火の山の竜
第2章 第2話
〜決意、向かうべき場所〜

 

「あたしが……鍵?」
 何を言い出すのかと、リラはいぶかしげにソウを見上げた。
「ボクが先ほど出かけた先は、城ですよ。失踪したまま行方不明になっている皇女様について、昔の仕事仲間に話を聞きに行ってきたのです」
 ソウの金の瞳は不思議な色に輝き、彼の考えは読めなかった。
「リラくん、貴女に初めて出会ったのはまだ貴女が言葉も話せぬころでしたよ。貴女がこの家を初めて訊ねてきた日、まさかと自分の目を疑いました」
 ソウは懐かしむような目でリラを見下ろす。
「……あたしとソウちゃん、前にあったことが会った?」
 リラの問いに彼は答えず、かわりに微笑んだ。
 そして、小さな袋を取り出すと、先ほど使った魔法陣を足で消し、先ほどよりふたまわりほど大きな円を床に描きはじめた。
 リラはソウの言おうとしていることが分からない。
 東の大陸、竜帝国に来たのはこれが初めてだ。なのに、ソウは以前に自分とあったことがあると言う。
「ソウちゃん、どういうことなの?」
 リラはもう一度、ソウに問うた。
 きちんと聞いておかねばならないと思った。
 ソウはゆっくりと振り返ると、口を開いた。
「貴女の首飾りに、竜帝国の古語で文字が刻まれています。リラディア・カナン・エルドラド」
「…………」
 ソウはリラが黙ったままだったので、続ける。
「それは貴女の名前ですよ」
「……名前」
 さらにわけが分からなくなった。
 リラは胸もとから竜をかたどった首飾りを取り出す。揺れる小さな竜の裏には、リラの知らない言葉で文字が彫られている。もちろん知ってはいたが今まで気にも止めなかったものだ。
 それをソウはリラの名前だと言った。だがそんなはずはない。自分にはリラ・バーバリアンという名前がある。ソウが何か勘違いをしているのだと、リラは思った。
「ソウちゃん、何か思い違いをして……」
「エルドラドとは、竜帝国の女帝の一族に受け継がれてきた、理想郷を意味する名前ですよ」
 リラの言葉をさえぎるようにソウが言った。
「――……」
 リラは何も言えない。
 笑おうとして、顔が石のように固まってしまう。
 悪い冗談だ。ソウの冗談はいつもたちが悪い。リラは心の中で呟き、ソウの言っていることは嘘だと自分を納得させようとした。
「ボクが以前に城のお抱え魔術師だったのは、言いませんでしたか?」
 それはスカッシュから聞いたことがあった。
「以前、竜帝国の南側に位置するロンシャオの海岸で、禁忌の魔法を使いました。それで城を追い出されてしまったんですが、……まあ昔のことはどうでもいいでしょう。それよりもっと前にリラくん、貴女とは城で会っています」
 ソウはリラの顔を覗き込むと、にっと笑みを作る。
「城で……? あたし……知らない」
 リラは困惑する。ソウがなにを言っているのか分からない。それではまるで、以前に自分が城に住んでいたことになる。
「貴女の乳母が貴女を連れて、ボクの研究室に遊びにきてましたから」
「乳母って……」
 まさかと、リラは思った。
 その話が本当だとしたら、それは。
「ある日、皇女であるリラディア様が姿を消しました。乳母も同じく姿を消しました」
 ソウは、魔法陣の続きを描きながら続ける。まるでおとぎ話でもするかのように。
「城中、竜帝国中探しましたが姿は見えません。今から十三年前のことです」
 誰のことを言っているのか。リラにはそれが分かった。祖母のことを指しているのだ。
「それきり皇女様は見つかりませんでした」
「ねえ、ソウちゃ……やめて。どうしてそんな作り話……」
 リラはおののくように、首を横に振る。
