黒薔薇姫
硝子つくりの高い塔に、黒薔薇姫という一人のお姫さまがいました。
黒薔薇姫は最上階から日がな地上を見下ろすのでした。
とても高い塔でしたから、晴れている日でないと外は見えません。雲がかかってしまうのです。
黒薔薇姫は塔から出たことがありませんでした。
硝子つくりの従者はいましたがお友だちはいません。でもとりたて寂しいと思ったことはありませんでした。晴れている日は窓を開けて地上を見下ろします。天気が悪く曇っていればこんこんと眠るのでした。
ですがある日のことです。いつものように硝子つくりの双眼鏡で地上を見ておりましたところ、美しい男の子に心を奪われました。
それは地上の王国に住む王子さまでした。綺麗で優しい笑顔の王子さまでした。その王子さまを見たとき、初めて黒薔薇姫は塔から出たいと思ったのです。
「外に出たい。この塔の出口はどこ?」
黒薔薇姫は従者たちに聞きます。ですが従者たちは悲しそうに首を横に振るのです。
「黒薔薇姫、この塔には出口はありません。窓はこの最上階にしかないのです。どうしてもというのなら、ここから飛び降りるしかありません」
従者の硝子つくりの服が澄んだ音を立てました。
そうなのです、硝子つくりのこの塔には、いっさいの外へ通じる扉という扉、そして窓という窓は一つもなかったのです。あるのはたった一つ、最上階の小さな窓だけです。
黒薔薇姫は自分の手をじっと見ました。薄い肌色の硝子の手です。黒薔薇姫のその髪も玻璃のように薄い黒色の硝子でできていました。その髪にはやはり硝子つくりの黒薔薇の花とつたがからみ、一歩あるくたびにしゃらしゃらと音を立てるのでした。黒薔薇姫は硝子つくりのお姫さまだったのです。
もう一度、双眼鏡を手に取ると、地上を見ました。王子さまは美しく微笑んでいます。ですがその微笑には陰りがありました。
王子さまのいる国は、もう何ヶ月も雨が降らず湖は干上がり、川も干上がり、井戸さえも水一滴ありませんでした。とても水に困った国でした。民も水がなく、とても困っていたのです。国が砂漠になってしまうのも時間の問題でした。
王子さまの顔色は日増しに曇り、しだいにぜんぜん笑わなくなってしまったのです。
それを塔から見ていた黒薔薇姫は思うのでした。
「ああ、あなたに笑顔が戻るのならば。そしてあなたの笑顔がわたしのものになるのなら」
黒薔薇姫は知っていたのです。硝子の塔の民が死ぬと水になってしまうことを。地上の民は死ぬと土にかえりますが、硝子の塔の民は水にかえるのです。自分が死ねば、王子さまと王子さまの国は助かるかもしれません。
黒薔薇姫は思い詰めた表情をしてうつむきました。しばらく黒薔薇姫はそうしていました。泣くでもなく黙ったままです。
あきらめたかと思われたそのとき、きびすを返すと黒薔薇姫は窓から身を投げたのです。
「ああ、姫さま。なんていうことを!」
従者たちは悲鳴を上げました。
空中で朝日を浴びながら、黒薔薇姫の薄く透ける身体も髪もドレスも粉々になり、光の粒となって消えてしまいました。
その日の朝、王子さまの住む国では雲一つないというのにきらきらと輝く硝子のような雨が降りました。
民は大喜びしています。犬も家畜も外に出て歌をうたって喜びあいました。
王子さまは空を見上げます。空は青く澄み渡っていました。お日さまの光のかげんか、ゆらりと空に薄水色に輝く塔と、自分と同じ歳くらいの少女の影が見えた気がしました。それは一瞬のこと、まばたきをする間に消えてしまいました。
王子さまは空からやわらかに降り注ぐ雨を手に受けると、我知らず涙を流したのでした。
どうして涙がこぼれたのか、王子さまは自分でも分かりませんでした。
ただ、いちりんの、透き通るような涙色の薔薇がひっそりと、王子さまの住む城に咲いたのでした。
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・作者より
おとぎ話、童話のようなお話が書きたくなって書きました。読んで下さった方の心に何かが残ったのなら嬉しいです。他人から見て不幸でも、黒薔薇姫が幸せだと思うのなら、それは確かに幸福なのです。自分の選んだ道に間違いなんて有り得ないのです。
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●Novegle対応ページ ◎作者:流悠ちか◎カテゴリ:童話◎長さ:SS◎状況:完結済◎あらすじ:硝子つくりの高い塔に、黒薔薇姫という一人のお姫さまがいました。お姫さまはある日……。