火の山の竜
第2章 第8話
〜眠り、あたえられた傷〜

 

 あてがわれた部屋へとリラは入る。
 ふと部屋に人の気配を感じた。
 部屋には金色の髪の青年がいた。スカッシュだ。
 彼は窓を背にして、丸イスに腰かけていた。リラを待っていたようだ。
 部屋は暗いままだ。今まで明かりを灯していなかったのだろう。
「どうしたの、スカッシュ?」
 リラは青年に問うた。
「どうしたのじゃねーだろ……」
 青年のほうはむすっとしている。
 明かりのない部屋の中、金色の獣の瞳がリラを射抜くようにとらえた。
「こんな状況になってまで小僧を探すのかよ」
 不機嫌なようすでリラをじっと見つめている。
「ええ」
 リラは後ろ手に扉を閉める。きしんだ音が響いた。
「あいつはお前に剣を向けたんだぞ。お前のオフクロだって、あの竜だって殺されかけた」
 きつい口調だ。
 瞳は鋭くリラを睨めつける。
 リラもその目をまっすぐに見返した。
「分かってる。でも、あたしはロウを……、ロウともう一度話がしたい。このまま離ればなれだなんて悲しすぎるもの」
 少年のしたことを許すわけがない。大切な肉親をあんな目にあわせたのだ。
 だが、あの少年は同じ声と同じ顔だからといってロウではない。
「あれはロウじゃない。だってロウはあんなこと、絶対にしない……!」
 赤目の少年、彼を見つけ出して同じ目にあわせるか。しかし、あの少年もロウであることに違いはない。
 リラは本当にどうしたらよいか分からなかった。
 青年はリラの話をじっと聞いていたが、ため息をつき頭をかいた。
 それから立ち上がると、黙って部屋に備えつけられている机の上のランプに火を灯した。
 部屋に暖かいほのやかな光が満ちる。
 リラを見て、スカッシュは驚いた表情を見せた。リラが泣いていたからだ。
 暗かったせいもあるが、まさかリラが泣いているとは思わなかったのだろう。
 戸惑った声でリラに話しかけた。
「おい、なに泣いてるんだよ?」
 リラは視線を落とす。
「……あたし、本当は怖いのよ。これからどうなってしまうのかと思うと、怖くて身体が震えてくるのよ」
 リラは涙を拭うでもなく言った。
 そして自分の片手をじっと見る。その手はかすかに震えている。
 スカッシュはリラのそのようすを見て、再びため息をついた。
 口では一人前なことを言ってもまだ十五歳になったばかりの子どもだ。不安に押し潰されそうになっている。スカッシュはそのことに気がついたのだろう。
「リラ、ちょっとこい」
 手招きをされる。
「……なに?」
 わけが分からぬままリラは青年のもとへ歩み寄る。
 やおら彼はリラをぎゅっと抱きしめた。
「な……」
 リラは弾かれたようにスカッシュを見上げた。
 突然の青年の行動に驚き、目を丸くする。
「大丈夫だよ、大丈夫……。一人で頑張ろうとするなよ。もっとオレらのこと、頼っていいんだからな」
 抱きしめられたままの姿勢で、リラは頭を優しく撫でられた。
「お前さ、頑張ろうとするのはいいけど、気負いすぎ。少し肩の力を抜けよ」
 スカッシュの言葉が呪文のように耳に流れ込む。
 優しい、暖かい言葉だった。
 リラは抵抗もせず、そのままにしていた。
 こうして誰かに抱きしめられるのはなんと心地のよいものなのだろうとリラは思った。それは小さなころに祖母に抱きしめられた記憶を思い出させた。
「だからさ、安心しろよ」
 リラがうなずくとスカッシュは目を細めて笑った。自分を心配する笑みだった。
「ほら、お前も笑え」
 言ってスカッシュはリラのほおをつまんだ。
 スカッシュは身体を話すと、また丸椅子に座った。窓の外を眺めている。アリアカンテを見ているらしい。
 アリアカンテは身体を丸め寝ているようだったが、長い尾をときおり思い出したように動かしている。アリアカンテを守る兵士は、おっかなびっくりとしたようすでその場に立っていた。
 外はたいまつがたかれ、ところどころに見張りの兵士が立っている。夜だというのに物々しい雰囲気だった。あれ以来、魔法がかった雲は晴れ城に対する攻撃もない。だが状況が状況だ。厳戒態勢は解かれることはないだろう。
 ここにくるまでいろいろなことがありすぎた。解けない謎も多い。自分一人ではどうにも立ち回れなくなっていた。自分がしっかりしなければと気を張り詰めすぎていたところがあったのは事実だ。
 リラはいつもひょうひょうとしている目の前の青年が、きちんと自分を見ていてくれていたことに気づいた。憎まれ口を叩きあっても、自分を心配していてくれた。
 そのことに胸が熱くなった。一人で抱えこんだ心の痛みが解けていくようだった。
「……どうしたんだよ、ぼーっとして」
 ふとスカッシュは視線を戻して、リラが突っ立ったままなのを見てニヤリと笑った。
「ははーん。さてはオレに惚れたか? だがな、オレは年下は対象外だぜ、残念だったな」
 からかうように笑う青年に、リラはぶんと手を振り上げた。
「違うわよ、もう。なに言ってるのよ!」
 少しだけいつもの調子を取り戻したリラに、青年は安心したような表情を見せた。
 リラは、自分には兄はいないが、いたとしたら兄とはこういう存在をさすのではないかと思った。この青年と知り合えてよかったと、彼が自分の仲間でよかったと心の底から思った。
「早く寝ろ、疲れてるだろ。いろいろ考えるのは明日になってからだ」
 スカッシュは立ち上がると言った。
「オレとオヤジは三つ隣の部屋ね。何かあったら言え」
 そういうと、部屋を出ていった。
 扉が開いたとき、部屋の両隣に兵士が立っているのが見えた。守衛だろう。
 
 リラは青年が出ていくと髪をほどき寝台に横になった。
 見上げれば部屋の窓から淡く輝く月が見えた。
 ロウもこの月を見ているだろうか、そう思いながら目を閉じた。
 目をつぶったまま自分のほおに触れた。少年に剣でつけられた傷は皮膚を切っただけのものだ。すでに血も止まっている。じきに消えてしまうだろう。
(でも、ロウが戻らないなら……)
 リラは寝返りをうつ。
 ロウが戻るまで、彼のことを忘れないように痕になって残ればいい、そう思った。
 目が冴えて眠れそうにないと思ったが、すぐに泥のような眠りに落ちた。

 

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