火の山の竜
第3章 第5話
〜故郷、祖母のいる村〜
「ほら、早く行きましょうよ!」
リラは先頭を歩く。
細い砂利道は、北西へと続いている。歩くたびに砂ぼこりが舞った。
遠くに巨大な森が見える。雨の森だ。その上空には雨雲が広がっていた。
道は雨雲と森を迂回するように、北西へと細く伸びている。
リラは空を見上げた。初冬の空は薄く青く、どこまでも広がっている。
革靴の中の足先が冷たい。はずむ白い息が空気に溶けて消えた。本格的に冬がくるのだ。
「リラ、そんなに急ぐなよ! 転ぶぞ!」
リラの背後から青年の声が飛んでくる。スカッシュの声だ。
呆れたように笑う声が聞こえた。
「転ばないわよ」
この道を行けば遥かギステネア王国に通じているのだ。はやる心を押さえられるわけがない。マントを通して伝わってくる寒さにも負ける気はなかった。
ふと、足を止める。リラはあることに気づいた。この風景に見覚えがあるのだ。
雨の森。そしてこの道。久しぶりに見た、懐かしい景色だった。
「どうしたのじゃ?」
ユリアに袖を引っ張られ、リラは我に返る。
今は合流したマンティコアもどうしたのだと言いたげな表情でリラを見下ろしている。
「うん……、見覚えがある風景だなって思ったのよ。もうすぐ、あたしの家が近いんだわ」
吹く風さえも懐かしく感じる。
リラの育った村はすぐそこに見えていた。
「リラのお婆様、怒っていらっしゃるんじゃないですか?」
ラルクがリラの隣に並んで歩き、心配げに言った。
「え、ええ。家を出てから、なんの連絡もしていなかったから」
リラは身震いした。寒さのせいではない。
家出同然で旅に出てからずいぶんたっている。どれだけ心配させたか分からない。叱られるに決まっている。
「お前のばあさんって、もとは竜帝国の人間なんだろ。おふくろさんが言ってたじゃないか、乳母がどうとかこうとか……」
「うーん……、あたしも、詳しくは知らないの。だから、きちんと会って詳しいことを聞いておかなくちゃいけないわよね」
リラは言って押し黙って下を向いてしまった。
自分を育ててくれた祖母。
だが血の繋がりがないと知った今、どんな顔をして会えばよいというのだろう。リラには分からなかった。
足もとの道は、ロウのいる王国へと通じている。ロウが王になったというギステネアへ。そこへ行くには自分が小さなころから慣れ親しんだ村を通るのだ。
「これも、ひとつの試練のうちの一つよね。ロウに会う前の」
独り言のように呟いて、顔をあげる。
祖母に会う。この道の先で待っている祖母から語られる真実は、自分の心を痛める話かもしれない。それを考えると、少しおじけづくのは確かだ。だが、進まなければならない。
「こんなことくらいで、へこたれてちゃ、ダメだもの」
もう一度、自分に言い聞かせるように言って、リラはきっと顔を上げた。
ゼハナの村。
そこは雨の森の近隣にある村だ。リラが育ったところでもある。
リラの家は村の外れの南にあった。
途中、友人に会った。
「リラじゃないか、ひさしぶりだな」
会う人皆に驚かれた。
村を留守にしたあいだに変わったところはなにもない。懐かしい風景だ。
自分の故郷だと、リラは素直に思った。
もちろん母のいる竜帝国も生まれ故郷にはかわりない。だが、自分が長く育ったこの土地こそ本当の故郷なのだ。
物心ついてから、離れることのなかった村だ。胸いっぱいに息を吸い込む。
安堵があふれる。
「ロウも、通ったのかな……」
独りごちる。
このゼハナの村を、ギステネア王国に戻るロウは通ったのだろうか。
いつもまぶたの裏に映るのは、少年のことばかりだ。
次はロウと一緒にここへ戻ってきたい、リラは心からそう思った。
今は葉を落とした大木の横に、その家は建っていた。小さなころよく木登りをした木だった。
「ここがあたしの家よ」
リラは木の戸を押した。
こじんまりとした家の中に、日の光が差し込む。
家の中の暗さに目が慣れてから、一歩踏みこんだ。
「おばあちゃん。あたしよ、リラよ」
心なしか自分の声が震えている。リラはそれに気づく。
「おばあちゃん」
返事はない。
「ばあさん、いないのか?」
スカッシュが小声でリラに問うた。
部屋の中では暖炉は赤々と燃えている。卓の上には杯がおいてあり、かすかに湯気をたてていた。
つい先ほどまで誰かいたようだ。
「あれ……」
見れば部屋の奥の扉が少し開いている。
祖母の部屋の扉だ。
「おりてみましょう、リラ」
ラルクがうながした。
曲がる階段は地下へと伸びている。
壁に手をあてるとひんやりとした。土の感触だ。
「おばあちゃんもあたしと同じ魔法使いなのよ」
リラは薄暗い階段を降りながら言った。
「へえ」
スカッシュがあいづちを打つ。
階段が終わりに明かりが見えた。部屋だ。
土壁の匂いがする。リラにとっては懐かしい匂いだ。
小さなころからここにはよく出入りしたものだ。
「おかえり、リラ」
しわがれた声が響く。
「……ずっと見ておったよ」
そこには、老女が水晶玉を手に立っていた。
いくつも巻き物や本が積み重ねられた部屋。その中央に置かれた机の前で微笑んでいた。
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