薬草師と弟子
〜空賊のいる町〜
第1章 第6話

 

 シャルローナが、『まだ伝えていなかったこと』を言おうか言うまいかと口を開きかけたそのときだ。
「わたしのことを、家族と思ってくださいね」
 香草茶の入った椀から口を離して、薬草師エルスラークがそう言った。
「なんでも、困ったことがあったら言ってください」
「…………」
 シャルローナは胸がいっぱいになり、泣きそうになるのを必死にこらえる。
「……はい」
 それだけ答えるのが精一杯だった。目のはしに浮かんだ涙を見せないように視線を落とした。
 知らない場所へ放り出され、いきなり足場がなくなってしまった中、この優しい声と笑顔がどれほど嬉しいか。
 心細く慣れない場所にひどく不安を感じているシャルローナにとって、薬草師の言葉はなによりの薬だった。染み入るような優しい声が、緊張している心のわだかまりをほどいていってくれる。
(家族と……)
 家族と思う。エルスラークならそう思える。初めて会ったときから青年の側は優しい空気が満ちている。側にいて、なぜだかほっとするのだ。会ったばかりだというのにだ。
「少し丘を散歩しましょう。この丘の秘密の場所を教えてあげますよ」
 少しいたずらっぽく笑って、シャルローナの手を引いて家の外へ出た。
 さあと、風が頭をなでていく。
 まぶしく輝く初夏の太陽に目がくらむ。

「シャルローナさんは特別ですよ」
 ついた先には赤い小さな果実のたくさんついた大きな木があった。緑のまぶしい大樹であった。
「この木はわたしたち丘の薬草師にとって特別なんです。私の家の人間が、代々育ててきた植物の中でも最も古いものです。この丘の代表となる木です。だからシャルローナさんにも最初にお教えしておきたかったんです」
 手を離して、エルスラークは少しかがんでシャルローナと視線を合わせるとにっこりした。
 すぐ目の前に薬草師の飴色の瞳があった。
「特別?」
 シャルローナは聞き返す。
「そうです。シャルローナさんはこの薬草師の丘の住人になったのですから。この丘で薬草師となるのですから、家族ですから、特別なんです」
 言って、薬草師はもう一度にっこりと笑った。

 特別と言ってくれた。
 家族と言ってくれた。
 先ほど出会ったばかりだというのに、さらりとそれを言ってのけてくれた。エルスラークは。
 どうして薬草師は自分の欲しい言葉をくれるのだろう。
「う……」
 今日あったことがいっぺんに思い出されて、ないまぜになり、どうしようもなくなってしまった。わいて出る感情を押し戻すことができない。
「う、ふえ……え……」
 今度ばかりはシャルローナは涙をこらえることができず、声をあげて泣いた。
「大丈夫、だいじょうぶですよ」
 青年がそっと頭をなで、肩を抱いてぽんぽんと背中を優しく叩いてくれた。うす茶色のエルスラークの髪が肩越しに見えた。
「お師匠さま、私も……言っておかなければならなことが……あるんです」
 しゃくりあげながら、シャルローナは口を開いた。

 

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