火の山の竜
第3章 第7話
〜夜の町、忍び寄る影〜
冬の乾いた冷たい空気がリラのほおを撫でる。
リラは服を通して伝わってくる寒さに身体を硬くすると、マントの前をしっかりと合わせた。
道なりに進めば次はライトスの町に辿り着く。道はいくらか上り坂にり、まだらだった木々がしだい多くなり密集してきている。ライトスの町は山に囲まれた場所にあるのだ。
落葉樹が多いためか、西へと続く砂利道は色とりどりの落ち葉が敷き詰められまるでじゅうたんのようだった。
リラの顔に焦りの色が浮かぶ。人の足ではいくら早く歩いたといってもたかが知れている。あとどれだけ歩けばロウのいるギステネア王国までどのくらいかかるのだろう。気ばかりが急いてしかたがない。
ふいにリラはつまづき転びそうになる。
「大丈夫ですか、リラ」
とっさに腕をつかまれる。
「え、ええ。ありがとう、ラルクちゃん」
リラは礼を言う。
「西の果ては遠いですから焦るお気持ちは分かります。わたくしが移転の魔法を使えればよかったのですが、あいにくまだ未取得で……すみません」
ラルクは長いまつげを伏せた。
「なに言ってるのよ、ラルクちゃんは謝ることなんてないじゃない」
リラは首を横に振る。
(ロウも焦っていた。いつも悲しげな顔をしていた。あたしはなにも分かってやれなかった)
思い出して胸が痛んだ。
一人で去らせてしまったことを今になって後悔しても遅い。ならば自分にできることはなにか見極めなければならない。
ロウを探し救うのだ。今は歩を進めるしかない。
半日ほど歩いただろうか、太陽が西の稜線に落ち、空が明度を落としかけたころ町並みが見えてきた。ライトスの町だ。道はそこへと続いている。ライトスの町は盆地にあるのだが、それでも他の町や村よりはやや高地にある。山の夜は早く、見る間に辺りは闇に包まれていく。太陽が隠れると、さらに寒さが増した。吐く息が白い。
リラは半日歩き通しでくたくただった。小さな峠を人の足で一つ越えたのだ。無理もない。
マンティコアに気づかい、できるだけ人目を避けて獣道を歩いてきたため遠回りになってしまっていた。
すでに空には星が瞬き始めている。
今いる山道を少し下ればすぐにライトスの町だ。
「人の住む町が見えてきた。また……しばしお別れじゃの、ザザ」
マンティコアの背に乗っていたユリアが寂しげな声を出す。
そのようすを見ていたラルクが立ち止まり手を上げた。
「はい」
ユリアとマンティコアもつられて立ち止まり魔族の少女を見た。怪訝な表情だ。
「ザザ様……。ザザ様のお姿を変える魔法がございますが。今なら契約促進期間ですので、一つ目の願いは代償をいただきません」
意味ありげにラルクは微笑み、言葉を続けた。
「いかがいたしますか?」
「素敵じゃ、ザザ。その姿も似合う」
ユリアは満面の笑みを浮かべる。嬉しくてたまらないといった表情だ。
マンティコアは両手のひらに乗るほどの小動物へと姿を変えて、ユリアの肩に座っていた。ラルクに姿を変える魔法をかけてもらったのだ。柔らかな白い体毛と、ぴんとした耳、黒目がちな目。見た目には可愛らしい小動物だった。その姿からは、もとがレザリア大草原の主マンティコアとは考えられない。
ザザはどこか落ち着きがなく、ふわふわとした長い尾を揺らしている。
「本当にそう思うかね、ユリア?」
丸い黒目がちな目をユリアに向ける。ザザのその声は自信なさげだ。
「本当じゃとも。なあ、リラ」
ユリアはリラを見上げ、賛同を求める。
「ええ! その姿なら一緒に町の中にも入れるわね」
今のザザなら全く怖いとは思わないし、なにより可愛いと思った。とてもではないが人を食べる魔物には思えない。
「さあ、早くライトスの町に行きましょう。こんな山道で夜盗でもでたら困りますから」
ラルクが皆をうながした。
ライトスの町は今まで通ったどの町よりも大きい。
リラはこのような山の中に大きな町があることに驚きを禁じえなかった。自分が長く住んでいたゼハナの村の隣だというのに、一度も来たことがなかったからだ。
