第5章

 

「私を狙ったスナイパーは、『ドール』だったって言うのね? ……人間じゃなかったのね?」
 アイラはもう一度念を押すように聞く。
「そうです」
 フェセンデンはうなずく。
「脅かさないでちょうだい。変な言い方をするから心臓が止まりかけたわ」
 アイラはほっと息を吐く。
「そのドールの個体名は?」
「シェラザードです」
 アイラは言葉を失う。 
 シェラザードはアイラが七番目に作り出した、女性型のドールだった。
 全てが手作りである為、一体いったいドールを忘れる訳がなかった。
 皆、自分の子供のように思い入れの深いドール達だ。
 全てのドール達は一卵生双生児のようなもので、基本的な人格は全員同じものの、仕える主人が決まりその環境に応じて性格が形成されて行く。
 基本的には温厚だ。
 そのドールが人を殺そうとするなんて到底思えなかった。ましてや創造主たるアイラをなど、考えられない事態である。
「だけど、事実なのね」
「はい」
 アイラは考えるように手を口元に置きながら、フェッセンデンに指示を出す。
「シェラザードの電子頭脳を取り出して、おかしな所が無いか調べておいて。ボディは父さまの研究室へ」
「了解しました、マスター」
 フェッセンデンは礼をすると部屋を出て行った。
 彼が出て行くと、アイラはベッドに身を委ね、目を閉じた。
 幾ら考えても、分からない事だらけだった。
「シェラザード、どうして……」

 それから数日が経ったが、何一つ分かった事は無かった。
 取り出した電子頭脳を解析装置に繋ぎ、エラーが無いか浚っているが何も出て来なかった。
 ドールの記憶装置にアクセスしてみても、おかしな所は見受けられない。
「ドールの反乱……まさか、私は何を馬鹿な事を……」
 そんな事有り得ない。
 フェッセンデンは首を振り、自嘲気味に薄く笑った。
 フェッセンデンは自分が破壊したドール、シェラザードを見ていた。
 人とそっくりに作られていても、血を流す事もなく、肉も骨もなく、中身は機械の部品が詰まっている。
 人口皮膚の間から覗くのは機械のそれだ。
 それを見ていると自分が機械仕掛けの人形なのだと、否が応にも思い知らされる。

 調べ物の合間にフェッセンデンは主人の下へ行き、遠慮がちに訊ねた。
「……マスター、私は涙を流す事が出来るでしょうか」
 フェッセンデンの問いにアイラは少々驚きながらも答える。
「どうしたの、突然?」
 フェッセンデンが黙ったままなのを見て、アイラは続ける。
「貴方は涙を流すようには作られていないわ。人間ではないんですもの」
 涙を流す事が出来ないと、当たり前の事を再確認して、フェッセンデンはやはり悲しかった。

 あれは涙ではなかったのだろうか。
 電子頭脳の中に蓄積されたデータを調べてみても、答えは見つからない。
 フェッセンデンにはどうしてかは分からなかった。
 だが、人間の間ではこう呼ばれている。
 奇跡と。
 彼が主人を思う心が起こした奇跡だった。
 ただ、それを二人が気付かないだけだった。

