第二話 変身、ケミカレンジャー



「こんな部屋、いつ作ったんですの?」
 小林佳子がクモの巣を払いながら、咳きこんだ。
 地下の部屋は古めかしい。以前は白かったであろう壁はうっすらと黄ばんでいる。床もほこりだらけだ。
 部屋には机と椅子があるのみだ。それらもほこりをかぶり、そうとう年代ものだ。
「ふ……、こんなこともあろうかと、代々、化学部はこの秘密基地を守ってきたのだよ」
 神久は答える。サングラスがきらりと光った。
「化学部が代々、秘密基地を守ってきただと……?」
 海老根翔子は頭を抱えた。
 わけがわからない。
 だいたい学校の、しかも化学室のロッカーから、地下へと続く階段がのびているなど尋常ではない。
「すっごい! 美香ちゃん、感激ですー!!」
 吉崎美香が一人、はしゃいだ声を出した。
「今こそ、キミたちはケミカレンジャーに変身するときがきたのだ!」
 神久は声高に叫ぶ。
 机と椅子だけがおかれた地下の部屋に、神久の声がこだました。
「ケ……ミカ?」
「レ……ンジャー?」
 海老根と佳子は、顧問の発言にほうけた表情をして、すっとんきょうな声を上げた。
「きゃああ、素敵、素敵っ!! 美香ちゃん、変身したいー!」
 美香だけは笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 神久はおもむろに白衣の内ポケットから三色のブレスレットを取り出した。
 青と、黄、そして赤。
「さあ、これを腕につけて、『ケミカ変身!』と叫ぶのだ」
 神久は白衣の少女たちに、ブレスレットを強引に手渡す。その表情は真剣だ。
 渡されたほうはというと、現実が上手く飲み込めずぼうっとしている。
「変身……ですって?」
 青のブレスレットを渡された佳子は肩を震わせている。笑いをこらえているらしい。
「……ドッキリカメラか?」
 海老根は赤のブレスレットを手に、地下の部屋をきょろきょろと見渡した。隠しカメラでもあって、騙されているのではと疑っているようだ。
「騙しにしては大がかりだが……」
 眉根を寄せて、赤のブレスレットをぶらぶらと目の前で揺らして呟く。

 と、その後ろで黄色のブレスレットを渡された美香が可愛らしい声で叫んだ。
「ケミカ変身!」
 とたん、まばゆい光が美香の身体を包む。
 海老根と佳子はあっけにとられた。
 光が消えると、美香が黄色のゴーグルをつけ立っていた。白衣も変化している。硬そうな謎の生地だ。中のブレザーさえも特殊な生地に変化している。そして手には白い手袋だ。
「本当に変身しましたわ……」
「ウソじゃなかったのか……」
 海老根と佳子は目をしばたかせている。
「にゃははーん。化学の使者、ケミカイエロー推参!」
 一番に変身した美香はノリノリでポーズをつけて、なにやら決めゼリフを吐いている。
「さあさあ、早く! エビネちゃんとヨシコ先輩もぉ」
 美香は目をきらきらさせて、二人を見た。ねだるような上目使いで。
「う……」
「わ、わたくしは……」
 二人は冷や汗をたらす。
 それにプラスして、神久の期待に満ちた目があった。視線が痛い。重い。
「さあ、海老根に、小林も、変身するんだ!」
 海老根と佳子は顔を見合わせると、少しの間のあと、仕方がないかと顔を赤らめた。
 なかばヤケクソ気味に、二人は照れたような声で同時に叫んだ。
「ケミカ変身!」
 光の弄流が二人を飲み込む。
 目が眩みんで、海老根は本能的に目を閉じた。目の前が真っ白になる。
 光が消え、うっすらと目を開けると、海老根は赤のゴーグルをつけ、なにやら硬い謎の生地でできた白衣を着ていた。ブレザーもやはり変化している。生地は謎だ。だが、やたら硬くて、それでいて、なめらなさわり心地だ。白い手袋も手にしっくりとなじむ。
 視界が赤い。眼鏡の代わりにつけた赤のゴーグルは眼鏡よりも視界がきいた。
「ほお……」
 海老根は感嘆の声を漏らす。
 佳子はというと、青のゴーグルをつけ、やはり謎の生地でできた白衣とブレザーをはためかせていた。
「はぅ……。これじゃコスプレですわ……」
 佳子は顔を赤らめ、困ったようにうつむいている。白い手袋をはめた手で、白衣のはしをぎゅっと握っていた。その手は震えている。
 現実主義の佳子ことだ。そうとう恥ずかしいに違いない。
 
