DQ7の元ネタについて製作者が言及したことは殆どない。そこでサブタイトルに使われている『エデン』という言葉を手掛かりに、DQ7の元ネタとして利用したのではないかと思われるものをキリスト教を中心に探してみた。
本稿ではサタン、デーミウルゴス等キリスト教関係の名前を挙げていくが、これらの名前が本名でないことに注意。
サタン | “敵”という意味。神に敵対する者、特に悪魔のリーダー。悪魔一般を指すことも。 |
デーミウルゴス | “創造者”を意味。“神を騙る者”という意味でヤルダオバートと呼ばれることも。 |
極端な話、近所の鈴木さんが神に反逆して悪魔のリーダーとなったら、鈴木さんがサタンと呼ばれることになる。
また、
ルシファー | “明けの明星”。金星のこと。転じてその名を冠せられた天使の呼称。 |
デビル | 悪魔全般のことを指すほか、悪魔の王サタンを指す言葉としても使われる。 |
こういった点にも注意。
基礎知識。
エデン | 旧約聖書に登場する楽園。DQ7のサブタイトル『エデンの戦士たち』の元ネタ。 |
旧約聖書 | ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典。天地創造からキリスト以前まで。 |
新約聖書 | キリスト教とイスラム教の聖典。キリスト以降の話が中心。 |
※イスラム教は旧約聖書+新約聖書+コーランの三重構造になっている。
新約聖書にはドラゴンが登場する。それも単なるドラゴンじゃない。
強大な竜、すなわちデビルとかサタンとか呼ばれて全世界を惑わす古き蛇は、(黙示録12章9節)
意外と知られていないことだが、黙示録によるとエデンでアダムとイブをそそのかした“蛇”こそ悪魔の王サタンなのだそうだ。そのサタンが神と悪魔の最終戦争のときドラゴンの姿になって地上に現れるのだ。
※ちなみに旧約聖書によると蛇にはもともと足があったが、人間をそそのかした罪で神に足を奪われたという(創世記3章14節)。
旧約聖書には一人の天使が天から追放されるエピソードが描かれている(イザヤの書12章14節)。
- ルシファーという天使がいた。
- ルシファーは傲慢な性格が高じて神を超えた存在になろうとした
- そのためルシファーは天から追放された
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追放されたルシファーが神に悪意を抱く悪魔たちの王となり、サタン(前述のように神に敵対する悪魔のリーダーのことを指して使われることが多い)になったと解釈する宗派はかなり多いようだ。
聖書ではルシファーの罪は神への反逆という行為そのものではなく、その行為に至った
傲慢な考えかたにあるとしている。
- 中世のキリスト教神学においてルシファーは“七つの大罪”の1つ『傲慢』を司るとされた。
- ラテン語の『傲慢』はオルゴ(arroga)。
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…ここまで読んでもうニヤリとしてしまった人がいるかも。
天使の性別については諸説あるが、ほぼ共通しているのは、
- 少なくとも男性や女性ではないらしい
- 天使の性別は無性か両性具有のどちらか
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無性にしろ両性具有にしろ、天使は自分の姿を男性っぽくすることも女性っぽくすることが出来るようだ。例えば、人間を守護する類の天使は、その人間とは逆の性別の姿になると伝えれている。
今では実質滅亡しているキリスト教の分派(カトリックやプロテスタントから見ての異端)にグノーシス派というものがある。このグノーシス派の主張は、
- エデンの園を作ったり、大洪水を起こしたり、バベルの塔を破壊した“神”は実は偽物
- 偽物の神はデーミウルゴス(デミウルゴス、デミウォルゴスと表記されることも)と呼ばれる
- デーミウルゴスは“神”を演じることによって人類を支配している
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なんか漫画みたいな設定だけど、今から二千年近く前に
実在していた宗派だというから驚きだ(ちなみに似たような主張をするキリスト教分派は他にも幾つか存在する)。このグノーシス派の考えかたにはまだ続きがあって、
- エデンの園はデーミウルゴスが作り出した偽りの楽園にすぎない
- 人類は無知ゆえにエデンを本物の楽園だと思い込んでいただけなのだ
