帰ってこない

 

「ねえ、お兄ちゃん。メンテナンスに行くのって明日だったよね?」
 階段を下りてきたアイリーンがひょいとリビングに顔を出した。学校から帰ってきたばかりの彼女は私服に着替えたところだ。
 少し悲しそうな、寂しそうな顔をしている。僕にはそう見えた。
「はい。そうです、マスター。明日ですよ」
 テーブルを拭く手を休め、僕はこくりと頷いた。

 僕は王都で造られた自律型ロボット『ドール』で、この家の一人娘であるアイリーンの子守りをするために、彼女が生まれた十五年前にやってきた。
 半年に一度のメンテナンスのため、僕は僕を造った王都のデルザー伯爵の工房ところに戻るのだ。今回のメンテナンスは特別なのだけど。
「マスター、明日からいい子にしていてくださいね」
「お兄ちゃんはまたそうやって子ども扱いする」
 アイリーンは頬をふくらませる。
 僕は笑ってみせた。
 当然だよ、だって僕は君の子守りをするためにこの家にやってきたのだから。

 アイリーンは、僕のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ。生まれたときからいつも一緒で、僕の容姿は人間でいう十歳ほどの少年だった。それは今も変わらない。そして、マスターであるアイリーンが十五歳になり、僕の背を追い越しても、その呼び方は変わらない。それははたから見たらちぐはぐな関係かもしれない。
 僕の主人はもう子どもの年を卒業しようとしていた。この前までは僕を追ってよちよち歩きをしたり、ままごとをしたりしたのに人間は成長するのが早い。それと同時に僕の耐用年数も限界が近づいている。子守りをするために造られたロボットとしては、僕は長持ちしたほうだと思う。アイリーンの両親も僕をきちんと定期的にメンテナンスに出してくれて、僕によくしてくれた。ロボットとして大切にしてくれた。

「そういえば、『ドール』を作り出した科学者って小さな女の子だったんでしょ? 私、会ってみたいな。お兄ちゃんは会ったことがある?」
 椅子に腰かけ、栗色の長い髪を揺らして、小首をかしげた。
「会ったことはないです。僕は量産タイプの『ドール』ですから。僕の製作者はまた別なんです」
 データを走査して、自律型ロボット『ドール』の創造主の名前を呼び出した。人工知能におけるフレーム問題を解決したアイラという名前の少女――むろん、現在は少女という年齢ではないだろうが――のことを。僕は実際には会ったことがないけど、メンテナンスのために王都の工房に行くと、デルザー伯爵がよくその名を口にしていた。アイラは王都ではなく、辺境の森に住んでいるという。そこには一番初めに作られた『ドール』もいるらしい。少し、行ってみたかったかな。
「早く帰ってきてよね。王都は遠くて嫌い。お兄ちゃんが帰ってくるのが遅いんだもの。往復に時間がかかりすぎ!」
「ええ、マスター」
 僕は首を縦に振る。
 どうやら彼女の両親は、僕が今回のメンテナンスで二度とこの家に戻ってこないであろうことを話していないらしい。僕の役目は明日で終わるのに。
「王都のおみやげ、忘れないでよね!」
「なにがいいですか。新しいロボットとか?」
 僕が訊ねると、アイリーンは驚いたように目を丸くした。
「ばか、うちのロボットはお兄ちゃんだけだよ。おかしなこと言わないでよ」
 一瞬ののち、真顔で返された。
「……、ありがとう、アイリーン。僕は、貴女がマスターでよかった」
 僕は泣きそうになっていた。でもそれは僕が勝手にそう思っただけで、僕はロボットだから泣くことは、ない、できない。
 悲しいと思うことも楽しいと思うことも全てはあらかじめプログラムされたしかけ。胸が痛むのはボディが部分的に故障してしまったんだ。

 王都につきしだい、旧式のロボットである僕は一通りの検査の後、廃棄処分となる。経年劣化した僕にはロボットとして価値がないのだから維持費がかさみ無駄になる。僕の廃棄は彼女の両親が決めた。『子守りとして、じゅうぶんに役目ははたした』と。アイリーンとの別れは仕方がないのだ。
 今後、僕の代わりに最新のロボットがこの家にくるかもしれない。そのロボットは彼女のよき友となってくれるだろうか、彼女は仲良くやっていけるだろうか。アイリーンのことが気がかりでならない。
 胸の痛みはまだ取れない。もしかしたら、これが人間のいうところの未練というものなのかな。

「何か困ったことがあったら、ご両親になんでも話すのですよ」
「なに、いきなり」
 いぶかしげな顔をして僕の顔を覗き込んでくる。
「いいえ、なにも」
 僕は目をそらして窓の外を見た。この家ですごす最後の時は、ゆっくりと終わりに向かっている。
 天気はよく、テレビからは明日も晴れると予報が流れてきていた。


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