火の山の竜
第3章 第4話
〜知ること、思うこと〜
「わ、わたくし……」
魔族の少女ラルクはうろたえたように目を泳がせ、なぜかスカッシュをちらりと見た。
そして、慌てたようすで言葉を続けた。
「い、家の者が心配しますので、その内容でのご契約は……」
「大丈夫なんじゃねーの」
間を入れずにスカッシュが言い放ち、ラルクの言葉をさえぎる。
「うう、う……」
ラルクは困り果てたようすで肩を落とすと、うなだれてしまった。
そんなラルクをよそに、スカッシュは明後日の方角を向き口笛を吹いている。
どういうことなのだろうか。
「ラルクちゃん、いいでしょう? あたし、あなたに一緒にきてほしいの」
リラは魔族の少女のローブのすそをつかみ、期待に満ちた目で見上げた。
「で、ですが……」
きらきらとリラの目が輝く。
「はい……、分かりました」
ラルクは溜め息をつき、うなずいた。
そんな目で見られては、敵わないといったふうだ。
「本当に!? わあ、嬉しいわ!」
リラは両手を上げ、ばんざいをした。
「ですが、これは個人的なお願いの範疇ということで。リラだから特別なのですよ」
内緒だとでもいうように、顔を間近に寄せると小声で付け加えた。
金色の瞳がいたずらっぽく瞬く。
ラルクは旅の仲間に加わることになった。リラの願いを聞き入れたのだ。
ラルクは魔族語で魔法の呪文を唱えている。ふとした拍子に繋がってしまった人間の住む地上と、魔族の住む地下世界を切りはなすのだという。
そうしないと、人間がつぎつぎと迷い込んでしまうそうだ。
慣れたようすで呪文を唱えるさまを見て、リラは地上と冥府が繋がってしまうことはよくあることなのだろうかと考えた。
(すごいな、ラルクちゃん。あたしの知らない魔法をこともなげにスラスラと唱えて)
たぶん、リラの考える通りなのだろう。
「これで大丈夫です。もとに戻りましたよ」
呪文の詠唱が終わった。
「人間は五つ野に、長く居てはいけません。なにしろ、五つ野の空気は人間には毒ですから」
ラルクが静かに言って森の奥を指さした。
その先には眩しい光が見える。
「見て!」
リラが思わず叫ぶ。
「おお……」
ユリアが眼の上に手をかざした。
町だ。
森が終わり、畑と家々の屋根が並んでいるのが見えた。
時は夕方。
赤く染まった空は明度を落としていく。
しだいに風が冷たさを増していく。
その町は主要都市である雨の町プロクスへと通じている小さな町だった。東の大陸へと続く大きな街道からはずれているため、旅人もあまり利用はしない道だった。
「のどかな町ね」
リラは町を見まわす。
酒場をかねた宿屋と、鍛冶屋。それに道具屋があるのみで、あとは十件にも満たない民家だ。ギルドもない。家の後ろ手には緩やかな傾斜を伴った地形の中に畑が広がり農作業中の人の姿が見える。収穫時期なのだろうか。
「情報を得んといかんな」
ユリアが言って、町で唯一の酒場をかねた宿屋の方角を見た。
ザザはいない。人食いの魔物である彼が、リラたちと町へともに入るわけにはいかなかったのだ。そのため彼は先に町を抜けて、明日以降に落ち合うことになっていた。
ザザが側にいないとき、ユリアは寂しげだ。所在無さげにリラの服のすそを掴んでいる。
ユリアにとって、ザザは半身なのだろうとリラは思う。
「そうね」
リラはうなずく。
辺りは暗い。店も民家も明かりを灯し始めていた。
肌寒い風がリラの身体をなでる。
リラはマントをかき寄せ、酒場の看板を見た。
酒場からはあたたかな光が漏れ、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「お腹、空いたわね」
そろそろ夕食どきだ。
「行こうぜ、ぼうっとしてても日が暮れるだけだぜ」
スカッシュが急かすように言ってリラの肩を叩き、一足先に酒場へと足を踏み入れた。
「ま、待ってよ!」
ほのぐらいランプの明かりが揺れる。