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そこで有名な知恵の実のエピソードに繋がる。
- アダムとイブは蛇にそそのかされて知恵の実を食べてしまいエデンを追放されてしまう
- だが実はそれが世界の真実に近づくためのはじめの一歩だった
- 実はアダムとイブをそそのかした蛇は真の神の遣いだったのだ
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そして、
- 人々は未だ世界の真の姿を完全には掴んでいない
- 真の神は蛇を遣わし人々が真の世界に辿りつく“きっかけ”を与えた
- 真の神は人々と自助努力を望んでおり、これ以上の援助はしない
- 人々は自らの力で真実を追究しこの世界の真の姿に辿り着かなければならない
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グノーシス派のこういう考えかたは、正統派のキリスト教とは決して相容れない。そのため徹底的に弾圧され、ついには消滅することになる。
※グノーシス派そのものはキリスト教以前から存在する。古くからあるグノーシス派と最大勢力のキリスト教が融合したものがキリスト教グノーシス派。また、キリスト教グノーシス派内にも様々な分派がある。
こちらもグノーシス派同様、もう滅んでしまったキリスト教の分派(異端)。中世の頃に南ヨーロッパで無視できない勢力を持っていた。マニ教の影響を受けて云々という話もあるのだがその辺は省いてDQ7に関係ありそうなところだけ要約。
- グノーシス派同様、この世界に君臨している神は偽の神だと主張。
- その偽の神の正体は悪魔の王サタンだと断言。
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※グノーシス派の場合、偽の神の側近を務める天使メタトロンが悪魔の王サタンとされている。
DQ7のサブタイトル『エデン』の元ネタは聖書。その聖書にはDQにうってつけのエピソードがある。『サタン=最終決戦で姿を現すドラゴン』という黙示録の設定だ。
- ドラゴンクエストという題名
- 5作目以降でお馴染みの魔王の存在
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この両方を同時に満たすことができる。
DQ7には、
- 大魔王のライバルは人間というよりもむしろ神
- 大魔王が怪物形態になるとドラゴン属性(※詳細はAAコラム参照)
- 大魔王が怪物形態になるとドラゴンなのに足がなくなる(蛇をモチーフ?)
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このように聖書のサタンを彷彿とさせる要素が幾つか入っている。また、
名前の前半分“オルゴ” | 堕天したルシファーが司る七つの大罪の1つが“傲慢”(オルゴ) |
途中で見せるオカマ形態 | ルシファーはもともと天使なので見た目の性別が曖昧 |
DQ7は聖書の有力な解釈の1つである“サタン=ルシファー”説を採用している節もある。
このようにDQ7は聖書をモチーフにしているが、魔王の設定のように大ベストセラーの聖書からネタをそのまま持ってくることは少ない。むしろ、普通の人は知らないであろうグノーシス派の聖書解釈をモチーフにしたであろう設定のほうが多い。
- 神に食べると禁じられた知恵の実を食べてしまうアダムとイブたち(聖書)
- 大人たちに近づくなと禁じられた神殿を探索してしまう子供たち(DQ7)
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このように“タブー超え”は聖書とDQ7の双方において重要なキーワードになっているのだが、
正統派キリスト教 | 神の命令に逆らって知恵の実を食べてしまった罰で楽園追放 |
グノーシス派 | 禁じられた知恵の実を食べたことが偽りの楽園から脱するきっかけとなった |
まず初めに無知の基づく偽りの楽園があり、その楽園を脱したことで困難を抱えることになるが、最終的には真の平穏が訪れるという構造はグノーシス派のエデン解釈とDQ7の双方に共通する。
また、
- 正統派キリスト教では魔王サタンと戦うのは人間ではなく神の軍勢
- グノーシス派では真の神は“きっかけ”を与えるだけで人類の自助努力に任せる
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石版を配置し、過去の世界を救うきっかけを用意しただけで、あとは人間の自主性に任せたDQ7の神さまの姿は、グノーシス派の真の神の姿に重なる。ゲームである以上、さすがに『神が魔王を倒してくれたので主人公は見ているだけでした』という訳にはいかないだろうしね。
