エビネさんちの家庭の事情 

 

 うちで新たにドールを迎えることになった。
「桜姫、おうき……」
 私はベッドの上でうたた寝をしている桜姫に声を掛ける。
「……、マスター」
 起きあがった桜姫は柔らかな笑顔を私に向けた。
 染み入るような笑顔。
「お友達が増えるよ、桜姫」

 私は、自律型ロボット『ドール』のカスタマイズを仕事としている。いわゆるドールカスタマーというやつだ。既製品のドールの改造をする闇の仕事だ。メンテナンスとは違うので、表立って出来る仕事ではない。
 私のように女性でドールカスタマーをやっているものは少ない。この仕事は性的なところに関わってくるからだ。観賞目的で作られているドールを性交渉が出来るように改造する、それが私の仕事だ。需要は、多い。
 ドールとは、自分の意思で動く等身大の機械じかけの人形だ。擬似人格システムを搭載し、人と全く同じ姿で見目形が美しいのが特徴だ。今から数年前に発表発売され、爆発的に普及したのだ。ただ、高額なため手が出せない者も多い。

「マスター、今度の子はおうちに残るの?」
 桜姫は私に抱きついて来た。
「そうだよ。お前にお友達をと思ってね。パーツを掻き集めて一から作るオリジナルのドールだよ」
「ふぅん」
 桜姫は気がなさそうな返事をして身体を離すと、部屋を出て行ってしまった。
 猫のように気まぐれなのだ、彼女は。

 桜姫は私が一番最初に出会ったドールだ。
 薄水色の緩くウェーブをかけた長い髪と、碧の瞳をしていた。遠慮がちに微笑み、ドール店のショーウインドウに座っている姿はまさしく天使だった。同性として作られているドールだというのに、私は一目惚れをした。
 そして、その日のうちに家に迎え入れていた。無論、三十五年ローンを組んで、だ。
 気が遠くなるような支払いも、彼女の為なら惜しくないと思った。文字通り『死ぬまで一緒』というわけだ。
 自分が生きている間、美しい姿で変わらずいてくれる、理想の存在。

 家に連れ帰り、ドール店の店長に渡された手紙のことを思い出す。
 店長は、やけに女言葉を使う男の人だった。デルザーと言ったっけか。良い人そうだった。
 手紙を開ける。そこには一枚、紙が入っていた。彼女の名前の書かれた紙だった。
 彼女は桜姫という名前だった。製作者である科学者がつけた名前らしい。
 噂ではドールの開発者は当時、年端もいかぬ少女だったとのことだが、まあそれはどうでもいい。
「さくらひめ、それとも、おうき?」
 読み方が分からない。
「おうき、だよ」
 初めての声。
「マスター、会いたかった。貴女が私のマスターなのね。やっと会えた」
 鈴のような可愛らしい声だった。
 私は口も聞けなかった。ただ、目の前の少女を見つめていることしか出来なかった。
「よろしくお願いします」
 ペコリと頭を下げ、桜姫は花のように微笑んだ。
 目を見張るばかりのばかりの、美しい笑顔。
「こ、こちらこそ、よろしく。私はエビネ」
 慌てて挨拶をし返す。
 この、美しい少女が、永遠に自分のものとなったのだ。
 ああ、私の残りの人生は勝ったも同然だ。
 彼女と出会えて良かった。神様ありがとう。
 桜姫を作ってくれた科学者と、全ての環境に感謝した。
 ブラボー。

 ドールを迎えたことで一番大変だったことは、服だ。
 取り敢えずと、私自身の服を着せると彼女は怒り出した。
 ヨレヨレのシャツに、着古したズボンでは気に入らないと言うのだ。
「マスター、桜はお姫様みたいなお洋服がいい!」
 ドールの解説書に載っていたドレスを指差して、彼女は喚いた。
「…………」
 高かった。とても高かった。私が普段着ている服の十倍の値段はするであろう服だった。
「あと、クマさんのぬいぐるみも欲しい。それに可愛い靴も」
 私は溜め息をつき、がっくりと肩を落とした。
 
