薬草師と弟子
〜空賊のいる町〜
第1章 第5話

 

 曲がりくねった廊下を歩き、居間に戻ると薬草師エルスラークは炊事炉に火をおこしているところであった。たきつけ用の小枝を炉に入れている。
 そして水の入った土鍋を灰の上に立てて置き、壁に吊るしてあった草のたば――薬用植物だろう――を取ると、手早くナイフで刻んで鍋の中へ入れた。

「お師匠さま」
 シャルローナがその背中へ声をかけると、薬草師は振り返り笑顔を返してきた。
「おかえりなさい、そこへかけて。いま、お茶を淹れているところです」
 椅子に座るよううながされ、言われるままに腰かけた。
 所在無い感じがして落ち着かないが、実際にまだなにもできないのだから仕方がない。シャルローナは青年の作業する姿をじっと見ていた。薬草師の手はじつに器用なものだ。その手順もてきぱきと流れるようで、まるで魔法のようだと思った。 
 鍋が沸騰するのを確認すると、薬草師は薪を炉の中へ一本たした。
 そして、やっと準備が整ったといったようすで腰に手をあて一息つくと、シャルローナのところまできて向かいの椅子に座った。

「少しお待ちくださいね」
 エルスラークは言って微笑んだ。
「薬草茶は作りたてが一番ですから」
「あの、お師匠さま」
 なにを話してよいのか分からず、そこで口をつぐんでしまうと代わりに青年が口を開いた。
「シャルローナさん、ここを自分の家だと思っていいのですよ。肩肘はらずに。お茶を飲んだら少し家の周りをご案内しましょう」
 言って、にっこりと笑った。染み入るような笑みだった。
 薬草師の笑みには不思議な力がある。シャルローナの気負っていた心をやわらかくしてしまう。つられて自然と笑顔になった。
「あ、そろそろできたみたいですね」
 エルスラークは立ち上がると、炊事炉の鍋から刻んだ薬草を取りさると、木の椀にできあがった薬草茶を入れ、シャルローナの前に置いた。
「さあ、どうぞ」
 卓に置かれた椀を両手で包む。
 暖かい。緊張していた心がほぐれていく。
「美味しい」
 口をつけるとほのかに甘く、かすかに苦い。
 自然と顔がほころぶのが自分でも分かった。

「気に入っていただけましたか?」
 シャルローナの向かいの席に座りなおし、ほおずえをついた薬草師が微笑みを向けてきた。
「はい、とっても。私、こんなに優しい味のお茶を飲むのは初めてです」
 もう一度、椀に口をつけるとシャルローナは満面の笑みを浮かべた。
「よかった」
 エルスラークはほっとしたようすで微笑み返してきた。
「……え?」
 言葉の意味がよく分からず、シャルローナは聞き返す。
「よかったです、シャルローナさんが笑ってくれて」
 エルスラークは薬草茶を一口飲み、安心したように息をついた。
 そして、シャルローナの瞳を覗きこむようにして言った。
「ここへきたときにはとても緊張していらしたでしょう」

 薬草茶の味のことで安心したのかと思ったが、自分のことで安心したと青年は言っていたのだ。
「シャルローナさんの笑顔は、とても素敵です」
「お師匠さま……」
 薬草師エルスラークは信用してよい人間だ。シャルローナにはそれが分かった。

 ならば、まだ『言わなければならないこと』を早めに伝えておかなければならない。秘密にしているのはよくない。しっかり言っておかなければならない。『そのこと』を。

 シャルローナの父も母も決して悪い人というわけではなかった。結果的にやっかいばらいされてしまったことになるのだろうが、貧しい生活の中でもひどい扱いをうけたことはなかった。今まで大切に育ててくれた。根は優しい人たちだった。それはこの十三年間育てられた中でシャルローナが一番分かっている。だから恨むことはしない。むしろ、育ててくれた恩を報いたいと思っている。
 そして、これから自分の親代わりとして、師匠として暮らしていく青年にもだ。

 

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