あまり自信はもてないが、こんなのも。
- DQ7の大魔王オルゴ・デミーラの綴りは海外のゲームサイトによるとOrgodemir。
- グノーシス派における偽の神デーミウルゴスの綴りはDemiourgos。
- アナグラムするとOrgodemius(オルゴデミース)。
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ちょっと難しいか。オルゴデミースだとDQ5のミルドアースと語感が似ているので、末尾だけ変えたのではないかなと考えることもできるけど、まあ名前については筆者も半信半疑の参考意見ということで。そもそもOrgodemirの綴りが本物かどうか分からないし、Demiourgosの綴りは国によって違ってくるし(ラテン語でdemiurgusとかドイツ語でDemiurgとか)。もっと調査が必要かな。
※オルゴデミーラを最初の3文字で区切ったのは前述したArrogo(傲慢)から来ているのではないかな?
筆者の調べた範囲での推測だが、
- 正統派キリスト教の聖書解釈
- 異端派キリスト教の聖書解釈
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この2つを融合させたのがDQ7の諸設定なのではないかな。
“エデン”というサブタイトルからは元ネタが聖書であると簡単に読み取れる。しかし、聖書のエピソードをまんま引っ張ってくるのかな…と思わせて、グノーシス派の聖書解釈を持ってくるなんて、ほぼ予想できないだろう。
前回は大魔王関係だったので、今回は主人公関係の話題を。
“キリスト”とは個人名ではない。
- キリストの意味は“救世主”。
- イエスが名前。
- イエス・キリストとは『救世主のイエス』という意味。
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キリスト教の一般的な解釈では、
- キリストの母マリアはあくまで産みの親(現在でいう代理出産のようなもの)
- キリストの父ヨセフはあくまで戸籍上の父親
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キリストは神や聖霊と同等の存在なので、マリアやヨセフは本当の両親ではないとしている。
グノーシス派では、
- キリストは神や聖霊とイコールではない
- キリストはあくまで真の神が遣わされた存在
- デミウルゴスの偽りの世界から人々を解放するのが役目
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このように描かれている。キリストを神と同等の存在と見なしていない点もグノーシス派が弾圧された理由の1つ。
キリスト教にはミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルという四大天使がいるのだけど、
- この四大天使は火、水、土、風の四大元素に対応している。
- 水担当のガブリエルは、マリアにキリスト受胎を告知する役目を担っていた。
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ちなみに、四大天使の筆頭はミカエルなのだけど、DQ7の炎の精霊はちょい役になっている。
もしかしたら、
オルゴデミーラ | (サタン+デミウルゴス)÷2 |
DQ7の主人公 | (アダム+キリスト)÷2 |
こういうイメージなのかも。
- キリスト教の四大天使をモチーフにしたのが四大精霊。
- オルゴデミーラの支配する世界から人々を解放するDQ7の主人公の立場はキリストに相当。
- キリストがマリアとヨセフと血が繋がってないように、DQ7主人公もボルカノとマーレとは血縁なし。
- ガブリエルの故事にならって、四大精霊のうち水の精霊を主人公ゆかりの存在にした。
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既存の神話をそのまま持ってきたんじゃなくて、いったん分解してゲームとして使えそうなところを集めて再構築しているような。
グノーシス派にはデミウルゴスの姿を獣と蛇の融合体とする解釈もあるみたいだ。一口にグノーシス派といっても色々な宗派があって詳細はばらばららしい。
DQ8の店頭デモには教会関係のグラフィックが多い。ロト編、天空編ときて、7以降はキリスト教をモチーフにしたシリーズだったりして。