火の山の竜
終章 第0話
〜王子、禁じられた言葉〜
ロウレンスは石壁に触れる。ひんやりとした感触が伝わってきた。
「この王城は……」
いつも、どこかしこも暗く冷たい。
石材のむきだしになった廊下はどこまでも伸び、闇に消えている。
窓と呼ばれるものはなく、等間隔に並んだろうそくだけが城中のわずかな光源だった。その小さな光さえも闇は飲み込もうとしている。
後ろで静かな衣擦れの音がした。
振り返らずとも誰なのかは分かる。
「クルスナ」
名を呼んだ。
「はい」
少女は一歩後ろで立ち止まり、ロウレンスを見上げた。ゆるやかな長い黒髪が揺れた。
ロウレンスが振り返ると、クルスナは微笑んだ。大人びた表情の少女だった。
「わたしは約束を守るよ」
「むろん、そうしていただかなくては」
ロウレンスはこのギステネア王国の王子だ。ロウレンス・ラスト・ギステネア、それが彼の本名である。
王妃殺しの罪で処刑されたはずの王子が舞い戻ってきた。それは王国を震撼させた。
呪いの封印を持つ王子が戻ってきた、と。
ギステネア王国の王は不在だ。何年も前に南の大陸へ遠征に行ったっきり連絡が途絶えた。南の大陸は砂漠の広がる蛮族の国。長いことギステネア王国と南の大陸は戦争をしていた。王がとうに殺されたであろうことは皆は承知していた。ただ口には出さないだけだ。
戻ってきたロウレンスは城の最高顧問であるラスネル卿を失脚させ、自分が王位を継承したのだ。
「ロウレンス様、あなたがあの少女に禁じられた言葉を言わない限り、あなたは『もう一人のあなた』に打ち勝つことがでしょう」
クルスナは告げた。
「言わないよ。言いたくもないからね」
ロウレンスはくすくすと笑った。
そして、クルスナを引き寄せ、口づけた。
「――わたしにはお前がいる」
その夜、ロウレンスは寝室から東の空を見ていた。
冬の空はさえざえとして、澄みきっている。
「リラ、か……」
ロウレンスは呟く。白い息が冷たい空気に溶けた。
この西の果ての王国へと向かっている少女のことを思い浮かべていた。
自分を追って、東の果てからやってくるリラのことを。
「もう一人のわたしは死んだとあれほど言ったというのに、まだあきらめていないのか」
誰に言うでもなく独りごちて、ロウレンスは視線を落とした。
「あの少女に禁じられた言葉を言う日がくるというのか」
じきに少女にはまた会うことになるであろう。そう遠くない未来に、この王城で。
ロウレンスは窓の戸を閉めると、寝台へと向かった。
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