 そんなこんなで金には苦労する日々が続いているが、幸せな毎日だ。
 あの日の桜姫との出会いが私をドールカスタマーとしての道への第一歩だった。
 だが、彼女には何のカスタマイズもしていない。
 大事な娘に変なことが出来るかというものだ。

 職業柄、ドール用のパーツには困らない。一体完成させられるであろうパーツが揃っている。
 それを使い、自分でドールをこさえてみようと思ったわけだ。
 既製品を改造するのではなく、自分で一から作るのだ。
 ドールカスタマイズ歴五年の今なら、容易いことだ。
 完成には半年かかった。
 葡萄色の髪と、桜姫と同じ碧色の瞳。
 名前はユリア。
 ドールの髪には人と違う色を使われることが多い。
 人と区別する為だ。
 そんな意味合いもあり、人外な色の植毛を施した。
 なかなかの完成度だ。
 最初にドールを開発した科学者を抜けるのではないかと、そんな思い込みさえも出てくる。
 だが、困ったことが一つ。
 服がない。
「桜姫のお下がりでいいか」
 私は独り言を呟くと、桜姫専用のクローゼットを開けた。

「桜姫、これを新しいドールにあげるよ。いいね?」
 適当なものを見繕って、桜姫に見せた。一応確認を取っておこうと思ったのだ。
 着古したドレスを、クマのぬいぐるみ相手におままごとしていた桜姫に見せる。
 そのとたん、桜姫は血相を変えて立ちあがった。
「やだ、やだよ。そのお洋服あげちゃだめ!」
 桜姫は私の腕を掴んで、子供のように首を横に振った。
 淡い空色の髪が揺れる。
 ああ、せっかく今朝きちんと髪をセットしてあげたというのに。
 そんなことを思いながら、
「桜、キミはたくさん服を持っているんだから、ユリアにも一着くらあげたっていいでしょう?」
 私はむずがる桜姫をなだめようとする。
 先日も、高い服を買ってあげたばかりなのだ。
 一人っ子だからとわがままを言わせるようなことはしたくない。
 桜姫は俯いてしまった。
「ね? ユリアにあげよう?」
 しゃがみこみ、目線を彼女に合わせた。
 だが、桜姫はかぶりを振った。そして大きな目で私を悲しげに見つめ返してきた。
「だって、だって……そのお洋服は桜が初めてマスターにもらったお洋服だよ? マスターは忘れちゃったの?」
「…………」
 私ははっとした。
 桜姫に初めて会った日のことが脳裏に甦る。
 あの日、桜姫を家に迎えるにあたり、初めて女性向きの洋服店に行ったのだ。普段、男物ばかり着ていたので、きちんとした女性向きの洋服店に入るのはとても緊張したのを覚えている。プレゼント用だといって店員に一緒に服を選んでもらったこと、高鳴る胸を抑えて家路に着いたこと、全てが鮮明に思い出された。
「ごめん、桜……。女の子には『初めて』は特別だよね。ごめんね」
 私は優しく桜姫の頭を撫でた。
 桜姫は泣きそうな顔をして、私に抱きついてきた。
「マスター、マスター!」
 彼女の身体をきゅっと抱きしめる。折れてしまいそうな華奢な身体。
「桜、わがまま言ってごめんなさい。でも、このお洋服だけはダメなの。桜のなの」
「うん」
 私は桜姫のやわらかい髪を撫でながらうなずいた。
「本当にごめんね。大好きだよ」
 私はもう一度、桜姫を抱きしめた。
「……新しい子にはお仕事みたいに変な機能付けるの?」
 顔を上げて桜姫が問うてくる。
 変な機能とは、性交渉目的の機能か。
「付けてないよ」
 同性のドールにナニをしろというのだろうか。
 私は苦笑した。
「浮気しないでね。マスターの一番は桜にしてね?」
 桜姫の問いに私は顔が赤くなるのを感じだ。そして確かな意思を持ってうなずいた。
「うん」


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