火の山の竜
終章 第1話
夢の終わり、現実の始まり

 

 星明りの下、リラたちは歩いていた。
 月はない。明かりは他になく、足もとはおぼつかない。
「ロウ……」
「なに?」
 振り返らないままで、前を歩く少年が聞き返す。
「真っ暗でなにも見えないわよ」
「うん、そうだね」
 草が風に揺れる音が聞こえる。サワサワと揺れるそれはまるで波の音のようだった。

(この草原は、どこだったろう?)
 リラは浮かんでくる疑問に首をかしげる。
 どうして自分たちは歩いているのだろう、この道はどこへ続くのだろう。それ以前に、いつから歩いていたのだろうか。
 疑問はあとから湧いて出て、リラの頭を埋め尽くしていく。
(分からない……)
 しだいに思考がまひしてきて、リラは考えることをやめた。
 ロウがいる。それでいいではないか。二人で歩いているのだから。
 リラはそう自答して歩を進める。
 前を見ると、乾いた土の道はまっすぐ闇の向こうに続いていた。

「ねえ、ロウ。手を繋ごう……」
「しょうがないな、リラさんは……」
 立ち止まって、ロウはリラの右手を取った。
「……ありがとう」
 確かにロウの手だ。暖かい、優しい手だった。
 暗くてロウの顔は見えなかったが、手を握られてリラは安心する。繋いだところから暖かさが伝わってくるようだった。

 再び歩き出した二人はしばらくなにもしゃべらなかった。

 一歩前を歩くロウの背中を見ながら、リラは胸の奥が痛むのを感じた。
 じわじわと胸の奥に闇が広がっていくような感じだ。
(なんだろう、この感じ……。なんでだろう……)
 手を繋いでいるのに、不安になるのだ。瞬きしている間に少年が消えてしまうのではないかと怖くなるのだ。
 どうしてそう思うのかはリラは自分でも分からなかった。
「なんだか、怖い……」
 リラは呟く。
「暗いのが怖いの? リラさんは怖がりだね」
 ロウが少しだけ笑う声がした。
 リラの位置からはその顔は見えない。
「違うわよ……」
「それじゃ、なに?」
 問われて、リラはうつむく。
「ロウが消えてしまうような気がして怖くなったの。だから……」
 そのときだった。強い風が吹き、リラのその声をかき消してしまった。
「なに? 聞こえなかった」
 ロウは振り返り、リラに問うた。
「う、ううん、なんでもないの」
 リラは首を横に振った。
「あんまり速く歩かないでね。転んじゃうわ」
「ん、分かってるよ。リラさんはおっちょこちょいだからね……」
 ロウはうなずいた。
 星明りに、ロウの細い首すじがぼんやりと見えた。

 二人は手を繋いだまま、また歩き出す。
 この暗い道も二人でならどこへでも歩いていける。リラはそう思いながら足を踏み出す。
「……きゃ!」
 そのときだ。また強い風が吹き、リラは思わず目を閉じる。
 次の瞬間、目を開けると天井が見えた。
「…………」
 一瞬、自分がどこにいるのかリラには分からなかった。身体が固まったように動かない。
 そこは昨日から泊まっているギステネア王国の宿屋の天井だ。隣にはユリアとザザ、そしてラルクが寝ている。部屋の中は薄暗い。まだ夜明け前だ。
「夢、だ……ったの?」
 震える右手をかざす。
 先ほどまで手を繋いでいた感覚がしっかりとあるというのに、一瞬で消えてしまった。
「また、夢だった」
 リラは溜め息をついた。
 全身から力が抜けていく。

 このごろ何度も見る夢だった。
 いつもたわいない会話をして、そして目が覚める。そのたびにリラは辛い思いをした。ロウがいないことを嫌というほど思い知らされるのだ。
「ロウ……」
 身体を起こし、窓の外を見やる。
 窓の外にはギステネア王城が見える。
 すぐそこだ。
 手を伸ばせば届きそうな場所に、少年はいるのだ。
「大丈夫よ、リラ。必ず救い出せる」
 夢でなくとも会える日は必ず来る。
 自分に言い聞かせるように呟いて、リラは皆を起こさないように静かに寝台を降りた。

「おはよう、スカッシュ」
 廊下に出ると青年はすでに起きており、廊下の突き当たりの窓から外を眺めていた。
 呼びかけると、首だけリラのほうに向けた。
「めずらしく早いんだな」
 からかうように言われる。
 リラが朝に弱いことを知っての軽口だ。
「なにを見ていたの?」
 リラはそれには答えず、質問した。
「もちろん、あれ」
 にやりと笑ってスカッシュは窓の外を指差す。
「ああ……」
 その窓からもギステネア王城が見えた。白みがかった空の下、やわらかな曙光に照らし出されても人を圧するようないかめしさは変わらない。城は無言でリラたちを見下ろしていた。
「……覚悟はできてるか?」
「とっくにね」
 リラは即答すると、城を見上げた。

 

 

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