魔法のスロット



 ここは。
「……ジャ……様、トラ……ジャ様……」
 誰だ、オレを呼んでいるのは。
 頬に暖かい水の感触。
 うすく目を開けると、そこにリナの姿が。
「リナ?」
 やっとのことで名前を呼ぶ。
 のどがしゃがれて上手く喋れない。
 リナは目に涙をいっぱい浮かべてオレを見ていた。
「トラジャ様? よかった、ふぇ……」
 さっきオレの頬に当たった水はリナの涙だったんだな。
 身体を起こすと関節が痛んだ。

 辺りを見まわすと、目に飛び込んだのは見なれた安宿屋の一室。
 硬いベッドに、申し訳程度に置かれたテーブル。ほかに何もない部屋。
「ここは……、そうか、思い出してきた……」
 ぼうっと、もやのかかっていた記憶が、しだいによみがえってきた。
 オレは数日前、ギャンブルの町ドラントスで『魔法のスロット』というギャンブル仲間の間では伝説のスロットマシンをプレイした。だが、オレは知らなかったのだ。スロットの絵柄がバラバラなら石化。さらに運が悪ければ死が待っているなどとは。
 そうしてオレは例にもれず石化したのだった。
「トラジャ様、どこも、どこも痛くありませんか? 大丈夫ですか?」
 リナは心なしかやつれて見えた。
「ああ、大丈夫だ」
「魔法病院の先生にきていただいて、石化を治してもらったんですよ。よかった、元に戻られて」

 オレの名前はトラジャ・マハディール。十九歳、傭兵をやっている。そして、一緒にいるのが、相棒のリナ。十四歳になったばかりの魔法使いの少女だ。
 各地を旅するオレたちがこの騒動に巻き混まれたのはオレの生来のギャンブル好きのせいだった。

「よし、決めた! オレはもうニ度と同じ過ちは犯さないぞ」
 オレの言葉にリナの表情がにわかに明るくなる。
「それでは、ギャンブルはお止めになるのですね」
 リナは安心したというようににっこりと微笑んだ。
「違う違う、もうスロットで負けないと言ってるんだよ。もう一度スロットをやって、勝ってやるんだよ」
「そんな!」
「オレはギャンブルをやるために生まれてきたようなものだぜ」
 愕然とするリナを横目にオレは一人決意に燃えた。

 猥雑とした会話や喧騒が耳に流れてくる。そして喜び、絶望、嫉妬、優越感、それらがいっしょくたになった場所、それがカジノだ。
 年齢制限が特にないこのカジノはリナも連れて来れた。ただ、本人は嫌がっていたが。
「お、にーちゃんまた来たのかい?」
 顔見知りのオヤジが声をかけてくる。
「ああ、いっちょ賭けに出ようと思ってね」
 オレは言って例の「魔法のスロット」を指差す。
「嘘だろ、やめとけ。今日だって7人も石化されたんだぜ。勝ったやつは今月に入ってゼロだ。あれは悪魔のスロットだ」
 言ってオヤジは身震いする。
「まあ見てろって」
 オレは手をひらひらと振ってみせると、勝負するべくスロットの前に座った。
「リナ」
「は、はいっ」
 急に呼ばれてリナは気をつけの姿勢を取る。
「お願いがあるんだ。スロットのボタン三つあるだろ。最後のボタンを押すタイミングを、お前が合図して欲しいんだ」
「そ、そんな無理です、私なんかっ。失敗したらどうするんですか。またトラジャ様、石化してしまいますよ」
 リナは困った表情をして首を横に振る。
「お願いだ…。お前なら必ず大丈夫だ」
「ト、トラジャ様……」
 オレの真摯な願いが通じたのか、リナは無言でうなずいた。
「わかりました、トラジャ様。リナ、頑張ります」

 ガチャリ。
 鈍い金属音が響いてスロットが回り始めた。
 一つ目はコインのマーク。
 動体視力で7を狙ったが、ニつ分外れてしまった。あまり当てにならないか。
 二つ目を押す番だ。
 タイミングを掴もうとするが上手く行かない。
 手は汗ばみ、自然と手が震える。
 ごくりと生唾を飲み込んだ。
 ああ、こんなときオレに占い師のような勘があれば!!
 カチリ。
 無情にも手がぶれて二つ目のボタンをオレは押してしまった。
「しまった!!」
 オレは頭を抱える。
「あ、トラジャ様、またコインのマーク! 絵柄が揃ってます、リーチです」
「え?」
 頭をあげると確かに絵柄が揃っていた。
 奇跡! っていうか、実力か!?
 オレはさっきの沈みようとは正反対に自信が湧いてきた。
「リナ、最後は任せたぞ」
 横で見ていたリナの肩を叩く。
「はい」
 祈るように両手を組むリナ。
 無言の時が流れる。たった数秒の事なのだろうがそれがオレには何十分、何時間のことに思えた。
 そして審判の時を迎えた。
「今です!」
 リナの合図と共にオレは最後のボタンを押した。
 高速で回転していたスロットはゆっくりと回転を弱めていき、止まった。
 コインのマーク。
「全部揃った。勝った……」
「トラジャ様、やりましたね」
 リナがにっこりと微笑んでオレを見上げる。
 オレも笑い返した。
「ほら、言ったとおりだろう。お前はオレの勝利の女神なんだよ」
「トラジャ様……」
 オレの言葉にリナの顔が朱に染まる。
「トラジャ様のお役にたてて良かったです」
 言って、リナは恥ずかしそうに俯いてしまった。
 そうだ、賞品はなんだろう。「魔法のスロット」っていうくらいだし、ただコインが沢山出てくるって言うわけじゃないだろうし。
 オレとリナはスロットのコイン取出し口を見た。
 そこには一枚のチケットが。
「なになに……、おめでとうございます。賞品は魔法のスロット一年間使用無料券です。なお、本券は誠に勝手ながらご使用は義務とさせていただいております。ご使用にならない場合は規約違反として貴殿に自動で死の呪いがかけられます。ご了承ください」
「…………」
「…………」
 オレとリナは愕然と顔を見合わせ、力なく床に座り込んだ。
 どんなお宝が待っているかと思ったのに。こんなゲームをもう一回やり直せってか? それが賞品? 無理だ、脱力。
「ふざけるなよ、どこのどいつだ、こんな賞品作った奴は!!」
 むなしく絶叫するオレの隣で、リナがぽつりと冗談にならない冗談をつぶやいた。
「でも、これでトラジャ様の大好きなギャンブルが死ぬほどできますね」


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