第1章
午後の暖かい陽射しの中、少女は机に突っ伏した姿勢のまま、静かな寝息を立てていた。
その肩にカーディガンがふわりと掛けられる。幾ら日当たりの良い部屋とは言っても冬の事である。日差しは春の訪れを囁くも、冬の北風は未だその勢力を弱めてはいない。窓の向こうに広がる庭にも、雪が残っている。
「風邪を引きますよ、マスター」
艶やかな黒髪を腰まで伸ばした青年が、優しく微笑みながらそう言った。
「ん? ああ、フェッセンデンか。私、寝ちゃってたんだ? そうだ、プログラミングの途中だったんだ」
マスターと呼ばれた少女はありがとうと言い、青年に微笑み返した。
「プログラムは、どのくらいまで進みました?」
「そうね、七割方終わってるんだ。父さまのボディ作りの方はどうだった?」
「順調に進めていらっしゃるようでしたよ」
少女はそれを聞くと満足そうに微笑んで、青年の頬に手を伸ばした。
「いつもありがとう、大好きな私のフェッセンデン!」
少女の名はアイラ。王国の外れにある森の中の屋敷に父親と青年、数人の使用人達と共に住んでいた。十五歳でありながら天才的なプログラミング力を持ち、ロボット工学の第一人者だった。
彼女の作り出したロボットは、自分の意思で動く自律型のロボットだった。人の命令を聞いて動くロボットではなく、自分の意思で動くロボット『ドール』。今から三年前に開発され発表されてからというもの、爆発的に世界に名が知れ渡った。家を買うよりは安いがそれでも高額な為に、巷では売れないだろうと言われて来たが、大勢が買い求めた。
ただ、ドールの製作は親子が全て一体いったい手作りで行っている為、なかなか需要に追いつかなかった。
それらのロボットは黄金律に乗っ取って作られた身体を持ち、細部まで作り込まれた美しさは、美術品としての価値も高かった。
そのドールの基本プログラム開発を一人でやってのけたのがアイラだったのだ。もう一人、アイラの父親であるロボット工学の博士、グロウラーがドールのボディ作りを請け負っていた。
そして、アイラのもとに寄り添う青年こそが世界で一番初めに作られた感情を持つ『ドール』フェッセンデンだった。
自分の意思で動く『ドール』が開発された事が政府の耳にはいると、彼らはすぐに使いの者を寄越して来た。
政府の雇われ科学者となれと言うのだ。父親と共に。最初は自由に開発をしたいからと断わり続けた親子だったが、再三の要求に折れ、遂にはお抱えになる事で決着したのである。
政府は初めは王都へ来て欲しがったが、親子は住み慣れた土地を離れる訳にはいかないと頑として断わった。
政府の狙いはただのロボット作りではなかった。軍事目的で、戦争の武器としてロボットを使いたかったのだ。全面的に使用権を得、軍事用にロボットを開発出来れば最強の軍隊が出来上がる。それを狙っていたのだ。
だがアイラ達がそれに気付いていない訳ではなかったのだが。
アイラが今携わっているのは次期ドールの開発だった。自分の意思で動くだけでなく、他の何かを持つ事が出来るロボット。それを作るのが課題だった。もともと基礎となっている所のプログラムは出来ているのだが、その肝心な何かがまだアイラには分からないのだ。それさえ分かればあっという間だといつも愚痴をこぼしている。
「マスター、焦るお気持ちは分かりますが、無理はしないで下さいね」
言ってフェッセンデンはアイラの頬に触れる。
大切な大切な人。唯一の主人。
「ありがとう、フェッセンデン」
その手をアイラの手が包んだ。
心配いらないと言い、アイラは微笑んだ。
「さあ、フェッセンデン! 悪いけど手伝ってくれる? ここのプログラムの構築が上手く行かないのよ。うまくこのガタガタ岩場っぽい所をサラッと大草原風に直してくれる?」
他人が聞いたらなんだか分からない表現を本人はいたって真面目に言う。
「はい、マスター」
にっこりと、フェッセンデン。
さっそくプログラムの修正に入る。
「もっと平らでさわやかな風が吹いて入るような……」
アイラの謎の指示は続く。
フェッセンデンはいつもアイラの役に立ちたいと思っていた。それはそうプログラムされたからではなく、自分の素直な気持ちだった。自分を生み出してくれた人。この人が自分を必要としてくれる限り、いや、必要としなくなっても傍にいたいと思っていた。
この人の役に立ちたい、喜ばせたい、それ以上の感情が自分にある事にフェッセンデンはこの頃気付いていた。
だが、それは言えなかった。人と機械との見えない壁が彼には見えていたからだ。
アイラに言ったら嫌われるのではないか、機械が何を言うと相手にされないのではと思っていたからだ。
それなら機械として触れ合えればそれで幸せなのだと、彼は思っていた。