海と魔法使い

 

「さてと、やっこさんにご対面といきますか」
 ボクはニヤリと笑って、砂浜を歩きだす。
 あのひとが田舎町ロンシャオの海に現れたと聞いたとき、居ても立ってもいられなくなった。
 その日のうちに海に向かっていた。
 そして、今やっと願いが叶う。
 あのひとに会える。
 あのひとを殺してボクのものにする。
 あのひとを独り占めにできる。
 その為に誰も連れずにここに来た。
 身体が震える。無論、武者震いだ。
 嬉しくてたまらない。
 自分でも気づかないうちに笑みがこぼれていた。
「待ってて、ボクが殺してあげますから」
 ボクは一人呟くと、先を急いだ。
 空は夜のように暗く、横殴りの雨が降っていた。
 風は強く、波は荒れ狂っている。
 マントを引き寄せ、ボクは飛ばされないように地面を踏みしめながら進んだ。
 あのひとのことだけを想って。

 ボクの名はソウ。職業は魔法使いだ。
 ボクは普段、モンスター退治の類はやらない。
 城のお抱え魔法使いとして城の奥の研究室からめったなことがないと出ないからだ。
 虫も殺せない人。
 それがボクに対する、周りの評価だった。
 だが、今日は違う。
 あのひとを殺して自分のものにする為なら、ボクは手段を選ばない。 

「ギ……ギギ……」
 海の中から奇怪な声がした。
 声の方向に向かって目を凝らす。
 あのひとだ。
 赤錆びた鉄のような巨体。
 無数の手ともつかぬ足。
 静かに、ゆったりと水面に顔を出した。
「間違いないですね」
 あのひとの突き出た目がギョロリとボクの方を向いた。
 黒く濁った目。
「我願う。汝、滅びんことを。来れ、黄金の神槍よ!!」
 あのひとが動き出したのと、ボクが魔法の呪文を唱えたのはほぼ同時だった。
 空をつんざく大声音と共に、目の焼けるような大きな光の柱が、あのひとの頭上に落ちる。
「グ……ギギギ!!」
 あのひとの10メートルはあろうかという巨体が、激しく痙攣する。
 一発で牛なら三頭殺せる高位の雷撃呪文だ。
 これならあのひともかなうまい。
「やりましたか……?」
 ボクはあのひとに目を向ける。
 ガサリ。
 あのひとのボクの胴体ほどもある足が動いた。
「なにっ?!」
「ガ…ガ…ガギ!」
 あのひとは鎌を振り上げる。
 怒りに目を爛々と赤く光らせて、ボクのほうに突進して来た。
「まだ、動けましたか!」
 ならば。
「永劫の深き眠りより解き放たれり。開け地獄の門、来れ灼熱の業火!」
 ボクの全ての力使い果たしてでも。
 あなたをボクのものに。

 一瞬だった。

 海の底から突き出た無数の炎があたり一面を覆う。
 熱風が吹き荒れる。
 あのひとの絶叫は炎のうねりに飲み込まれ、ボクには届いてこない。
「大好きですよ」
 ボクはあのひとに向かって微笑む。
「あなたはボクのものなんですよ、うまれたときからね」
 海はふつふつと沸騰し、蒸発していく。
「あなたのために覚えた、禁忌の魔法だったのですよ」
 そこには、すでに永遠に動きを止めたあのひとがいた。
 口からは泡を吐いている。
 煮立った為であろう、身体は赤く、湯気を立てていた。
「美味しそうですね。やっぱりカニは煮て食べるに限ります」
 ボクはまだ熱いあのひとの身体をしげしげ眺める。
 ほかほかだ。
 大ガニのモンスターがロンシャオの海で暴れてると聞いたとき、ボクはしめたと思った。子供の頃からの夢が叶うと。
 ボクの夢はカニをお腹いっぱい食べることだったからだ。
「それではさっそく、いただきますか」
 カニは茹でたてが一番おいしい。
「ボクが独り占めしてあげますからね」
 ボクはにっこりと笑って、大ガニに手をつけ始める。
 この世のものとは思えないカニの甘い身の味が口に広がった。

 この、ボクが大ガニのモンスターを倒して食べた事件は地元で大騒ぎとなった。あとから知ったことだが、大ガニはロンシャオの海の守り神だったそうだ。
 その後、ボクはカニの食べ過ぎでお腹を壊した。

 ……ばちが当たったのかもしれない。


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