第四話 君の瞳は絶対零度



「やっこさんのおでましだ」
 神久のサングラスが鋭く光る。

「ケミカ変身!」
 白衣の少女たちは廊下を走りながら変身し校庭に出た。そのあとを、神久と、目を丸くした山中洋明が続く。

 ケミカレンジャーに変身した三人の前には、暗黒生徒会からの刺客である運動部の男子たちの姿があった。数は四人。
 ご丁寧に『暗黒生徒会・刺客』と書かれたタスキをかけている。
「敵はどうやら本当に強化人間と化しているようだな」
 海老根翔子がすばやく分析する。
「筋肉モリモリというわけだ」
 神久もうなずいた。

「化学の使者、ケミカレンジャー推参!」
 白衣の少女たちはそれぞれにポーズを決める。
「推して参る!」
 海老根が怪しげな色の試験管を突き出し叫ぶ。
 背後で山中が驚いているのが手に取るように分かったが、気にしている場合ではない。

 校庭の真ん中で、それぞれが対峙した。校庭に一陣の風が吹き抜ける。

「サッカー部の連中か。……行くぞ、佳子、美香!」
 海老根は叫ぶ。
「やーん、ケミカイエローって呼んでー」
 吉崎美香がイヤイヤをしながら走りだす。
「わたくしのことも、ケミカブルーとお呼びになってけっこうですのよ?」
 小林佳子も走り出した。黒くつややかな長い髪が舞い、白衣がはためく。
「めくらまし試験管!」
 三人は華麗に刺客を倒していく。一人、二人と。

「爆発フラスコ!」
 美香の投げたフラスコが爆発し、三人目をノックダウンさせた。
 爆風と薬品の匂いが校庭に充満する。
「うむ、さすがはケミカレンジャーに変身しただけのことはある」
 顧問の神久も満足そうにうなずいている。
「…………」
 山中はあっけにとられ、口も聞けずにいる。

 やがて刺客は、海老根の前に一人残るだけとなった。
 海老根は足を一歩踏み出す。
「いくら普通の人間が強化したって、たかがしれてる。このケミカレンジャーに変身した私たちに敵うとでも?」
 海老根はおかしそうに笑う。
 ノリノリである。
 校庭の真ん中で、少年――たぶん一年生だろう――は海老根に蹴りを食らい、あわれにも尻もちをついた。
「濃硫酸と、希硫酸、どちらのほう酸性が強いか知っているかい?」
 海老根は、ひどく残酷な笑みを浮かべ、手にした試験管の栓を抜く。中には透明な液体が入っていた。
「ひ、ひい……!」
 サッカー部の少年は腰が抜けてしまったのか、立つこともできない。だらしなく足を開いたまま、後退すらしない。
「正解は後者だよ、これは希硫酸。比重1.59未満のものが希硫酸と呼ばれるんだ、知っていたかい? ……これをキミの股間にかけたら、使い物にならなくなるだろうね」
 クスクスと海老根は笑った。どこか相手の反応を愉しんでいる表情だ。
 希硫酸とは濃度の薄い硫酸のことだ。濃硫酸を水で薄めれば希硫酸になるという道理である。
「化学式はH2SO4、無色透明無臭……」
「や、やめ……」
 海老根は試験管を軽く振ってみせた。赤いゴーグルが鈍く光る。
「指図はうけないよ、少年」
 海老根は試験管を斜めにすると、中の透明な液体を少年の股間にぴちゃぴちゃとたらした。
「う、うわあ」
 叫んで、少年はがくりとうなだれる。どうやら失神してしまったらしい。
「ウソだよ。これはただの蒸留水さ。……本当にやるとでも思ったのか?」
 海老根は不敵に笑った。

「エビネちゃん、えすえむちっくー!」
 後ろで美香が腕をぶんぶん振り回している。黄色いゴーグルの下で、可愛らしい瞳が興味津々といった感じに輝いている。
「ええ、エビネ女王様の誕生の瞬間でしたわね」
 佳子も真剣な面持ちでうなずいている。
「失敬な。それでは私のほうが悪者みたいじゃないか。私は正義の味方だぞ!」
 海老根は振り向き、眉根を寄せて叫んだ。
「ゆゆしい、ゆゆしい戦いだったな」
 神久も腕組をしてうなっている。顧問として思うところがあったらしい。
「だが、執行部の刺客には勝ったぞ」
 海老根は失神してしまった少年を見下しながら言った。そして変身を解く。
「そうだな、……確かに」
 神久はまだうなっている。
「終わりよければ全てよし、ですわね」
 佳子が変身を解き、言った。
「ほんとにえすえむだったねー」
 美香もきゃらきゃらと笑いながら変身を解いた。

「……カッコイイ、エビネ先輩」
 山中はというと、うっとりとした表情で海老根を見ていた。どうやらツボにはまったらしい。

 校舎の影から、彼女たちの戦いを見ていた二つの影に、彼女たちは気がつかなかった。

 なんとか、暗黒生徒会からの刺客を打ち破ったケミカレンジャーたち。初めての戦いにしてはよくやった。だが、暗黒生徒会の正体はまだつかめていない。
 行け、僕らのケミカレンジャー。負けるな、ケミカレンジャー!


 次回予告。
 最初の刺客を打ち破ったケミカレンジャーたち。だがなんと、ケミカレッドである海老根翔子が倒れた。そのとき山中は!? 来週もチャンネル合せるのを忘れるな!

 

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