火の山の竜
第2章 第13話
〜離別、消える少女〜

 

 城の寄宿舎ですごす最後の日となった。
 空は高く晴れ渡り、窓から見える木々は葉をすっかり散らせている。冬が近づいてきているのだ。
 護衛の兵士に連れ添われリラは部屋を出た。これからトゥーランドットのところに向うのだ。
 他の階から人のざわめきがきこえる。
(ここは……)
 リラはこの見知らぬ廊下を見るたびに、ここは自分の居場所ではないと感じた。口では言い表わせない居心地の悪さと不安を感じるのだ。この土地が自分の生れ故郷だというのに。
 だからといって、祖母のいる西の大陸に戻ったとしても今感じている心細さは消えないのだろう。
 自分の本当の居場所、それは母がいる龍帝国でもなく、祖母がいる西の大陸でもない。リラにはそれがどこだか分かっていた。
(ロウ……、ロウの隣ががあたしの本当の居場所なんだ……)
 少年に早く会いたいと、リラは心の底から望んだ。

 廊下を少し歩いたところでふいにリラは違和感を感じた。異質なところに入りこんだような感覚だ。辺りからざわめきが消える。
 前方を見やるといつの間に現われたのか、ソウが立っていた。
「ソウちゃん……」
「周囲の時間を歪めてあります。誰も気づかないですよ」
 どういう意味なのだろうかと疑問に思い辺りを見渡せば、隣を歩いていた兵士が石像のように固まったまま動かない。ソウが魔法をかけたのだ。
 リラは、表情を読むことのできない不思議な金色の瞳に見つめられ、身を固くする。いつものソウとは違う。今まで見たことのない真剣な面持ちだった。
「貴女はまだ何も分かってないのですね。竜の巫女がどのようなものなのか。そして本当の役割を」
「……何か、秘密があるんでしょう?」
 声を低くして訊ねる。
「竜の巫女の一族は、この国の平穏のための人柱ですよ」
 彼は唇を笑みのかたちに歪める。
「人柱?」
 聞き返すがソウは何も言わずに背を向けた。
「ボクは結局、あの人もリラくんも助けてあげることはかなわないようです」 
 それだけ言うとソウは廊下の角を曲がり立ち去ってしまった。
 とたんに身体を取り囲む違和感は消え、兵士も何もなかったかのように歩き始め、建物にざわめきが戻った。
 リラは一人立ち止まったまま、口の中で呟く。
(人柱って一体……)

 トゥーランドットの部屋は、寄宿舎の南の二階に位置していた。日が入る暖かい部屋だった。
 彼女はだいぶ具合がよいのか、寝台から起き上がりリラを向かえてくれた。
 だが、袖口から見える手首は痩せて細く、青白かった。
(あまり、具合よくないんだ……)
 弱って床に伏している母に、竜帝国を出ていくと告げることなど普通に考えれば酷なことだ。ここにきて、改めてその事実に気づく。自分が愚かなことをしようとしているのだと、ここにきて思い知らされる。
 二度と帰ってこないというわけではない、全てが終わったら必ず帰ってくる。だが、いつ帰ってこられるかきちんと約束できるわけではないのだ。
 何と切り出せばよいのだろうか、そう考えながらのろのろと口を開いたそのときだ。
「あ、あの、……お母さ……」
「探しに行くのでしょう? いいのですよ、母のことは気にせずとも」
 トゥーランドットに言葉をさえぎられた。
「え……」
 リラは自分の耳を疑い、驚いて顔を上げる。
「あの少年を探しに行きたいのでしょう。私のことなら心配はいりませんよ」
 トゥーランドットは穏やかな笑みをリラに向け、言葉を続ける。
「一度は離ればなれになりましたが、再びこうして会えたのです。今、離れても、またいくどでも会えます」
 トゥーランドットはもう一度微笑んだ。それは母親の優しい笑みだった。
「おか……さ……」
 トゥーランドットはリラを見てゆっくりうなずくと、リラの手を握りしめた。
「リラディア……あなたは自分の道を見つけたのですね」
 そのままぎゅっと抱きしめられた。暖かい、優しい母親の腕だった。
「でも、いつか戻ってきてくださいね。また顔を見せてくださいね」
「はい、お母さん……」
 リラは胸がいっぱいになり、それ以上何も言えなかった。申し訳なくて泣きそうだった。

 リラは話が上手く進んだことに内心ほっとしてはいたが、心は重かった。母はああ言ったが、胸の内は複雑なはずだ。やっと見つかった一人娘が去ってしまうのだから。だが、言わずに去るのは嫌だったのだ。
 リラは足取り重く部屋へ戻ると、まっすぐ窓に向かいアリアカンテを呼んだ。
「アリアカンテ、ちょっといいかしら?」
 アリアカンテは耳を澄ますように小首をかしげると、のっそりと起き上がり窓のところまで歩いてきた。
 リラは身を乗りだして顔を寄せる。
「あのね、アリアカンテ、夜になったらあたしを連れ出して海を渡って欲しいの」
 内緒話をするように、リラは竜に向かってささやいた。
「よいが、巫女よ。ワシはお前を送って行ったらすぐに火の山にもどるぞ。ワシは住みなれた土地を離れるつもりはないのでな」
「ええ、それでもかまわないわ」
 リラはうなずく。
「あの赤目の少年を追うのじゃな?」
 問われてリラは思い詰めた真剣な表情をした。
 この計画が自分のわがままだと分かっている。だが、ロウを放ってはおけないのだ。是が非でも救いたかった。弟であり、大切な友人であり、冒険の相棒であり、そして一人の人間として愛する少年を。
(あの子を救いたい。ロウを救いたい……!)
「あたしはここへ必ず戻ってくるけど、今はしなければいけないことがあるの。どうしても……」

「いいのですか、行かせても」
 ローブを着た、金色の長い髪の男が窓の外を眺めながら言った。
「ええ」
 トゥーランドットは薄く微笑む。
「丞相閣下や四王が黙っていませんよ、これでは」
「私がなんとかいたします」
 トゥーランドットはきっぱりと言葉を返す。
 女帝のその言葉を聞き、男がため息をつく。
「荒ぶる竜を止めるのは竜の力を受け継いだ巫女の一族だけ。そのため、この国は巫女の一族の人生を踏みにじる。自由もない鎖に繋がれた生活をさせ、もしものときに生贄に捧げるつもりでいる。そんなことをさせるくらいなら普通の娘として暮らさせてあげたいと連れ出した乳母殿の気持ちもいたいほど分かりますよ」
 金色の髪の男が振り返る。ソウだ。
「乳母は、テレジアはあの子を自分の孫のように可愛がってくださいました。あの人を責めようとは思いません。あの子はあんなにまっすぐに育ってくれた。テレジアがさぞや慈しんでくださったのでしょう。ここにいるよりも幸せだったでしょう」
「陛下、あなたは大切に思うゆえに娘を手放すのですか?」
「あの子にはいつも笑っていてほしい、母としてしてあげられることはこのくらいしかないのです」
 トゥーランドットは静かに目を伏せた。

 その日の夜、月のない漆黒の空に竜が舞った。
 竜は西の方角へと飛び去っていった。

第2章終わり

第3章へ

前へ 火の山の竜メニュー トップ メール 次へ

Copyright (C) 2002- chika ryuyu All rights reserved.