切り落とすしぐさをした。
「王子を……処刑……」
ジャストークの話に、リラは言葉を失う。
「西の果てのできごとだからって、やっぱりいい気はしないね、こういう物騒な話は。おだやかに見えてけっこう内部がごたごたした国だって聞いていたよ」
肩をすくめる鎧の騎士にリラは礼を言うと、蒼白な顔でよろよろと寝台にうつぶせた。すぐには頭の整理がつかなかった。
王子が殺されたとジャストークは言った。
それがロウではないことをリラは知っている。少年とは火の山で、そして昨晩、会ったのだから。
ロウは以前に王国を出るさいに影武者を立ててきたと言っていた。殺されたのは影武者のほうだろう。だが、自分と年の変わらぬ少年が処刑され死んだと聞いては胸が悪くなる。遠い国の政治についてよく知るわけではないが、処刑などとはおだやかではない。
「ロウは……」
呟いて黙りこむ。
自分の国で頼れるものはいたのだろうか。心細い思いをしていたのではないか。リラは胸が押し潰される感じがした。
夜もふけ月が真上に昇ったころ、スカッシュが再び訪れた。今度はきちんと床の魔法陣を通って、だ。
真面目な顔を崩さないで、スカッシュは金色の瞳でリラの顔を覗き込むと口を開く。
「最後に聞くけど、本気になんだな?」
念を押すように低い声で言った。
「もちろん本気よ。あたしが冗談でも言ってるとでも思ってるの?」
リラは切り返して青年を睨めつける。
「あいつはたぶん……いや絶対にギステネア王国に戻ったぜ。西の方角へ飛んで行くのをあのとき見たからな」
スカッシュは窓の外、西の方角を見た。
あのとき、それは火の山でロウに会ったときのことを差しているのだろう。スカッシュは赤目の少年がグリフォンに乗って西へ飛び立っていったのをしっかりと見ていたのだ。
「遠いわね」
リラも窓を見やる。
そして海の向こう、気の遠くなるような西の大陸のはるか彼方の果てにある王国に思いをはせた。
国の概念のない西の大陸で唯一王制をしいているというギステネア。表向きは平和そのものだというが、閉鎖された空間の中で歪みを肥大させ黒い歴史を持つという。
ロウの生まれ育った場所。
あれこれと頭の中で想像をしてみるも、それはおぼろげにはっきりとしないものだった。だが、その中で少年の姿だけはありありと鮮やかに浮かび上がった。
「ああ、オレたちだけじゃ人数的に心配だな」
「あなた、ついてきてくれるの?」
スカッシュの言葉に、リラは驚き目を見開いた。
「当たり前だろ、何言ってるんだよ。お前だけで行く気だったのか?」
スカッシュは眉をしかめる。さも当たり前だと言わんばかりだ。
リラは顔をほころばす。青年の存在は何より心強かった。
「オレとかオヤジはあの王国に行ったことがあるわけよ。仕事でね」
スカッシュは言った。
「城には門外不出の宝剣が保管されてるんだ。瘴気を吸い込んで黒くなっていくっていう魔剣。あいつが持っていた大剣はたぶんそれだぜ」
「瘴気を吸収する剣……」
リラは呟く。
そういえばアリアカンテがそのようなことを言っていた。
「あの王国を取り巻く行き場のない瘴気は、王城の奥深くに安置された『黒き剣』に集まるんだよ」
スカッシュは思い出し話でもするように言う。
「……どうしてあなたがそんなことを知っているの?」
リラはいぶかしげむ目つきで青年を見る。
いくら何でも詳しすぎる。
「ん、ああ。オレが駆け出しのころね、ギステネアの黒き剣を盗みに城に入ったことがあるのよ。あの剣の奪取は盗賊ギルドの仲間内じゃ悲願なわけよ。……もちろん失敗したけどな」
スカッシュはさらり言って手をひらひらと振ってみせた。
「スカッシュ……」
リラはあっけにとられ二の句がつげなかった。
盗賊である彼がどのような仕事でギステネア王国へ行ったのだろうか。話を聞きながらそうは思ったが、まさか城に盗みに入っていたとは思いもよらなかった。冷静にものごとを判断すると思っていた彼の意外な一面をリラは見た。
「宝と聞くといてもたってもいられなくなるんだよな」
スカッシュは呟いてうっとりと遠い目をした。
「遺跡の発掘が中心だって言ってたじゃない。それじゃ泥棒でしょう」
「若気のいたりってやつさ」
リラがあきれながら言うと、スカッシュはきまり悪そうな表情をした。そして、咳払いを一つして言葉を続ける。
「問題はここからどうやって出ていくか、だ。お前が、用があるので出ていきますって言っても城の人間が、はいわかりましたって言うわけないだろうし……。オレなら誰にも分からないように、お前をこっそり外に連れ出すことはできるだろうよ。でも、それじゃ……誘拐だよなぁ」
言って腕組みをした。
「あたし、お母さんに頼んでみる」
「な……。お前のオフクロが首をたてに振るかよ!?」
リラの言葉にスカッシュは目を見開く。何を言い出すのかと驚いたようすだ。
「言ってみなくちゃ分からないわ」
リラは真顔だ。
ロウを追うということは、ようやく出会えた母に別れを告げなければならないということだ。黙って城を出るつもりはなかった。きちんと話し合っておきたかった。親子として。
「リラ、お前ってやつは……。どこまでもまっすぐなのな」
リラの表情が崩れないのを見て、スカッシュはあきれたようにリラの肩をぽんと叩いた。
次の日の朝、リラは母親トゥーランドットのもとへと足を運んだ。
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