火の山の竜
終章 第3話
〜消え去るもの、舞い降りるもの〜
リラは自分がいるところがどこなのかを理解した。牢獄だ。ランプの明かりの向こうに、同じような鉄格子のついた部屋が並んでいるのが分かる。よく見れば昇りの階段が見えた。地下牢なのだろう。
「どうしてこんなことをしたのよ」
鉄格子の向こう、リラはロウレンスを睨みつける。
「もうひとりのわたしが考えていることを、わたしも知りたくなったんだよ。お前を大切に思っていたもうひとりのわたしと同じように、お前を知ることができれば、わたしも変われるかもしれない」
たんたんとした調子でロウレンスは答える。少年の、血の色の瞳は暗い。夜の闇が混じった赤色だった。
「変われるって……? 」
リラは問うた。
「全てが」
少年は答えた。
「全て?」
意味が分からない。
ロウレンスはあいまいに笑った。
「わたしとて好きで呪われた存在でいるわけではないよ」
少年は静かに言ってうつむく。長いまつげが見えた。
「…………」
思いもしなかった言葉にリラは言葉を失う。
ふいに鉄格子ごしに、手を伸ばされて腕をつかまれる。ぐいと引かれ、よろけるように前へ進み出ると、ロウレンスの顔が目の前にあった。彼の赤い瞳をこれほど目の前でみたのは初めてだった。
ロウと同じ顔をしていても、表情はわずかに違う。やはり別人なのだとリラはあらためて思った。
「お前を手に入れれば、わたしも変わるかもしれない」
ロウレンスはそれ以上なにも言わなかった。リラも黙ったまま少年を見ていた。
リラには彼がなにを考えているのか、けんとうもつかない。無表情なその顔からはなにも読み取れなかった。
しばらく二人の周りを静寂がおおった。町の喧騒も雪におおわれ、なにも聞こえない。
「放っておけばいいものを、どうしてこの国まできた。それほどもう一人のわたしが大切だったのか?」
先に口を開いたのはロウレンスだった。
「そうよ。あの子が大切なの。あたしにとっては、なによりかけがえのないものだわ」
リラはきっぱりと言って、ロウレンスの深い赤い色の瞳をまっすぐに見すえる。
「ばかげた妄想だよ。たんなる思い込みじゃないのか」
「な……」
赤い瞳の少年は唇の端を引き上げあざけるように笑う。
リラはかっとなる。自分の大切なものをばかにされた。許せなかった。
逆につかまれていた腕を引き返すと、はっきりと言い返した。息がかかるほど近くに顔を寄せて二人は睨みあう。
「思い込みかどうだか、あなたを消して証明してみせるわ」
「そこから出られたら、ごたくも聞いてやるよ」
あっさりと手を振りほどかれ、リラは鉄格子に額をぶつける。
ひたいを押さえながら、顔を上げるときびすを返して立ち去るロウレンスの姿があった。
明かりもそれとともに遠ざかっていく。
「待ちなさいよ、ロウレンス。逃げる気なの?」
リラが叫ぶと、ロウレンスは立ち止まり、小さく笑った。
「言っていることの意味がわかっているのか? ここはわたしの城だよ」
それだけいうと、ロウレンスは角の階段へと消えた。
返す言葉もない。
階段をのぼる音がやむと、あたりは再び闇に包まれる。
「早くここから出なくちゃ」
そうは言ってみても牢屋が開くわけがない。鉄格子をためしに押してみても、当たり前のことながらびくともしなかった。
見張りの者はいないらしい。
「寒い……」
身体が震え、歯が鳴った。
牢屋の中はすえた匂いがした。じめじめとして気持ちが悪い。一刻も早く牢から出たかった。
とほうにくれていたそのときだ、いきなりバサバサという音が聞こえ、リラはびくりと身体を震わせる。それは羽音だ。見上げると、高い位置にある小さな窓に茶色の鳥の姿があった。ククルゥだ。
「ククルゥ、どうしてここに?」
リラはおどろいて二の句がつげない。
ククルゥはゆったりと翼をはばたかせると、リラのところへ降りてきて肩にとまった。暖かかった。
羽毛におおわれた耳の辺りをかいてやると、ククルウは気持ちよさそうに目を細めた。
一人ではない。そう思うと心強い。初めて見たときは恐いと思ったこの大きな鳥も、今は大事な仲間だ。肩の重みが嬉しく感じる。なによりもロウの可愛がっていた鳥だ。大切にしてやらなければならない。
震えながら窓の外を見やる。しんしんと降り積もる雪はやむけはいがない。
凍えて思うように動かない手に息を吹きかけ、薄暗い部屋の中をあらためて見渡した。暗くて辺りはよく見えない。ククルゥならばなおさらだろう。
「ありがとうね、ククルゥ。あんた、ここに来るのにうんと苦労したでしょう」
リラはククルゥのほおをもう一度なでてやった。夜はよく目が見えないだろうに、自分のためにここまで飛んできてくれたのだ。胸がいっぱいになる。
「それにしても、どうやって抜け出したらいいんだろう」
独りごちて、リラは部屋の中をうろうろと歩いた。そうはいっても数歩で端から端へ行きついてしまう小さな部屋だ。石積みの壁は氷のようだ。なにしろ寒く、足先は冷たくなって感覚がない。このまま朝までここにいたら確実に死んでしまう。
リラはしばらく牢の中を調べていたが、隠し扉があるわけでもなく、自分の力で出ることは無理だと分かるとあきらめて壁にもたれかかるようにして座りこんだ。
だいぶ時間がたっただろうか。
小さな窓は背伸びをしても覗くことができない高い位置にあった。その向こうはなんの音もしない。リラの位置から見える景色は雪のみだ。
長いことじっと石の床に座っているような気がした。闇の中にいると、しだいに時間の感覚が分からなくなってくる。
目を閉じると、闇の中に少年の顔が見えた。艶やかな黒髪の、赤い瞳の少年の顔が。
『お前を手に入れれば、なにかが変わるかもしれない』
『わたしとて好きで呪われた存在でいるわけではない』
なぜ、ロウレンスはあのようなことを言ったのだろうか。リラは彼の真意を計りかねていた。
少年のことが分からない。
ただ、一瞬さびしげな表情に見えた。それが目に焼きついて忘れられない。
「ロウレンスは……」
火の山の竜の目玉を盗み、母親に瀕死の傷を追わせた相手だ。許せない、許せるわけがない。
けれども先ほど言っていたことが気になって仕方がないのだ。
ふと、石の階段を降りてくる足音を聞き、リラは目を開けた。
耳を澄ますと、敷石の上を歩くコツコツという足音が聞こえる。ロウレンスが戻ってきたのだろうか。リラは慌てて立ち上がった。
足音とともに、ゆらめく明かりがだんだんと近づいてくる。ランプの光だ。
「皇女、お許しください」
よく通る声がした。女性の声だ。聞いたことがない、リラの知らない者の声だった。
ランプの明かりの向こうに、鈍色の鎧を着た妙齢の女性が立っていた。わきには甲をかかえている。緑色の瞳が、リラをまっすぐに見つめてきた。
「どうか、ロウレンス様のご無礼をお許しください。どうか……」
女性はリラの前で膝を床につき、深く頭を下げた。
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