 フェッセンデンは人間のように食べたり、眠ったり、涙を流したり出来たら良いのにと何度も思った。
 以前その事をアイラに言ったら逆に羨ましいと言われた事があった。
 睡眠と食事の時間を研究に充てたいと言うのだ。
 フェッセンデンはアイラが涙を流したところを一度も見た事がなかった。
 悲しいと思った事が無かったのだろうか。
 他にも人間は自分で勉強し学習する。アイラくらいの子供なら学校という所に通うらしい。
「そういえば、マスターはどうして学校へは通わないのですか?」
 フェッセンデンは不思議に思ってアイラに訊ねる。
「学校で習うものは全て、父さまに教えてもらったの。とても小さい時に覚えてしまって……だから私は学校に通う必要がないのよ」
 アイラは笑って見せたが、その笑顔はどこか哀しげだ。
 政府の為に、この大きな森の中の屋敷で少女が研究だけをして過ごす。それはどこか不自然に思えた。
「……マスターは寂しいと思った事はありませんか?」
「寂しい? 寂しくはないわ。だって父さまもいるし、何より貴方がいるわ、フェッセンデン」
 アイラ自身がそう言うのではと、フェッセンデンは少しだけ安心をした。
「――私はね」
 それから少し間を置いて、アイラが口を開く。
「幼いころからあらゆる教育を、あらゆる技術を与えられて生きて来たわ。たった一つのもの以外、何でも手に入ったわ。お菓子も、お人形も、お洋服も。ええ、私が本当に欲しいもの以外ならね」
 アイラは続ける。
「私は、ずっと傍にいてくれる人が欲しかった。……でも、やっと見付けたわ」
 貴方よ、フェッセンデン。
 見つめる眼差しがそう語る。
 言葉に出さなくても分かった。
「マスター……」
 フェッセンデンは静かに目を伏せる。
「あなたを一人にはさせません。何があっても必ずお傍にいます」
 誓いを立てるかのようだった。
 熱のこもった口調でフェッセンデンは言葉を返した。

 アイラの屋敷に新しい使用人が入って来た。 アイラと年が近そうな年端もいかない、そばかすの残る少女だった。
 怪我で動けないアイラの世話係として臨時で雇われたその少女は、アイラとは対照的な外で走り回るのが似合うであろう活発な少女だった。大きな目をくりくりと輝かせ、アイラを質問攻めにしては困らせた。
 栗色のおさげを両肩に垂らしたその少女の名は、ラズといった。
 アイラはラズに自分の研究室を見せてやっていた。もちろんまだ歩く事は出来ないので車椅子に乗って、それをラズが押していた。
「アイラお嬢さま、どうしてこのお部屋にはコンピュータが何台も電源を付けっぱなしになっていらっしゃるんですか?」
 ラズはアイラの研究室にあるコンピュータを次々に指差して言う。
「ネットワークに繋いであるの。ホストコンピュータの役割もはたしているから電源を消す訳にはいかないの。政府のコンピュータに研究結果を順次送る役割も担っているわ」
 ラズは専門用語が分からず、首を傾げる。
 アイラは苦笑した。
 それでもアイラはラズの存在を新鮮に思った。今まで同じ年くらいの子供と話をした事などなかった。屋敷からほとんど出た事のないアイラに友達はいなかったのだ。
「このお屋敷にはドールがフェッセンデン様のほかにはいらっしゃらないのですね」
「ええ、ドールは一体一体手作りで作るのだけど、皆、市場に送られて行くの。需要が多くてこの屋敷には残らないわ。それに私にはフェッセンデンさえいえばいいから」
 アイラはドールの仕組を丁寧に教える。
「アイラお嬢さまはフェッセンデン様がお好きなのですね」
 ラズは悪戯っぽく笑う。
「好き? そうよ、好き。フェッセンデンも、父さまも、お手伝いさん達も、ラズもみーんな好きよ」
 アイラは言ってにっこりと微笑んだ。
「…………」
 それを聞いてラズは面を食らったように口を噤む。
 が、続けて、
「アイラお嬢さまは恋をした事はありますか?」
 探るようにアイラの顔を覗き込む。
「恋?」
 アイラはきょとんとする。
「そうです」
「分からないわ。だって、そんな事まだ考えた事もないし、私は研究で忙しいもの」
 アイラは首を振る。
「まだ子供なのですね、お嬢さまは」
 ラズはクスッと笑った。
 その笑顔はどこか大人びていた。
「あたしには好きな人がいるんですけど……」
 言い掛けた時、その場へフェッセンデンがやって来た。
「マスター、研究熱心なのは結構ですが、傷に触ります。横になっていて下さい」
 持って来たショールをアイラの肩に掛ける。心配でたまらないといった風だ。
「わかったわ。先に戻っていてちょうだい。すぐに戻るから」
 アイラは言うと手を振る。
 フェッセンデンはまだ何か言いたげだったが、仕方なく引き返して行った。
 それを見届けるとラズはアイラの方に向き直って口を開く。
「あたしの好きになった人っていうのは、フェッセンデン様です」

 

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