「こんな山の中に大きな町があるなんてびっくりしたわ。それにあんなに灯りをつけて」
リラはライトスの町への下り坂を歩きながら感嘆の声を漏らした。
ライトスの町は夜でもこうこうと明るい。薄暗い山々の中、そこだけは真昼のようだった。
「綺麗じゃのう……」
ユリアがうっとりとため息をつく。
「別名『宵っ張りの町』だよ。あそこは盗賊ギルドの本拠地があるんだ」
スカッシュがそれに答えた。
「そんな綺麗な町じゃないぜ? コソ泥がまかりとおる野蛮な町さ。きちんと財布隠しとけよ」
町の中はスカッシュの言っていた通りだった。
猥雑な会話と怒鳴り声が耳に入ってくる。雑然とした道には人があふれ、中空には細い三日月が浮かび、山はすっかり暗闇に包まれたというのに町はいよいよ活気づいてきている。冬の寒さもライトスの町の勢いには負けそうである。リラは財布の入ったカバンを大事そうにかばいながら、おっかなびっくりスカッシュのあとに続いた。
青年はちらりと振り返り、おかしそうにくつくつと笑う。
「そんなへっぴり腰じゃすぐに大事なものをすられちまうぜ」
「スカッシュはこの町に来たことがあるのね?」
リラは周囲の騒音にかき消されないよう大きな声で訊ねた。
「当たり前だろ。オレはれっきとした盗賊なんだからな。盗賊ギルドの本拠地に来たことのない盗賊なんていないよ」
さも質問がおかしかったと言わんばかりにスカッシュはまた笑った。
「この町は冒険者ギルドもあるぜ。さてと、今日の寝床を探すか」
スカッシュは慣れたようすで先頭を歩き出す。
歩けば反対から歩いてくる者たちに肩がぶつかった。ひどい混みようだ。
宵っ張りの町とはよく言ったものだとリラは思った。
「どこか、いいところがあるの?」
「ああ。でも久しぶりにきたから場所がうろ覚えなのよ。たぶん、こっちだと思ったけど」
リラが質問すると、青年はうなずいた。
スカッシュは人でごったがえす大通りから細い路地に入る。人が並んで二人通れるかどうかという狭さだ。路地は灯りもなく、足元はおぼつかなくなる。リラは彼の服のすそをつかんで、こわごわ歩いた。
どれほど歩いただろうか、大通りの喧騒も遠くなり闇にも目が慣れたころだった。ふいにスカッシュが立ち止まった。リラは勢いあまって青年の背に勢いよくぶつかった。
「いたた……、もういきなり止まらないでよ」
鼻を押さえて、リラは抗議の声を上げる。
「リラ、下がってろ」
返ってきた言葉は低く真剣な声だった。後ろにいろと手で制される。
「どうしたの?」
リラは状況がつかめない。青年を見上げて問うた。
スカッシュの睨む方向は闇だ。だがその暗がりの中にふらりと人の形をした影が揺れている。一つではない、複数だ。影が、なにかを手にしているのがおぼろげに見えた。すらりとした長い棒状ものは、武器だ。剣を持っているのだ。
リラは見て察した。それ以上はなにも言わずにごくりと唾を飲み、杖をぎゅっと握る。だが、このような場所では魔法は使えない。影響する範囲の広い火と風の魔法を使うには狭すぎるのだ。
(どうしたら、どうしたらいいの?)
「リラ、わたくしの後ろへ」
ラルクがリラを後ろへ押しやり前へ出た。金色の瞳で闇を見据え、指輪をはめた手をかかげる。この状況下で魔法を唱えるとするならば、固体ごとに影響を与えるラルクの水と土の魔法のほうが有利だ。
行く手をさえぎる影の一つが、動いた。
スカッシュが懐から短剣を抜くのも同時だった。
だが、影の動きのほうが早い。リラが瞬きをする間に青年の前に影は立っていた。
そして、声もなくスカッシュは暗いじめじめとした地面にひざをつき、崩れ落ちる。そのままうずくまり動かなくなる。
ぼうぜんとリラは立ち尽くす。なにが起こったのか理解できない。
だが、倒れ動かない青年を見て、リラはわなないた。血の気がひいていくのが分かった。
「――……スカッシュ!」
リラは悲鳴を上げた。
ライトスの町の上で、月はいよいよ輝きを増す。
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