前日の贈り物

 

 黒髪の少年がなだらかな丘を駆け上がっていく。
 少年の名は琥珀。今年の春、十三歳になったばかりだ。
「知らない。白亜なんか、もう知らない。もう遊んでやらない!」
 琥珀は、名前と同じ琥珀色の目に涙をいっぱいにためていた。ひとすじ、涙がこぼれ落ちる。
 それでもぐいと袖で涙をぬぐい、口を引き結んだ。

 空は晴れ渡り、丘にはヒースが風に揺れ、小さな釣鐘形をした紫の花を咲かせている。
 琥珀は丘のてっぺんまで登りきると、肩で息をしてもう一度だけ目をこすった。
「白亜がみーんな悪いんだ、白亜なんて嫌いだ!」
 琥珀は独りごちる。

 琥珀がくさっているわけは、親友の白亜が少し前から自分を避けはじめたところにあった。気のせいかと思われたそれは、今日の先ほど決定打を出した。
 白亜がしばらく遊べないと言ったのだ。いつまでかと聞いたら、言えないと返された。
 いつから一緒にいたのかも分からなくなるほど、兄弟のように仲がよかった。なにをするにも一緒だった。
 それなのに、と琥珀は唇を噛む。

 しばらくして草を踏む足音がした。誰かが丘を駆け上がってきている。
 見れば、銀色の髪をした少年が息を切らせて一直線に琥珀のところに向かってきているではないか。琥珀と年はそう変わらないだろう。
「琥珀!」
 銀色の髪の少年は、せっぱつまった声をあげた。
「白亜なんてもう知らないよ、嫌いだ。どうせ白亜はオレのことが嫌いなんだろう」
 琥珀は振りかえずに言った。
「違う。僕は琥珀のことを嫌いだなんて思ったことは一度だってないよ」
 白亜と呼ばれた少年は、丘を登りきるときっぱりと言い返した。
「嘘だ」
「嘘じゃない。こっち向いてよ、琥珀」
 ぐいと、白亜は琥珀の肩をつかみ、自分のほうに顔を向けさせた。
「やめろよ」
 とっさに琥珀は目もとを手でおおうが、涙の跡を白亜は見逃さなかった。
 白亜の緑色の瞳が見開かれた。
「泣いてるの、琥珀」
「知らない」
「言い訳だけさせてよ」
「…………」
 答えがないのを承諾と見て、白亜は続けた。

「僕がキミを遠ざけようとしていたのは……キミにばれてしまうのが恐かったからなんだ」
「ばれる?」
 琥珀はわけが分からず聞き返す。
「キミがサカナのブローチが欲しいって言ってたから、このごろ店の手伝いをしてお駄賃を貯めていたんだ」
 白亜は長いまつげを伏せる。
「オレのために?」
 琥珀は驚いて目を丸くした。
 以前に二人で雑貨屋をひやかしていたときのことだ。きらきらと青く光る魚の形をしたブローチを見つけた。いっぺんに気に入った琥珀はそれが欲しくてたまらなかったが、琥珀の所持金ではとても買えない値段の品だった。琥珀は後ろ髪を引かれる思いで店を出たのを覚えている。
 それからも雑貨屋に行くたびにブローチが売れてしまっていないかを確認するのが琥珀の日課になっていた。お小遣いを貯めて、いつかそれを買って、ちかぢか開催される夏祭りにつけていけたらいいなと思っていた。
 だが昨日、そのブローチがとうとう店先から消えていて、琥珀は肩を落として家路についたのだ。おりしもそれは夏祭りの二日前だった。
「キミ、あれをつけて夏祭りに行きたいって言ってただろう。本当は当日まで内緒にしておくつもりだったんだ。つい口が滑ってばれちゃいそうで、キミと遊べないと思ったんだ。避けていてごめん、悪かった。……はい、あげる」
 琥珀はていねいに包装された小箱を渡された。
 おっかなびっくりそれを受け取った琥珀は、小箱と白亜を交互に見た。
「開けてみてよ」
 ふふ、と笑い白亜は琥珀を急かす。
「う、うん」
 琥珀は震える手でゆっくりとリボンをほどいた。
 小箱をそっと開けると、中に入っていたのはあの青い魚のブローチだった。
 琥珀は胸を突かれる。
「うわあ……」
 琥珀はブローチをお日さまにかざす。青い光が反射して、きらきらと美しかった。
「ね、してみて、琥珀」
「うん……、手が震えて、上手く……できない」
 琥珀は緊張のあまり、服にブローチが止められずにいる。
「貸して、僕がしてあげる」
 見かねた白亜が苦笑して、手を出した。
 白亜は少しかがんで、琥珀の左胸にブローチをつけた。
「「はく、あ……。オレ、勘違いしすぎてた。こんな、まさかお前からプレゼントしてもらえると思ってなかったから……」
 琥珀の目から再び涙がこぼれ落ちる。
「だって僕たち、親友だろう。キミには僕。僕にはキミしかいないんだから」
「ごめん、さっき嫌いだなんて……嘘だから。ごめん……」
 本格的に泣き出してしまった琥珀に、白亜は慌てふためいている。
「誤解が解けたんだからもういいよ。泣かないでよ、キミ、僕より年上だろう?」
 あやすように白亜が言う。
「それとこれとは関係ないだろう。白亜の気持ちが嬉しかったから泣いてるんだ。……ありがとう、白亜」
 顔を朱に染めて、琥珀が言った。少し仏頂面なのは、照れ隠しだ。
 琥珀の左胸で、ブローチはぴかぴかと光る。
「よく似合ってるよ、琥珀。明日の夏祭りには間に合ったね」
 白亜は嬉しそうに笑った。


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