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◇佐久間社長の愛人と間違われる恭平くん
数日前、佐久間社長のスキャンダルの決定的な証拠を手に入れた。それはかねてから噂されていた、社長の男色について語るに十分な証拠だった。
二ヶ月くらい張り付いて、カメラのレンズ越しに納めた写真。
月に二度ほど、彼は夕方にホテルへ入っていく。いつもは相手と時間をずらして出入りしているのだが、この時は違った。二人一緒に入っていったのだ。
相手の男は若く、まだ汚れを知らない純粋な顔をしていた。
佐久間社長は男色家である、という噂は昔から根強くあるのに、何分その確たる証拠がない。おまけに既婚者であるということから自然に触れてはいけない内容になっていた。
俺、広瀬はこの若い男を社長の愛人だと確信している!
それを今日、確かめに行くのだ。
佐久間建設のビルに一歩踏み入れると、外とはまるで別世界のように広く涼しかった。オフィスビルとは思えない。
受付嬢がこちらを向いて、にっこり微笑んだ。
「おはようございます。どのようなご用件でしょうか?」
「あの…社長に会いたいのですが。」
「本日お約束はされていますか?」
「いいえ。」
「少々お待ちください。」
彼女は愛想のいい笑顔で微笑んで内線の受話器を上げた。
上の社員と話しているのだろうか。
広瀬はその間にぐるりと上を見渡してみた。
吹き抜けになっている二階と三階に数人のスーツ姿の人間が行き来している。中には作業着の者もいた。
「あ。」
見知った顔を見つけた広瀬は、受付カウンターを離れて駆け出した。
写真に写っていた若い男が今、三階を歩いていた。
「あの、申し訳ありませんがこの用紙にお名前とご用件をお書きの上、再度ご来社……って、アラ?」
受付嬢は幽霊でも見たような顔つきになって首を傾げた。
彼は三階の廊下にいた。ガタイのいい青年と資料を見ながら話している。
広瀬は息を切らせて階段を駆け上がり、そっと物陰に身を潜めた。
「頼まれてた文書ですけど。今日の昼までには終わると思います。」
「まじで?早い…すごいなぁ。」
「慣れた操作なら任せてください。その代わり…」
「今度教えてあげるよ、デジカメのビデオの撮り方。」
「ありがとうございます!」
ニッコリと微笑んだ。広瀬の位置からは顔は見えても会話は聞こえない。
もっと近くへ行く必要があった。
「ところでさぁ…今日も、お昼一緒に食べようぜ。」
「あっ。…えっと、今日はちょっと…」
大きな男が顔をしかめた。波乱の予感だ。広瀬は一歩前に出た。
「えっ?なんで?」
「今日は、午後から社長のお手伝いなんです。」
「そ…そうなんだ。」
広瀬の耳にも声が届いた。
おお!やはり彼は間違いない!!
社長と、上司と部下以上の関係なのであろう。
「ごめんなさい、矢吹さん。」
「いやー…構わないよ。次また食べような。」
「はい。」
恭平が頷く。矢吹は小声になって恭平の耳に囁いた。
「あんまり…無理はしないでね…」
言われた恭平はくすぐったさと恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて慌てた。
「ちっ、違いますよ!純粋に手伝いに行くだけで…!!」
「あはは。」
「笑…っ、」
矢吹は笑って、恭平の手から資料を取り上げる。
「もらってくよ!」
そして踵を返して駆け出した。
広瀬の方向に。
当然の結果として、前を見ていなかった矢吹と恭平ばかり見ていた広瀬がぶつかった。
「ぬわぁ!」
「うゎっ!ごめんなさい!」
すぐに謝って尻餅をついた広瀬に手を伸ばした矢吹は、彼の手に握られていた写真に気付いた。
「大丈夫?!」
正面衝突した二人に驚いて、恭平が心配顔で近寄って来た。しかしその声を無視して、矢吹はいきなり広瀬の首根っこを掴んで壁に押しつけた。
悲鳴を上げる暇もなく、広瀬の背中に激痛が走る。
「恭平くん!!警察を呼ぶんだ!!」
「は?」
「君のストーカーだよコイツ!!」
えぇ?!