リラたちは卓を囲み、出された料理を食べていた。
酒場は他に一組の旅人たちがいるのみで静かなものだった。
食事は野菜のスープ、それに鶏肉の香草包み、焼き立てのパンが出た。野菜は町で採れたものだという。店の女将がそう言っていた。簡素なものだったが、疲れ果て空腹のリラたちには大変なご馳走だった。
「ギステネア王国の王子ロウ……が……を……してい……」
「王は戻らぬ。ラスネル……は……」
隣のテーブルから会話が聞こえてくる。かすかな低い声は、リラの目的とする場所、ギステネア王国を話題としていた。
リラは弾かれたように顔をあげると、もう一組の旅人たちを見た。
一人は剣を壁にたてかけ、もう1人は竪琴を爪弾いている。剣士と吟遊詩人か。
「あ、あの……!」
リラは勢いよく立上がる。
旅人たちは驚いた表情でリラを見た。
「あなたたち、今、ギステネア王国について話していたでしょう? 今、あの王国はどうなっているの? 教えて!」
リラの必死なようすに旅人たちは顔を見合せて、それから吟遊詩人がためらうようにゆっくりと口を開いた。険しい表情だ。
「噂じゃ、あの王国は大変らしいよ。ギルモス王は南の大陸へ遠征に行ったまま四年も戻ってきていない。その王はいまだ生きているかどうか分からないらしいね。生死が不明だそうだ。そのせいで最高顧問のラスネル卿派と王妃派に分かれて覇権を争っていたらしい、中はドロドロだよ。それに……それ以上に大変なことがあったんだ」
言うか迷うように息を継ぐ。
「王子が、王妃を殺したんだ。そして、王子は処刑された」
詩人の言葉は続く。
「だけど、殺されたはずの王子が舞い戻ってきたんだよ。処刑されたのは、王子の影武者だったんだ。戻ってきた王子は最高顧問のラスネル卿を失脚させ、自分が王位を継いだんだ。だから現在の王はロウレンス・ラスト・ギステネア様なのさ」
虫が静かに鳴く夜だった。
満月には少し足りない月が澄んだ夜空に輝いていた。
畑で置き忘れた鍬が月の光を受け鈍く光っている。作物が夜の冷たい風に揺れていた。
「リラはどうしてる?」
スカッシュが小声で言った。
ラルクは首を振り、
「ショックを受けてますよ。さっきの会話に出てきた『王子』って、リラが追っている少年のことでしょう?」
苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
スカッシュはうなずき、溜め息を吐く。
「ああ、そうだ。リラと、オレたちの目的とする人物さ。そりゃあリラもいろいろとショックだろうよ。だけどさ、……だからこそ、噂を確かめなくちゃならないだろ」
それにしても、とスカッシュは言葉を続ける。
「よく、ついてこようという気になったな、お前もさ」
「リラのこと、好きですから。それにわたくしも、本当は、暗くてじめじめした冥府に引きこもっているのは、飽きてしまったところだったんですよ」
さらりと答えて、ラルクは微笑む。
窓の向こうでは、風の音が聞こえた。
ユリアは部屋に入るなり寝台にもぐり込むと寝てしまった。可愛らしい寝息を立てている。年齢はともかく、まだ小さな子どもだ。昼間のこともあり疲れてしまったのだろう。
「ロウ……」
リラは自分の寝台に横になると、ごろんと寝返りをうった。部屋の扉が見える。
まだスカッシュとラルクは戻ってこない。
リラは手のひらをぎゅっと握りしめた。爪のあとが赤く残る。あとのついた手のひらをじっと見つめた。
ロウは今どんな気持ちでいるのだろうか。どこにいて、何を思うのか。彼の痛みはこんなものではない。もっと苦しんでいるはずだ。
そう考えると、リラの胸は締めつけられた。
(絶対に、あの子を探し出して、救い出すのよ……!)
この世界に失望させたまま去らせたりしない、ロウを必ず助け出すのだ。
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