火の山の竜
第3章 第8話
〜英雄、盗賊の町〜

 

「なんだい、スカッシュ。ずいぶんと弱くなったんじゃないか?」
 闇の中から女性の声がした。
「まったく……度がすぎた、あいさつだな、アジャ……ン」
 倒れたままのスカッシュが、しぼりだすような声で言った。そのまま咳き込む。
 石を打ち鳴らす音が聞こえ、ぼんやりと辺りが明るくなる。
 そこには燃えるような赤い髪をした女性が、ランプを持って立っていた。
 その女性の後ろには痩せた男が二人ほど立っている。どうやら女性の連れらしい男たちは刀身の反った片手剣を持っていた。
「アタシ流のあいさつさ」
 女性はしたり顔でにんまりと笑うと、うつ伏せたままのスカッシュの前にしゃがみ込んだ。青年が起き上がらないのが楽しくて仕方がないといったようすだ。
 スカッシュはやっとのことで身体を起こすと、地面に腰を下ろしたままの姿勢で壁に寄りかかった。
「何年ぶりかに会ったっていうのに、出会いざまに、みぞおちにこぶし入れてくる女が……どこにいるんだよ」
 悪態をつくと、女性をぎりと睨んだ。まだ苦しげにむせている。
「よけないほうが悪い」
 女性はさらりと切り返す。

 リラはまたもや状況が掴めなくなる。この女性とスカッシュは知り合いだというのか。
「スカッシュ、お知り合いなの?」
 そろそろと声をかける。
 青年はばつが悪そうに視線をそらすと無言でうなずいた。
「そうさ、アタシとスカッシュとは以前に一緒に組んでいたんだよ、お嬢ちゃん」
 代わりに女性が答えた。
「アタシの名前はアジャン・ラクー。盗賊ギルドの副ギルドマスターさ」
 続けて言って、アジャンと名乗った女性は目を細めてニヤリと笑った。
 リラはアジャンを見つめた。
 年のころは二十半ばほどだろう、背の高い女性だった。ゆるやかに流れる赤い髪は腰まであろうか。その頭には羽飾りのついた布を巻いている。腰には刀身の反った片手剣を差してた。
「そして、そこに座ってるスカッシュは盗賊ギルドの第21代目ギルドマスターさ」
 アジャンの言葉に、リラは目を丸くして驚きの声を上げた。
「本当なの、スカッシュ。あなたって、ギルドマスターなんて肩書きを持った偉い人だったの? どうして今まで教えてくれなかったのよ!」
 リラは青年に向き直り、唇を尖らせ非難した。
 この世界には冒険者ギルドを頂点として、各職業別にギルドが細かく分かれて存在している。魔法使い見習いのリラならば、魔法使いギルドに属していることになるのだ。ギルドマスターとなるとそれなりの信用や経験、知識も必要になる。人の上に立つ者だからだ。そのため、おいそれとなれるものではない。
「言うほどのことでもないと思ったしさ。うちうちの集まりみたいギルドだしな」
 こともなげに返して、スカッシュは立ち上がりほこりを払った。
「この路地はね、盗賊ギルドの本部へ通じる道なのさ。アタシら、飲みに行くところだったんだけど、スカッシュが帰ってきたなら中止だ。……いったんギルドに戻るよ、他の奴らにも教えてやらないと」
 後半は後ろに立っていた仲間への言葉だ。
「お嬢ちゃんたちもおいで。歓迎するよ」
 さばさばとした口調で言って、アジャンはついてくるようにリラたちをうながした。

 路地は曲がりくねり、いくども分かれ道がありどこをどう通ってきたのか、リラは覚えていなかった。気がつくと古びた木の扉の前に立っていたのだ。足元も見えない夜の闇の中を歩いてきたのだ。無理もない。

「なるほどね。消えた少年を追っているってわけか」
 アジャンが酒の入った杯をあおりながらうなずいた。
 そこは盗賊ギルドのライトス本部の建物の中。
 夜風が窓をがたがたと言わせていたが、やや狭く感じる内部は暖炉があり暖かかった。ほの暗い室内に灯されたランプの明かりが揺れて、リラたちの顔を浮かび上がらせる。三階建ての建物は始終がやがやと騒がしい。入れ替わり立ち代り盗賊たちが出入りして、スカッシュの姿を見つけると肩を叩き、笑顔で声をかけていく。中には笑いながら蹴りをいれていく者も多々いて、そのたびに彼は椅子から転げ落ちた。