「じ…っ冗談じゃない!俺は記者だ!雑誌記者だ!!」
広瀬はたまらず叫んだ。
矢吹の強烈な力が少し弱まる。
「…記者?」
「まさか…」
「そう、そのまさかだよ、君達!そこにいる男が佐久間社長の愛…」
「お前…ッ。うちの社長に何の用だ!!」
矢吹が大声で叫んだものだから。
三階と二階、そしてロビーにいる人にまで聞こえてしまった。オフィスの扉を開けて様子を見に来る者までいる。
広瀬は完全に計画が狂ったことに、大きな溜息をついた。
「…で?」
社長室のデスクの上で、孝平が顔を上げた。
敵の頭を取った勢いの矢吹が、広瀬を前に突き出す。
「雑誌記者だそうです!社長にスキャンダルを持ち込んだそうですよ!!」
腹立たしげに言う。
「ほう。証拠は?」
「これ。」
隣りの恭平が数枚の写真を孝平に差し出した。受け取ってパラパラと捲り、口元を押さえた。
「これは…」
孝平が絶句したのを見て、広瀬が鼻で笑った。
「貴方が愛人とホテルに入っていくところですよ!男の!!」
「えっ?愛人?!」
広瀬に会ってから初めて聞いた単語に恭平が派手に驚いた。
孝平の横では秘書の竹本が眼鏡をキラーンと光らせる。無言で広瀬に冷たい視線を送った。
「ふふん。脅しても無駄だ。その写真は何枚もある!」
「…これを撮ったのは?」
孝平が焦燥感溢れる表情で聞いた。
「教えられないね!」
「生意気な口の聞き方するな!ストーカーのくせに!」
「いて、いてて!…違うって言ってんだろ!」
矢吹の怪力にはホトホト参る。これだけ筋肉があるのだから、本気でやられたら骨が砕けそうだ。
恭平はチラリと孝平のことを見た。
広瀬は間違えている。写っているのは父の孝平と息子の自分だ。愛人ではなく親子である。
だが、どうやって言い訳すればいいのだろう。
親子でホテルに行って、中であんなこと……
してるって、世間にバレてしまったら…?
恭平は真剣に考え込んでくらりとした。
父さん。
…父さんはその時、どうする?
「広瀬くん…と言ったかな。」
孝平が口を開いた。
写真を持って立ち上がり、それを竹本に手渡す。
「…私に持たせると捨てますよ、こんな写真。」
「構わないよ。煮るなり焼くなり。」
「かしこまりました。」
それを聞いて慌てたのは広瀬である。
矢吹に腕を押さえられながらワタワタと騒ぎ出した。
「おい…っそんなことしたって無駄なんだからな!俺はこのことを世間に好評してやるぞ!!」
「ふぅ…矢吹くん、離してあげなさい。」
「!?」
「…いいんですか?」
「ああ。暴力を振るわれたと言って報道される方が困る。」
「はい。」
矢吹は納得して広瀬を離した。
痛む腕を押さえつつ、半ばポカンとして孝平を見た広瀬に、佐久間の社長はいつもの彼独特の笑顔で微笑んだ。
「広瀬くん、君にはもっと、わが社のことを知ってもらいたいな。そしてできれば、イメージ向上のために一役買ってもらいたい。」
「え?」
「個人的怨恨もなさそうだし…。これくらいの写真じゃ、スキャンダルにはならないよ。」
優しくなだめるような声音に、その場にいた広瀬以外の人間の背中に鳥肌が立った。…様子がおかしい。何か企んでいるような気がした。
孝平は始めに竹本を指した。
「こちらは私の第一秘書の竹本くんだ。少し若いと思われるかもしれないが、立派で有能なことは私が保証するよ。」
竹本が目を伏せて、礼儀正しく頭を下げた。
彼には孝平の言いたいことがわかっているのだろうか。恭平はその様子を呆然と見ていた。
「そして君の後ろに立っているのが、営業課の矢吹くんだ。手荒な真似をしてしまったことは謝るが、君も入場許可を取っていなかったというんだから、痛み分けにしてもらえますね?」
広瀬は渋々頷いた。というか、頷かざるを得ない。
「そして私は、この会社の創設者だ。佐久間孝平というよ。改めてよろしく。」
孝平は広瀬に顔を近付けた。気後れ気味に立っている恭平の前で言う。
「他に何か、質問は?」
広瀬は孝平の肩越しにちらりと恭平を見やって、それから意を決したように孝平を真正面から見据えた。
「そこの…ヒトは?社長の愛人じゃないんですか。」
口調が丁寧になっていた。知らず知らずのうちに、孝平の話術にくらまされてしまったようだ。
その様子を見て、孝平は表情を改めた。
しっかりと広瀬を見据えて。
はっきりとした発音で言った。
「私の息子の、恭平くんだ。」
広瀬の目が点になった。
孝平はにやりと笑って、愉快そうに恭平の方を振り向いた。
「広瀬くんは、早とちりを直せばいい記者になれるだろうな。そうは思わないか?」
その場にいる全員が、頷くに頷けない、微妙な表情になった。
広瀬の目はまだ点のまま……
数日後、
とある雑誌に、
佐久間建設を大々的に宣伝する特集ページが組まれたらしい。
だがそれは、また別の話である。
***
◇後書き
リクエストありがとうございました。
長ーーくなってしまいました!!><
佐久間社長の愛人に間違われてしまった恭平くん、いかがでしたでしょうか?(*´ω`*)孝平さんは意外と、いたずら好きのようです。広瀬くんの目を点にするのをとっっても楽しんでました(笑)
孝平さんの心の愛人、癒し系ミケさんに捧げますv
これからもマイペース更新を続けるつもりの管理人ですが、
三年目もゆったりまったりなお付き合いをよろしくお願いします。m(_ _)m
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