 海老根は、順応が早い。
 変化した白衣とブレザーをペタペタと触ると顔をほころばせた。
「おお、これは劇薬……例えば熱濃硫酸の実験にも、耐えそうな生地だな」
 なにより白い手袋が気に入った。普段、熱濃硫酸の実験は軍手を三枚重ねで行っていた。それより格段よい。
 海老根はくるりとターンしてみせると、嬉しげに笑った。
「そうだ、それは超装甲白衣・一式だ。化学の力で作り出したもので、敵のあらゆる攻撃に耐性を持っている。ブレザーも超強化されているぞ」
 神久がどこか自慢げに言った。
「超装甲白衣・一式に超強化制服……」
 海老根は呟く。
 なんだかよく分からないが、とりあえず実験のときに便利だなと思った。

「お前たち三人は今日から化学戦隊・ケミカレンジャーだ! 暗黒生徒会と戦うのだ!!」
 神久がビシッと三人を指差した。
 海老根はなぜだか感銘を受けたような気持ちになった。
 心の奥がなにやら熱くなる。よく分からない。だが、使命感のようなものがわいてくるのだ。
「……面白そう、かも」
 海老根は熱くなる胸に手をあてた。ドキドキしている自分がそこにはいた。
 それは佳子と美香も同じようだった。

「そうだ……」
 ふと思い出す。大切なものが欠けているではないか。
「はい、質問。巨大ロボットは?」
「ない」
 海老根の質問は、神久に即答された。
「巨大ロボが出ない戦隊モノなんて、そんなの戦隊モノじゃありませんわ」
 佳子がくやしげに叫ぶ。
 まずは形から入る佳子だった。
「確かに……巨大ロボットがでないのでは、戦隊モノとして恥ずかしいな」
 海老根はあごに手をあて、考えるそぶりを見せた。
「神久先生、先生の貯金でどうにかできませんか?」
 海老根は振り返り、神久を希望に満ちた目で見た。
「とっくにやっているとも。ほら、キミらの腕についている変身ブレスレットを見たまえ。それは俺が自腹切って作ったんだ。部費ではなくてね」
 うはははと、神久は空笑いをした。そして続ける。
「貯金はつきたよ!」
 それを見て、海老根たちはがっくりと、床にひざをつく。
「そんな金がどこにあるんだ。国家予算でも出せというのか?」
 神久は逆に質問をしてくるありさまだ。教諭が逆ギレだろうか。
 だが、そうだ、と海老根はひらめいた。佳子の家は金持ちじゃないか。
 赤のゴーグルが光る。
「佳子、キミのお小遣いは毎月いくらだい?」
「月に三千円ですわよ……。うちの両親ってケチなんですの」
 地面にひざをつき、うなだれたまま佳子は答える。青のゴーグルの下の表情は暗い。
「はーい、美香ちゃんのお小遣いは月に千円でーす!」
 美香が手をあげて、黄色のゴーグルをきらめかせ、にこやかに答えた。
「だめじゃないか……」
 海老根の小遣いだって月に五千円だ。高校生の平均的なお小遣いだろう。
 皆のをかき集めたとしても、たかが知れている。

 部費がおりないから、巨大ロボットも作れない。だがよく考えたら部費だってたかがしれている。いっそのこと『貧乏戦隊・カネナシジャー』に改名したほうがよいのではと、真剣に悩む海老根であった。

 貧乏に負けるなケミカレンジャー。貧乏とも戦え、ケミカレンジャー!



 次回予告。
 化学戦隊・ケミカレンジャーが誕生した。
 そして、彼らの前に現れたものとは!?  来週もチャンネル合せるのを忘れるな!

 

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