「スカッシュ、あなたどうしてギルドマスターになったの?」
 リラは問うた。
「こいつはね、ライトスの英雄にして大盗賊なのさ」
 アジャンが意味ありげに唇の片端を笑みの形にあげる。
「英雄にして大盗賊?」
 リラは再び訊ねた。
 どういう意味だろうか。リラには分からなかった。
 スカッシュは答えない。黙って酒に口をつけているだけだ。
「ここを北にいくと闇のタイタン族の住む土地があるのさ。ライトスの人間と闇のタイタン族は仲が悪い。北に領土を広げようとする人間たちと、北の領土を守ろうとする闇のタイタン族はいつも小競り合いを繰り返していてね……」
 青年の代わりにアジャンが口を開く。
「四年前のある日、北の土地を侵そうとするライトスの民に報復するために、闇のタイタン族はライトスの町長を捕まえて連れて行ってしまったのさ。有志とともに闇のタイタン族の領土に踏み込み町長を救い出したのが、そいつ……スカッシュさ」
 アジャンは横目でちらりと青年を見た。
「闇のタイタン族の目をかいくぐり、町長をみごと盗み出した。だからスカッシュはライトスの町の英雄にして大盗賊なのさ」
 アジャンは息をつくと、スカッシュの杯に酒をついだ。スカッシュはそれを無言で受ける。
 一目置いていると、青年を見るアジャンの目が語っていた。
「ほほう、半魔族め、生意気にも義賊か」
 木の卓の上でミルクを舐めていたザザが、感心したように口を開き、白くふわふわとした尾を揺らした。
「おや、そのちっちゃい動物は口をきくのかい。珍しいねぇ」
 アジャンが目を見開いてザザを見た。驚いたようすだ。
「ちっちゃいとはなんだね、人間の女よ。ワシはもっとも偉大な魔物マ……」
 すぐさま切り返そうとしたザザの口を、とっさにユリアが押さえる。よけいなことを言うなと睨めつけた。
「そうだったのね。スカッシュったら言ってくれないんだもの、ぜんぜん知らなかったわ。すごいじゃないの」
 リラは青年のことを少しだけ尊敬の念をこめて見た。
「別に。腕試しだよ。闇のタイタン族の財宝も前から気になってたしな。目の前に盗むべきものがあるのに盗まない盗賊はいない……それだけだ」
 スカッシュは一息ついて続ける。
「戦闘は回避する主義だ。だけどな、財宝は必ず入手する主義なんだ」
 むすっとしたようすでリラから視線をそらした。照れているのだ。
 ひょうひょうとしていていたが、何事にも動じず、彼が自分の哲学を持っているのだと今さらながら知った。普段におちゃらけて見えた青年の、自分の知らなかった一面を知った気がした。

「それで、ギステネア王国に行くんだね、嬢ちゃんは」
 アジャンの視線がリラに向けられる。
「ええ、そうよ」
 リラはうなずく。
「徒歩でかい?」
 リラは再びこくりと首を縦に振る。
「連れていってあげるよ。他ならぬ我が元恋人スカッシュの連れだ。徒歩じゃギステネア王国につくのに月が何度巡ってしまうか分からないぞ」
 アジャンは言ってくったくなく笑った。
「元恋人?」
 リラはぽかんとした。
 スカッシュに恋人がいたとは初耳だ。
「昔の話だろ」
 スカッシュが杯をあおりながら、やんわりとけん制に入る。どうやら話題にされたくないらしい。
「移動手段があるの?」
 リラは問うた。
「ああ、南方の魔法都市から取り寄せた素晴らしい品がね。ギステネアまであっという間さ。さあ、今日はそろそろ寝ようか。子供が起きてる時間じゃない。ギルドの二階の突き当たりの部屋が空いてるからそこで寝るといい。……スカッシュは酒に付き合えよ!」

 次の日の朝、リラは夜明け前に目が覚めた。部屋は暗くひんやりしている。隣に寝ているユリアとザザを起こさないように、静かに寝台から下りて靴をはくと、部屋に一つだけある小さな窓に向かう。木の戸を開け、外を見た。白い息が朝の凍るように冷たい空気に溶けていく。
 西の空はまだ暗薄い。星がまたたいていた。
 ロウは、まだ寝ているのだろうか。リラは寒さに震える腕を抱いて、しばらく西の空を見ていた。
 今日、日が落ちるころには自分はギステネア王国にいるのだ。ロウのいる場所に。今ほど、早く時間が進めばよいと思ったことはなかった。
 深呼吸をする。落ち着くのだと自分に言い聞かせた。焦ってもよいことはない。だが、そうは思ってもはやる気持ちはおさえられなかった。

「わたくし、高いところはダメなんです……」
 ラルクが弱々しい声で言って、うつ伏した。
「わらわは慣れておる。よくザザが空へ散歩に連れていってくれたからの」
 対してユリアは無邪気に笑い、ザザの白くふわふわとした背を撫でた。
 ザザはひげをぴんと伸ばしごろごろとのどを鳴らしている。
 アジャンのいう乗り物はじゅうたんだった。空を飛ぶじゅうたんだ。
「こんなのいつ買ったんだよ」
「前から足がわりに欲しいと思っていてね。北西にある天族の遺跡で見つけた財宝と引き換えにもらったのさ」
 スカッシュの問いにアジャンは答える。
 薄い生地だというのに、乗り心地は悪くない。座り心地は上等なじゅうたんのそれだ。
 リラは真下を通り過ぎていくコカの町や丘、小さな森をぼうっと見ていた。ロウのことを考えていた。早く会いたい、その想いはつのり、気をはやらせる。もう少しだ、あと少しで会える。そう思うと胸が早鐘のように鳴った。

 後ろへと流れていく冬の風が、リラのはちみつ色の髪をなでる。
 

 

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