序章 

 

「アイラ、プログラムは終わったかい?」
 ノックとともに初老の男が入ってくる。
 少女はキーボードを打つ手を休め、初老の男の方を向いた。
 あどけなさの残る華奢な少女だ。
「ええ、デバックも済んだし、準備出来たわ、父さま」
 アイラと呼ばれた少女の部屋は薄暗く、おびただしい数のコンピュータが陳列されていた。家具のように大きい物、小型の物、データを休みなく吐き出して入る物、それらを繋ぐ無数のコードが幾重にも絡まり、窓を、部屋を、這い回っていた。
「それじゃさっそくデータをボディに移すか」
 父親はアイラにデータを持ってくるように促すと、部屋を出て行った。
 
 まるでスクラップ工場のように機械の部品が散らばる部屋の中心に、一人の青年が横たわっていた。
 腰の辺りまである黒髪、白い肌、整った顔立ち、長身の男性だった。
 青年の目は堅く閉ざされている。
 その周りには作りかけの人形が所狭しと置かれている。ただの人形と違うのはそれらが機械で出来ている所か。
「さ、アイラ、始めるぞ」
 父親はアイラに指示をし、自らも準備に取りかかった。
 作業をしながら彼女は目を閉じたままの青年の額をそっと撫でた。青年の肌は冷たかった。
「フェッセンデン、もうすぐ会えるよ」
「それじゃ行くぞ」
 父親の合図にアイラは真剣な面持ちでうなずいた。
 彼はキーボードを操る手を止め、エンターキーに手を掛けた。これから起こる事への期待と不安とがないまぜになった気持ちを何とか静め、ゆっくりと指先に力を篭める
 鈍い電子音が部屋に響いた。
 その直後、ぴくりと青年の指が動いた。硬く閉ざされていた瞳がゆっくりと開かれて行く。
「マ……ス、ター……」
 起きあがった青年が声を発した。
 心地よい声。
「あ……」
 アイラは驚き、口元を手で覆う。
 聞きたかった声。
 何度、想像したか分からなかった。
「会いたかった」
 青年はアイラを見つめた。真っ直ぐに。
「フェッセ……」
 青年はぎこちなくだが、笑った。
 それでも笑顔は優しかった。
「ずっと貴女に会いたかった、マスター」
 言って青年はもう一度、微笑んだ。染み入るような優しい笑顔。
 青年の黒い艶やかな髪が肩から零れる。
「私も、ずっと会いたかったわ。フェッセンデン」
 アイラは言い終わらないうちに青年に抱き付いていた。
「やれやれ、とうとう世界で最初の自律型ロボット『ドール』の完成か」
 少女の父親は、無邪気にはしゃぐ娘を横目に、天井を見上げ、見えない空を仰いだ。

 

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