 もしそれが本当の話ならば、今まで祖母と慕ってきた人は他人ということになる。自分の足もとが崩れ落ちていくような、そんな錯覚におちいる。自分という存在があやふやで不確かなものに思えてきた。
 ソウは魔法陣を描き終え、魔法陣の線を踏まないように注意深く円に入った。
「作り話だかどうだか、確かめるのは貴女ですよ、リラくん。さあ、手を……」
 ソウは完成した魔法陣の中からリラに向かって手を伸ばす。
「止めて、ソウちゃん。あたし、違う……」
 リラは嫌だと、耳を塞いだ。
「あたしは……」
 リラは、どうしたらよいか分からなかった。
 ただ、立ち尽くす。
 焦りばかりが募り、手が汗ばんだ。
 ソウは円の中からじっとリラの言葉を待っていた。
「あたし……」
 そのとき、リラの肩を叩くものがいた。スカッシュだ。
「リラ」
 名を、呼ばれた。
「オヤジってさ、ちゃらんぽらんに見えるけどあれで魔族だから。魔族っていうのは決して裏切らないし、嘘もつかない。だから話は間違ってないと思う」
 青年の目は真っ直ぐにリラを見つめた。
「お前が選ぶ道によっては辛いことが待ち受けてるかもしれない。でも、お前は一人じゃないだろ」
 スカッシュは小首をかしげ、ややつり目がちな瞳を細めた。彼の一つに束ねた金の髪がさらりと揺れた。
 今まで見たこともないほど、優しい笑顔だった。
 自分を安心させようと、不器用ながら必死になってくれている。リラはそれに気づく。
「オレもうちのオヤジもついてるのよ。このまえ出会ったばかりかもしれないけどさ、それでも仲間だろ?」
「……スカッシュ」
 その言葉は、リラの心に染み渡った。異郷の地にきて、これほど心強いと、ありがたいと感じたのは初めてだった。
 リラは、泣きそうになった。嬉しかった。
 服の袖で目のはしをこすると、少しの間をおいてにっこりと笑い、大きくうなずいた。
「ちょっと、待ってね」
 リラはきびすを返すと、急いで部屋を出た。
「おい、どうした?」
 スカッシュの声が背後で聞こえたが止まらず自分の部屋へ走った。
 自分の部屋に戻り、杖とマントをつかみ小脇に抱えた。
 戻る途中、ロウの部屋をドアの隙間からちらりと覗いた。がらんとした部屋は、人の気配はない。部屋はロウがいなくなった日のままになっていた。部屋に備えつけられた机の上を見る。少年がおいていってしまったカバンにマント、それから墨の入ったインク、羽ペンがあった。リラは少年のマントを手に取り、ぎゅっと胸に抱きしめた。かすかに、ロウの匂いがした。
『リラさんが僕を助けてね』
 いつもいつも側で聞いていた少年の声が、耳によみがえる。
 目を閉じればその姿をすぐに思い出すことができた。
「必ず、見つけ出すから。ロウ、待っててね」
 リラは独りごち、彼のマントから丸い金具を外した。金属製のマントを留めるブローチだ。ブローチには細かく美しい装飾が彫られている。お守りに借りて持っていくことにした。今度会ったときに帰そう、そう思った。
 窓からは暗い空と火の山が見えた。山自体が燃えるように赤かった。
 火の山、そこにいけばきっと道は開けるはずだ。
 もう一度ロウに会いたい、今度こそ彼のことを本当の意味で理解したい。そして側にいて彼を助けてあげたい、そう思った。
 もう迷うことはない。悩んでいる暇があったら行動したほうがよい。自分にはそれがあっていると、リラはこぶしをぎゅっと握る。
 居間に戻ったリラは、強くきっぱりとした意思を持った瞳をソウに向ける。
「……ソウちゃん、あたしを城へ連れてって。あたしは是が非でも火の山に行かなくちゃならない。ロウはきっとそこにいるわ」

 

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